2022年はリアルでの展示会イベントや音楽ライブ、フェスティバル等が数多く開催され、コロナ前のような現場での盛り上がりや活気を久しぶりに実感できた一年になりました。本コラムでは以前、コロナ禍での音楽フェスのオンライン化の試みをご紹介しましたが、その経験を経てリアルの現場でのエンターテインメント体験はどの様に進化したのでしょうか。実際に今年行われたきた実験的な事例を振り返りながら、来年に向けた更なる進化を予報してみたいと思います。

1.オンラインとリアルの参加者それぞれに新しい体験を提供するCoachellaverseの挑戦

毎年4月に行われるCoachella Valley Music and Arts Festivalは世界最大級の音楽フェスとして知られており、今年は宇多田ヒカルやきゃりーぱみゅぱみゅの出演が日本でも話題になりました。コロナ以前からステージの多くをYouTubeで無料配信していたCoachellaですが、2020年と2021年の中止を経て3年ぶりの開催となった今年は、"Coachellaverse"というコンセプトを発表し、オンラインとリアルでそれぞれ異なる体験を仕掛けました。

フェス会場でリアルに参加している人々に向けては、Pokemon GOで知られるNIANTIC社と協力し、位置情報とARを組み合わせた仕掛けを提供しました。スマホアプリでタイムテーブルやマップ等の情報が見られるだけでなく、会場各所でカメラを起動すると、その場所限定のデジタルアート作品がARで表示されるようになりました。Coachellaの会場には巨大なオブジェなど多くのアート作品が展示されていますが、アプリと組み合わせることでリアルな展示物がバーチャル空間へのポータルとして機能し、現実を拡張するデジタルアート体験へと進化しました。

一方でYouTube配信を見ているオンライン参加者に向けては、会場とは異なる映像演出を提供しています。メインステージに登場したFlumeのステージでは、楽曲に合わせた3Dグラフィックがオンライン配信の映像にリアルタイムで合成されました。ステージ上だけでなく観客の上空にオブジェを出現させたり、ステージを覆うほど巨大な鳥が出現したりといった、現場では見ることのできないライブ演出をオンライン配信上でのみ楽しむことができました。これらのAR演出は、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」を使用して制作されています。

これまでのコンサートではその場にいる人の体験価値の方が、オンラインよりも圧倒的に上だと認識されてきました。しかし、オンラインでしか体験できないような表現が登場し始めたことで、混雑している現場に行くよりも自宅からの参加を選ぶ人が次第に増えてくるでしょう。

2. ステージに向けられたスマホの画面をハックするAR演出が新たなバズを創出

Elton Johnが今年6月にイギリスのハイドパークで行った野外コンサートでは、VodafoneとのコラボレーションによるAR演出が提供されました。専用のスマホアプリを起動してカメラをステージに向けると、彼の代表曲の一つである"I’m Still Standing"の演奏に合わせて、楽曲とシンクロしたAR演出が画面上に現れる仕組みです。

海外の音楽フェスではスマホをステージに向けて動画を撮影し、その映像を自身のSNSに投稿するといったライブ鑑賞スタイルが定着しています。これを逆手にとって、オーディエンスのスマホ映像にAR演出を施せば、SNSに投稿され拡散されやすいといった相乗効果が見込めるようになるでしょう。日本ではライブ中のスマホ撮影は禁じられている場合が多いですが、撮影される写真や動画のクオリティを主催者側の演出効果によって高めることができれば、SNSを通じたプロモーションとしての可能性を秘めているように思います。

3.フェスお役立ち系ARの登場!SNSと連動しはぐれた友達を探し出す

LollapaloozaやWireless Festival等、数多くの大型フェスを開催する世界的なイベント会社Live Nationは、動画や画像加工で有名なSNSアプリSnapchatとのコラボレーションを発表しました。様々なライブ会場や音楽フェスにAR技術を積極的に導入し、ライブ体験を向上させていくことを目指しています。

実際にLas Vegasで5月に開催されたEDMフェスティバル「EDC(Electric Daisy Carnival)」では、Snapchat内で利用可能な数種類の限定フィルターを用意。フェス会場でそのフィルターを使用してカメラを起動すると、EDCのキャラクターであるフクロウが上空から現れたり、地面から光る植物が生えて来たりといったAR演出を楽しむことができます。EDMフェス会場の華美な装飾の一部がARとして動き出すような演出は、音楽との相性の良さも感じます。

更にFriend FindAR Lensというフィルターを使うと、SNS機能や位置情報と連動することで、自分の友達がどこにいるかがカメラ越しにAR表示されます。混雑したフェス会場では友達と一度はぐれてしまうと合流できないという話もよく聞きますが、この機能を使えばカメラ越しに居場所を確認できるので非常に便利そうです。スマホスクリーン上の映像演出だけでなく、人混みで役に立つ実用的な機能としてのAR技術が、これからリアルの現場で採用されていくでしょう。

まとめ

私たちVISIONGRAPHでは毎年末に翌年予報というものを発表しています。2021年末に発表した2022年予報では「IRxL~In Remix Life~」というテーマのもと、コロナ禍で生まれたオンライン化のアイデアが、リアルな生活と混じり合い、以前とは異なる形でリアルが戻ってくる様子を描きました。特にエンターテインメントの分野では、オンライン化の影響でVR/ARといった先進技術が一般にも浸透し、それがリアルでも活用され始めるきっかけになったように思います。2023年はリアルな現場でのエンターテインメント体験の更なる飛躍の一年になりそうですね。

2022年予報はこちらからダウンロードしてご覧いただけます。間もなく2023年予報も発表する予定ですのでご期待ください。

WRITER PROFILE

VISIONGRAPH Inc. / 未来予報株式会社

VISIONGRAPH Inc. / 未来予報株式会社

イノベーションリサーチとコンセプトデザインが強みの未来像をつくる専門会社。SXSW Japan Officeとしても活動中。