txt:宏哉 構成:編集部
残留
出国カウンターにただ1人取り残された私。胃痛と闘いながら、孤独な夜を迎えるのかと覚悟を決めた頃、ロケマネージャーさんが笑顔で空港ロビーに戻ってきてくれた。
「あかんかったね~」
「ですよね~」
ロケマネさんが、大回りして正規ルートで再入国を行い、再び出国便カウンターに戻ってきてくれたのが23時頃。このどでかい三脚ケースを持って搭乗しようというのは、どだい無理な話なのだ。
問題は今後の方策だ。シンガポールなんてマレーシアの隣の国なのに…。予定では明日にはシンガポールに入り、明後日からはシンガポールロケ。
ちなみに言い忘れていたが、実は今回のロケマネさんはマレーシアから日本に帰ったら日本の空港で別の人に入れ替わる。シンガポールのロケマネさんは別の人が担当なので、今となりに居るロケマネさんと一緒にシンガポールへ行くことは予定されていないのだった。
まもなくしてディレクターからも連絡が入る。バゲージスルーされた荷物は、持ち主が搭乗できていないということで、KLですべて降ろされたそうだ。そういう仕組みだそうで、荷物だけが持ち主を待たずに飛行機で飛んでいってしまうことは無いそうだ。10年海外ロケをしているが、初めての経験で勉強になった。
荷物は通常とは違う場所に一時保管され、それをピックアップしに行く必要があり、その回収はそのままディレクターが行うことに。ロケマネは日本と連絡を取り、この後どういうパターンでシンガポール入りするのかを相談。私は、おなかが痛いのでトイレに。
降ろされた荷物のピックアップ手続きに時間が掛かり、それからさらに1時間後ぐらいに漸く全員が合流できた。
航空会社のカウンターで振り替え便を当たるが、結局明日の夜の便まで待つしか無いと言われる。我々は通常の旅行では無く、航空会社とのタイアップも絡んでいるので、いろいろと政治的判断も行う必要があり、ややこしいようだ。
いずれにせよ、日本は真夜中。現地も深夜24時なので、事が進むのは明朝になってからだ。
深夜空港
今夜はどうするか。明日朝イチでカウンターが開くと同時に手続きに入ることも念頭に、そのまま空港ロビーで仮眠をとることにした。海外ロケ難民だ…。
マレーシアと日本の時差は1時間。日本の方が我々の時間よりも早く動き始める。早朝から日本と再び連絡を取り始め、今後の動きを検討する。
考えられるパターンは大きく3つ。
- 予定通り日本へ一度戻り、再びシンガポールへ飛び立つ
- クアラルンプールから直接シンガポールへフライトする
- クアラルンプールから陸路でシンガポールへ向かう
ざっと、こんな感じだろう。
ロケスケや取材先アポイントメントの都合、予算の問題など様々な条件を検討した結果、長距離バスを使ってクアラルンプールから陸路でシンガーポール入りする事になった。ただし、最初のほうで述べたように、ロケマネさんはついて来ない。バスターミナルまで見送ってもらったら、そこからシンガポールまではディレクターと2人旅になる。不安…。何が不安って、10年も海外ロケしているのに、2人とも英語堪能からはほど遠い語学力という点だ。
だが、バスを始発から終点まで乗るだけだ。途中の国境パスポートコントロールで入出国審査を受けるが、それは飛行機での旅行と変わらない。当然、税関でのカルネ処理もできる。バスで陸路でしかも2人で国から国へ国境を跨いで移動なんて、ちょっとドキドキする。プライベートではヨーロッパ数カ国をバスで移動したことがあるが、仕事での経験は初めてだ。
バスのチケット売り場
陸路から
ちょっとお菓子と飲み物を買い込んで、あとは6時間ほどバスに揺られるのみ。ちょうど東京ー大阪の長距離夜行バスみたなものだ。席は全席指定席。途中いくつかのバス停に立ち寄って、お客さんをピックアップしていくのも、夜行バスと同じ。我々の出発は日中で、夕方ごろにシンガポールに到着する便だ。これなら、本来のロケスケ通りの取材が明日から可能になる!機材などのスーツケースをバスのトランクルームに預けて、カメラのキャリーケースは車内に持ち込んだ。
いざ、シンガポールに向けて出発!!クアラルンプールは東南アジア屈指の大都会。しばらくはビル群の聳える街並みを眺めていたが、やがて田園風景の広がるのどかな地域へ。バスは時折、地方のバスターミナルに立ち寄り、お客さんを乗車させると同時にトイレ休憩も入れてくれる。お客さんは欧米系の旅行客が多かったが、現地の人もチラホラと。マレーシア-シンガポール間の日常的な足なのだろう。
3列席で車内はゆったりしている
移りゆく車窓をずっと眺めていたかったが、昨夜は空港のベンチで休息をとったので睡眠不足。座り心地の良いバスのシートに身体を預けると、2人とも睡魔に誘われる。私はお気に入りのノイズキャンセル機能付きのワイヤレスヘッドフォンを持参していたので、それで音楽を聴きながら、心も身体もリラックスさせて束の間の休息を取ることにした。
シートの座り心地も上々!
