スタッフは?機材は?いつもとはちがうはじまり

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前回のようないきさつでこの作品の撮影監督を務める事になったわけだが、釣りはやった事も撮った事も無く、北海道もほぼ初めてで、ましてや道のない原野に入っていくなど、全く経験がないそんな私にとっては、詳細を聞けば聞くほど不安が募ってゆくばかり。約一ヶ月の間にスタッフと機材を揃えておかなければならないのだが、何をどう揃えればいいのかも分からない。

中でもショックだったのは、岸や船からの撮影ではなく、撮影隊もろとも海や川へ入って行かなくてはならないという事、更に「あの、天気予備日がないようなのですが?」「そんなもん、雨でもやりますよ!」という一言。目の前が真っ暗になる。私自身がこんな状態だからスタッフを集めるのに説明しようとしても、「熊に出くわすかもしれない北海道の原野で、延べ一ヶ月の撮影」くらいしか言いようがない。

とにかく一度、一人で行ってみるしかないと思い、浜野氏に手配をお願いした。旅行ガイドに載るはずも無い場所ばかりなので、そこはお任せするしかなかったのだ。ロケハンとは言っても、いつものような「イメージに合う場所を探しに行く」というのとは全く違う。もう、そこに在るものを受け入れるしかない。とは言え、旅番組、釣りの記録映画を撮る訳でもない。ストーリーもテーマもある映画だ。信念とクリエイティビティを持ち続けなければいけない。後にこの二つのバランスが大きな課題となるのだが、今回は準備に的を絞ってお伝えしよう。

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いつもとは全く違うロケハンではあったが、「いつものような」ロケハンも諦める訳にはいかない。私はどんな作品でもロケハンに本番用のカメラを持ち込み、基本的な画作りをする。ストーリーとテーマを胸に強く持ったまま、その場所の空気と対峙し、カメラとレンズ、そしてカスタムプリセットでその二つを繋いでゆくといった感覚だ。

こんな事をロケハンでじっくりできるのは、正にテクノロジーとその小型化、低価格化のお陰、そしてそれを個人所有しているからこそなのだ。「映画は人とお金がかかる」という常識から考えれば珍しいことなのかもしれないが、一人の表現家としてはスチルの写真家がやっている事と同じで、すごく当たり前な事だと思う。それが可能になった現在、やらない訳にはいかない。むしろ作品性の根幹だとも考えている。そういう意味では、例えもっともっと潤沢な予算が与えられたとしても、ARRIやREDを借りてこようという発想はなく、迷わず自分のFS100を選ぶだろう。

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この映画はSONY NEX-FS100と700の二台で撮る事を決めていた。意外に思われる方もいると思うが、あくまでメインはFS100の方だ。このカメラの持つセンサーはもはや私の作品になくてはならない奥深い表現力を備えており、FS700が発売され、4Kへまっしぐらといった感じの今となっては型遅れと思われ、もしかするとこのセンサーを搭載したカメラは今後リリースされないかもしれないのだが、その芳醇なトーンはこのカメラでしか出せない味なのだ。

ならば何故FS100を二台使わないかというと、この映画には必ずFS700のスーパースロー機能が必要になるだろうという考えと、釣りという、いつ、どこでクライマックスが訪れるか分からない撮影対象に対して、内蔵NDフィルターを備えたFS700の機動性は絶対必要だと考えたからだ。結果的にその予想は的中し、FS700もおおいに活躍してくれた。

だがカスタムプリセットでできる限りFS100に近づけたトーンは、編集中にもやはり違いが分かる。私としてはFS100のセンサーと700の機動性を併せ持った新機種が発売されないかと切望しているのだが、技術的には簡単な事であっても、このご時世絶対無理だろうなぁと諦めている。という訳で、ロケハンにはFS100と浜野氏のカールツァイスレンズを持って出かけた。

前回書いたように、レンズは浜野氏所有のコンタックス時代のカールツァイスを使う事に決まっていた。これは私の十八番とも言えるオールドアンジェニューレンズとは対局だとも言える重厚でシャープなトーンを持つレンズだが、今回の映画の男性的なテーマと北海道の粗野な自然という対象には合っているという予感がしたし、またその予感は的中した。

最も使用頻度が高かった35-135mm/F3.3-4.5のバリオゾナーを始め、50mm/F1.4、60mmマクロ、100mm、300mmといった物が揃っていて、前任者が5D Mark IIIで使ったという事もあり、全てマウントアダプターでEFマウントに揃えられていた。もちろんFSはSONY Eマウントなのだが、これは私にとってはむしろ好都合。私のレンズも5D Mark IIを使っていた事もあり、ほとんどがEFマウントで、故にEF/SONY Eのマウント変換アダプターはたくさん持っている。最近になって明るい単焦点や電動ズームまで備えたレンズが続々発売されてきたSONY Eマウントは後発の利を活かし、特に動画撮影においては理想的なマウントかもしれない。

