完全に私事だが、自分の率いるクリエイター集団、有限会社アイラ・ラボラトリという会社の設立から、この2月初旬で14年が過ぎた。学生時代のアルバイト感覚から転じて始まった会社設立前の数年間の個人事業から含めると、いつまでも若手と名乗って、その無鉄砲さに甘えていられない程度の年月が流れてしまった。もちろんまだまだ若輩小僧の身ではあるのだが、ちょうどアナログからデジタルへの移行期に仕事をしてきたという事実には変わらない。この期間を振り返ってつくづく感じるのは、仕事そのものの環境の激変だ。特に、プロフェッショナル業務への参入障壁の下がり方は、実に興味深い。30回目の今回は、イベントラッシュが続く日本からお伝えしたい。

曖昧になる「プロ」の垣根

PRONEWSが次第に読者を増やすにつれて、お会いする方々からPRONEWSに記事を書いていることを言及される機会が増えた。それは幸いにしてお褒め頂く事の方が圧倒的に多いのだが、もちろん、ご批判される機会も増えた。はじめた当初は、そうしたご批判の大半は「若造が生意気な!」という、なるほど仰る通りのごく当然のご意見もあれば「プロのくせに商売の情報(ネタ)をネットなんかで漏らしやがって!」という少し頭を悩ませる類のことも多くあった。つまり、私が記事化してしまったノウハウがキモになっている映像商売があり、その情報を公開することでその商売の邪魔をしているのではないか、という批判であったのだ。これはPRONEWSどころか、会社設立以前から時々映像系雑誌に記事執筆させて貰って居る時点でもあったご批判で、まあ、裏を返せば私の記事が役に立っている証拠でもあり、そうした批判を受けるのはテクニカル記事としてはごく普通の事とも言える。元々、私の記事は業界の重鎮系の記事では無く、記事を読んでいるであろう人々と同じ、映像世界で働く者の視点・立場で書いたものであるから、そこは敢えてそういうノウハウに触れなければならないと思っているのだ。

しかし最近は、私があまりに最新の技術に触れることを指して、初対面(あるいは仕事でのお付き合いのない)の方から「あんた本当にプロなのか?」というご批判(というか疑念)を頂く事が増えた。もちろん私はかなり映像全体に幅広く仕事をしているので、少し調べれば案外昔から結構しぶとくこの映像の世界で仕事をしていることは誰にでもわかる。そもそも、有限会社なんていう会社形態自体、商法改定で結構前に新規設立が廃止されているから、社名だけでそれなりに仕事を回していることがわかるはずだ。つまり、私が注目したこの批判のポイントは、そうした点ではなく、特に最新機材であれば、こうしたテクニカル記事をアマチュアでも書けるのでは無いかと思われるほどに、プロとアマの境目が不鮮明になっている、ということなのだ。実際、先日行われたCP+でも、プロ向け動画コーナーは、アマチュアに普及している一眼機材を使ってのプロ映像をテーマとしたコーナーだった。今は、機材的には、アマチュアでも充分にプロレベルの映像作品が作れる機材を触れる時代なのだ。

OTAKU_vol30_01.jpg

CP+2013では、プロ向け動画コーナーが展開された。その中心はアマチュアも使う普通の一眼をサポートするためのプロツール群であった

ここで改めて考えるのが、そもそも「プロ」とは何か、という点だ。もちろん「お金を貰っているかどうか」という境目はあるだろうが、通貨が人の信頼とお礼の表現物として生まれた道具である以上、たとえ専業では無くとも映像を作ることで人の役に立てば金銭の授受は当然に発生する。専業であると切ってしまうと、講演や講師、メーカーの開発助言の仕事を受けているようなプロ中のプロを切り捨てることになるから、専業であるかどうかはプロの条件にはならない。

では、お金を貰っている人間が全て映像のプロなのだろうか?例えば昔の私のように、学生がアルバイトで映像をやっていたら、それはプロと呼べるのだろうか?かつての16mmフィルム全盛期ならともかく、今までは、技術や経験、ノウハウの蓄積、そして何よりも使用機材による歴然とした映像レベルの壁があったため、その答えは明確にNOであった。かつて学生だった頃の私が、所詮はちょっとした映像バイトやコンテスト荒らしに過ぎなかったように、アマチュアに買える機材では到底プロクオリティに及ばなかったのである。しかし、それがそう断言できなくなってきているのが現在の状況だ。学生のお小遣いで買えるレベルの機材でも、発想とやり方次第では素晴らしい作品が作れるようになってきているのだ。

もちろん、いうまでもなく、現在のプロとアマの境界線が曖昧になる動きは2008年末に発売されたCanon EOS 5D Mark 2から始まるHDSLR(一眼レフHD動画)の流れから始まった。Photokina2008での5D Mark 2発表に時を合わせて公開されたVincent Laforet氏のムービーは、特にそのメイキング映像が全世界の映像屋に衝撃を与えた。それは、単に、被写界深度(DoF)の効いた美しい映像だったからでは無い。大変失礼ながら、この程度の映像ならある程度のプロならば誰でも関わったことがあるだろう。そうではなく、この映像が、明らかに一眼レフカメラを使い一眼レフ機材を使った、従来の映像の枠を遙かに下回る超低予算とごく少人数で撮られていたこと。そして何よりも、Vincent Laforet氏が映像屋では無く、キヤノンのベータ機を貸し出されるような本格的な写真家であったということが衝撃だったのだ。つまり、5D Mark 2とVincent Laforet氏は、それまで厳然とあった、機材と予算による映像のプロと品質の壁をあっさりと飛び越えてきてしまったのだ。

