txt:ふるいちやすし 構成:編集部

アメリカ・ワイオミング州でのワンマン撮影

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今回のアメリカ・ワイオミング州での撮影の仕事というのは、一人の日本人が30年前に日本の自然破壊に嫌気が差し、自然豊かなワイオミングに家を建て、以来、夏をこの地で過ごしナチュラルライフを満喫してきたが、9.11のテロからイラク戦争を境に変わってゆくアメリカに疑問を感じ始め、ついにこの地を離れる決意をしたという流れを、ワイオミングの大自然と本人、アメリカの友人達のインタビューを交えて組み立てるドキュメンタリー作品だ。

そして何と言っても驚いて頂きたいのは、丸1ヶ月間の撮影をアシスタントもいないたった一人で行い、そのうち約半分はコーディネーターも無しで一人で車を走らせ、野山を歩き回り、ツーリストセンターや道行く人からの情報のみでの単独行。初めての土地では無謀とも思えるスケジュールだった。もうここまでくると、意外に腹も座り「まぁ、何とかなるだろう」と思えてしまうから不思議だ。

どうも私は普段の行動から、一人で何でもできるネイチャー系のカメラマンという間違った印象を持たれているようだが、よく考えてほしい。確かに年中野山をウロウロ歩き回ってはいるが、せいぜい都市近郊の里山レベルで、3000メートルを超える山なんかほとんど登ったことがない。暑いのも寒いのも嫌だし、膝に古傷の爆弾も抱えている。英語だって大したことは喋れないし、実は右側通行を運転するのは今回が初めてだ。まぁ、こういった間違った印象が新しい経験をさせてくれるのならそれはそれで有り難く受け取っておこう。

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とは言え、仕事は仕事だ。できませんでしたでは許されない。出来る限りの準備を整えていかなくてはならない。撮影機材以前に大切なのは身の回りの装備だ。現地の気候をよく調べ、適切な衣服を用意し、履きなれたトレッキングシューズはかさ張るが、必ず持っていかなばならない。8月と言えども山岳性の気候だ。昼間は30度を軽く超える。終盤には夜に氷点下に達した事もあったが、一枚コートを用意して行ったのが良かった。

そして絶対に忘れてはならないのがレインスーツだ。雨は少ないと聞いていたが、30分も降られれば身体は濡れる。遭難しなくとも、1ヶ月の長丁場だ。風邪をひく事も許されない。これにはお金をかけてでも防水透湿性に優れたしっかりした物を用意しておくべきだろう。もちろんカメラバッグもレインカバーでしっかり守らなければならない。それから鎮痛剤や風邪薬、傷薬や絆創膏なども慣れない土地で買うのは大変だ。必ず用意していくべきだろう。撮影の仕事と言えども、まずは安全に身体が動くこと。これを蔑ろにすると仕事にならない。その意識と備えとトレーニングは普段から心がけておくべきだ。それが良い映像への第一歩だと思う。

一つ大誤算だったのは熊鈴だ。最近は近郊の里山でも熊の被害が頻発しているので、普段から私は熊鈴をぶら下げて歩いているが、なんとアメリカでは誰一人そんな物は持っていない。ガイドに言わせるとそんな物は熊にとってはディナーベルらしい。本当かどうかは熊に聞いてみないと分からないが、その代わりにみんなが必ず持っているのは熊スプレー。慌てて買い求め、熊鈴はカバンの奥にしまいこんだ。

気をつけなくてはいけないのが、私有地。何でもない森を歩いていても、知らず知らず私有地へ迷い込んでしまう事がある。そんな時でもいきなり銃で撃たれる事があるそうだ。そういう国だという事を忘れてはいけない。あとはとにかく安全運転。不幸にも警察に停められた時は指示があるまで決して動いてはいけない。ポケットから免許証を出そうとしただけでも、これまた撃たれてしまうらしい。幸運にも私はそういう経験をせずに済んだが、いずれにしても安全こそプロとしての責任だと心得なくてはいけない。

険しい旅のために選んだ機材達

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さていよいよ撮影機材の話になるが、メインカメラにJVC LS300、サブにSONY α7Sを選んだ。インタビューなどの場面では2カメで収録する事も想定しての選択だが、メインカメラが何かトラブルに見舞われた時にもメインになり得るαを選んだという事だ。レンズはいつものクラシックレンズではなく、カールツァイスのMilvusシリーズ。Distagon 21mm/f2.8と35mm/f2.0、Planar 50mm/f1.4と85mm/f1.4、Macro Planar 50mm/f2.0と100mm/f2.0の合計6本を持って行った。理由の一つは「アメリカ」という被写体に対する何となくのイメージに、クラシックレンズのウェットな感じが合わないのではないかと感じたからだ。

そしてなぜEマウントやM3/4のカメラに対してわざわざEFマウントのMilvusを選んだのかと言うと、一つはマウントアダプターを利用してレデューサーを使ってフルサイズとして使ったり、その必要のないαの方でも、自作の可変NDを内蔵したアダプターを噛ませるといった利便性があるからで、実は私が所有しているクラシックレンズも含め、全てEFマウントに揃えてある。

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もう一つの理由はトーンだ。カールツァイスの他のシリーズやSONY製のカールツァイスレンズに比べて、ちょっとした空気感に味があるように思う。このシリーズはコシナが作っているということも関係しているのかもしれないが、パッと付けてみた時の印象が良かったのでそれをじっくり試してみたかったという理由だ。

それはどうやら間違っていなかったようだ。特に色の繊細な表現力は秀逸で、私は大体カメラの彩度は落とし、全体的に暗い画にするのが特徴だが、そんな時にでも微妙な色の変化を捉えてくれていたのには息を飲んだ。発表になったばかりだが、このMilvusシリーズに新たに15mm、18mm、135mmの三本が加わり、ますます楽しみなレンズになった。

とは言え、この大判センサー+マニュアルフォーカスレンズというセットは簡単だとは言えないし、ワンマン撮影、ドキュメンタリー作品というプレッシャーの中では厳し過ぎるのではないかと思われるが、だからこそ陳腐な物にはしたくないという意地が働いた選択だ。

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このような過酷な条件の中では、画の表現力だけが武器になりうると思う。予算がないから、一人だからという言い訳は視聴者には通じない。唯一許されたたっぷりある撮影時間というメリットを使って、いい画を撮ってやろうというプチシネ魂だ。お陰で本当にクッタクタになってしまったが…。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。