はじめに
ここ、地球の反対側である明るく楽しいロサンゼルスでは、映画のメッカとあってハリウッド映画関連のイベントが頻繁に開催されている。時には、日本ではなかなか味わう事の出来ない、貴重なイベントに参加する機会に恵まれる事もある。 今回は、本題のVFXからはやや話題がそれるが、映画の都ハリウッドならではのイベントに関する話題をお届けしてみたいと思う。
1月9日夜、サンモタニカにあるアート系シアターで映画「West Side Story」 (1961)のリバイバル上映が行われた。 折しも、スピルバーグ監督による「ウエスト・サイド・ストーリー」(2021)が2月11日から日本でも公開の運びとなるので、それに関連したタイムリーな話題ではないかと思う。
今回のコラムには、「ウエスト・サイド・ストーリー」(2021)の内容に関するネタバレは含まれていないので、映画をこれからご覧になる方も安心してお読み頂ければと思う。
1日限定、しかも1回きりの、リバイバル上映
映画「West Side Story」 (1961) は邦題「ウエスト・サイド物語」として知られ、言わずと知れた同題のブロードウェイ・ミュージカルを最初に映画化した作品である。 便宜上、今回のコラムでは「West Side Story」 (1961)の事を「オリジナル版」、スピルバーグ監督による新作を「スピルバーグ版」と記述させて頂く事にする。
なにしろ、60年前の映画作品である。もちろん筆者は生まれていないし、この「オリジナル版」をきちんと鑑賞する機会すらなかった。唯一知っているのは、巷でよく流れている同ミュージカルで有名な楽曲の数々の、断片的なフレーズだけである。 筆者にとっての「ウエスト・サイド物語」に関する知識と言えば、その程度であった。
前述のとおり、「スピルバーグ版」が12月末から全米の映画館で公開中。このタイミングに併せて、「オリジナル版」のリバイバル上映が開催されるという情報が飛び込んで来た。 これは、もう行ってみるしかないだろう。また、「オリジナル版」(1961) と「スピルバーグ版」(2021)の比較も、体感してみたかった。そんな訳で、筆者はサンタモニカにあるAero Theatreまで、足を運んでみる事にした。
Aero Theatreとは?
Aero Theatreは、非営利団体The American Cinematheque 系列のアート系シアターの1つである。 ここAero Theatreは、過去にVESのVFXフェスティバルの会場として使用された事もあり、LAの映画関係者には比較的なじみ深い映画館でもある。
LAには、Aero Theatre以外にも複数のアート系シアターの系列があるが、どこにも共通しているのは、最新のハリウッド映画を公開するのではなく、過去の名作や、日本を含む海外の話題作などを単館公開する映画館という点である。
LAにある複数のアート系シアターでは、テーマを決めて特集を組んだり、様々なフェスティバルを開催している。 その一例を上げると、
- イスラエル映画フェスティバル
- イタリア映画フェスティバル
- 黒沢映画特集
- スタジオジブリ特集 英語吹き替え版 and 日本語音声英語字幕版
- スタートレック特集 特別ゲスト ジョージ・タケイ
- 「レオン」 国際版を銀幕で観よう
- 「スパイダーマン」過去作3本まとめて一挙上映
など、映画マニア向けの献立となっている。
スケジュールをこまめにチェックしていると、映画館のスクリーンでは滅多に観る機会がない作品なども含まれ、なかなか興味深いものがある。自宅のリビングでDVDや動画配信で見るのも良いが、やっぱり映画館の銀幕&ポップコーン、そして観客のリアクションを楽しむのが映画の醍醐味であろう。
また、話題を呼んだ邦画や、映画賞などにノミネートされた邦画を時折取り上げてくれるのも嬉しい。筆者は、LAのアート系シアターで数々の邦画を英語字幕入りで鑑た。最近では注目作の映画「ドライブ・マイ・カー」をWest LAのLandmark’s Nuart Theatreにて鑑賞した。
当日の予期せぬサイン会でビックリ
さて。当日、Aero Theatreに着いてシアターの中に入ると、何やら、ステージに向かって行列が出来ている。 どうやら、ロビーで本を買うと、著者(?)のサインが貰えるらしい……
ステージ上では、50歳くらいの男性が、本にサインをしたり、ニコやかに写真撮影に応じている。本の著者だろうか?
スクリーンには「ジョージ・チャキリスによるサイン会」と表示されている。 そもそも、ジョージ・チャキリスって誰?スマホでIMDBを調べてみた。
どうやら、「オリジナル版」にも出演していた、俳優さんらしい…… ネットには「88歳」と書かれている。
しかし、ステージ上でサインしている人は若く、だいいち年齢の計算が合わない。 だとしたら、肝心のジョージ・チャキリスはどこにいるのだろう?とキョロキョロしていたところ、後ろの観客が
彼、88歳には見えないわ。すごくお若いわね!(英語)
なぬ?ステージ上にいる、あの男性が、ジョージ・チャキリスご本人? マジかいや&マジかいや
紳士的で軽々とした身のこなし、笑顔でサインをして、スクっと立ち上がって写真撮影に応じ、握手をする姿は、ご高齢者の方の体の動きではなかった。 どう見ても40〜50歳位にしか見えない。ビックリ!である。
「オリジナル版」でマリアの兄&シャークのリーダー、ベルナルドを演じた、俳優ジョージ・チャキリスだと分かった瞬間であった。
70mmプリントによる上映
この日のリバイバル上映は、現存する70mmフィルムのプリントによる上映であった。 しかも、6chの磁気トラックによるサウンド。プリントには多少のスクラッチは入っていたものの、気になる程ではなく、フィルムのコンディションも良好であった。
現在の映画館はデジタル上映が主流※になっているが、こういうフィルム上映も、味があってなかなか良いものである。
※アメリカでは、クリストファー・ノーラン監督の作品のように、敢えてフィルム上映による公開を実施する映画館も、限定的ではあるが存在する。また、ハリウッドでは一定量の映画フィルムを量産させ、フィルム文化を絶やさない為の運動も行われており、フィルム現像やフィルム・スキャン&レコーディング等のI/Oに対応したポスプロも現存している。
幅広い年齢層の観客
この日のシアターは9割弱の入りで、ほぼ満席。客席を見渡してみると、観客の年齢層も厚い。 冒頭では主催者によるご挨拶があり、
今日、初めてこの映画を観る方、おられますか?
