txt:ふるいちやすし 構成:編集部

何処で何を影るか?

常々自分に言い聞かせていること、「映画は美術であり、文学であり、音楽(役者の声も含めて)でなくてはならない」

もちろん絵画、小説、交響曲と同等という意味ではないが、映画だからそれぞれが1/3程度でいいじゃないかとは思ってはいないということだ。規模や形式ではなく、それぞれのクオリティにベストを尽くしたいのだ。その中で今回は美術の事をお話ししたい。

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カメラワークや照明、画作りも当然美術の要素の一つだが、今回はその対象となるロケーションについてだ。メジャー作品も含めて日本映画の弱点の一つだと考えている。劇場という限られた空間でならともかく、どこへでも行ける映画の撮影をスタジオセットでやるという事がそもそも気に入らない。もちろん屋根や天井のない家を作ったり頑丈な骨組みの中で好きなだけ照明を作れる合理性は認めるが、たとえ限られた条件であったとしても「本物」だけが持つ重みと美しさには代えられない。

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カメラが大判センサーと高感度化を実現した今なら、それらの合理性はクリエイティビティでなんとかなるんじゃないかと思っている。とは言え、現在東京を中心に活動している私にとって、また、役者やスタッフの移動・宿泊費用を考えると、地方ロケは本当に大変だ。しかし東京でロケをやるのも決して楽ではない。どこでやるにも厳格な許可が必要で、費用も高い。以前、CMの仕事でとある区立公園のシーンを撮ろうとして申請を出したところ、動画なら1時間35,000円!しかも地面に物を置く事を禁じられた。つまり三脚も立てられない。税金で作った公園になぜそのような値段が設定されるのか、大いに疑問だ。

更に隣接する有名商業施設と有名建築デザイナーによるレストランが写り込む場合にはそれぞれ別途許可が要る。自分の職業柄、知的財産権には保護の立場を取っているが、街中に溢れる広告も含め、景観という公共の空間を占有する事は横暴だとしか思えない。ぐっと奥歯を噛み締めながら商業施設の広報へお願いに行ったところ、広告価値のあるテレビ番組等でないと許可できないとおっしゃる。これは恐らく最悪の部類であろうが、プチシネレベルの映画を東京で撮る事がいかに難しいことか痛感し、最近ではそもそも東京を舞台にした映画を考える事もなくなってしまった。

実は私が撮影チームを最小限に抑える理由の一つはこういったところにもある。確かに地方ロケはいろいろ大変で、それはロケハンからお金も時間もかかる。だがそれを差し引いても余りある恩恵を受ける事が多々ある。

地方ロケーションのすばらしさ

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今回の「千年の糸姫」で選んだ群馬県下仁田町ではそんな幸運を全ていただいているような気がする。初めはたまたま通りかかっただけだったのだが、物語にぴったりの美しい景観と共に“姫街道”と呼ばれる道があり、私が出演者に思いつきで付けた名前にちなんだような神社があり、理想的な規模の美しいお祭りがあり、もう少し近場で見つけようとした事もあったのだが、なんだか運命的に引き寄せられているような気にさえなったのだ。

意を決して改めてロケハンに行った時に、お祭りの情報をお聞きしようと入った地元の商工会ですぐにお祭りの関係者を集めて下さり、協力を約束して下さった。その後も何度か足を運んでいるが、その度に素晴らしいロケ場所が決まっていく。古い名家のシーンがあると言えば、すぐに電話で本物の500年続く名家のご主人とコンタクトを取って下さり、重要文化財に指定されているお屋敷でのロケの許可はもちろんの事、そこにある貴重な歴史のお話しも聞く事ができた。その日に泊まった100年を越える歴史の宿では、貴重な調度品も含めて、どの部屋でも撮影していいという許可もいただき、その後も使っていない商店、古い石垣、どれも本物の重みと美しさに溢れていて今からカメラを向ける事が楽しみで仕方ない。

しかも驚く事にそれはフィルムコミッションという組織ではなく、全て個人から個人という直接の紹介によって得られた幸運なのだ。こういう幸運は残念ながらこの町が観光地としても決して栄えている訳ではないからという理由もあるのかもしれない。だが映画人としては宝の山に思えるのだ。その事を地元の方々に伝えると一様に意外な顔をされるが、もし今後、フィルムコミッションのようなものを作られる時には最大限の協力をしてお返ししようと思っている。

ただ、東京の映画人たちには地方のフィルムコミッションに丸投げするのではなく、やはり自分の足で地元の方々と、人と人との繋がりを作りながら映画を作る楽しさを味わってもらいたい。そうすれば柵にも囲われず、ガラスケースにも入っていない、本物の美術に出会えるはずだ。それを基本に、あと一手間の物語に合った作為とライティング、画作り、カメラワークを施す幸せ。おそらく私はこのロケを通じて、作品以外にもとても多くの大切なものを得ることができるだろう。

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ロシア人のアンドレイ・タルコフスキーがイタリアの山村で撮った「ノスタルジア」を改めて観た。廃墟のような協会も、おんぼろホテルも、その壁さえも、全てがこの映画のトーンを作り出している。やはり本物の質感は素晴らしい。こういった場所があるヨーロッパも羨ましい限りだが、日本人の私がそういう所へ行って撮るのではなく、彼らと同じように、自分の中にある血で、そこにある風景を美術として昇華させる事こそが映画人の力だと考えている。また、そういう画が世界でも評価される事が多いのだと思う。日本は美しい!

「千年の糸姫」クラウドファンディング。どうかご協力をお願いします!
https://motion-gallery.net/projects/itohime

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。