txt:ふるいちやすし 構成:編集部

ロシアで紡がれたある一つの美しい作品

本当に久しぶりに心から“美しい”と思える映画を観た。「レミニセンティア」井上雅貴(いのうえまさき)監督だ。カテゴリーとしては邦画のSF映画ということらしいが、内容は非常に哲学的で、驚くべきなのは全編ロシアで撮影され、ロシア人俳優によるロシア語(日本語字幕)。もう完全にロシア映画と言ってもいいものだ。更に撮影は井上監督の他、アシスタント1人とプロデューサーの合計3人という極限のプチ・シネスタイルだと言うから驚き以外の何物でもない。これは話を聞かない訳にはいかないと、上映期間中でありながらお時間をいただいた。

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【井上雅貴】
1977年、兵庫県生まれ。日本工学院専門学校、映画科にて16mmの短編映画を製作し始める。卒業後、MVビデオ、CM、TV番組などのディレクターをつとめ、2005年に有限会社INOUE VISUAL DESIGNを設立。映画編集として石井岳龍監督の「DEAD END RUN」「鏡心」に参加。メイキング監督として、「スカイハイ」「最終兵器彼女」「ラフ」「ディアフレンズ」「犯人につぐ」「腑抜けども、悲しみに愛を見せろ」「シャカリキ!」「しあわせのかおり」「きみの友だち」「毎日かあさん」「深夜食堂」など数々の映画作品に参加。映画制作のノウハウを多方面から学ぶ。

アレクサンドル・ソクーロフ監督のロシア映画「太陽」にメイキング監督として参加。3ヶ月ロシアに滞在し、ロシアの映画製作を学ぶ。ロシアでの撮影を決意し、映画企画を進める中、内容、撮影、共に商業映画の企画として難しい為、自主制作を決意。いままで参加した映画の知識をすべて使い映画を完成させる。 今回が初長編映画デビュー。

まず気になったのは監督として初作品でありながら、長編、ロシア映画、そして「人の記憶が特別な力を持つ」という深淵なテーマ。果たしてどういう順序でこうなったのだろう?

井上監督:まず長編を撮りたいというのがありました。石井岳龍(いしいがくりゅう)監督とお仕事をさせていただいてる内に、インディペンデントスピリッツをずっと教えてもらっていたんですが、どうせやるのなら普通に考える3段階くらい上の事をやろうと思ってました。テーマも手近にある家族とかではなく、クオリティとしても映画館でかかっても遜色のない、ちゃんと1,800円の入場料を払う価値のある、短編ではなく本格的な長編を撮ろうと思っていました。その為にこのPRONEWSとかからも随分学び、研究もしましたよ(笑)。

次にロシアで撮ろうと思ったきっかけは十数年前にロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の「太陽」という作品にメイキング監督として入ると言う幸運に恵まれ、元々ソクーロフ監督のビジュアルで語る作品が好きだったこともあり、その機会にハリウッドの分業制とは全く違うロシアでの撮影風景や考え方を肌身で感じられたことが大きかったですね。

ロシアの人って撮影自体が哲学なんです。それはスタッフも含めて皆さん芸術家なんです。そこにすごく感銘を受けて、これはロシアで撮らねば!と思ったんです。そしてその次に普遍的テーマを扱いたいと思い「記憶」というテーマで書きました。

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「レミニセンティア」という作品の美学、テーマの深さ、そしてロシア映画というバックグラウンド。きっとゴリゴリの芸術家タイプだと思っていたのだが、それを彼はキッパリと否定する。

井上監督:芸術家になりたいとは思っていません。本当に撮りたいのは商業映画の大作です。日本のメジャーな映画会社の人たちが言うには、今、大作を撮れる監督が少ないらしい。だからそこを目指してます。

だけどそれは日本だけの内輪受けするものではなく、海外の人が“日本の映画は面白い”と思えるような、思想もビジュアルもしっかりした大作を作れる人になりたいと思ってます。マーケット的にもアメリカや中国で通用しなくては日本映画は衰退していくと思っているので、テーマにも普遍的なものを選びました。

