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三球場同時に行われるネットのライブ中継をどのように実現するか?
夏の甲子園、全国高校野球選手権大会がいよいよ開幕し、テレビやラジオの中継が気になる季節がやってきた。今年で100回目という記念すべき大会だ。外出先からネットで試合の結果を様子をこまめにチェックしている人も多いと思うが、最近はPCやスマートフォン、タブレットを通じて高校野球のライブ中継が楽しめるのをご存知だろうか。朝日新聞と朝日放送テレビが運営する無料で視聴可能な高校野球の総合情報サービス 「バーチャル高校野球」のライブ中継が話題になっている。
特に目を見張るのは地方大会のライブ配信の充実ぶりだ。2015年に26地方大会でスタートし、2016年は39地方大会の86試合、2017年は全49地方大会の約260試合、2018年はさらに規模を広げて全56地方大会の約700試合の中継を行った。
驚くことに、長野大会、石川大会、滋賀大会、奈良大会、和歌山大会、長崎大会、大分大会では、1回戦から全試合が配信されている。地方大会の一回戦から高校野球のライブ中継が楽しめるなんて、一昔前であれば考えられなかったことである。
バーチャル高校野球の中継のイメージ
地方大会のライブ中継の中でも特に注目したいのは、今年初めて計45試合、すべての試合を配信した石川大会だ。石川大会の放送局は北陸朝日放送で、「1回戦から全球場分を配信する」という前代未聞な試みをリードした同局の編成局 室田康彦氏に話しを伺った。
室田氏:
弊社は高校野球に関しては特に熱い会社です。キャッチフレーズを「高校野球はHAB北陸朝日放送」としてきました。そこで、今年のバーチャル高校野球では、1回戦から決勝戦まで全試合のライブ中継を行いました。テレビ中継は試合途中で放送が終了しまうことがありますが、バーチャル高校野球ではプレイボールからゲームセットまですべて配信されます。時代が変わって伝えきれない部分がネットのライブ中継で補完できるようになり、テレビでもスマホでもHABというのを浸透させたい思いで取り組みました。
北陸朝日放送の編成局 コンテンツ企画部 課長 室田康彦氏
石川大会は、金沢市の石川県立野球場で26試合、金沢市民野球場で13試合、小松市の弁慶スタジアムで6試合が行われ、7月14日と7月16日は三球場で1日3試合が同時に行われた。しかし、北陸朝日放送にはスポーツコーダは1機しかなく、三球場で同時に撮影が行えても、BSO(ボール・ストライク・アウト)カウントなどのスーパーは載せられないことが、全試合中継の実現に向けて問題になったという。
室田氏:弊社ではメインスタジアムである石川県立野球場の1回戦から3回戦までを5カメ体制、準々決勝~決勝は8カメ体制でスイッチングを行い、選手名や控えの選手一覧などのスーパーを載せてテレビ中継を行いました。その他の金沢市民野球場や弁慶スタジアムでは、夕方のダイジェストニュース等に使用する映像を試合開始から終了までスルーで金沢の本社に送りRECしていました。
金沢市民野球場と弁慶スタジアムの映像は本社に来ているものの、弊社にはスポーツコーダーが1機しかなくテロップを付けることができません。スポーツコーダを借りることも考えましたが、どれだけの人員が必要かわからず、全球場全試合配信に踏み切れませんでした。
石川大会が行われた金沢市民野球場
「バーチャル高校野球」のライブ中継は、得点など、試合状況のテロップが入っていれば映像構成は1カメでも問題はない。そこで、室田氏が選んだのは、収録中やストリーミング中にBSOと得点をオーバーレイできる株式会社JVCケンウッド(以下:JVC)のスコアボード機能搭載のカメラレコーダー「GY-HM250BB」(以下:HM250BB)だ。金沢市民野球場で行われた13試合のバーチャル高校野球のライブ中継はすべてHM250BB 1台のみで中継を行ったという。
室田氏:野球中継にBSOや得点表示は必要不可欠な情報です。そこで、ちょうど発売間もないのHM250BBの存在を展示会で知りました。HM250BBはカメラマンとボールカウントやテロップ表示を操作する人で、合計2人いれば中継できますので人手の問題が解決できます。また、iPadでボールカウントやスコア入力が手軽にできるのもポイントで、バーチャル高校野球の配信用途として導入に踏み切りました。
HM250BBをバーチャル高校野球の配信用として導入
配線は、HM250BBに搭載されているSDIのビデオ出力から100mの同軸ケーブルで、一塁側スタンド下にある配信事務室に引き込む。配信事務室でリクロッカーを介した後SDIからHDMIに変換して、ライブ配信/録画デバイスの「LiveShell X」に入力してバーチャル高校野球の本部に送信
※画像をクリックすると拡大します
HM250BBを使ったライブ中継を実際に観てみると、カメラワークやテロップのタイミングの良さに驚かされる。小型のハンドヘルドタイプのカメラ1台で野球中継となると臨場感が足りない印象を抱いてしまうが、全くそのようなことはない。
HM250BBのスコアボード機能を使って野球中継をした場合、ほとんどの人はテロップが出しっぱなしになりがちだろう。しかし、金沢市民球場のライブ中継は、投球に入りアップのカメラアングルになるとテロップが表示される。その入れるタイミングも絶妙で、塁にランナーが埋まっていないときはその都度塁の表示を消している。また、必要ない場合は一時的に消したり、画面のアングルが切り替わった瞬間、アウトカウントも変化している。現場ではHM250BBを使いこなして、本格的な野球中継の映像が行われていた。
