NAB18回目の正直

今年もNAB2013の取材で、この4月上旬はアメリカ西海岸を訪れた。私的な話で恐縮だが今年でもう18年間、連続でNABへの参加のためにラスベガスに通っている。これもなんだかんだとNABに行く用事を作って頂いている周囲の皆様のおかげである。映像制作技術の世界に身を置く者にとって、NABはまさに正月で「一年の計はNABにあり」というわけで、ここからの発動で全ての1年の業界の動きも決まってくるので、さながら年末のカウントダウンパーティに毎年参加できているといった感じだ。この雰囲気は一度NABへ行って頂き、その後の1年間を過ごして頂けると自然と体感できることだと思うが、自分としては、それは18年経った今でも何も変わらない。

そしてここ数年は、ラスベガス行きにかこつけて、毎年NAB開催の前後にロサンゼルスやハリウッドの知人に声をかけては、様々な拾い物(?)取材をしてくるのが私の例年の慣しになっている。やはり今でも世界の映画産業の中心であり、そして映像技術の世界でも、その最先端を担っているハリウッドには、いつも様々な新たな技術や発見、そしてなにより新たなクリエイティブのヒントが隠されている。もちろんそれはポジティブな面もあればネガティブな面もあるのだが、それらの動向はやがて何かの形で世界にも波及していくのである。

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今年は同行して頂けたクルー(勝手にそう呼んでいる!)の意向に従って、彼らが行きたいところを中心に取材を敢行。いつもの自分の志向とは違ったところを取材することが出来た。その一つとして訪れたのが、LAの北部、サウス・パサディナに本社があるVFXプロダクション「STARGATE STUDIOS(スターゲート・スタジオ)」だ。

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同社のCEOでありA.S.C.(全米撮影監督協会)のメンバーでもあるSam Nicholson A.S.C.(サム・ニコルソン)氏にNAB直前にも関わらず、色々とお話をお聞きする機会を得た。インタビューはとても濃い内容だったので、また別の機会にちゃんと公開するとして、そのインタビューの中で今回のNABに関するサム氏の見解を聞いてみた。今月はそのことを少し紹介してみたい。

ジェネラリスト>スペシャリスト

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スターゲート・スタジオは1989年に設立された、TVドラマを中心としたVFXを中心に手がけるハリウッドの規模からすれば中堅のプロダクションで、これまでには日本でもお馴染みの「ER」「24」「CSI: Miami」シリーズをはじめ、多くのテレビドラマや映画、CM、PVなどを手がけている。

サム氏とはここ数年何度か面識があり、2011年11月のキヤノンのハリウッドでのCINEMA EOS SYSTEMの発表時に、EOS C300で初めて撮影されたデモ作品『XXIT』の監督/撮影監督を務めたのもサム氏で、その撮影状況のインタビューのため2年前に同社を訪れたのが最初だ。また昨年のNABでもキヤノンブースでセミナー講師をされていたので、少しインタビューをさせて頂いた。今年のNABでもEOS-1D Cを3台同時に使って繋げた「12K」という制作に挑戦したデモなどを披露していたが、実はキヤノンだけでなく、サム氏はカメラメーカー各社に以前から非常に人気の高いクリエイターなのである。ソニーのPMW-F3の時のデモ映像や、最新のPMW-F55のSONY USA制作のデモ作品『Mahout』も彼とSTARGATE STUDIOSによる作品だ。さらに今年はNAB会場では、ARRIとも何かのプラン(詳細は不明)に絡んでいる等、各方面から引っ張りだこの人気ぶりである。ご本人曰く「まるで3人のガールフレンドがいるみたいで、色々と気を使うよ(笑)」と言っていたが、某メーカー関係者の言葉を借りれば「一流の大手プロダクションにデモ映像の制作を頼むと、値段が高い割に大した作品が上がって来ないが、スターゲートスタジオは予算も低い割に出来上がって来る作品は素晴らしく、またサム氏もとてもカメラ技術に精通しているので安心だ」ということである。

『Mahout』

ハリウッドのVFXプロダクションといえば、今年の始めに「ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日」を手がけたVFX大手の老舗リズム&ヒューズ社が、オスカー受賞にも関わらず事実上の倒産に追い込まれたことで、今は特にハリウッド全体が不穏な空気に包まれているが、スターゲートではそんな雰囲気は感じられない。それほど大きなプロダクションでもなく、TV制作が基本で、メジャー大作等も手がけている訳ではないが、NABの現場で業界関係者の何人かに聞いても「スターゲートは順調のようだね、結構儲かってるんじゃないかな?」という声が聞こえて来る。

事実、現在スターゲートスタジオはサウス・パサディナ(LA)の本社のほかに、いまやVFXの本場となっているバンクーバーとトロント(カナダ)、そしてマルタとポツダム(ドイツ)に拠点がある。そして現在、ドバイ(アラブ首長国連邦)にかなりの大規模なバーチャルセットが設置可能な大型スタジオを建設中で、今年7月のオープンを目指しているという。現在、世界で200名を超えるスタッフがいるそうだが、本社外観の写真をみてもお解りの通り、本社はとても質素(他社に比べて)だが、必要充分な条件が揃っている。場所も土地の高いハリウッドではなく、LA郊外でダウンタウンから車で30分という距離で、ハイウェイから降りてすぐのアクセスの良い環境だ。スタッフが使っているVFXソフトは、Adobe After Effectsを中心として、他もFinal Cut Proなど個人がデスクトップで使っているようなものが殆んど。それでも機能的には充分で、背伸びをしない経営にもとても好感が持てる。