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日本の商業映画というだけで、一種の薄っぺらいものを想像してしまうのは私だけではないと思うが、彼はそこも3段階上を見ていると思う。世界に通用する日本の大作映画というのが彼の当たり前になっているのだろう。一見難しそうな、哲学的なテーマに対しても気取りなく表に出してくる。そのバックグラウンドはどういうところにあるのだろう。

井上監督:確かにロシア文学とかも読みましたし、ドストエフスキーとかトルストイとか、ロシアで撮るのならそういう方々への敬意も忘れてはならないと思いました。ただまず自分が面白いと思える事が良い作品に繋がるのだと思います。

あと、ロシアって(日本人からすると)やっぱり何かと大変な国なんですよ。通貨価値もころころ変わるし、明日何が起こるかわからないようなところがあって、だからこそ人々の思いも自分に向くのだと思います。経済的には先進国ではあり得ない事も起こるし、いきなり戦争を始めちゃったりもするし、他民族国家でもあるから、ロシアにいると「なんでこんな事が起こるんだ?」「私は何なんだ?」といったところを日常的に考えてしまうのも解るんです。だから“解る人には解る”みたいな難解なものは哲学だとは思ってなくて、誰でも考えるようなものだと思ってるんです。普遍的でみんなが考えるようなことを掘り下げただけで、「私はこれを主張したい」みたいなものは一切ないんです。

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井上監督:映画的な手法として不思議なものを作りたいとは思いましたけどエンターテイメントから離れるつもりはなかったですよ。かと言って、単純なラブストーリーとか家族の愛情みたいなものではなくトリッキーな映画技法を取り入れたものにしたかった。でも訳が分からないようなものではなく、そのギリギリのバランスみたいなものはとりたくて、それがエンターテイメントだと思ってやっています。

哲学だから芸術というのではなく、もちろん哲学に興味がある人もたくさんいて、その人達に楽しんでもらえるという事が大事です。例えばタルコフスキーみたいに一切の説明をなくし、解る人にしか解らないようなもっと難解な映画にすることはできますが、俺はそういうことはやりたくないんです。

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決して日本のオーディエンスをバカにするつもりはないが、エンターテイメント作品か芸術作品かどちらかに振り切ってしまえば今の日本のマーケットに対しては解りやすく、創る方も楽だと思う。ただ、彼はこの作品をもってエンターテイメントだと言いきる。それはとても難しいとも思えるが、彼の言うように3段階上の日本映画という基準で考えれば当たり前なことだとも言える。

実際、インタビューの間中、難しい事に挑戦しているといった気負いは全く感じられず、どちらかというと淡々と話しているその様子に、むしろ揺るがないものを感じて引き込まれてしまった。こうなるとプチ・シネ協会としては、作品のことだけに留まらず、今の、そして今後の日本映画の世界に対する考えも聞きたくなってしまうが、それは次回のお楽しみとしよう。それまでに皆さんにもぜひこの作品に触れていただきたい。

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執筆時点では東京・渋谷のユーロスペースでのレイトショーが11/25日までとなっているが、自主配給ということでユーロスペース以外の今後の展開が明確には決まっていない。公開が決定しているところもあるが、まだまだ足りないとのこと。劇場やイベント上映など興行に関して、この映画に興味のある方はぜひ公式HPから直接連絡をしてほしい。また、その為のクラウドファンディングも行われているので、ぜひ協力していただきたい。日本映画が3段階上へ育つ為にも!

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【作品詳細】

日本人監督が自主制作で描く日本映画史上初の完全ロシア語SF映画「レミニセンティア」。

レミニセンティア=記憶の万華鏡

忘れたい記憶がありますか?取り戻したい記憶はありますか?あなたの記憶は真実ですか?記憶をテーマに日本人監督がロシアに渡り、ロシアSF感動作を作り上げた。記憶を消すことのできる父と絵が大好きな娘、父は悩める人々の記憶を消し、その記憶で小説を書いていた。しかし、ある日、愛する娘との思い出が消えている事に気づく。忘れたい記憶と取り戻したい記憶、果たして記憶に翻弄される人間の存在とは何なのか?

監督:井上雅貴
出演:アレクサンダー・ツィルコフ、井上美麗奈、ユリア・アサードバ、ほか
2016/日本/89分/STEREO/16:9/ロシア語/配給:INOUE VISUAL DESIGN
公式サイト:http://www.remini-movie.com

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。