実のところ、その時の5D Mark 2は、スチルカメラとしてもパーフェクトであっても、動画モード時には24Pも撮れず露出もいじれないという、当初は映像機としてはとんでもない仕様であった。同機が動画機としてまともに使えるようになったのは2010年3月のファームアップからである(そのため、実は私自身はこれだけの新機軸にも関わらず、およそ1年間もの間HDSLRに手を出してない。仕事に導入したのは、2010年2月のEOS Kiss X4からだ)。しかし、その大判センサーがもたらすDoFとスチルカメラならではの暗所性能と解像度の高さは、映画系デジタルカメラも含んだ全ての従来のカメラを大きく凌駕していたのだ。

5D Mark 2に始まったHDSLR機は、あっさりとプロ機材の壁をぶち壊した。その後継機の4KカメラEOS-1D Cも、105万円というスチルカメラにしては高額ながらも、個人でも頑張れば手が出る価格帯に4Kシネカメラを引き下げてきた

5D Mark 2登場までの映像機材で同等の絵を欲しいと思ったら、その前年に発表されたデジタルスチルモーションカメラ(DSMC)の元祖、RED ONEが最安値であった。RED創設者Jim Jannard氏が提唱したDSMCという概念は、映画は毎秒24枚(あるいは48枚)の連続スチル写真であるべきだという立ち位置から、スチルカメラとシネカメラの適正価格での両立を目指すものであり、この概念も5D Mark 2の立ち位置に非常に近いものだ。かつてフィルム全盛期には16mmフィルムのようなプロアマ両方が使っていたコストパフォーマンスに優れた規格もあり、その前はそもそもスチルとムービーの未分化だった時代もあることを考えれば、このアプローチは決して本筋を外れたものでは無い(それどころか、フィルム時代は、スパイカメラ・ミニカメラ系の名機BOLSEY-8のようなスチルとムービーの兼用機も案外多かったため、諸先輩方は「昔からああいうのはあったよ」という感想を述べられることも多い。本稿では敢えて視点を外しているが、実はGoPro等アクションカムもこの系統だ)。

このRED ONEはフルセットで当時数百万円の価格であったが、その前までは、数千万円の価格が当たり前な上、機能が複雑且つ機材も大型で、撮影や仕上げも到底少人数でどうなるものでは無かった事を考えると、RED ONEがいかに革命的なカメラであったことがわかる。それに対し、5D Mark 2は、確かに圧縮映像でREDには劣る画質でこそあったものの、見事なボケ味と鮮明な解像感、そして何よりも色々揃えても100万円には決して行かないほどの圧倒的なコストパフォーマンスで、DSMCの理層を図らずも実現し、映画の世界の敷居を大きく引き下げたのであった。この5D Mark 2の普及と同時に、多くの映像クリエイターが我が国にも誕生したのは記憶に新しいだろう。

その後、5D Mark 2の発売を意識したのか、REDは更にDSMCの概念を推し進めたRED EPICおよび、その廉価機のRED Scarlet Xを発売したが、これも、米国の若手クリエイター(その多くがコンテストを狙う卒業年度の学生やハイアマチュア)が競って購入し、自主制作作品を取る傍らでブライダルや企業映像などの街の映像屋も兼業するという、セミプロ的な市場を開拓した。いずれにしても今へと至る大きな変化が始まったのは、わずか3~4年前のことだ。それなのにずいぶん長い年月が流れたような気がするのは私だけでは無いだろう。

月島スタジオ×RED、フォトグラファー向きイベント開催!

日本初の、DSMCカメラのフォトグラファー向けイベントが月島スタジオとREDのコラボで、ついに開催された

このように様々なDSMC機によってプロ映像機器の垣根が曖昧になる現象が急速に進行する中、面白いニュースが飛び込んできた。CP+の直後の2月9日、月島スタジオがRED Japanと組んで、フォトグラファー向きのイベント「RED for Stills Photographer」を開くというのだ。これに参加しない手は無い。もちろん私は写真家としては何ら専門の教育を受けて居らずスチル写真に関してはアマチュアもいいところだが、RED Scarlet Xも愛用するREDユーザーであり、なおかつ、雑誌記事や映像作品のパブ打ちなどで業務写真を撮る立場でもあるので、参加資格に問題は無い…多分。

