爺の嫌がらせメイン画像

txt:荒木泰晴 構成:編集部

はじめに

現代のデジタル動画カメラは高感度化が著しく、基準ISO感度ISO800はフツーで、ISO2000の機種もあるようです。

この傾向から、数種類のNDフィルターが内蔵された動画カメラも販売されています。

パナソニック「AG-AF105」の内蔵NDフィルター。標準感度ISO200、24Pシャッタースピード1/50秒。1/16NDを使うと、ISO12相当になる。これでピーカンの屋外でF11程度に収まる

AG-AF105のマイクロフォーサーズマウント内部の回転式NDフィルター

爺が判らないのは、「ここまで高感度化する必要があるのか」ということです。

まさか、スタジオや室内でライティングをしないプロはいないだろう、と思っていたら、「デジタルなら照明は必要ないか、少しでいいんだから、予算を削るよ」、と言われても断れないんだそうですね。クリント・イーストウッド監督の作品では照明が極端に少ないようですが、それでも素晴らしいシーンが撮影されています。

例えば「硫黄島からの手紙」、洞窟の現場では差し込んでいる自然光だけで撮影されているように見えます。そう感じさせるのは、優秀なスタッフが、最良の光線が当たっている場所を選んでフレームを決め、俳優の顔がつぶれないように、また、暗部を破綻させないように、「少量でもきちんとライティングして撮影」しているのだと爺は思います。

低予算の劇映画で、暗部がザラついたシーンが散見されるのは、暗部のライティングまでケチっているのでしょう。

爺のジャンルはドキュメンタリーですから、照明を持ち込めない現場で撮影することも多数ありました。高感度のカメラを使えば照明が少なくて済むのは有難いことですが、それでも暗部にはザラつきを抑える最小限のライトを当てるか、暗部の背景を避けるように画面構成をします。

対して、ピーカンの室外撮影では、高感度カメラは非常に扱いにくくなります。

例えば、24P撮影で1/48秒のシャッター速度を選べば、ISO32でF16あたりまで絞れます。ISO800では、レンズの絞りだけでは足りませんから、NDフィルターを使わざるを得ません。露出倍数8倍のND8でもISO100に落ちるだけで、絞り切れません。ND64を内蔵するカメラはまだいいのですが、その機能が無い場合、NDフィルターを複数枚重ねて使うことになります。すると、レンズ固有のシャープネスが失われるのが、はっきり判ります。

コダック ラッテン(WRATTEN)ゼラチンNDフィルターシリーズ。0.3=ND2、0.6=ND4、0.9=ND8。正確に光量が半減する

また、濃すぎるNDフィルターでは赤外域に偏った発色になってしまい、何となく赤っぽい画面になりますね。デジタルでは「後で修正すればいいや」で済みますが、フィルムではそうはいきません。

赤外域の影響を無くす(軽減する)IRNDフィルターが開発されたのはこれが原因ですが、本末転倒のようで高感度化が必ずしも良いことだとは爺は思いません。

「デジタル動画カメラこそ低感度の設定が重要」なのは明らかですが、センサーの技術的制約で実現できていません。

そんなボヤキはさておき、今回のテーマは、高感度動画カメラではなく、フィルターです。

フィルターの概念

丸形のネジ込みフィルターはどなたも持っているでしょう。また、大型の4X5インチフィルターは限られた現場でしか見ることができません。

この稿では、フィルターの原点「ゼラチンフィルター」を中心に解説します。

アナタは、レンズに常時フィルターを装着していますか。

量販店でレンズを購入すると、「レンズプロテクターはいかがですか?」と勧められます。プロなら「いらない」と即座に断りますが、アマチュアさんなら、「前玉が傷つくと嫌だから買っとこう」と、UVやSLフィルターを購入するケースも多いですね。

