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YouTube上ではASMRと呼ばれる咀嚼音の動画など、聴覚を刺激する音声コンテンツが人気です。私たちは特定の音声を聞くことで、ゾクゾクしたり、ソワソワしたり、反対にリラックスして眠くなったりといった変化が起こります。このような音声の効果を、実際に身体の痛みを和らげたり、メンタルを整えたりするために活用する「Audio Healing」の世界が次第に盛り上がりを見せています。今回は、聴覚をハックする未来の癒し体験の先進事例をご紹介します。

予報1:効果効能がクレジットされた楽曲を発表するメディカルアーティスト

Endel

一定の周期で繰り返すベルの音や、雨や風などの自然音を聞くことで、メンタルを整えることができるヒーリングアプリの「Endel」。安眠したい時、仕事に集中したい時など目的に応じてメニューを選択して使用します。提供される音声プログラムは、リスナーそれぞれの心拍数や運動量によってパーソナライズされ、何もしない状態と比べて7倍の集中力を得ることができ、リラックスしたい時には3.6倍のストレスを軽減するという研究結果もあります。

これまでに有名アーティストとのコラボレーションを積極的に行っており、2022年5月には安眠のためのサウンドトラックとしてJames BlakeがEndel向けの楽曲を発表し話題になりました。その他にも、歩きながらマインドフルネスを行う万歩計アプリをR&BシンガーのMiguelと一緒に作成したり、作業に集中できる電子音楽をテクノアーティストのRichie Hawtinがプロデュースしたりといったプロジェクトがあります。

このように、リスナー側にどのような健康的影響を与えるかまで考慮した上で楽曲制作を行うアーティストが今後は増えてくるでしょう。近い将来、新曲のクレジットには、処方箋のように効果効能や適切な視聴方法が記載されるようになるかもしれません。

予報2:10分の休憩時間でも1時間分の休息効果が得られる休憩室

Spatial

SXSW2022に出展した「Spatial」は、その場所の目的に応じた空間のサウンドデザインを行い、音声によって人々の没入感を高めることを得意としています。実例としては、米国アトランタのWellstar Hospitalにおいて、勤務する医師や看護師のストレスを緩和するために、特殊なサウンドデザインが施された休憩室を設置。音楽によるヒーリング効果を研究するHealthTunesの監修する音楽を流すことで、プレッシャーの多い職場環境においてストレスをため込まずに働ける環境づくりに貢献しています。

このような技術がさらに進化することで、休憩室のような空間はその目的に特化した癒し空間として進化していくでしょう。10分の休憩時間でも1時間分の休息効果が得られるようになるとしたら、働き方も変わってくるかもしれません。自宅の寝室のサウンドデザインを工夫することで、寝つきが良くなったり、睡眠の効果を高めるといった音声の活用方法も生まれてくるでしょう。

予報3:自分の好きな楽曲が自分自身の精神安定剤となる

Alphabeats

自分が普段聴いている音楽から10分間のプレイリストを作り、その中でβ波とα派の流れを繰り返すことで、リスナーをリラックス状態に導くアプリ。スマートウォッチと連動して自分のリラックス状態を計測し、どの音楽を聴いている時が一番リラックスしているのかをAIが判断してくれます。忙しい生活の中でも、毎日10分間音楽を聴きながらリラックスするというルーティーンづくりを推奨しています。

人それぞれ好きな音楽の趣味があり、好きなアーティストや楽曲の傾向は異なると思いますが、自分にとって思い入れのある楽曲を聴くことで精神を落ち着かせるという体験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。そこにこのようなテクノロジーを組み合わせ、その効果が科学的にも実証されることで、未来では好きな楽曲が自分の精神安定剤としての「お守り」のような存在になるかもしれません。

予報4:ストーリーテリングでセクシーな気分を盛り上げる

Dipsea

セクシーなストーリーの朗読を聴くことで、想像力を膨らませて気分を盛り上げる音声コンテンツ。カップルでいる時でも、一人で寝る前にリラックスしたい時でも、なりたい気分に合わせたストーリーを選ぶことで没入的な体験ができます。カップル間の肉体関係やセルフプレジャーの満足度が、人間関係や個人のメンタルヘルスに大きな影響を与えることが近年の研究でわかってきており、欧米では性的欲求をポジティブに捉える動きが加速しています。聴覚を刺激するこのような音声コンテンツは、セクシーな気分を盛り上げて性的な満足感を高める際に非常に相性が良いそうです。

ひと昔前までは、照明を暗くしてムーディーな音楽をかけるといった間接的な方法で気分を盛り上げていましたが、性的欲求をポジティブに捉える風潮が広まれば、こういった直接的な方法に対する抵抗感が薄れてくるでしょう。セクシーな場面だけではなく他の状況でも、気分のスイッチを切り替えるための音声ストーリーの活用方法というのは色々と考えられます。新たな市場として開拓され、盛り上がりをみせる可能性を秘めている分野と言えるでしょう。

まとめ:癒しだけではない!メタバース時代に聴覚が秘める大きな可能性

VISIONGRAPHでは2019年末に発表した翌年予報「2020年予報」の中でも、「オーディオ経済圏の広がりと進化」として音声コンテンツの盛り上がりを取り上げています。YouTubeやPodcastをはじめとするコンテンツの充実や、ここ数年でのワイヤレスイヤホンの普及が、その要因として挙げられるでしょう。さらに、これからは音声ARやオーディオメタバースといった新たな技術も台頭してきます。単なる癒しの体験だけではなく、聴覚を通したエンターテインメントはまだまだ大きな可能性を秘めている分野と言えるでしょう。

WRITER PROFILE

VISIONGRAPH Inc. / 未来予報株式会社

VISIONGRAPH Inc. / 未来予報株式会社

イノベーションリサーチとコンセプトデザインが強みの未来像をつくる専門会社。SXSW Japan Officeとしても活動中。