SAMYANG、「AF 35mm F1.4 P FE」発売メイン写真

良いフルサイズ用レンズは高価で、大きて、重くてというのが常識だと思っているのは筆者だけだろうか? 高性能レンズに惜しみなく投資したいのだが、実際に使っているのは小さく軽いズームレンズではないか。今回登場した35mm F1.4レンズは、これまでの大口径単焦点レンズの中でも、「これは使える」という製品だと思う。

いいレンズは大きくて重たい、そんな常識は破られる。35mm F1.4で500gを切った!

今回レビューするのは、SAMYANGが次世代レンズとして新設計したブランド「Primeシリーズ」の第1弾となる。フルサイズ用レンズで、35mm F1.4の大口径ながら重量は500gを切った「AF 35mm F1.4 P FE」だ。

SAMYANG、「AF 35mm F1.4 P FE」発売説明写真

一般的に言って、大口径と高画質、そしてAF性能を上げるには、どうしてもレンズ本体が大きく重たくなるのが宿命だ。また、画質を担保しつつサイズ・重量を下げるには、高機能レンズと高度なレンズ設計が必要となる一方で、高機能レンズを多用するデメリットとして、「高額化」と「背景ボケが犠牲になる」という点が挙げられる。

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1/40 ƒ1.4 ISO400 標準レンズを思わせる素直な描写。 (モデル:神田みつき) 低速シャッターでも手ぶれ補正はきちんと動作している
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「そんなことは分かっているよ」、という読者も多いのではないか。それでもF1.4か、それよりももっと明るいレンズが欲しいんだ! かく言う筆者も、大口径レンズの魅力には抗えない。しかし、撮影に持っていく現実的なレンズチョイスでは、大きく重たい大口径レンズは選ばれにくくなることも事実だ。35mmというもっと使い勝手が良い焦点距離のレンズが旅などで持ち歩きたくなるかが購入するか否かの分かれ道であろう。

これまでの写真・映像の文化としては、大口径レンズといえば標準50mm前後、中望遠85mm前後が思い浮かぶ。かつてのグラビアでは300mm F2.8、通称サンニッパが一時代を作った。良くも悪くも、大口径の絵は、人の心を揺り動かすらしい。

そして誰でも動画が撮れる時代になり、大口径の広角レンズというものの人気が高まった。「自分を撮るなら20mm、相手を撮るなら35mm」、筆者がセミナーでレンズ選びをするときの言葉である。動画における35mmはとにかく万能で、「一歩前へ出れば標準レンズ」「一歩引けば広角レンズ」と、1本で2度美味しいのだ。しかも、超広角ではいくらF1.8クラスの大口径でも、離れた被写体の背景ボケは無理。しかし、35mmであればボケるし、F1.4となると、すごく「ボケる!」のである。

ズームではF2.8の大三元が人気だが、本当の意味での大口径は、やはりF1.4であり、ズームレンズでは表現できない「ドキドキするボケ」が手に入る。筆者はライカのズミルックス35mm F1.4を40年近く愛用しているのだが、やはり35mmの楽しさと世界観は、他のレンズでは手に入らない。スナップからポートレート、そして映画のシーンまで、35mmレンズは楽しくて仕方がないだ。

ということで、筆者がいかに35mmをLOVEなのかは分かっていただいとして、今回登場した「AF 35mm F1.4 P FE」を早速使い始めたのだが、それをレビューする前に他社の大口径レンズのスペックを比較してみよう。

そこでまず、各社の35mm F1.4フルサイズレンズのサイズと重量を調べてみた。

■35mm F1.4フルサイズレンズの比較

モデル サイズ・重量 口径 価格(参考)
ソニーFE 35mm F1.4 GM 76.0×96.0mm 524g φ67mm 約220,000円
シグマ35mm F1.4 DG DN Art 75.5×111.9mm 645g φ67mm 約130,000円
サムヤンAF 35mm F1.4 FE II 75.9×115.0mm 659g φ67mm 約89,000円
サムヤンAF 35mm F1.4 P FE 75.0×99.2mm 470g φ67mm 約82,000円