天空からの紫外線をカットして、クリアな画面を得る目的で使うなら納得ですが、スタジオや室内の撮影に使っても意味はありません。

「フィルターは画質に影響を与えない」と、フィルターメーカーは言いますが、あるレンズメーカーは「フィルターは半径無限大(平面)のレンズで、レンズの性能を発揮させるなら使わない方が良い」が見解。

また、例えばニコンの「ナノクリスタルコート」を始めとして、どのレンズメーカーも高性能のマルチコートを採用しています。それらの高度化したレンズコーティングの性能をわざわざ落とすようなフィルターでは、レンズプロテクターの役目は果たせません。

また、大型のPLマウントレンズには、マットボックスを装着して4X5インチフィルターを使いますが、厚さは4mmもあります。

左から、RED100mmPLマウントレンズ、シネ用クロジール(Chrosziel)マットボックス、4X5インチフィルター。どれもやたらに大きい(機材提供:東京藝術大学大学院映像研究科)

それを複数枚重ねて使うなど言語道断。どんな優秀なレンズを使ってもぶち壊しで、「わざわざユルフワレンズにしている」ようなもんです。

コダック ゼラチンフィルター

レンズ性能に影響を与えないのは、ゼラチンフィルターだけです。

爺のゼラチンフィルターストック

厚さ0.2mmのペラペラした薄い膜で、傷が付き易く、素手で触れば指紋が付き、拭いても取れませんし、撮影条件によって貼り直すため「使い捨て」です。

ゼラチンフィルターの厳重な包装。左上から、外装、アルミ保護紙、左下から、薄い保護紙、ゼラチンフィルター、厚い保護紙

そんな扱いにくいフィルターをわざわざ使うのは、レンズ性能を低下させないためですし、光学研究や光学測定には欠かせないからです。

コダックフィルターガイドブック表紙。90ページある

爺が最も使った85シリーズの項

裏表紙、ゼラチンフィルターの取り扱い方

現在のガラスやアクリルのフィルターは、全てコダックのゼラチンフィルターシリーズをお手本にしている、と言って過言ではありません。

富士フイルムも同じ性質のフィルターを販売していますが、素材はトリアセテートで、ゼラチンより傷に強い、とアナウンスしています。

通常、75mm(3インチ)角を使っています。

左から、富士フイルム「LBA12」、コダック「85」、「85N3」、「85N6」。どれもタングステン(電灯光)をデーライト(太陽光)に変換する

フィルム撮影の場合

爺が日本シネセルに入社した1970年に、映画用フィルムはISO100のタングステンタイプしか売っていませんでした。屋外で撮影するにはデーライトに変換する85フィルターは必須です。露出倍数は2/3絞りなので、感度はISO64に落ちますが、ピーカンでは絞り切れません。そんな場合は、ND2を含んだ85N3に張り替えました。

85(左)、85N3(右)

85N6、85N9もありますが、ファインダー像が暗くなるので、ほとんど使いません。

ズームレンズや望遠レンズにはゼラチンフィルター装着用の部品が装備されているタイプがあり、

アンジェニュー(Angénieux)12~120mmの後部に装着するゼラチンフィルターホルダー。左下から、フィルターホルダー、ゼラチンフィルターを装着、フィルター切り抜き部品

キノプティック9.8mmのようにレンズの中間にゼラチンフィルターホルターを装備するレンズも存在します。

キノプティック(KINOPTIK)9.8mmに内蔵されたフィルターホルダー

単焦点レンズは、フィルターをハサミで切って、両面テープでレンズ後部に貼って使うので、面倒でした。レンズの前面に貼ってもいいのですが、高価なので、なるべく口径の小さな範囲に貼っていました。

ペーパーホルダー(左)と、切って使った残り(右)

