Vol.125 商業映画とアートフィルムの違い。自身のターミナルを明確にして制作に挑む[東京Petit-Cine協会]

txt:ふるいちやすし 構成:編集部

予定していた短編映画撮影の延期

1月に予定していた伊勢での短編映画撮影を出発3日前に断腸の思いで延期した。緊急事態宣言が出たからという単純な理由ではない。それはむしろ逆で、文化活動は止めてはいけないという信念を持っている。緊急事態宣言が出る事がほぼ間違いなくなった1月の初め、以下のような意思表示を出演者、スタッフ全員に送った。

ロケ開始の5日以内に、全員PCR検査を各自受けて下さい。費用は領収書と交換で精算します。陰性証明は特に必要ありませんが、必ず正直に結果を知らせて下さい。検査の結果次第ではもちろん中止しなければならない事もありますが、今後、緊急事態宣言が出されようと、基本的には粛々と決行するつもりです。

ただし、強制はできませんし、説得するつもりもありません。個人的に辞退を希望する人があれば直接連絡を下さい。その結果、中止せざるを得ない状況になった場合は僕の責任において決定させて下さい。よろしくお願いします。

伊勢

この後、一人の出演者が辞退を申し出たが、彼女が働いている会社(教育関係)から、地方への旅行、出張を禁じられたという理由だった。この時期、入試試験にも関わりのある仕事であったため、これは致し方ないだろう。文化人としての信念を一般社会へ押し付けるのは間違っていると思うし、あくまでもこっそり貫くべきものだと考えている。

幸い代役もすぐに見つかり、他には一人も辞退する人がいなかったので、この時点では決行を決め、稽古も続けた。そして、その報告をロケ地の伊勢にも送った。お借りする予定の施設も一般社会側なので、我々の意思を伝えた上で、断られたらそれも仕方ないと覚悟はしていたが、意外にもすんなりとOKして頂けた。

後に、県独自の緊急事態宣言を出した三重県だが、それは名古屋に近い地域にフォーカスされたもので、南に位置する伊勢市にはあまり緊迫感はないと言うものだった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度はスタッフの一人に他の現場での濃厚接触者の疑いが出た。

後に保健所からは濃厚接触者には当たらないとの報告を得たが、おりしも濃厚接触の基準が緩められている最中でもあり、実際に一つの部屋の中で長時間過ごした人の中から感染者が出たというのは事実で、換気をしていた、マスクをしていた、とはいっても、濃厚接触であることは間違いない。残念だが、このスタッフは連れて行けないと決めた。

伊勢

元々、超少人数で行う撮影だったので、スタッフ一人欠けるのは大変痛い。折れそうになりながらも準備を進めていたのだが、決定的なダメージを受けた。すでに私を含め、PCR検査を受けたメンバーは全員陰性という結果だったが、この頃から検査の結果が届くのに遅れが出てきていた。気を利かせた数人が、ロケ日ギリギリに予約をしていて、結果が出発に間に合わないかもしれない。

伊勢の方々には全員の陰性を約束している以上、これは決定的だった。3日前でのキャンセルというのはダメージが大きい。もちろん様々なキャンセル費もかかる。一日中悩んだ末に延期を決めた。

重要残念なお知らせをしなければなりません。現時点でPCR検査での陽性者はいないものの、濃厚接触の疑いのある人が出てきました。更に検査の結果が判明するのに時間がかかる傾向もあり、クランクインまでに結果が出揃わない可能性もあります。

加えてもし何かあったときに病院にも入れない、ホテル療養もできない。このような状況を鑑み、断腸の思いで全日程を延期をすることに決めました。延期はひとまず2ヶ月程度と考えていますので、このまま同じメンバーで再度クランクインできる事を心から願っています。ぜひご理解ください。

ありがたいことにメンバー全員が残念な思いを表しつつも、理解を示してくれた。伊勢の方々も同じだった。文化を止めないという信念と覚悟は変わらない。だが、コロナを舐めてかかってるわけではない。100%の安全は無理だが、できることは全力でやらなくてはいけないし、それをメンバーにどのタイミングでどう伝えるか、特に一般人を巻き込んで迷惑や不安を与えない事はとても重要な事だと思う。

やるかやらないかという単純な事ではなく、今回の事で多くを学んだ。テレビを見ていてもわかるように、エンターテインメント業界はすでに動き始めている。中には強引と思えるようなプロジェクトも多々ある。そんな中にあって「ここが基準」という一線は存在しない。誰も責任を取れない。だからこそ個々人の立場と考えと、そしてプロジェクトを進める人間のメッセージとメンバーの同意はとても重要なのだ。

伊勢

今は3月後半に同じメンバーでの決行を目指しているが、スケジュールの立て直しや、許可の取り直しなど、それだけでも大変なのに、PCR検査のやり方等も考え直さなければならない。幸い検査キットの値段も下がり、次回は一括購入して同時期にメンバーに配ろうと思っている。

難しい状況はまだまだ続くだろう。だが、こういう時だからこそ、小さなチームでフレキシブルに動けるメリットは最大限に活かせるのだと思う。ただ2ヶ月延期して繰り返すのではなく、しっかり考えながら進めていこうと思う。金銭的ダメージも小さくはない。

特にこのプロジェクトのために申請していた文化庁の助成金は、2月中に終える事が条件だったため、現時点ではまだ決定されていないが、最悪辞退しなければならないかもしれない。それによってプロジェクトを中止にする事はないが、すでに感染予防対策に出演者全員の専用ワイヤレスマイクシステムや空気清浄機は購入済みで、電話で文化庁に問い合わせたところ、完成しなくてもその経費は助成される可能性があるという事だが定かではない。

ましてや、完成を4月まで待ってくれる事は期待できず、3月の撮影に関しての助成は絶望的だ。それでも今回の決断は正しかったと思う。それに中止ではなく延期だ。延期期間をただ待つのではなく、更にグレードアップできるように準備していこう。この状況下でもクリエイティブをやめない人を応援してます。乗り越えて行きましょう!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。