txt:宏哉構成 :編集部

マレーシアCIQにて

マレーシアからシンガポールに陸路で渡る、その国境にあるCIQ。
我々は正にその境界線でバスに置いて行かれた…。
税関オフィスは無人状態で私は未だカルネ処理ができていない。

とりあえず、一旦ディレクターのところに戻ろう。
ここに来て、またしてもカルネ処理を諦めることになるのか。
無人のオフィスを後にしようと正面玄関を出たところで、一人の男性と鉢合わせる。

「どうしました?」

キャリーバッグを私が引っ張っているのを見て、旅行客だと判断してくれたのだろう。カルネ手続きをしたいのだが、オフィスに誰も居なくて当惑していると伝えると、「今日ここのオフィスには誰も居ないよ」と教えてくれた。私服姿の男性だが、どうもここの職員らしかった。カルネの書類を見せて「この書類の手続きをしたいのだが、どうしたらいだろう?」と尋ねると、「下の税関カウンターで扱ってくれると思うので、行ってみて」と言う。

下の税関カウンター…というと、それはつまりシンガポールからマレーシアに入国する者が通過する税関だ。いよいよ国境逆走か?と、これはもうワクワクするしかなくて、エレベータで階下に降りて“入国ゲート”に向かう。

写真は出国ゲート側

入国ゲートも出国ゲート同じような作りになっていて、入国審査が終わった人が出てくる出口には警備員の詰め所がある。出国側方面から一心不乱にやってくる私を、不審な目で見ている警備員。なんだこいつは…と、その挙動を注視している一人の警備員の元に私から近づいていって、「このカルネという書類をこちらのゲートのカスタムで処理する必要があるので、案内して欲しい」と伝える。するとこちらの状況を理解してくれたらしく、その警備のお兄ちゃんが入国側の税関カウンターに案内してくれた。「ありがとうございます!」謝意を伝えて、あとはいつも通り税関職員とのやりとりだ。

入国ゲート側で行ったマレーシアからの出国カルネ処理は迅速に終わった。機材はカメラしか携行していなかったが、そのカメラのシリアル番号チェックだけ受ければ、あとはノーチェックだった。無事にカルネ処理が終わり、入国ゲートを通ってようやく出国ゲート側に戻ることに。ディレクターの元を離れてから30分は経っただろう。さっきの警備のお兄ちゃんに、無事に書類処理できたとお礼を言って再び境界線上を一人歩く。

気分は晴れやかだ。手続き上は無事にマレーシアを出国できたのだ。
バスは無いけど…。

さらばマレーシア

出国ゲート側に辿り着くと、バスから降ろした沢山のスーツケースに囲まれたディレクターが独り待っていた。乗っていたバスが行ってしまった今、我々はどうするか?

バスを降ろされる時に、バスの運転手に「じゃぁ、俺らはどうしたらいいんだ」と聞いたら、「1時間もしたら、うちの会社の次のバスが来るから、それに乗れ」と言われた。

とディレクター。それなら、あと30分ほどで次のバスが来るのだろうか。とりあえず待つことにする。

だが、待てど暮らせど我々の使ったバス会社のバスは来ない。ここから乗る客というのは想定されていない長距離バスなので、時刻表がこの国境ゲートにあるわけもない。

運転手が言ったように、本当に次のバスが来るのか?「どうもあいつは信用できん!」

ディレクターが呪詛を唱える。それもそうだろう。こんなところに客を置いて、さっさと行ってしまうバスの運転手なんて信用できない。 そもそも、国境のCIQだ。出国手続きや税関処理に時間が掛かることは想定されていてしかるべきだ。そういう場所を通るバスなのだから、時間的なバッファは見ておいて欲しいと思うのだが、それはワガママというものなのか?

バスのトランクルームに入っていた頃の荷物

結局、私が帰ってきてから1時間ほど待ってみたが、当のバス会社のバスは来なかった…。だが、他の乗り合いの路線バスは定期的に通過している。このまま待ち続けても埒があかないので、乗り合いバスに乗ってシンガポールまで行くことにした。

陸路でシンガポールへ入る。初めての経験だ。マレーシアとシンガポールの国境線であるジョホール海峡を跨ぐ橋をバスは走る。いよいよシンガポールの本土が見えてくる。コタキナバルを飛び立って24時間あまりが経過。ようやくここまで来たのだ。

シンガポールCIQへ

バスの車窓から。ジョホール海峡を渡る

シンガポール側のCIQに辿り着くと、バスを降りて入国手続きをする。パスポートコントロールでパスポートチェックを受け、次に税関オフィスで入国カルネだ。中継貿易で栄えるシンガポール。そのカルネ手続きは、いつも迅速だ。大量の輸出入品を効率よく捌かなければ経済は停滞する。税関はシンガポールの心臓弁そのものだ。

撮影機材のカルネ処理を行いたいと税関職員に伝えると、税関カウンターの隣に併設された税関オフィスに機材ケース一式と共に案内された。ディレクターは、オフィスの外で待つように言われていた。

オフィスの椅子に腰掛けると、初老の男性が手続きを担当した。

…が、手続きが遅い。カルネを分かってないのか??マニュアルを引っ張り出して、カルネ書類を矯めつ眇めつして、困ったように見ている。「少し待て」と言って、彼は書類を持ってオフィスを出て行ってしまう。私一人がオフィスに取り残される。結果から言うと「手間の掛かる税関」のパターンで、カルネ処理マニュアルを見比べながら、馬鹿正直に全品目チェックされた。“不慣れな税関あるある”なので、もはや驚きも無い。

ただ、待ち時間を持て余していたディレクターが他の税関職員に目を付けられ、私物スーツケースの中をみっちりチェックされ、タバコの関税を加算されていたのが可哀想だった。

さて、入国カルネも終わった!!!CIQのゲートを出れば、シンガポール入国完了だ。ここからの足はどうするかって?
ふふふ…もう心配はご無用!明日からロケで利用する現地ロケ車の会社が、CIQまで迎えに来てくれているのだ。
マレーシアCIQでバスに置いて行かれたトラブルを日本側に伝え、日本側から現地コーディネーターを経由してロケ車会社に連絡してもらい、その車が我々のシンガポール到着を待っていてくれている。完璧!

