注目のハイスペックVRカメラ「Blackmagic URSA Cine Immersive」のモックアップが、2024年11月に幕張で開催されたInterBEE 2024の同社のブースにて展示された。日本初披露であり、世界では2例目となる。Blackmagic URSA Cine Immersiveは、Apple Immersive Videoを撮影するために開発中のカメラシステムであり、片目8K、視野角180°の3DVRビデオ、空間オーディオをサポートする。また、DaVinci Resolveのアップデートにより、プロのクリエイターがApple Immersive Videoの編集を自ら行えるようになる予定だ。
今回、Inter BEE会期中の同社イベントにて、Blackmagic Designの同製品の開発責任者のシニアプロダクトマネージャー ティム・シューマン氏と、DaVinci Resolveプロダクト・マネージャーのピーター・チャンバレン氏に、開発の進捗状況や詳細、アプリやワークフローの全容について具体的なお話を伺うことができたので、Blackmagic URSA Cine Immersiveの現状を、ここにレポートする。
概要〜Apple Immersive Videoの定義
Blackmagic URSA Cine Immersiveは、Apple Vision Proで視聴するApple Immersive Videoのコンテンツ向けにBlackmagic DesignとAppleが共同で開発している業務用の8Kステレオスコピック3Dイマーシブイメージカメラである。
そもそも「Immersive(イマーシブ)」とは何か?
直訳すると「没入感のある」、「没入型の」などの意味を持つ英語で、実写VRの界隈では存在感を表す「Presence」、空間を示す「Spatial」などと共に、以前から頻繁に用いられている重要なキーワードの一つだ。 実際、AdobeのPremiere ProやAfter EffectsのVR関連のエフェクトやトランジションの項目には、かねてより「イマーシブビデオ」という名称が用いられていた。広義においては、「イマーシブビデオ」とは、360°/180°の3D/2Dを含めたVR動画の総称と言えるだろう。また、Blackmagic URSA Cine Immersive同様、180°の視野角を持ち立体視が可能なVRのフォーマットとしては、Googleが2017年に提唱した「VR180」があり、中国企業を中心に多くの対応カメラが登場した。2021年に発売されたキヤノンEOS VR SYSTEMもRF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEレンズとEOS R5 C等の組み合わせにより8K180°3D映像が撮影できるシステムだ。
Apple Immersive Videoは、これまでのフォーマットとは何が違うのだろうか?今年6月に開催されたWWDC 2024のプレゼンテーションの中で、AppleのVision Products Groupのバイスプレジデントであるマイク・ロックウェル氏は、Apple Immersive Videoの定義について、「8K(3D)、180°の視野角、空間オーディオ(音声)の実装、Apple Vision Proのためのエンタメフォーマット」であるとしている。
Blackmagic URSA Cine Immersiveの仕様について
Blackmagic URSA Cine Immersiveのデュアル・カスタム・レンズシステムは、URSA Cineのラージフォーマット・イメージセンサー専用に設計されており、視差や歪みが最適化された状態で映像を記録する。
マグネシウム合金製で、カーボンファイバー・ポリカーボネート仕上げの筐体は、堅牢かつ重量バランスにも配慮して設計されており、開閉式モニターとして側面の片側には5インチのHDRタッチスクリーンを搭載、反対側にはカラーのステータスLCDが搭載されている。
右側にはアシスタントが操作できるように、もう1つ5インチのHDRタッチスクリーンも用意されている。
12G-SDI出力、10Gイーサネット、USB-C、XLRオーディオに対応しており、カメラ後部には、24Vおよび12V電源をサポートした8ピンのLemo電源コネクターを実装している。
250Wの電源およびBマウントバッテリープレートが同梱されるので、幅広いメーカーの高電圧バッテリーが使用可能だ。その他、トップハンドル、高速Wi-Fi用のアンテナ、ベースプレート、24V電源などを搭載している。
Blackmagic URSA Cine Immersiveの特徴を整理すると、以下の通りである。
