海の中には海底ケーブルがあり、それが世界のVFX業界を繋いでいる。(筆者撮影)

はじめに

コロナのパンデミックの影響でリモートワークが浸透して久しいが、今回はハリウッドのVFX業界におけるリモートワーク事情についてご紹介してみたい。

ひとくちにリモートワーク事情と言っても各VFXスタジオによって様々であるが、ここでは筆者の経験を基に、リモートワークよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ってみたいとおもふ。しかしながら、リモートワークというテーマに沿った写真を揃えるのは困難である為、ここではロサンゼルスのビーチ画像をお楽しみ頂きながら、お届けしたいと思う。

豆知識:リモートワーク自体はコロナ禍以前から行われていた

実は、リモートワークをコロナ以前から既に実施していたVFXスタジオやアニメーション・スタジオは複数存在していた。その中でも先駆的なスタジオに至っては、なんと10年以上も前から実施していた。

多くの場合「週に◯時間までならリモートワークして良い」と上限を設定したりと限定的ではあったものの、VFX業界ではリモートワークに対してある程度寛容な文化があった。スタジオによっては、夜間や週末の対応が出来るように、リードやスーパーバイザーに限ってリモートワークを認めていた例もあった。

ハリウッドのVFX業界には元々そういう土壌があり、コロナのパンデミックの影響でロックダウンが実施された際も、混乱はあったにせよ比較的スムースに(とは言えIT部門の人はさぞかし大変だった事と思うが)リモートワークに移行出来たスタジオが多かったという印象がある。

WFHと3文字で表記

リモートワークは、英語圏ではWFH(わ~く ふろむ ほ~む)の3文字で表記する事が多い。社内メールやチャットでは、「今日は風邪気味なので、WFHします」ような使われ方をする。いつだったが、性格が温和で人望の厚いリード・アーティストさんが、WFHを間違えて「WTF(わっと ざ ふぁ~っく)」と打ってチーム全員に送信してしまい、大評判を取った事があった(笑)。

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桜田淳子の歌で有名なサンタモニカ(注:画像と記事は、あんまり関係ありません)

WFHの長所

そんな楽しいWFHにも長所・短所がある。まずは長所からご紹介してみよう。

ハリウッドに限った話でもないが、WFHに切り替えると、これまで通勤に費やしてきた時間を有効に使える。この点については総じて好評である。特にLAの場合、車社会なので通勤ラッシュ時に1時間掛かるという話もよく耳にするが、この時間が節約出来るのは大きいだろう。ガソリン代も節約出来る。

ハリウッドのVFXスタジオはグローバル化が進み、世界各地にオフィスを構えているスタジオも多い。しかしながらコロナのパンデミックの影響で国境が閉じていて人材が入国出来ないという状況が生まれ、世界中のアーティストへリモート枠を拡大し、雇用が生まれた事例もあった。

また、国を跨いで仕事をする場合、コロナ前であれば、採用されたら就労ビザを申請して→ビザが降りたら引っ越しをして→それから現地のオフィスに出勤するのが通例だった。

コロナ禍でリモートワークが浸透して以来、わざわざ別の国へ引っ越しをしたり、それぞれの国で就労ビザを申請しなくても、自宅に居ながら世界中のVFXスタジオと仕事が出来るようになった。このメリットは大きい。

例えば、もしLAに住み続けたいとなると、これまではアメリカ国外で動いている映画プロジェクトに参加するという事は物理的にもあり得なかったが、リモートワークの恩恵でそういった機会が生まれている。LAとオーストラリアなど、地球の反対側にあるVFXスタジオと仕事をする事も珍しくなくなってきた。

このように、コロナのパンデミックによる怪我の巧妙によって、今やVFXアーティストやエンジニアは、世界中とリモートワークで仕事が出来るようになった。

WFHの短所

まぁこれは「リモートあるある」で、ハリウッドに限らず日本でも共通する部分も多いと思うが、同僚などから報告を受けている範囲の情報をシェアしてみよう。

  • お仕事中なのに、家の用事を押し付けられる。
  • 食事を作らないといけない。
  • 犬が、かまってくれと絡んでくる。
  • 猫が、キーボードからどいてくれない。
  • どうした事か、トイレに入っている時に限って、社内電話が掛かってくる。