今回はソニーFEマウントに限り比較してみたが、これまでの製品で重量が500gを切るものはなかった。価格は、国内メーカーに限っては10万円が壁になっている。

そして、今回登場した「AF 35mm F1.4 P FE」は、サイズ・重量がソニーのGMレンズと同等であり、これを意識して作られたことは事実だろう。しかも、重量は500gを大きく切って470gだ。実際に手にすると、やはり軽い。

余談だが、口径比をF1.8〜F2.8の35mmフルサイズレンズの比較は以下のようになる。

■35mm F1.8〜F2.8レンズの比較

モデル サイズ・重量 口径 価格(参考)
ソニFE 35mm F1.8 65.6×73.0mm 280g φ55mm 約75,000円
シグマ35mm F2 DG DN Contemporary 70.0×67.4mm 325g φ58mm 約85,000円
タムロン35mm F2.8 Di III OSD M1:2 64.8×64.8mm 210g φ67mm 約55,000円
サムヤンAF 35mm F2.8 FE 61.8×33.0mm 85g φ49mm 約45,000円
サムヤンV-AF 35mm T1.9(F1.8) 70.0×85.0mm 280g φ67mm 約85,000円

F1.4とF1.8〜では、大きさも価格も段違いのになることは見てお分かりだと思う。これまでも、映画の現場ではF1.8〜F4クラスのレンズが多用されているが、上記の一覧でもわかるように、サイズ・重さにおいて、さらには価格においてもF1.8〜のレンズには優位性があるからだ。

しかしながら、読者諸兄もご存知のように、購入価格はユーザーが頑張るとしても、性能差が大きければ所有したいのがF1.4クラスであろう。その大口径レンズの中でも、35mmだと筆者は思う。そこに、このクラス最軽量のレンズの登場は注目に値する。

SAMYANG、「AF 35mm F1.4 P FE」発売説明写真

美しい発色と、魅力的な立体感

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1/400 F1.4 ISO400 ND64 自然なボケ味で、SAMYANGの特徴である青の描写が美しい。可変NDの影響かビネットか、左上で若干色が変わっているようだ
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1/50 F1.4 ISO125 ND4 オブジェの凹凸がよく描写され、立体感がよくわかる
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さて、実際のレビューに移ろう。

まず、画質だが、程よい発色と、ピントがしっかりしつつ、柔らかい。SAMYANGレンズの特徴とも言えるが、日本のような多湿の空気の中でも、ほどよい彩度を持った描写だ。つまり、アジアの空気で見栄えがする設計だと言える。薄ぼんやりした天気であっても、空や道端の草花が心地よく発色してくれるわけだ。そして特筆すべきは空の色。

で、俗にSAMYANGブルーと称されており、映像全体をすっきりとした描写にしてくれる。アジア人の肌色にもマッチしており、ポートレート写真家が好んでSAMYANGレンズを使うことも頷ける。この違いは主にコーティングによって生まれる。これは、筆者にシネレンズを思わせる。つまり、高すぎないシャープネスでありながらも、現代レンズらしくピント面はしっかりしている実用性の高いレンズと評しておく。実際、筆者は映画の中でSAMYANGレンズを多用していると付記しておこう。

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1/60 F1.4 ISO125 玉ボケも非常に美しい。よく見ると、玉ボケに縁が見える。F2程度まで絞り込むことによって縁は改善できる。口径食はみられるが気にならないレベルだ
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気になる開放時の大口径ゆえの背景ボケだが、とても柔らかく自然だ。さすが大口径レンズだと言えよう。ただ、点光源の玉ボケは、若干だがバブル状(泡のように縁がある)に見える。これは高機能レンズを使っていることに起因すると思われる。被写体によっては気になるかもしれないが、真円に近い絞り羽の効果もあり、F2.0まで絞ると美しい球ボケになる。フリンジはほぼ気にならないレベルで、良好と言える。

余談だが、大口径になるほど、レンズ中心部と周辺部でセンサー面までの距離や入射角の差が大きくなる。これでズレ(収差)が生じる。周辺部ほど収差が大きくなるため、非球面レンズ等で周辺部の補正量を大きくしているのが現代のレンズだ。大口径レンズほど周辺部での補正が大きくなるわけだから、前景や後景のボケも周辺ほど強い影響が出て、バブル状(縁あり)になったり、レンズ構成が複雑だと、この縁が何段階にも増えてボケが年輪状になったり二重(二線ボケ)になったりする。