入国ゲート通過して屋外に出ると、そこは広いバスターミナルだった。上階があるのかコンクリートの天井があり、広さはあるものの見晴らしはゼロ。まだシンガポールの街並みは見えない。

何台ものバスが停まり、我々が最初に利用した長距離バスから、乗り合いのローカルバスまでが並んでいる。我々を迎えに来てくれているロケ車は、どこだろうか?

日本サイドからロケ車のドライバーさんの電話番号を聞いていたので、ディレクターが電話する。我々がCIQに到着している旨を伝え、そっちの車はどこにいるのか聞く。が、どうも要領を得ない。ディレクターも英語は得意ではなく、先方の言っていることをちゃんと理解できないようだ。

「宏哉くん代わって」と電話を渡されてドライバーと直接しゃべる。いや、私だって英語得意じゃないから困る。

まずドキリとしたのが、どっちのCIQにいるのか?ということだ。どっち?ってどういう事?どうもマレーシアとシンガポールを陸路で入るルートは2通りあるらしく、どっちのCIQだという事だった。これはともすれば違う方のCIQに居るのか?!

ドライバー曰く「私は、あなたたちが“Tuas”へ来ると聞いているから、そこで待っている」と。慌てて自分たちの居る場所を確認するが、Tuasで間違いないようだ。ちょっとドキリとさせられた。

では、車はどこに居るのか?
「たぶんグランドレベル?のバスがいっぱい停まっているところに我々は居る」と伝えると「そこはバス専用なのでロケ車は入っていけない。分かるとこまで出てきて欲しい」と言う。どうもここはバス専用ゾーンで一般車は入って来られないようだ。

「分かった、ちょっと待ってて」と一旦電話を切って外へ出るルートを探す。きっとこの上の階が待合車のゾーンなのだろう。上の階に上がる階段なりエレベーターなりを探す。が、そんなものは無い…。

ターミナルの職員や売店のおばちゃんに聞いて回るが「ここからは上には上がれないよ」と言われる…。え?いつどこから上に行けたのだ??
そもそもここのCIQの全体像も理解していないし、上がどうなっているのかも我々には分からない。

あとから冷静になって考えてみると、このCIQに旅行客のピックアップエリアがあるはずがない。電車が通っているわけでもなく、無論歩いて海峡を渡ってくることも出来ない。公共の越境バスか自家用車で渡ってくるのだから、シンガポール側から迎えの車が来るという状況は想定されていない。少なくとも一般旅行客にはそうだろう。

再びドライバーさんに連絡を取るが、我々がこのCIQの全容を勘違いしていることと不得意な英語と入り混ざって、双方に混乱をもたらしていた。
このままでは埒があかないと思ったのだろう、ドライバーさんが「バスターミナルには入れないけど、極力近くまで行ってみる」と言ってくれた。両手を塞ぐ大量の荷物を持って、どこで合流できるか分からないCIQをウロウロするのは得策ではなかったので、私が荷物番をしてディレクターが身体一つでロケ車を探しに回ってくることになった。

やがて、5分も経たないうちにディレクターから電話が掛かってきた。ロケ車と合流できたようだ。
だが、また問題が発生していた…。

宏哉くん、ロケ車とは合流できたわ。でも、俺そっちに戻れへんねん。セキュリティーに止められてる。逆走するなって。

あぁ…結果的にディレクターはCIQの敷地を出てしまったようで、そこから逆にCIQには入って来られないというわけだ。幸い、ディレクターが堰き止められているセキュリティーゲートは100mほど先にあり、私の待っている場所から見えた。その奥にはロケ車も停まっている。そこまで私が行けば良いのだ。
問題は、荷物の移動。2人でギリギリ運べる荷物の量を1人で動かさねばならない。今このバスターミナルの利用客は少なく、独りバケツリレーで少しずつ荷物を動かしていても荷物を誰かに取られてしまうような雰囲気ではない。

「数個ずつ荷物を動かしながらそっちに向かいます。そのまま待っててください」と伝える。そして私は一人、大量の荷物をロケ車の待つセキュリティーゲートに動かし始める。2~3個の荷物の20mほど動かしては、また戻って残りの荷物を動かし、さらにまた20mほど動かす。と、数十メートル先にいるディレクターから再び電話が掛かってきた。お互いの表情が認識できるほどの距離だ。

ごめん、ダメって言われてる。ここのゲートはバスの出入り専用だから、人は出てきたらアカンらしい。俺も怒られてる。ドライバーが事情を話してはくれているけど…。

どうもセキュリティーの都合上、その出口を通過して私が外に出ることは出来ないらしい。ディレクターの困った顔と、ドライバーがセキュリティーと話している様子が見えた。

あと、たった数十メートル…。
それだけで、この旅の困難は終わる。
だが、その数十メートルは太平洋を横断するよりも遠く感じたのだ(つづく)。

WRITER PROFILE

宏哉

宏哉

のべ100ヶ国の海外ロケを担当。テレビのスポーツ中継から、イベントのネット配信、ドローン空撮など幅広い分野で映像と戯れる。