などの事例が報告されている。

また、カナダのバンクーバーやモントリオールなど、TAXクレジットを利用している国は、その地に居住し、住民税や所得税を払い、生活費を落とす事が大前提なので、カナダ国外からのリモートワークが許可されていない場合が多いようだ。この辺りは、将来の検討課題であろう。

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納品用画像が入ったフォルダを誤って消してしまい、落ち込むペリカン(注:画像と記事は、いまひとつ関係ありません)

接続方法や機材の対応は

接続方法や機材の対応は、VFXスタジオによってまちまちである。

VFXスタジオ側がモニター、キーボード、PCoIPのボックス、会話用カメラ、社内電話機など一式を送ってくれる場合もあれば、自宅のパソコンにソフトだけインストールして、基本的に機材は個人で用意しなければならないケースもある。

回線速度は、自分が契約しているインターネット・プロバイダーに依存する為、回線速度が異様に遅い時間帯があったり、地域一体のネット接続が数時間落ちてしまったり、という事も多々起こる。

セキュリティー

WFHで常に懸念事項に挙がるのが、セキュリティーの問題である。特に映画やCMの仕事をしていると、作業の大部分がトップ・シークレット扱いになると言っても過言ではない。作品によっては機密保持の関係で、WFHではなく"可能な限り"オン・サイト(オフィス)で作業する事をクライアントが要望してくるケースもある。その場合はコロナ対策をした上で、オフィスで作業を行う事になる。

またWFHの場合、あらゆる情報漏洩の可能性に、クライアントは神経を尖らせる。これには同居家族、特にご近所さんに何でも喋ってしまうお母さん対策(笑)、窓の外から画面を見られないように、などの対策が含まれている。

また、新しいプロジェクトにWFHで参加する時、作業に使う自分の部屋の中の様子をスマホでパノラマ写真を撮影し、HR(人事部)に送ってアプルーブされないと、ログインが出来ないように規定しているスタジオもある。これは、作業モニターが窓やバルコニー等から一定以上離れているか、外から見えづらい位置にあるか、などをチェックする為である。社内サイトにアクセスしようとすると、登録してある自分のスマホに本人認証が届き、それに応答しないとログインが出来ない等、各VFXスタジオともセキュリティーは工夫を凝らしている。

これはコロナとは直接関係ないが、近年のプロダクションではスマホが必須である。上記の本人認証、チャットやメールのチェックもスマホでアクセスする機会も増えた。WFHでインターネット接続が不安定だったり、打合せの最中に遮断されてしまった場合などに、スマホ経由でチームに状況を連絡出来るので、バックアップの連絡手段としても便利である。

タイムゾーンの違い

世界中の至るところからWHFが出来&世界中のVFXスタジオと仕事が出来るとなると、当然ながらタイムゾーンの違いというものが出てくる。これにどのように対応しているのか、という点をご紹介したい。場所が違うと、当然ながら時差がある。勤務先の日付けも昨日だったり、明日だったりする。

また四季が異なる国もある。例えば12月の南半球は夏なので、年末年始を利用して4週間程のサマー・バケーションを取って居なくなる人もいる。

正月明け、LAは肌寒く震えてるのに、南半球の同僚は社内チャットで「Happy Summer!!」などと盛り上がっている。このあたりは、われわれ北半球人としては、なかなか興味深いところである。

さて、勤務時間帯についてお話しよう。勤務時間は、「自分が住んでいる国や地域のタイムゾーンに沿って勤務して良い」というスタジオもあれば、勤務先の「本拠地のタイムゾーンに合わせて勤務する」事を求めてくるスタジオもある。また、デイリー(毎日行われるチェック/試写)をPDT(LA時間)の朝9時からに設定しておき、その時刻にちょうど夕方の時間帯となるヨーロッパ圏の人達は、このデイリーに参加してから1日を終える、のようにコアタイムを上手く設定しているスタジオもある。

続いて祝祭日の扱いについて。こちらも、それぞれの会社の規定によるが「各自の居住地に合わせて」という会社が多いようだ。例えばビクトリア・デーはカナダの人はお休み、インディペンデンス・デーはアメリカの人は休日、など。