このイベントは、月島スタジオがREDカメラの打ち合わせ、貸し出し、そして後処理までのフルサポートを開始した事にあわせて開催されたイベントで、フォログラファー向きの使用ソフトウェアと道具に関する概論的なセミナーと、本格的なムービーセミナーの2つのセミナーを中心に行い、その脇では各社協賛の機器展示会を開催するという一大イベントとなっていた。中でも、渡辺裕之氏によるムービーセミナーは圧巻で、実際にRED EPICを用いて撮影し、REDCINE-X ProとPremiere CS6、そしてPrelude CS6を使って、ムービーとフレーム書き出しのスチル写真とを出力するまでの工程を1時間ちょっとの時間で紹介していた。CS6特有のマーキュリープレイバックエンジンのパワーに驚かされた参加者も多かったようだ。

渡辺氏のセミナーで印象的だったのは、とにかく、ワンカット撮影するごとに必ずバックアップを取り、なおかつそのバックアップデータのデイリー処理(簡単な現像とオフラインラッシュ用出力)を済ませてしまう、というスタイルの提唱だ。今のMBPはハイパワーで、特にRetinaモデルは4K、5KのREDコーデックを運用するに十分なパワーとモニタ性能を秘めている。そこで、MBPを現場に持ち込み、そこにThunderbolt接続の追加グラフィックボードとRAID機器を持ち込むことで、撮影と並行しつつカット単位で現場でのデイリー処理を行って、その場でデジタルラッシュを作ってしまうワークフローを同氏は提唱していた。このモバイルデイリー処理は私や周囲の諸先輩方も従前から主張しているもので、全く同意する他無い。現像現場経験者同士が同時多発的に同じ結論に至るというのは、その必要性が本当にある、ということで間違いが無いだろう。

渡辺裕之氏によるムービーセミナーはワンカット単位でのデイリー処理を提唱し、大反響であった

デイリー処理においては、ラッシュを得ることも必須だが、それ以前に、コピーの健全性の確保とデータの確認の確実性が求められる。そのため、フィルム時代はラボに一刻も早く持ち込むことが求められ、デジタル時代でも、従来であればコストを掛けてベースを組むか、あるいは毎日大規模な設備のある場所にマスターデータを持ち帰り、そこで高価なカラー処理や現像用機器を用いての処理が必要だったものだ。しかも、そのラッシュで何らかのミスが見つかったとしても翌日対応となってしまい、大道具や小道具、あるいは撮影場所そのものの再構築再検討が必要になる場面も多かった。また、コストを掛けてベースを組んで撮影後現場処理をしたところで、日が落ちてしまっていて再撮影不可能な状況でのトラブル発見という経験も、誰もがあるだろう。

しかし、それが現場処理をワンカット単位で行い、次のカットを撮っている間にラッシュが出来上がるのであれば、たとえラッシュ時にミスが見つかったところでその場で撮り直しの判断をする事が出来る。それは作品クオリティとコストパフォーマンスを大幅に上昇させることに直結する。REDのR3Dデータであれば、現状、処理機がMBP1台とモニタ1枚で済むため、どんな現場でもその場でデイリー処理が出来るのだ。更に凄いことに、REDのR3Dデータは連番ファイルのため、パブ打ち用の素材もその場で現像して提供することも出来る。色味などの参考も、とりあえず連番から代表的なフレームを一枚取り出し、Photoshopでそれっぽく作って保存しておけば、後の本処理の参考とすることも出来るのだ。

こうした処理が可能になったのは、なんと言っても、REDのR3DデータがAdobe CS6やFinal Cut Pro Xなどの一般的な編集ソフトにネイティブで対応していることが大きい。そのため、従来のように実時間の20倍といったとんでもない時間を浪費することなく、せいぜい実時間の数倍程度の処理時間でラッシュ作成を可能にしているのだ。4Kの膨大なデータをモバイルで処理できるのも、初めからアマチュア層を意識して軽装なソフト環境でも高速な処理を行うことを考慮しているDSMCならではの事だと言えるだろう。

DSMCが、ついにスチル写真家の手に渡る時代が来た

そしてもちろん、このセミナーの主役はスチル写真家たちだ。先のCP+で聞いた話では、現在、プロ写真家のなんと8割もの人々が、動画業務に興味があるという。彼らは映像人の引きずる常識に囚われることなく、こうした新しい能率的な手法を当然のこととして受け入れ、あるいは更に意表を突いた手法を編み出して、あの5D Mark 2の時のような新しい映像を次々に作り上げてくる事は間違いない。思えば、この月島スタジオは代官山スタジオ系、即ちスチル写真に強いスタジオの系列だ。そこがRED Japanとコラボし、機材から撮影ノウハウ、後処理まで全面バックアップするのだから、写真家の参入障壁は無いに等しいと言って良いだろう。

読者諸賢も実感しているように、大資本で大型シネカメラに大型処理機器を備えた大規模スタッフによる大艦巨砲主義が幅をきかせた時代は終わりを告げつつある。これからは、小型安価なDSMCのデータをノートPCで現場処理をする、少人数スタッフによる小型戦闘機の時代になるのだろう。何しろ、デジタルデータである以上、大規模設備処理でもそうしたノートPC処理でも、出来上がるデータの品質には何の違いも無いのだから。今、再び、世の中が変わりつつある事を感じる。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。