スターゲートが成功している要因は他にも様々あるのだが、いまの時代はクリエイター各人がそれぞれにスペシャリストでありつつも、関係する映像制作分野に広く間口を拡げたジェネラリストとしての知識や見解も必要不可欠な時代になっている部分で、スターゲートがその辺を鋭く先取りしているところが大きなポイントのように思えた。

例えばAdobe After Effectsなどの最新情報やプラグインの使用に関する社内の応用テクニックなど最新の技術情報については、全世界のスタジオ拠点でリアルタイムにそれを共有していること。大手のプロダクションではこれまで高価で操作の難しいシステムを使う意味として、こうした技術をなるべく外に漏らさないようにすることでそのプロダクションの特異性を保ち、オリジナリティを発揮して来た、いわゆるスペシャリスト集団を作り上げて来たのがこれまでのスタイル。しかし現在はすでに技術も熟れてきて、VFXもAfter Effectsで出来ないことはほとんどないと言っても過言でない。むしろTVでは誰もが当たり前のように目にする特殊効果をどう効率的に早く作り上げるかというところが求められているのである。

すなわちデスクトップで築き上げられて来た映像制作手法が熟れたことにプラスして、クラウド技術等によって分散拡大が自由になり、まさにユニバーサルシステムとして機能する時代がプロダクションの世界にも来ているのである。それを軽快なフットワークでいち早く取り入れて応用しているのが、スターゲートの一番の強みのようだ。

サム氏も「VFXプロダクションの世界には大きな変化の時が来ている。最新情報はいち早く分散共有して、世界のどこのスタッフに任せても同じクオリティのものが迅速に出来上がってくる効率性が必要だ」という。スターゲートで驚きだったのは、作品の制作工程管理の中に、その技術情報共有の専任セクションもすでにあること。そうすることでクリエイターそれぞれがスペシャリストとしての仕事をしながらも、日々映像制作のジェネラリストとしてのノウハウを溜める事ができるような仕組みになっているのである。

Visual Langageの時代

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サム氏が語っていた中で大きなキーワードと感じたのは、まさにいま「Visual Language」の時代が到来しているということ。

いま我々は、まさにVisual Languageの時代にいるんだよ。昨年(2012年)のー年間に、ネット上にアップされた画像の数を知っているかい?驚きなのはその数が、実に2011年までの過去全てにアップされた画像の数を超えてるってことだよ!いまや皆がiPhoneなどのスマートフォンやiPadなどを持って、写真や動画を日々アップしている。つまり皆がテキストや言葉以上に、ヴィジュアル(画像/映像)という言語を使って会話している時代なんだ。まさにVisual Language時代の到来さ!

彼は以前から事あるごとにiPhoneを必ず取り出しては、これでできることの多さといったら計り知れないといった可能性を提示する。ハリウッドの撮影監督でもそれだけiPhoneの存在は大きいのだ。

しかし考えさせられるのは、まさに誰もが画像、映像で語る時代に、プロフェッショナルが何をするのか?何が出来るのか?もしかするとプロの定義も変わって来るのかもしれない。これは実に大きなテーマであり、今後は我々ジャーナリストも常にその視点を持つことが重要になってくると思う。実際にNAB会場では数年前からiPhoneアプリや周辺機材なども多く見かけるが、そうした目新しい機材以上に、映像カルチャーの一般への浸透の速さと、その上でのプロの存在という意味を、もう一度考えさせられる事実でもある。

その先のカメラ技術…Time-of-Flight Camera

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サム氏とのインタビューの中でもっとも自分が興味を持ったのは「Time-of-Flight Camera」の存在だ。「Time-of-Flight Camera」=時間飛行カメラと名付けられたこのカメラは、すでにウィキペディアでも項目があるので調べてみると良いかもしれないが、要は空間切り取り型のカメラである。ある意味で3D技術の延長線上とも言えるもののようでもあるが、具体的にはdof(depth of field=被写界深度)を後からでも自由にコントロールできるカメラのようだ。見えている画角の中で光センサーなどで捕えたある一定の深度を一つの空間として切り取り、後からその空間内でどこにピントを合わせるかを設定したり、その他をボカすなど、様々な応用が出来そうな未来型のカメラシステムだという。

これは静止画の世界ではすでに製品化もされているが、サム氏はいよいよ動画の世界でもこれが実現されそうな気配があるので、そうした技術出展があると楽しみだと漏らしていた。本当に実現すればかなり面白いことになるのかもしれない。実際には今回のNAB2013の会場では、「Time-of-Flight Movie Camera」に関する具体的な製品や技術展示を見かける事はなかったのだが、表向きには何も無かったが裏では…ということも多々ある世界。

すでに低解像度では静止画で実現している技術でもあり、日本でもパナソニック等がこれらのカメラ研究をしているようで、今後の新しいカメラ技術の方向性をとしても興味を持っておくのは面白いかもしれない。ただし、現場での撮影者の視点や技術が失われるなど、これについても賛否両論はすでにあるのだが、新しい技術はまた新しいクリエイティブを生んでくれる事には相違ないだろう。

いずれにせよ、NABはこうした技術と市場を結ぶ様々な動きが見れる絶好の機会であり、人それぞれだが映像制作に身を置く人にはそれなりに必ず行く価値はある。来年は、2014年4月7日〜10日、同じくラスベガスコンベンションセンター(LVCC)で開催される。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。