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だがEFマウントのレンズを、マウント変換アダプターを介して使う事で大きなメリットも生まれる。それはマウントアダプターのスペースを活かして、一つ機能をプラスできるという事だ。代表的な物がMetabones社のSpeedBoosterだ。これは光学レンズにより、フルサイズのレンズの画を縮小してスーパー35mmのセンサーに写し込むものだが、これにより焦点距離が1.5倍になるAPS-Cやスーパー35mmのセンサーに、5D Mark IIIのようなフルサイズに近い、約1.1倍の画が記録できる。

つまり、35mm換算で約75mmになっていた50mmレンズが、約55mmレンズとしても使えるという事だ。前述のようにワイド側が不足している今回のカールツァイスのレンズセットだが、これをほぼ等倍で使えるようになるのは魅力的だ。それでも足りないワイド側を補う為にSAMYANGの35mm/F1.4と14mm/F2.8を追加して持って行ったのだが、これもEFマウントの物なのでスピードブースターにより2種類の焦点距離を使い分ける事ができ、カールツァイスとの相性も悪くはなかった。

もう一つ、マウントアダプターを利用して追加できる機能がNDフィルターだ。実はこのマウントアダプターは元々絞りリングを持たないキヤノン純正のEFレンズを使う為にマウントアダプターの中に絞り羽根を仕込んだ物で、その絞り羽根を取り外し、代わりに可変NDフィルターを組み込んだ自作の物。これをレンズと本体の間に挟み込む事によって内蔵NDを持たないFS100の機動性が格段にアップし、また、前述のSAMYANG 14mmのような、レンズが飛び出ていてフィルターの付けられないレンズでも好きな明るさで被写界深度をコントロールできるようになる。

元々内蔵NDを備えたFS700には必要のない物だが、700の内蔵NDが3段階なのに対して、これは無段階で明るさを変えられるので絶妙に好みの被写界深度が得られるという点では、むしろFS700よりも扱いやすい。ただし可変NDは厳密にいうとその濃さで色が変わってしまうという構造的な問題を避けられないが、編集段階で充分補正ができる範囲なので機動性が必要な撮影においてはとても便利だ。

立ちはだかる問題。それをどう乗り越える?

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今回頭を悩ませた問題は、海、川、雨…そう“水”だ。FS100を完全防水するハウジングなんて見た事もなかったし、見つけたとしてもどうせ目玉が飛び出るくらい高価なのだろうと思い、探しもしなかった。最近色々発売されている防水仕様のアクションカムの事も考えたが、たまたま雨だったからというだけで、そこまで画質やトーンを犠牲にする気にはなれなかった。そこで目を付けたのがミラーレス一眼、というよりはミラーレス一眼用の水中ハウジング。調べてみるとネットや秋葉原で2万円を切る値段でゴロゴロ売られている。その中でSONY NEX-5N用を購入し、それに合わせて中古のNEX-5Nを買った(笑)。

合わせてもハンディカムよりもずっと安い。動画も60p撮影可能、APS-Cの大判センサーでいくらかの画質調整もできる。あくまで比較的という意味だが、これならFSで撮った物に紛れ込ませる事も可能だろうと考えた。

実際、ロケハンにテストがてら持って行ったこのカメラで、案内、協力してくれたフィッシャーウーマンが釣り上げたニジマスとのファイトをヒットの瞬間から、そのまま水に潜らせて釣られた魚の表情、魚目線からの彼女の表情等を全て撮る事ができたのだが、この映像が浜野氏をはじめとした様々なフィッシャーマンの絶賛を浴びることとなり、結局本編でも採用されている。「いやぁ、ふるいちさんは釣りが解っている!」「いや、全く解っていません」本当にたまたまだった。一見おもちゃのようなこのハウジングだが、その後も大活躍し、一度も水漏れはなかった。

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とは言え、多少の雨でこいつに頼る訳にもいかず、雨の中、釣れるまでじっと待つ事もある今回の撮影で大活躍だったアイテムがアウトドアでの着替え様のテントだ。これは折り畳みのレフ版のように、一瞬で折り畳みでき、三脚を立てたままのカメラも人も入れて、レンズ交換なんかもできてしまう。こいつのお陰で雨の中でもFSで撮れた画は多い。

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書き忘れていたが、この映画はドラマ部分もあるものの、特に釣りと魚に関しては模型や死んだ魚体等は使わず、完全ドキュメンタリーで行くというポリシーがあった。普段、撮りたい画を決めてから計算で準備をしていく事が多い私にとって、ロケハンや機材を用意するだけでも大きな刺激があった。その頃からきっともっと大きな刺激が待っているのだと心が踊り始めていた。それがそのままスタッフを集める言葉にも力を与えたのだと思う。次回はその辺りの事も書いていこうと思う。お楽しみに!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。