txt:ふるいちやすし 構成:編集部

現地での試写会に感謝

映画「千年の糸姫」がどうにか形になり、撮影でお世話になった群馬県下仁田町の皆さんに感謝の意味も込めて、最初の試写を町の文化ホールで行った。とは言っても、主催してくれたのは町の観光協会。また一つお世話になる形だ。私達は集まって下さった町の人に舞台の上から感謝の言葉を贈るだけだ。その思いに賛同してくれた主演の二宮芽生をはじめとする4名の出演者も同行してくれた。これもまた私にとっての大きな喜びだ。彼女達も町と人々に確かな感謝の気持ちを持っていてくれて、それぞれの言葉でそれを伝えていた。

いわゆる舞台挨拶というものに、実はあまりいい印象というものを持っていない。クランクアップから日が経ち、役者達がその間別の作品に携わり、すっかり熱も冷めた様子で通り一辺のプロモーション挨拶をする姿は、当然のことである事は理解できるが、あまり気持ちのいいものではない。だがこの日の彼女たちの言葉と表情はそうではなかった。一言一言が本当の感謝に満ちていて、また、この作品に対する思いも溢れ、感動さえした。本当にこの場所でこの人達と作品を作る事ができて良かった。

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会場になった町の文化ホールには、以前に行われたテスト映写の時に使った常設のスクリーンよりも一回り大きなスクリーンが用意されていた。この日の為に町の予算で新調してくれたという。もちろんこれを機会に上映会等で活用していきたいということだ。それは一映画人としてとても嬉しい事だし、そのきっかけになれたのなら誇りに思う。

そして驚いたことに、370席のホールはあっという間に満席になり、立ち見まででて、125分という長編作品をほとんど席を立つ人も無く、最後まで観て下さった。決して明るく楽しい作品とは言えない「千年の糸姫」だが、終わった後も出口でお見送りをしていた我々にたくさんの方が声をかけて下さり、テーマである平和に対して真剣に語って下さった方もいた。もちろん中には違った意見を持った方もいらっしゃったが、少なくともこの作品を考えるきっかけにしてくれた事が嬉しかった。「作品が届いた!」と実感できた一瞬だった。

また、映画の中の自分の町の美しさに驚き、喜んで下さる方も多く、特に自分たちにとって大切な祭が美しく描かれていた事は、感謝さえされたほどだ。これを機会に自分達の普段の当たり前が、宝物なのだという事に気付いてもらえたら嬉しい。

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このように、私にとって、とても幸せなこの作品の船出の日となったのだが、欲張りな私はやっぱり考えてしまう。この盛り上がりを何か次に繋げられないか?と。とは言っても私の次の作品という意味ではなく、この町の将来に繋がる何か。

前にも書いたことがあるが、今回戴いた協力のお返しに、フィルムコミッションを作るのに協力するというのは、現在も進行中だが、それを進めているのはごく少数の人だ。このイベントで感じた多くの人の映画に対する理解と興味。普段、歩いている人もまばらなこの町で、400人近くも集められる映画という機会を、そのまま地域の活性に繋げることはできるのではないか。

もちろん「観る」だけでもいいのだが、仮にこれが地元の人が作った作品であれば、もっと盛り上がるだろうに。散々お世話になった私が言うのも何だが、お世話するだけではもったいないし、そのうち疲れてしまうだろう。私達よそ者が作った映画でさえ、これだけ興味を持ってくれるんだから、これが地元の人が作った映画なら期待ももっと膨らむだろう。そんなパワーと温かさで地域を活性する事は絶対可能だと思うし、可能な時代が来ている。

若い人は映画を見ないのか?

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だが今回の試写会でも気になった事が一つあって、それは400人近い観客の中に中高生といった年代の人がほとんどいないという事だ。学業や部活で忙しいのかもしれないが、どの地方都市でも進学はもちろん、就職をする人でも運良く役場や学校といった公共機関に入れた人か家業を継げるごく一部の人以外、当たり前のように都会へ出ていく。これがそのまま人口減少に繋がる。試写会に来てくれた人も、人口減少をなんとかしたいと考えているひとも、ほとんどが「運良く残れた人」で、例外なのがこれからの事を決めていない中高生なのだ。

映画がすぐに彼らを雇い入れる産業になるとは言えないが、少なくともこの町の宝物、魅力、可能性を一番伝えなくてはならない相手は外部の観光客ではなく、地元の子供たちなのだ。もしかしたら大人が用意してあげなくても、彼らはそれを使って新しい産業を創造するかもしれない。実は「千年の糸姫」の撮影でもそういう経験と刺激を残していく為に、地元のスタッフを極力使うようにしていたのだが、本当はもっと中高生にも参加してほしかったのだ。その為に少し動いてみたが、教育機関の理解を得るには相当なハードルがいくつもある。今後、時間をかけて、なんとか町ぐるみで中高生にも参加できるような映像制作活動の形を考えていきたいものだ。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。