- 8Kステレオスコピック3Dイマーシブイメージの撮影が可能
- 片目あたり8160×7200解像度
- デュアル・レンズの映像をピクセル単位で同期して記録
- 16ストップのダイナミックレンジを保持
- 軽量且つ頑丈なカメラの筐体
- 業界標準のコネクターを搭載
- 第5世代カラーサイエンスに新しいフィルムカーブを搭載
- 1つのBlackmagic RAWファイルにデュアル90fpsを収録
- 収録用に高性能Blackmagic Media Module 8TBを同梱
- 高速Wi-Fi、10Gイーサネット、モバイルデータを利用してネットワークに接続が可能
- オプションとしてBlackmagic URSA Cine EVFを使用可能
- ポストプロダクション用にDaVinci Resolve Studioが同梱
以上の内容を踏まえて、改めて、開発責任者のティム・シューマン氏にApple Immersive Videoの要件定義に基づいたBlackmagic URSA Cine Immersiveのスペックにおける重要なポイントを確認したところ、
- 解像度:片目あたり8K
(片目12Kのイメージセンサーを搭載。8Kの読みだしが可能) - 視野角:垂直・水平方向 180°
- フレームレート:90fps
- HDR対応
- 空間オーディオ(音声)を実装
との回答を得た。
Apple Immersive Videoの制作のワークフロー
Apple Immersive Videoのワークフローとしては、2025年度中に、Blackmagic Design及びAppleから制作のためのソリューション一式が提供される予定である。
具体的には、Blackmagic URSA Cine Immersiveで撮影した映像のデータを、DaVinci Resolve Studioに読み込み、編集を行う。Apple Vision Proでプレビューしながら、VR編集することも可能となる。Appleのアナウンスによれば、エンコーディングはMacのCompressorから行う模様だ。
Apple Immersive Videoのカスタムレンズシステムは、URSA Cineのラージフォーマット・イメージセンサー専用に設計されており、製造時には片目毎にマッピング、キャリブレーションが行われる。撮影時のデータはBlackmagic RAWファイル内に保存されて、ポストプロダクションにおいて利用することができる。Blackmagic RAWファイルには、カメラのメタデータ、レンズデータ、ホワイトバランス、デジタルスレートの情報、カスタムLUT等も保存される。オリジナルの記録と共に、H.264のプロキシファイルの作成もサポートされる。
Blackmagic URSA Cine Immersiveには、8TBの高性能ネットワークストレージが搭載されており、同梱のBlackmagic Media Moduleに直接収録することで、Blackmagic CloudおよびDaVinci Resolveのメディアビンにリアルタイムに同期させることが可能だ。したがって、8Kステレオスコピック3DイマーシブのBlackmagic RAWデータを2時間以上収録できると共に、エディターは撮影中にもリモートで編集作業をすることができる。また、Cloud Storeテクノロジーが搭載されており、高速ストレージによって超高解像度および高フレームレートでの数時間に及ぶ収録を実現。高速10Gイーサネットでファイルに直接アクセスすることができる。
Blackmagic Media Dockには、最大3つのBlackmagic Media Moduleをマウント可能なので、複数のURSA Cine Immersiveからメディアへの同時アクセスも高速に行うことができる。4つの高速10Gイーサネットポートに、4台までの編集ワークステーションを個別に接続できるから、編集やカラーグレーディングといったポスプロ作業の効率化が期待できる。
将来的には、Apple Vision Proでリアルタイムプレビューしながら撮影することも構想されているが、当面は側面の5インチのモニターやSDIの出力から2Dのプレビューで確認することになる。
ティム・シューマン氏によれば、同カメラの購入者に向けて、撮影の作法やポストプロダクションのワークフローについて詳しく解説したトレーニングブックが用意される予定とのことである。
DaVinci Resolveのイマーシブ機能
ポストプロダクション編集を担うDaVinci Resolveについては、Blackmagic URSA Cine Immersive発売時点のアップデートにより、以下の機能が追加される予定だ。