現状で言えば、年輪状(玉ねぎ状)や二線ボケは補正しきれていないレンズであり、低価格レンズだと言える。一方、縁だけのボケは許容するべきだと筆者は考えている。前述のように、絞れば縁が消えるからだ(周辺部を使わなくなるため)。

余談であるが、開放値から縁を見えなくするなら、1〜2段分明るい大きなレンズを使い、レンズ内で周辺をクロップ(つまり絞った状態)にすることが考えられる。おそらくソニーGMレンズはこのような設計だと思う。

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1/50 F1.4 ISO400 風景では広さがうまく表現されており、曇天の夕暮れだが、空が美しい。若干、ビネットがあるようだが、動画ではこれが味になる
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1/40 F1.4 ISO250 ほどよい広角感でスナップでは威力を発揮するだろう
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1/60 F1.4 ISO125 綺麗なボケ味で被写体が自然に浮き立つ
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一方、広角レンズに出やすい歪みは、ほぼ補正されており、肉眼では歪みは感じられない。もちろん、カメラ側の映像補正が行われているはずだ。いずれにせよ、実用的には非常に素直な映像になる。

作りは上品で大きなピントリングと大きい回転量で薄い被写界深度もバッチリ

さて、鏡筒など全体の作りをレビュしたい。まず、全体の印象としては、上品で高級感がある。大きなピントリングがあり、十分な粘りを持っている。MFでのピント合わせもバッチリできる。一方、同社の他のレンズには搭載されているカスタムボタンやAF/MF切り替えスイッチはない。これは軽量化を優先したためではないかと推測する。

この価格帯でボタン類が廃されていることには賛否あると思うが、ミラーレスカメラの場合、レンズごとにボタンの配置や機能が異なっており、実際の撮影では、レンズごとに操作手順や指の位置を合わせるのは現実的ではなく、カメラのボタン類で操作する方がベターに感じる。それゆえ、レンズにボタン類がないことについては、筆者としてはデメリットとは感じていない。

また、同社のレンズは、「Lens Station」という専用アプリでチューニングが可能なのも面白い。ピントリングの回転量を変えることができ、スチル向けの素早い動作(少ない回転量でピントが合う)やシネマ用の回転量が大きくなる設定も選べる。このレンズはレンズマウントにUSB-Cポートを持ち、パソコンと繋ぐことで上記の設定アプリを使うことができる。必要ないとは思われるが、AFのピント位置の補正も可能だ。

出荷時のピントリングはシネ仕様になっており、大口径ゆえのシビアなピント合わせが楽にできるようになっている。

SAMYANG、「AF 35mm F1.4 P FE」発売説明写真

AFは高速で静粛、ピント合わせの迷いもメーカーレンズ同等

大口径レンズではピント合わせの精度が問題になるため、AF性能が非常に重要になる。このレンズはどうであろうか?

結論から言えば、動画においては全く問題がない。筆者はスチル写真をあまり撮らないので、高速連写でのAF制度については評価できないが、動画においては全く問題ないレベルだと言える。メーカー性レンズと比べても遜色は無い。もちろん、人とフォーカスは全く問題なく動作した。動物検出や自動車検出も全く問題は無い。

一方、手ぶれ補正だが、ソニーのアクティブ手ぶれ補正までは純正と同等と評価できるが、ダイナミックアクティブ手ぶれ補正においては、かなり注意していないと画面の切り取りが大きく移動することがあった。ただし、振動の多い歩きのような使い方ではなく、映画におけるトラックアップのようなゆっくりとした移動であれば全く問題ない。

まとめ

この価格でここまで描写してくれているのは見事と評価したい。価格差が大きいのでソニーGMレンズと比べるべきではないが、FE35mm F1.4 GMのライバルと言っても良いだろう。いずれにせよ、サイズと重さが持ち運びしたくなるレンジに入っていることのメリットは大きく、さらに自然なボケを使ったスマホでは表現できない世界観は手に入れることができるだろう。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。