アドビは5月15日、東京都港区のユナイテッド・シネマ アクアシティお台場でAdobe Premiere Proによって全編編集された「ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。」(以下:ママダメ)のクリエイター向け試写会を開催。試写の上映前に、主演の中野裕太氏、谷内田彰久監督、アドビの映像製品担当古田正剛氏によるPremiere Proに関するトークセッションが行われた。
「ママダメ」は、本編の制作にもソーシャルメディアを積極的に活用したり、6Kで撮影をしてネイティブファイルを直接Premiere Proで編集するなど、作り方が独特で興味深い点が多い。今回の試写会はクリエイター向けに行われたもので、一般のトークセッションでは触れることのないそのあたりの映像制作の専門的な内容を中心に語られた。さっそくトークセッションに内容を紹介しよう。
主演俳優の中野裕太氏自身が本編の編集、グレーディング、音までの工程を手がける
主演でモギサン役のほか、本編の編集、グレーディング、音までの工程を担当した中野裕太氏「ママダメ」は、Facebookを通じて出会った男女の物語。Facebook上で大きな話題になった実話を新潮社が2014年11月に書籍として発売。こちらが映画の原作となっている。映画は国内では5月27日、台湾では6月16日より公開予定。
今回の3人の対談の中でもっとも驚いたのは、主演俳優の中野裕太氏自身が編集者と一緒に本編の編集、グレーディング、音までの工程をが直接作業を行ったという話だ。これには会場全体も驚き、古田氏も「主演ですよね」と問いただした。しかし、中野氏はけっして編集の素人ではない。長編は始めてというものの、自らショートフィルムを撮ったり、監督の経験はあるという。さらに「ママダメ」の作り方は独特で、編集試写数は50回、試写会は全国5個所で500名もの試写の機会を実施し、アンケートに答えてくれた意見を取り込んで再編集するという仕組みを取り入れている。この再編集の作業も中野氏が行ったという。
中野氏:僕が編集をして出来上がったものを監督に見てもらって、「これはいいね」とか「こうしたほうがいいんじゃない」という意見を返してもらって進めていきました。また、今回の映画はソーシャルシネマです。試写会みたいなものを50回以上開催しまして、1,500人ぐらいのコメントをもらいました。その意見を全て編集に落とし込んでいく作業も僕が行いました。
アドビ映像製品担当の古田正剛氏がファシリテーションを行った
主演女優のジェン・マンシューの編集結果に周囲は驚き
トークセッションはスクリーンの前で行われた
谷内田監督の話で一番面白かったのは、主演女優でリンちゃん役のジェン・マンシューも本編の編集に参加したしたというエピソードだ。きっかけは、中野氏たちの編集結果をマンシューに観せたところ、気に入ってもらえなかった。そこで、マンシューは来日した際に23TBある全映像素材を持ち帰り、土壇場にも関わらず自分一人で編集し、「どうだ」といわんばかりに仕上げてきたという。マンシューの編集は女性目線の心を打たれるもので周囲を驚かせたという。それもそのはずで、「マンシューは映画監督もやっている」と中野氏。これには古田氏も「凄いですね」と驚き、谷内田監督は「現場に監督が3人いたようなもんです」と笑って答えた。
中野氏:冒頭の30分だけですが、僕らは凄く悩みました。編集には相当時間をかけたけれども、どうしても行き着けない何かがありました。一度、1時間30分に仕上げたのですが、「面白いけれども80点」という話になりました。残りの20点がどうしても埋まらなかったのです。そんな時にマンシューが編集をしてくれました。そこに20点を補完する答えはありました。
カラーコレクションもカメラマンがやる予定であったが、中野氏が色調も含めてほぼすべて行ったという。監督の狙う色は理解済みで、長くやり取りをしているのでお互いあえて確認をしなくても「こういう色がほしいんでしょう?俺もそれはそうだと思う」という意思の疎通はできているという。これには古田氏も「普通の監督と主演俳優を超えている」とコメント。中野氏は、Premiere Proのカラーコレクションの使い勝手についても解説した。
中野氏:カラーコレクションは、Premiere ProにHSLセカンダリが搭載されたこともあり、全て作業をしました。作品にフィルターをかけたり、LUTの設定があったいするわけではありませんでしたので、今回は細かく設定しました。露光量を0.1レベルで調整して、細かくコントラスト、ハイライトを調整して、そこから足りないところをHSLセカンダリなどを使い、最後カラーホイールやカーブで調整していきました。
「テーマ」や「本物であること」を大事にしたい
監督の谷内田彰久氏
「ママダメ」の撮影に使用したカメラはREDのEPIC DRAGONで、撮影サイズは6K HDの5568×3132。大半がこの6K素材で撮影が行われた。ネイティブ素材はダウンコンバートしたりアップコンバートすることなく、6Kの素材のままグレーディングを行なったという。 最後に古田氏は、谷内田監督と中野氏から会場の参加者にもっとも伝えたいことを語ってもらって、トークセッションをまとめた。
谷内田監督:皆さん、ツールは持っている状態だと思います。あとは、アイデアだけだと思います。何かを作るうえで「こんな映像を作りたい」というアイデアは辞めたほうがいいと思います。それよりもテーマです。失わないものをきちんと最初に作って、こんな映像だと伝わる、という連鎖をきちんと生まないといけないと思います。
中野氏:どこがプロとアマチュアの境界線になるのかというと、「本物か?」「本物じゃないか?」です。どこまで人間的な部分に突っ込んでやっているのか?人が触れれないぐらい心の奥底にどんだけ触れれるのか?というところになってきます。僕はお芝居としても追及したいし、映像をクリエイトする上でもそういうところが一番ジャッチメントになってくるのではないかなと思います。