と言う問いかけに筆者も手を挙げたところ、後ろの席のオバさまが筆者の肩をポンポンと叩き、
あらやだ。初めて?この映画、良いわよ。"これぞ、ベスト"って感じ♪(英語)
まぁそんな和やかな雰囲気の中、上映がスタートした。
「オリジナル版」をご覧になられた方はご存知かと思うが、冒頭ではタイトルカードの静止画が延々と続く。 余りにも長いので、このタイトルカードのまま2時間半が過ぎてしまうのでは?と心配になった程であった(笑) IMDBでは、このタイトルカードの撮影風景の写真を見る事が出来る。
上映中の観客のリアクションに驚く
「オリジナル版」の上映中、筆者が最も驚いたのは観客のリアクションであった。 ダンス・シークエンスで曲が終わり、動きがキマる度に場内からは盛大な拍手喝采が起こった。 まるでブロードウェイで、実際にミュージカルを観劇しているかのようなリアクションである。
そういえば、この映画はミュージカル観劇のように、途中で10分間の休憩も含まれていた。 この「オリジナル版」は、"ブロードウェイのミュージカルの舞台が、そのまま映画になった"、そんな雰囲気が映画館から伝わってきた。
これらは、今まで体感した事がない、不思議かつ貴重な体験であった。
めっちゃ感動した「スピルバーグ版」
Aero Theatreで「オリジナル版」を鑑賞した翌日、筆者は全米公開中の「スピルバーグ版」を観に行った。 タイトルは「West Side Story」(2011)。邦題は「ウエスト・サイド・ストーリー」である。 スピルバーグ監督が、1957年のブロードウェイで上演されたミュージカルをベースに、現代の最新技術によって映画化した作品である。
「スピルバーグ版」、感動~!!!!
まず、映像が非常に美しい。全編35mmのコダック・フィルムで撮影されたこの作品、撮影監督ヤヌス・カミンスキーやカラリストの手腕が光り、シークエンス毎に変わっていく色味、全編を通じての絵の美しさは、特筆に値するものがあった。
キャスティングも素晴らしく、印象的で味のある演者が顔を揃えている。アニータを演じた女優のアリアナ・デボーズは、1月に開催された第79回ゴールデングローブ賞にて助演女優賞を受賞した。
また、随所に登場するダンスシーンは、圧巻である。衣装も素晴らしい。
本コラムでもご紹介した作曲家デヴィッド・ニューマンがサントラのアレンジを手掛け、ロサンゼルス・フィルハーモニックによる演奏が美しい画面を引き立てている。 また、最先端のVFXも、控え目ながら駆使されている。 「スピルバーグ版」は、是非とも映画館の大スクリーンで鑑賞して頂きたい1本である。また、音響の優れた映画館で見る事をおススメしたい。
筆者が感じた2作品の違い
2日続けて記憶が鮮明な間に鑑賞してみると、両作品の比較が体感出来て、大変興味深いものがあった。 ネタばれを防ぐ為、ここでは詳細は割愛させて頂くが、最も大きな違いは、前述の観客のリアクションであった。
前述の、「オリジナル版」の上映におけるダンス・シークエンス毎の大拍手は、「スピルバーグ版」では起こらなかった。 ミュージカルをリアルタイムで観た観客と、そうでない観客の年齢層の違いもあるのかもしれないが、
- 「オリジナル版」:よりミュージカルの舞台に近い
- 「スピルバーグ版」:洗練された映画作品
そんな違いがあるのかも?しれない。
おまけ
この作品は東海岸NYのお話なのに、なぜ作品名が「ウエスト・サイド・ストーリー」なのだろうか?という素朴な疑問を抱き、職場の同僚達に聞いてみた。
アメリカ人の同僚2人は「????」で答えられず、イギリス人の同僚から「ああ、それはマンハッタンの西側(West Side)が舞台だからだよ」というお答えが返ってきた。なるほど。ミュージカルには警察も出てくるし、平たく日本語に置き換えると「西部警察」という事になるだろうか?(爆)
ちなみに、こちらの「ウエスト・サイド・ストーリー 意外と知らない10の情報」(英語)によれば、このミュージカルは元々「イースト・サイド・ストーリー」になる予定だったが、最終的に「ウエスト・サイド」に変更されたエピソードなどが紹介されている。
おわりに
以上が、今回「オリジナル版」のリバイバル上映に参加し、その翌日に最新作の「スピルバーグ版」を鑑賞した感想である。 みなさまのご参考になれば、幸いである。