最近、短編映画がにわかに熱い。引退宣言で世間を騒がせている宮崎駿監督も、宣言内容をよくよく読むと、
宮崎氏:“風立ちぬ”は前作から5年かかっています。次は6年か、7年か…それではスタジオがもちませんし、ぼくの70代は、というより持ち時間は使い果たされてしまいます。
と、まだまだやる気満々で、時間のかかりすぎる長編は卒業したいという意味で有り、決して今後一切映画を作らないということでは無い様子だ。アニメ方面の仕事が多い私などは宮崎監督らしいとほほえましく思ってしまうのだが、要するに、長編はもう引退するが、短編映画やその他の新しい試みなどはまだまだ作る、という事であるようだ。宮崎監督の話だけでは無く、国内の短編賞も充実して来ており、今、映画産業界隈では短編がここ数年にわかに盛り上がっている。今回はそのあたりを簡単に触れてみたい。
短編専用映画館も好調
カメライベントCP+では、ここ2年ほどCanonによるショートフィルム上映会が定番化。技術切り替え時期に相応しいやり方だ。CP+でのCanonイベントが行われたブリリアショートショートシアター
短編映画は今のところ日本国内ではあまり評価されないが、海外では古くから非常に高く評価されてきたジャンルである。日本の若手監督も、海外の短編賞からキャリアをスタートした人も多い。そもそも、短編映画とは、日本ではともかく、映画先進各国においては、アイディアとセンスを端的に見せつける事の出来るジャンルとして評価が高く、また、視聴者側からも、長時間拘束されずに映画のエッセンスだけを味わえるということで非常に人気が高いジャンルであり、日本での短編の盛り上がりもそれを意識したものとなっている。
特に、2008年にブリリアがショートショートシアターをみなとみらいに作ってからは「短編でも有料公開出来る」という実績が出来、認知が一気に広がった。それまでは短編といえば、せいぜい、有名監督の作品やキャッチーな作品をオムニバスに繋いだものばかりで、単独の短編映画は長編を念頭に置いてのプロモーションや名刺代わりとして無料公開される程度のものであったから、ブリリアの成し遂げた認知の意義は大きい。ブリリアショートショートシアターは、カメライベントCP+において、ここ2年間連続でCanonによるCINEMA EOS撮影のショートフィルム上映が定番化しているので、読者諸賢におかれても、この映画館をまったくご存じないという方は少ないことであろう。
しかし、ここ数年のショートムービーの盛り上がりは、それだけでは説明が付かないものだ。冒頭に書いた通り、宮崎駿監督のような超大物までが短編に興味を持ち、各短編賞も賞の体裁を整え直してより豪華なものへと生まれ変わりつつある。この一因として挙げられるのが、スマートフォンやタブレット端末など、携帯液晶端末による視聴の普及だ。携帯液晶端末は非常に便利なもので、しかも高精細とあり、映像の視聴環境として一気に普及した感が有る。しかし、それらの欠点として、元々が携帯電話や電子メモ帳だけあって、スタンドなどの安定視聴環境装備の無い機種が多く、そのためずっと手で持ったままでの視聴環境である事が多い。また、そもそも、持ち歩く端末であるだけに、視聴状況自体、長時間の視聴時間が取れない状況での利用が多く、いずれにしても長編映画など、長時間の視聴には全く向かないものなのだ。私もApple Storeで何本かモバイル向けの映画を買ったが、結局実際に見るのに困り、そのまま見ること無く済ませていることが多い。そうした視聴者側の環境の変化を考えると、短編映画というのは、まさに携帯液晶端末向きの映像作品であると言えるのだ。
映像技術切り替え時期の短編ブーム
SIGGRAPHでは毎年、ショートフィルムを集めた「コンピュータアニメーションフェスティバル」やその更に佳作集である「Electric Theater」が開催されている
更にもうひとつ、短編制作が流行る理由として、今度は、制作者側の都合というものもある。それは、今は、4K、8Kなどの高解像度映像、あるいはLogやRAWなどのHDR映像など、映像技術の大規模な切り替え時期である、ということだ。映像技術の切り替え時期においては、一気に大規模な投資がしにくい面も有り、また、技術の蓄積が足りず、なによりもそうした新技術を学んだスタッフを大勢集められないところから、どうしても長編制作に挑戦するのは難しい側面がある。しかしその点、短編であれば、機材投資も技術準備も最低限で済み、最悪、技術的に失敗したとしても、1フレーム単位で手作業での修正をしてもさほどの負担増では無いため、新技術を進んで導入しやすい側面があるのだ。実際、前述したCP+におけるCanonのショートフィルム上映は、まさにCINEMA EOSという新技術の実験場として短編というフィールドを選択したものだと言えるだろう。
こうした実験場としての短編制作のやり方には歴史がある。そもそもフィルム時代の自主制作映画などはほとんどが短編であったし、例えば、筆者の慣れ親しんだCGなどでは、むしろ、個人や少人数で作る事によって芸術性を高められる短編こそがメインであって、多人数制作にならざるを得ない長編はあくまでも他の技術と組み合わせるための余技、という雰囲気すらある。監督のアート性を全面に出すという面から見れば、こうした少数精鋭で作る短編こそが映画の本来のやり方の一つであるという考え方も、あながち間違ったものでも無いということも出来るだろう。
そもそも、初期商業CG映画の立役者である「トイストーリー」シリーズも、元々は「Tin Toy」という名前のショートフィルムとしてSIGGRAPH向けに作られた映像が元になっている。キャラクターもストーリーも全く異なるものだが「オモチャが意志を持つ」というエッセンスは短編時代に完成されたものだし、何よりRendermanレンダラーやIK技術などの主要技術は、全て「Tin Toy」時代に完成しているものだ。こうした実験的な作品こそが、短編の最大の魅力と言えるだろう。
SIGGRAPH ASIAでもショートフィルムは健在だ
また、SIGGRAPH ASIAでは、更にショートフィルムの普及度が高い。SIGGRAPH ASIAは学生主体で、しかも貧しい地域の多いアジアの学会ということもあり、商用のフルサイズの映画に参加することが出来ない参加者が独自のショートフィルムを作ってくるケースが多いのだ。SIGGRAPH ASIAでは、単にアニメーションフェスティバルとして出品するだけでは無く、各発表論文などでもショートムービーを付けることもある。映画技術論文発表のプレゼン手段として実用性が一目でわかるショートムービーを出すわけで、これほど効果的なものは無いだろう。
2020年夏期オリンピックも東京に決定し、いよいよ4K、8Kが本格化する。あまりの高解像度に様子を見ていた機材メーカーや各種映像企業も、東京オリンピックとなれば話は別で、一気に4K、8Kに参入してくることが予想される。とは言っても、2020年まで、何とわずか7年しか無い。もちろんオリンピックで直に業務に当たるのは我々映像作品の制作サイドでは無く、テレビ局などのいわゆるENGサイドの人々であろうが、そうは言っても、テレビ受像器や放送・配信・放映環境が8K化すれば、我々も8K技術を使わないわけにはいかない。
しかし、冒頭に書いた宮崎監督の言葉では無いが、長編をまだ市販カメラすら存在していない未知の技術である8Kでゼロから作り上げ、技術を習得するにはあまりに時間が足りない。となれば、技術研鑽も兼ねて、ショートフィルムという選択肢は大いに検討すべきだ。いずれにしても、今、再びショートフィルムが熱い時代がやってきた、と言えるだろう。