ヘッドクォーターがある国が祝日の場合、この日はプロダクション・チームがお休みなのでデイリーやミーティングが無く、社内チャットのスレッドも静かで、社内電話も掛かって来ない。そんな日は、ものすごく落ち着いて仕事に集中出来る、平穏無事で平和な1日となる(笑)。

ただ、契約内容によってはホリデー・ペイ(有給扱いとなる祝祭日)が付かない場合も少なくない。これは、「休んでも良いが、その日の給与は出ない」と言う解釈となるので、休んだ分の収入が減る事になる。この規定はスタジオによって、まちまちである。

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海。そこには、塩分高めの水が存在しているだけなのだが、なぜ人間は安らぎを感じるのであろうか。(注:画像と本文は、あんまり関係ありません)

給与はどうやって支払われるのか

これもケースByケースである。自分が住んでいる国に、勤務先のVFXスタジオのブランチ(支社)があれば、そこを介して同じ通貨で、チェック(小切手)の郵送ないしは銀行振込みで給与が支払われ、所得税の源泉や医療保険の加入、ベネフィットなどもカバーしてくれる事が多い。

支社が無い場合は、海外送金の形で為替レートを介して振り込まれる。ただし、所得税やソーシャルセキュリティー(年金)、医療保険の手続きなどは自分で処理しないといけない。多くのスタジオでは、タイムカードに沿って給与や残業代が自動的に算出されるが、スタジオによっては毎週インボイス(請求書)を提出して支払いを得る雇用スタイルを採っている会社もある。

コミュニケーションはどうやって取っているか

WFHだとチームや同じショットを担当している他のアーティストとのコミュニケーションが不可欠となるが、その手段はVFXスタジオによって異なる。ミーティングは自社開発ツールやZoomなどを使って、デイリーやチーム・ミーティングなどを行う事が多いようだ。

主なコミュニケーション手段は社内チャットが多い。全社アナウンス、部署別アナウンス、チームごと、シークエンスごと、リモートワーク・テクニカルサポート、雑談用などの各スレッドが用意されている。

最も、VFXスタジオでは古くからチャットが現場に浸透しており、別の建物やフロアが異なる他部署の人と連絡を取ったり、時には別の国にある支社と連絡を取ったりしてきた文化がある。その関係でWFHでもオフィスでも、チャットさえあれば意思疎通が取れるのは便利だ。

スタジオによっては、チャットからデイリーに送る動画を投稿出来るように設定されていたり、「はい、これNukeのスクリプトね。コピペして」と、Nukeスクリプトがテキストでバン!とチャットに送られてきたりする。

タイムゾーンの違いで時差があっても世界中のアーティストのコミュニケーションが円滑に進むよう、全社ミーティングや日々のデイリーが録画され、社内サイトにアップされていたり、時差の関係で打ち合わせに参加出来なくても、翌朝に録画を見てキャッチアップが出来るように対応しているスタジオもある。

その他

  • ワクチン接種が進み、規制が緩和されてきた国や地域では、オフィス勤務とWFHを自分で選べるようにしている会社もある。両方セットアップする事をハイブリッドと呼ぶ。普段はWFHで、気分転換に週1~2回程出勤してくる人もいる。
  • ・オンライン・ミーティング中に飼い犬が乱入してくるケースも多い。ワンコは、飼い主さんが仕事に夢中で、自分にかまってくれないと、やきもちを焼くらしい(笑)。
  • フランス語圏の同僚がデイリーで発言していると、近くでチビちゃんがフランス語で謎の呪文(?)を唱え始め、それがメッチャ可愛く、ほのぼの感で場がなごんたりする。
  • 新しいプロジェクトに入って社内チャットで投稿したら、随分と前に別のスタジオで一緒に仕事した事がある友人から「よぉ 元気か~5年ぶりじゃね」などとメッセージが届いたりする。It’s a small world!!(この業界は狭い)と実感する瞬間である。
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「…流体シミュレーションに時間が掛かりそうだな」と考えてしまうのは職業病だろうか。(注:画像と記事は、ほぼ関係ありません)

おわりに

以上、ハリウッドのVFX業界におけるリモートワークあれこれをご紹介してみたが、如何だっただろうか。

日本でもリモートワークは浸透しているので共通する部分も多いと思うが、リモートあるあるネタも含め、グローバル化が進む海外のVFX業界ならではのエピソードを楽しんで頂ければ幸いである。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。