バスはやがてマレーシアのCIQへ到着。CIQとは税関(Custom)・出入国管理(Immigration)・検疫(Quarantine)の事で、それを行う施設のことだ。ここで一旦バスから降りて、出国手続きを行う。加えて我々はカルネ手続きも行う必要があるので、スーツケース類はバスに残して、カメラケースだけ携えてイミグレへ入った。
空港のイミグレと違って陸路なので、出国者はそれほど多くなくサクサクと列は進んでいく。自分の出国審査が終わって、ついでに職員に「カルネをしたいのだけど、税関はどこか?」と聞いてみると「今日はこっち(出国側)の窓口は閉まっているの。税関オフィスが入国ゲート側にあるので、そこまで行って手続きをしてください」と言われる。
え?えぇっ?!入国側??
「そっちに、行けるの?」と聞くと道順を教えてくれた。…そうなんだ。まぁ、行けると言うなら行ってみよう。手続きしないといけないし。ディレクターにここではカルネが出来ない旨を話し、今から税関オフィスまで行ってくると伝える。「一緒に行こうか?」とディレクターは言ってくれたが、乗ってきたバスがイミグレ通過後にどこに停まっているのか実は分かってなかったので、むしろバスを探しておいてほしいとお願いし、私は税関オフィスを探してCIQ内を歩き始めた。
このCIQは、北に出国ゲート、南に入国ゲートがあり、それぞれが350mほど離れている。雰囲気は暗く、高速道路の高架下のような倉庫街のような…そんな感じで、ひたすら道路と通路がまっすぐ続く。出国点と入国点をつなぐ道なので人も車もなにも通らない。私一人だけがその境界線上を歩いている感じだ。
CIQ Sultan Abu Bakar Tanjung Kupang
カメラキャリーケースを引きながら、通路を歩くこと約5分。税関オフィスと思われる建物の入り口についた。オフィスは2階部にあり、エレベータで上に上がる。正面に両開きのガラス扉があり、入ろうとすると扉に鍵が掛かっていて入れない!?
いやいやいやいやいや。「すみませ~ん!すみませ~ん!」と中に聞こえるように声を掛けても、返事はない。困った困った…と入り口あたりを見回していると、正面扉の横に別のドアが1枚あり、そこが開いた。ラッキー!!(?)
オフィスは、日本の役所のようなフロアが見渡せる作りでは無く、部屋がいくつもあるテナントビルのようなフロアだった。無事にオフィスの中に入るも、誰も居ない。話し声も足音も無い。 廊下を歩いて幾つかの部屋を覗くが、扉はいずれも鍵が掛かっている。大きな声を出して誰か出てこないか様子を窺ってみるが、空調の静かな音がするだけで、人の居る気配はない。
…休みなのか?
と、そのときディレクターから電話が掛かってくる。時間が掛かっていることを心配してくれたのだろうか?
「宏哉くん、いまどこ?」
「あ、いま税関のオフィスと思われる建物には居るんですが、休みなのか誰も居ないんですよ…」
「マジか…。こっちも問題が…!」
「何ですか?」
「宏哉くんの荷物って、黒いスーツケースと機材ケースと三脚ケースの3つやんね?」
「そうですよ。カメラケースは手元にありますし」
「わかった!」
「なんすか?」
「バスが…待ってられないから、もう出るって言うてるねん」
「っ、はぁ~??」
「とりあえず、宏哉くんのと俺の荷物、バスから降ろせ言われてるから降ろすわ」
マレーシア出国を目の前にして、再び暗雲が立ちこめたのだった(つづく)。