Vol.125 商業映画とアートフィルムの違い。自身のターミナルを明確にして制作に挑む[東京Petit-Cine協会]

txt:ふるいちやすし 構成:編集部

クラウドファンディングなどの支援や寄付

「ミニシアターを救え!」といったクラウドファンディングが大成功を収めていると聞く。もちろん大賛成だ、と早速内容を見てみると、普段から日本のインディペンデント映画を馬鹿にしたような事を言い、海外の映画しか買い付けず、国内のクリエイターからは箱貸し商売でガッツリ取っている浅ましい奴が、こんな時だけミニシアターの代表のような事を言って被害者ヅラしている。

インディペンデント映画にとってミニシアターは絶対に必要な施設だし、そのほとんどが私達を応援、協力してくれているのだが、こいつのところにだけは支援の欠片も行って欲しくない!そんな事から参加を止めた。

そうこうしていると、このコラムにも登場して頂いて、個人的にも大変お世話になっているマイクロシアター「高円寺シアターバッカスを救え!」と銘打たれたオンラインチャリティー上映会が始まった。これはシアターバッカスで作品を上映してきた監督有志が作品を持ち寄り企画されたもので、本来なら私も作品を提供して参加したかったのだが、チャンスを逃してしまい、視聴者として参加する事にした。

そこでこうした支援や寄付のあり方を考えさせられてしまった。前者のクラウドファンディングも大きな結果を出し、とても意味のある事だとは思うのだが、支援する余裕があるのであれば、まずは少しでも顔の見える相手を支援すべきなのではないか。

まずは自分が応援したい所をピンポイントに応援したいと思うのは私だけだろうか?大震災の時もテレビ局や赤十字の募金には参加する気にはなれず、結局慰問劇団を作って被災地に出かけて行った。大きな事はできないが、やはり気持ちを直接表すという事は大切な事なのではないだろうか。

オンラインミーティングや飲み会というミドルディスタンス

外へ出かけられない、人と会えない。といったこの異常な環境の中で、SNSという無菌室がにわかに盛り上がりを見せ、ZoomやLINEを使ったミーティングや飲み会が盛んに行われていて、私もそのいくつかに参加しているが、そこでも独特な新しい距離感の発見があった。

私自身が下戸だという事もあり、普段から飲み会に頻繁に参加することはないのだが、飲み会レベルの顔見知りと、そこから派生した人達とゆっくり話す機会と言うのは、酒好きであってもそうそうあるものではないだろう。

SNSでの何千、何万というフォロワーとか“いいね”も貴重なものではあろうが、顔の見えないビッグデータとかステルスマーケティングとは全く違う話の深まりがこのミドルディスタンスにはある。

お互いが何をやっているかを知り合い、それをテーマに意見を言い合うといったことが、素晴らしいダイナミクスを生む。案外、リアルな飲み会だと話のテーマごとに小さなグループができてしまう事がよくあると思うが、このオンライン会議やミーティングでは全員が1つのテーマに集中するのも大きな特徴だ。

特別に近しい人との交流と、ネット社会という巨大な世界の狭間で、こういうミドルディスタンスの交流の中で話が深まる事って、今まで意外に少なかったかもしれない。この発見は、この異常な状態が終わった後でも大切にしていきたいと思うが、本当の居酒屋に人を集めるよりは格段簡単だと思う。

リアルな飲み会ではなかなか難しい、「面白い奴がいるんだ」から「話が聞きたいな、ちょっと呼んでみよう!」といったこともその場で気軽にできてしまう。これからも積極的に参加していきたいし、自分からも呼びかけていこうと思う。

試しにこのコラムの読者とも一度話をしてみよう!ん?どうすりゃいいんだ?5月20日20:00からやることにして、Facebookにイベント立てる感じでやってみよう。少し話し込んでみましょうよ!

顔を突き合わせ、会話するという事の大切さ

さて、この危機的状況は世界規模であることから、海外からもお誘いがあった。FusionInternational Film Festivalという映画祭主催のオンライン飲み会だ。もともとこの映画祭には私も参加したことがあり、ヨーロッパの4都市で毎年行われていているものだが、これも中止になってしまった。

この映画祭の特徴として上映や授賞式の他に、期間中、パーティーはもちろん、参加者のためのワークショップやパネルディスカッションにも力を入れ、インディペンデント映画の振興に重きを置いている。

そのディレクターが企画したこのオンラインディスカッションには、配給に関するスペシャリストが参加しており、話題の中心は彼らによるアドバイスと彼らに対する質問だった。これは映画祭の期間中に会場で行われていたパネルディスカッションを少しフランクにしたような感じだった。これを飛行機にも乗らずに自宅でできたことはラッキーと言うしかない。

参加者は意外に少なかったが、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツと多彩で、アジアからは私一人だったのがちょっと寂しかったが、各国でのそれぞれの事情なんかも話したし、とても有意義な時間だった。やはりヨーロッパではまだまだ劇場配給への思いが強いようだが、それでもネット配信への期待感は年々増しているように思う。

私の作品がAmazonプライムで配信されていると聞くと、しばらく質問攻めに合うという時間もあったが、そこで私も(前回のコラムでお話した)Film Japanesqueというレーベルを作った事と、キュレーションの重要性をお話ししたが、みんな興味深く聞いてくれた。

ワールドワイドとも言えるが、これもまたミドルディスタンスだと言える。要は同じテーマで話を深められるくらいの人の距離感。この距離での話を深めていくことは、実際の次のアクションに直結する可能性も高いし、今まで意外に手薄だったのではないかと感じている。皮肉な事ではあるが、この異常な状況がその事を教えてくれたのかもしれない。

一方的な発信に対してただ“いいね”を集めるより、例えモニター上であってもやっぱり顔を突き合わせ、会話する事の大切さを改めて痛感している。これは今後外へ自由に出られるようになっても、大いに利用させてもらおうと思っている。一時のブームだとは思わずに、ぜひ皆さんも積極的に参加したり企画したりして、ミドルディスタンスを温めてみて欲しい。

危機的状況から学ぶべきこと

それにしてもこの危機的状況にインターネット、そしてSNSというインフラがあって本当に良かった。そうでなければ本当に息を潜めて隠れるしかなかったに違いない。と同時にせっかくのこの環境をもっと利用できたはずなのにという悔しさもある。

こういう状況に陥ってからeコマースを考えているようでは全く遅すぎる。もっと準備をしておくべきだった。この状況はもっともっと長引くかもしれないし、一旦収束したとしても、また襲ってくるかもしれない。

店舗や劇場がなければ成り立たない経済活動は止めざるを得ない時、片輪として経済を支えなければならない使命があるとも言える。もちろん逆に電気が止まってしまったりすれば、今度は実店舗や劇場に頼ることになるだろうし、忘れてはいけないのは、ウイルスという言葉はネットの世界にも存在する。そちらのロックダウンも現実にないとは言えない。

これからは何事もこの両輪を持った業態を目指すべきではないだろうか。これから前述のシアターバッカスと何かやれる事をやっていこう思っているが、この状況を乗り切るためだけのものではなく、その後も続けられる事として、両輪を持った映画文化の有り様を考えてみたいと思う。元に戻る事だけを考えていたのでは、いずれまた泣きを見る事になるだろう。私達は学び、そして準備しなければならないのだ。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。