ニコンゼラチンフィルターホルダー、左62mm、右72mm。カメラメーカーもゼラチンフィルターの高い性能は判っていた

レンズ構成のどこに使っても光学性能に影響を与えないゼラチンフィルターは、欠点には替えられない長所があるからこそ、今もプロが使い続けています。

積極的に使うフィルター

爺は、基本的にフィルターは使いませんが、被写体表面の反射を軽減して正確な色を再現するのと、空を暗く落とすために、PL(偏光)フィルターは積極的に使います。

ニコン(左)、ケンコー(右)のPLフィルター

これは、主にプラネタリウムのドームに上映するための処置で、ドーム状のスクリーンでは、明るい空の部分があると乱反射して画面全体にフレアがかったように白くなるのを防ぐためです。他のフィルターやアフターエフェクトでは防ぎきれませんから、質の良いPLフィルターを選んでいます。

クロスフィルター(光学アクリルにパターンを型押しして製造)を始めとする、ハーフカラーなどのエフェクトフィルターも要求されれば使いますが、数年に一度でしょうか。

クロスフィルター

リー(LEE)アクリルハーフフィルター

フィルターの取り付け方法

レンズ前枠にねじ込むのが一般的です。

52mmフィルターのストック。念のために、その他のフィルターも不自由なく使えるように持ってはいる

ネジのないシリーズ9フィルターは専用の取付枠が必要です。

シリーズ9システム。フィルター(中)自体には取り付けネジは無い

アクリルの大型フィルターも専用の支持枠に取り付けます。

リーフィルターホルダー(左)、ケンコーSQフィルターホルダー(右)

4X5インチの大型フィルターはマットボックスに装着するのは前述の通り。

フィルターの材質

ゼラチン以外では、ガラスまたはアクリルのフィルターが販売されています。できるだけ厚みの薄い製品を選びたいのですが、どのメーカーもほとんど差はありません。

ガラスフィルター。左上から、ケンコーC-PL、ニコンNC、ニコンL37C、ティッフェン(TIFFEN)HAZE-1.左下から、ケンコーND2、ND4、ND8、ND400

リーアクリルフィルター

フィルターの厚み
ゼラチンフィルター 0.2mm(コダックとフジ同じ)
ガラスのねじ込みフィルター 2~2.5mm
ケンコースクエア 2mm
4X5インチ 4mm
ハリソン ディフュージョン 8mm

フィルム映画の場合、ネガ面積の30万倍に拡大しても良好な画質が得られます。35mmフィルムでは幅12m程度まで拡大できます。フィルターの影響も、そのまま30万倍に拡大してしまいますから、レンズの性能を落とすようなフィルターを使わないのは爺の時代のジョーシキ。

フィルターを使うなら

8Kデジタル時代になれば超大型映像が実現できるようになり、フィルターの功罪が議論されるようになるでしょう。それとも、カメラにあらゆるフィルター機能が搭載されるようになり、フィルターそのものが不要になるのでしょうか。

将来はさておき、爺は、厚いフィルターを数枚重ねて使うことは絶対にしません。どうしても使うなら、最適なフィルターを1枚だけ選びます。

適当なUVフィルターに唾を塗ったり、黒いストッキングを切ってフィルター枠に貼ったり、自製のエフェクトフィルターを作りましたが、遊びの域を出ませんでした。

左上から、ケンコーPO1、YA3、Y2.左下から、ケンコーFL-W(蛍光灯補正)、マルミ81B、ニコンA12(85相当)

爺の経験では、「レンズにとって、何もないのがベスト。フィルターを使うなら意識して使え」。レンズに余計なフィルターを装着することは「百害あって一利なし」ですぞ。

WRITER PROFILE

荒木泰晴

荒木泰晴

東京綜合写真専門学校報道写真科卒業後、日本シネセル株式会社撮影部に入社。1983年につくば国際科学技術博覧会のためにプロデューサー就任。以来、大型特殊映像の制作に従事。現在、バンリ映像代表、16mmフィルムトライアルルーム代表。フィルム映画撮影機材を動態保存し、アマチュアに16mmフィルム撮影を無償で教えている。