8Kへの道程

11月13日から開催されたInterBEE2013は開催前の予想通り、4Kそして8Kといった高解像度映像への布石と、次世代高解像度放送へ向けた提案が各社から提示され、全体の雰囲気としても以前にも増して放送局関係者が増えた感もあり、いつも以上の賑わいを見せていた。

全体を通してみると、今回のメインとなった製品はやはり“4K対応の業務用ディスプレイ”だったこと、そしてこの機会における新型カメラ等の大きな発表展示は無かったものの、ソニー、パナソニック、キヤノンといった大手メーカーがそれぞれの細かい新ソリューションを発表して、一通りの賑わいを見せていたのも特徴的だった。まずは4K実用化に向けて、様々な取り組みが披露される中で、春のNABからの流れを汲んで今後の運用面での4K R&Dがまさに始まった感のあるInterBEEだったと思う。

前回このコラムでピックアップした、4K、8Kに符合する更なる150p、300pといったハイフレームレート(HFR)への施策は、すでにUHDの放送基準が120fps・60pという仕様を固定化した(?)日本においてはタブー(!)のようで、特にそこを取り上げているブースはなかったが、放送向けUltra HD祭りの様相という点では的中し、やはりシネマ、通信といった面が薄れて元来の放送機器展としての色が濃く出ていた。

また4Kキーワードももはや日本では4K=Ultra HD(3840×2160)がスタンダードというイメージ化が普及、映画の4K化よりもテレビの4K/8K化が加速されそうな勢いである。とはいえ、よくよく会場を見渡してみると、4Kコンテンツなどデモ映像一つにしてもその多くは4Kアーカイブの借り物素材が大半であり、まだまだその制作の難しさ、ハードルの高さが伝わってくる。

手前味噌な話で恐縮だが、筆者もプロデュース制作スーパーバイザー/制作フロー設計コーディネートという立場で、実際の映像制作の現場にも携わる機会が多いのだが、昨年からはいよいよフルフロー4Kの制作という現場が出てきた。その経験からしても現状では本来の4Kクオリティ作品を仕上げることは、ハイエンドポストプロダクションの力をお借りしなければ、正規のバジェット(予算)とファシリティ(環境)が捻出できない限りまだまだ難しい。

4K、5Kの撮影収録まではすでに可能だ。がしかし、実際に撮影してみると様々な違和感が生まれ、実際のところスムーズには行かない。そもそも4Kのリファレンスモニターが無いという状況で4K撮影自体を行うのも危険な話なのだが、RAWやLOGを搭載した4Kシネマカメラを信じて、その特性を熟知したカメラマンやVEスタッフを配しても、なかなか思ったような画を成立させることは難しい。

例えば2カメ3カメといった複数台の多機種のカメラを使用した場合、ポスプロ段階でつなぎ合わせると、カメラの個性とは違った画質の違いや微妙な色の転びが出ていたり、同じ機材を使っていても、カメラとレコーダーのセッティングにおける電位相問題や使用するBNCケーブルの質の違い、NLEからの書き出し段階でのTips的な不具合など、細かい条件の違いによって微妙な差が現れる。何が原因なのかが特定できないことも多く、色の違和感も4K解像度ではいままで見えていなかったものが見えてしまうため、カラーコレクション/カラーグレーディングの段階ではすでに修復が難しい事態が起きていたりする。特にポスプロワークで成果物をコンプリートするにも、バジェットに見合った手頃な手段や方法の選択の余地がないという現状にはどうにも困ったものだ。

ただしその進化は顕著で、昨年は完全に“ハイエンドな特殊モノ”として特別な環境が無ければ編集すら出来なかったが、今年はソフトウェアの進化の貢献度も大きく、高速マシンとビッグストレージがあれば、なんとか頑張れる状況(しばしばフリーズなどもあるが!)で、これはまさにSDからHDのデジャブ現象を追体験しているかのようである。

ともあれ今後の4K、そして8K制作について最も気になるのは、そのワークフローにおける設計がどのような方向で進化を遂げていくのか?という点である。

グラスバレーHQXコーデックの可能性

GK_10_01.jpg

今後の4K/8K時代のワークフローが模索されるInterBEE2013の会場において、興味深い展示を行っていたのがグラスバレーだ。EDIUS Elite 7搭載による8K/60pリアルタイム再生が可能なターンキーシステム「HDWS 4K/8K」という特別バージョンが展示デモされていた。これはあくまで参考技術展示であり、今後の製品化の予定などは未定の状況で、あくまでR&D目的での展示であった。

動作環境は4K編集に対応したI/Oボードを搭載し、SDI/HDMIでのプレビューが可能で、現状での最高スペックといえるIntel Xeon E5-2695 v2のデュアルCPU構成により24-core(48スレッド)、メディアドライブも8個のIntel SSDを搭載してRAID-50構成という、高速高性能のメガマシンでのデモである。