GY-HM250BBのスコアボード機能により野球の試合中継にスコアやボールカウントを入れることが可能だ
では、6試合が行われた弁慶スタジアムの中継は、どのような方法でテロップを付けたのか?室田氏はスコアボード機能のワークフローを明かしてくれた。
室田氏:弁慶スタジアムでの試合は2日間のみです。レンタルで借りたGY-HM200BBを使用しました。ENG映像を使い、テロップはHM200BBのものをワイプで切り抜いて載せました。
弁慶スタジアムのバックスクリーンのBSO表示をWebカメラで撮影して低遅延で送り、別の場所からHM200BBのスコアボード機能でスコアを入力します。そのスコアのテロップだけを金沢の本社で載せています。つまりHM200BBのスポーツコーダの機能だけを使う方法です。HM250BBでも、テロップ機能だけを使う方法もあるのではないかと思います。
タブレットやスマートフォンでスコアをコントロールできるメリットとは
HM250BBは野球以外にも、サッカー、バスケットボール、アメリカンフットボールなどに対応するスポーツグラフィックの機能を搭載しており、カメラマンは一人で撮影からテロップ表示操作が可能だが、野球は1球ごとにBSOを入力しなければらず、もっともスコア入力に手間のかかるスポーツだ。そのため、金沢市民野球場のライブ中継では、カメラオペレーターとテロップ表示操作の作業を分けて中継が行われていた。カメラオペレーターを担当したの奥田氏と、スコア入力を担当した今村氏に話を伺った。
カメラオペレーターを担当したのは奥田氏とスコア入力を担当した今村氏
――撮影とテロップ表示操作を分けて中継していましたが、2人体制で行ってみていかがでしたでしょうか?
今村氏:当初は撮影とスコア入力は一人で行うことを想定していましたが、テストをした結果、カメラマンとテロップ表示操作を分業するほうがいいという話になりました。
野球中継が難しいのは、何が起こるかわからないことです。BSOのみであればその場でポンポンと打っていけますが、突発的に盗塁が起こった場合は状況がつかめなくなる場合もあります。特にダブルスチールの場合は、ランナーが動いて、アウトも増えて、1点入るという状況を撮影とスコア入力を同時に行うのは困難です。中継でミスはできませんので、2人体勢でリスクヘッジでやらせていただきました。
――HM250BBのスコアボード機能を使わずにテロップを載せる場合は、どのような設備が必要になりますか?
奥田氏:スイッチャーとスコアを入力する専用のアプリが必要になり、PCで入力したスコアを映像に合成することなります。特に、現場にスイッチャーを持ち込まなくて済んだり、iPadでスコアを入力できるのは便利で、HM250BBのスコアボード機能は画期的だと思います。
テロップ表示操作の確認用としてHDMIから外部モニターを設置。確認しながら作業が行われていた
――HM250BBはスマートフォンやタブレットでWi-Fi経由でスコアを更新できますが、今回のライブ中継でiPad Miniを選ばれた理由はなぜでしょうか?
今村氏:iPhoneやiPadなど複数種類を試しました。iPhoneでは小さすぎて誤動作が怖く、iPadだと大きすぎる。iPad Miniがちょうどいいサイズでした。
――HM250BBのスコアボード機能を野球中継に使用した場合、どのような情報を入力できますか?
今村氏:
BSOとイニング、先攻、後攻、点数、ランナーの位置を入力できます。これまで中継にスーパーを載せた場合は、機材の準備など大ごとになりますが、HM250BBのスコアボード機能はタブレットを操作するだけで実現できます。また、カメラとタブレットはWi-Fi接続ですが、反応がよくタイムラグをまったく感じません。タブレットのスコアを押した瞬間に外部モニターでも更新されました。
――HM250BBを野球中継に使用して気になる点などありますか?
奥田氏:カメラのモニターにもスコアが表示されるので、BSOとランナーが塁のどこにいるか常に試合の状況を理解しながら撮影ができます。2アウトから3アウトになってチェンジする際にはバックスクリーンを映しますが、試合の状況を理解していると次のカメラアングルを準備する心構えができながら撮影ができます。
――ケーブルテレビなど小規模の放送局に最適なカメラ
最後に、室田氏にバーチャル高校野球にHM250BBを使った感想を聞いてみた。
室田氏:HM250BBは、バックネット裏に設置して中継を行いましたが、午後1時や2時になるとカメラ席に西陽が当たり、カメラは高温になります。カメラに扇風機の風を当てて臨みましたが、幸いにも熱によるトラブルが起こることはありませんでした。また、配信映像が途切れることもなく、無事故でライブ中継が行えました。
今回の取材で感じたことは、HM250BBがケーブルテレビ局が扱う地域に密着したイベントに向いているということだ。先日、弁慶スタジアムで少年野球の大会があり、1回戦から決勝まで全試合を固定カメラ1台で生中継を行ったという。そのような規模のイベントにHM250BBは最適だろう。
室田氏:弊社は様々なイベント開催も行っていますが、それらのイベント内番組のライブ中継で局名や番組名、ニュースタイトルなどを重ねることができる「ブロードキャストオーバーレイ機能」という機能が使えそうです。会場にテロッパーを持ち込めない場合でも、HM250BBであれば出演者の名前を出すテロップにも活用できるでしょう。