- Apple Vision ProにおいてDaVinci Resolveのタイムラインのモニタリングをサポート
- Blackmagic URSA Cine Immersiveで撮影されたBlackmagic RAW Immersiveビデオフォーマットの編集が可能に
- パン、ティルト、ロールの2D表示に対応したイマーシブ・ビデオビューアを実装
- Apple Immersive Videoに対しての自動認識機能で、デュアルファイル(左右の目)のステレオイマーシブ・コンテンツに対応
- Apple Vision Proでレンダリングされるトランジションをバイパスするオプションを実装
- Apple Vision Proで再生、視聴するためのネイティブファイルの書き出し
DaVinci Resolveのアップデート版に搭載予定のイマーシブ・ビデオビューアでは、クリップをパン、ティルト、ロールしながら2Dモニターでプレビューできるようになる予定だ。Apple Vision Proを使用した場合は、没入感を伴ったVR編集を行うことが可能になる。Apple Vision Proによってレンダリングされるトランジションは、FCP XMLメタデータを使用してバイパスされるので、きれいなマスター動画ファイルが取得可能となる。
カメラ側では内蔵水平計等によるメタデータを記録、DaVinci Resolveがフレームを解析することで、VR酔いを催すような動きや要素を検知した場合、あるいは特定のパラメーターを無視した場合、クリップにマークをつけるなどして、VR的にNGの可能性を示唆するユニークな機能も想定されている。
また、DaVinci Resolveプロダクト・マネージャーのピーター・チャンバレン氏によれば、Apple Immersive Videoでは、アンビソニックスの3rdオーダーの16チャンネルを、バイノーラルにミックスダウンして聴くというApple Immersive Audio(空間音声)のフローが必要要件になっているのだが、DaVinci Resolveは、さらに上位の規格に対応しているという。すでに5thオーダーの36チャンネルのアンビソニックスをサポートすることが可能であり、Fairlightには2000トラックを保持しているから、その各トラックがアンビソニックスに対応できるという訳だ。
まとめ
Blackmagic DesignとAppleは、超ハイエンドなVRカメラの開発のみならず、撮影から編集、書き出しまでを包括的に網羅する統合型のVR制作システムの構築を見据えて開発を進めていることがわかった。カメラやコンテンツに対する要求や目標も、非常に高度なものである。
VR用に高品質、高解像度の撮影を実行するためには、同時に非常に重いデータを扱うという課題が発生する訳だが、Blackmagic URSA Cine Immersiveのワークフローの全てにおいて、クリエイターのスムーズな作業環境を実現するための格段の努力と配慮が伺える。
また、空間音声の実装についても、DaVinci Resolveの上位規格への余裕を持った対応は頼もしい。
VR酔いなどの不適切なクリップを自動検知する機能などは、高品質な実写のVRコンテンツを制作するためのこだわりを感じた。
現在、Apple TV+には、Apple Vision Proで視聴するためのApple Immersive Videoのコンテンツが、すでに多数ラインナップされている。シニアプロダクトマネージャーのティム・シューマン氏によると、そのほとんどにBlackmagic Designのテクノロジーが投入されているそうだ。
この夏から秋に追加された新作としては、トルコのカッパドキアの風景の上空を熱気球で旅する「Boundless」の「Hot AirBalloons」や、第二次世界大戦中の潜水艦内を舞台とするアクションアドベンチャーの短編映画「Submerged」などがあり、高品質のApple Immersive Videoの魅力を味わうことができる。現状は片目6K 60fpsで撮影が行われ、片目4Kで配信されている模様だ。
今回のInterBEEではBlackmagic URSA Cine Immersiveはモックアップの展示のみであったが、外観はほぼ完成形とのこと。
発売時期の見通しとしては来年になる見込みだ。
価格もスペック同等、当然高価格帯が予想されるが、長年、Blackmagic Designの高い技術を惜しみなく投入され続けてきたURSA Cineをベースに開発されるBlackmagic URSA Cine Immersiveは、実写のVR映像の未来を切り開く重要なカメラシステムとなることは間違いないであろう。
来年のInterBEEのBlackmagic Designのブース展示が、今から待ち遠しく思える。