しかしここで最も注目すべき技術は、同社が誇るHQXコーデックだろう。HQXコーデックは、元々カノープス時代(2005年に仏Thomson社に買収、2011年から事業部独立しグラスバレーへ)のカノープスHQコーデックから進化してきたコーデックであり、それまでの8bit/HD対応のHQコーデックに対して、10bit/4Kまで対応したHQXコーデックが昨年の6.5へのバージョンアップ以降、オープンコーデックとして無償で提供されるようになった。エンコード/デコードも可能になったHQXは、他のソフトウェアでも活用可能で、またAVI、QuickTimeなどのラッパーにも対応しているため、WindowsとMac間のファイル交換においても、非常に優位性を持ったコーデックなのである。このHQXコーデックの優れた特性が8K/60pリアルタイム再生を可能にした。

4K/8Kといった時代を迎えるにあたって最も問題となるそのワークフロー。その部分の効率性は現状としてはやはりその圧縮技術に依存する部分が大きい。デジタルにおける最も特徴的な優位特性というのは「圧縮」である。非圧縮はたしかに理想的ではあるが、そのまま使うのには膨大なデータ量になってしまうし、時間的手間的な無駄が多い。それは=予算に直結するのであり、プロフェッショナルであればそこは避けたいと思うのが常だろう。実際にARRIのALEXAカメラが世界的に普及した一番の要因がProResを採用したことであり、それが一番ウケたのは予算を気にするプロダクションの幹部であったことは以前にも記した。

映像データも料理も同じで、非圧縮RAWなどの新鮮素材があったとしても、必要な調理道具(高価な機材)と上手く仕上げる腕(技術者)がなければ美味しい料理はできない。クオリティを求めれば、やはりそれ相応の技術と環境が必要なのである。

HQXで着目したいのは、エンコードとデコードを繰り返す、デジタルワークフローにおける多世代劣化耐性の特性に非常に優れているという点だ。4K/8Kという高解像度時代になると、それをマスターとして様々な世代のコピーが生み出されることが予想される。オリジナル素材が何世代にも再編集、再制作されることは必至だ。特に多数のレイヤーで構成されるコンテンツでは編集中の中間コーデックにおいて、エンコード/デコードが繰り返えされれば、世代ごとの画質性能が重要になってくる。

現在活用されている主な中間コーデック(編集用コーデック)が、第2、第3世代で急激に画質が損なわれていくのに対して、HQXコーデックはこの多世代性能比較において劣化の少ない特性を持っている。このことはグラスバレー社Webサイトにある、HQXホワイトペーパーのページにも実際の実験グラフが公開されているので参照して頂きたい。ここにはその他、コーデックに関する様々なノウハウも比較的解り易く解説されているので、興味のある方はご一読されることをお勧めする。

4K/8K時代のコンテンツ

GK_10_03.jpg

HQXコーデックを有するグラスバレー社は,ノンリニアソフトウェアのEDIUSのほか、HDWSのターンキーシステム、その他コンバーター、カメラ、スイッチャー、サーバーなどを製造する一大放送機器メーカーだ。現在では海外企業であるものの、このHQXコーデックは、以前からここ日本の開発拠点である神戸で開発を続けて来たことも親しみがある。こうした優れた圧縮技術の特性は、今後、4K/8K時代において大きな役割を果たす立場にあると考えられる。

やがて時間が経てば他社からも4K/8K対応のコーデックが登場することは目に見えているが、要はこの時点でこれだけのポテンシャルを持ったオープンコーデックをどのような方向性で製品化デザインしていくのか?が問題なのである。もちろん同社カメラ(LDXシリーズ)への装填、他社カメラとの共存、小型レコーダーの開発等々、展開の仕方は無限なので、当然メーカー側としても考えているだろう。しかし慮るべきは、4K/8K時代を見据えた市場における、そのコンテンツの利用範囲と時代性、そして価値観の汎用性にあると思う。

GK_10_02.jpg

※クリックすると拡大します

これからのコンテンツを考えるに、一方で4K/8Kに向かうということは、逆にHDやそれ以下のサイズのコンテンツも増えると考えられる。それは来るべきコンテンツ・オリエンテッド時代=視聴環境や世代、場所別に同じコンテンツを最適な状態で視聴できるような、データ状態もそれぞれのコンテンツに符合させて配信/提供する時代がくると予想する。この部分はまた深い話になるので別の機会に掘り下げることにするが、要は実際にマスターは4K/8Kになっていくとして、実際の利用としては配信における再生のスピードや取り回しのやりくりを考えれば、様々なサイズのデータや中間アーカイブが必要とされるだろう。

先端として出て来た8K対応コーデックの技術に期待したいのは、そこに素晴らしいコーデック特性を充分に機能させて欲しいということだ。日本製の優秀なコーデックの未来に期待したい。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。