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本記事は、創業からわずか10年で、コンシューマー向け360°カメラを始め、20以上の革新的な製品群を次々と世に送り出し、世界市場を席巻する中国発のスタートアップ Arashi Vision/影石創新科技(Insta360のブランド名でお馴染み)の創業者、劉靖康氏(Jingkang Liu、通称:JK)へのインタビューである。

JK氏は、1991年7月27日生まれの34歳。南京大学でコンピューターサイエンスを学び、卒業から1年後の2015年に友人と共にArashi Visionを起業。2017年には、Forbes誌アジア版の「30 Under 30(30歳未満の注目起業家30人)」に最年少で選出されるなど、そのイノベーションに賭ける熱意と起業家精神について高く評価されている。

JK氏は、創業者でありながら、現在も製品の完成度を追求するプロダクト開発部門のリーダーとして現場を牽引しており、日本市場に対しても深い関心と理解を持っている。

Arashi Visionの従業員数は、およそ3000名であり、そのうち約57.68%が開発者(エンジニア)である(2024年時点)。これは技術革新を追求する同社の姿勢を明確に示しているものと言える。世界中で900件以上の特許を保有しており、360°ステッチング、AI手ブレ補正、AI画像処理技術などの領域で、独自の技術により他社との差別化を図っている。

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Arashi Visionが手がけるInsta360シリーズの製品のラインナップ

中国・深圳の宝安に本社を構え、米国、日本、ドイツ等にもオフィスを擁してグローバルな展開を進めてきた同社は、中国を代表する大手ベンチャーキャピタルや複合企業から支援を得て、その成長を加速させてきた。現在では、世界の200以上の国と地域で製品を販売しており、2023年の世界のコンシューマー向け360°カメラ市場において67.2%という圧倒的なシェアを獲得。競合他社を大きく引き離して、6年連続で首位の座を維持している(米ビジネスコンサルティング会社 フロスト&サリバン社の調査による)。

この2025年6月12日には上海証券取引所(SSE)に開設されたハイテク新興企業向けの科創板(STAR Market)への上場を果たし、大きな注目を集めた。

Arashi Visionは、IPO(新規株式公開)で公開価格の285%高となる初値182元(約3,600円)を記録。終値も高水準で、時価総額は約720億元(約1.48兆円)に達した。

科創板史上最高額の19.38億元(約390億円)を調達し、2025年1~3月期の売上も前年同期比40%増と、業績も非常に好調である。

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この6月、上海証券取引所(SSE)の科創板(STAR Market)に上場を果たした際に、祝福のドラを打ち鳴らすJK氏を始めとするArashi Visionの幹部たち

本インタビューでは、JK氏がArashi Vision(Insta360)の成功の秘訣や成長に伴う苦労、自社製品開発やVR、AI、そして、未来へのビジョンについて率直に語っている。
(尚、記事内では、会社に言及する場合は「Arashi Vision」、製品に関する内容については「Insta360」の表記に使い分けている。)

創業当初のビジョンと現状について

――(筆者)創業10周年、そして、先月の上場おめでとうございます。それから、JKさんは、今月がお誕生日ですね。お幾つになられますか?

JK:

ありがとうございます。34歳になります。

――ということは、Arashi Visionを創立した時は、24歳だった訳ですね。設立されてからのこの10年間で、予期していた通りになったことと、予想外だったことは何ですか?

JK:

イノベーションを追求し、常に新しいカメラを開発するという点については、設立当初から変わらず、予定通りに進んでいます。一方で、これほどハイスピードで会社が発展するとは予想していませんでした。

また、個人的なことですが、創業当時は好きなこと、つまり開発や技術に没頭できていました。しかし、会社が大きくなるにつれて管理業務が増え、それについては、あまり好きではないというのが正直なところです(笑)。

――では、この10年を振り返って、一番良かったことと、大変だったことを教えてください。

JK:

何よりも、会社が順調で健全な状態で存続していることが一番嬉しいです。社員の自由度が高く、好きな開発やイノベーションを自由に実行できる環境も素晴らしいことだと思います。
大変なのは、年を追うごとに、次々と大きなチャレンジが生まれたことです。常に挑戦し続けなければならない状況で、リラックスしたり、気を抜いたりする余裕は全くありません。

――お話しできる範囲で、特に大変だったエピソードはありますか?

JK:

一番つらかったのは、昨年、アクションカメラのInsta360 Ace Pro 2の初期ロットにレンズの曇りの問題が発生し、リコールを実施したことです。すぐに改善して修理をおこないましたが、会社にとっては大きな影響がありました。幸い、今はもう問題ありません。

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最高画質を求めるプロや愛好家向けに設計されたAI搭載のフラッグシップ・アクションカメラ Insta360 Ace Pro 2

会社の成長と組織文化について

――設立からわずか10年で急成長を遂げ、数千万〜数億ドルの資金調達も実現し、組織もどんどん大きくなっています。組織をまとめる上で大切にしていることは何ですか?

JK:

3つのことを大切にしています。1つ目は「お金」です。もちろん高いリターンを出すためには、困難なことにも挑戦しなければなりません。しかし、挑戦する際には、会社が健全な状態で成長し、良い循環を生み出すことが非常に重要です。これは社内でも大きな課題です。

2つ目は、「優秀な人材を獲得して維持する」ことです。そのためには、彼らが常に達成感を得られるようにしてあげなければなりません。適切な目標を設定し、解決すべき課題を明確にすることが、非常に大切だと考えています。

3つ目は、「社員一人ひとりに自己成長の機会を与える」ことです。社内にそのための仕組みを作り、頻繁に異動を奨励して、常に新しいことに挑戦してもらうようにしています。そうすることで、彼らのモチベーションを維持することができるのです。

――会社の規模が大きくなると、チームワークや一体感を保つのが難しくなると思いますが、今後さらに会社を大きくしていくお考えですか?

JK:

人員や事業を拡大するスピードは、今後は以前と同じではないかもしれません。経営面では、プロダクトラインを見ながら足りない部分を補うなど、常に変革することをイメージしています。

チームが大きくなっても一体感をどう守るかについては、実は「大学」という組織を参考にしています。大学はまず、入学希望者を選抜し、その後は、学生自身の強みを活かして専門分野の課題や研究に取り組ませます。もちろん、足りないところはサポートする。私たちは、この仕組みを学び、会社全体の一体感を維持していきたいと考えています。

――中国にはテンセントやファーウェイ、シャオミ、日本でもトヨタやソニー、キヤノンのように何万人〜何十万人もの社員を抱える巨大な企業が存在しますが、将来的には、そのような規模の会社を目指しているのでしょうか?

JK:

いいえ、人数を目標にはしていません。どちらかというと、イノベーションによって新しいものやユーザーの潜在的なニーズを発見し、製品として世に送り出していくことを目指しています。ソニーのウォークマンがそうであったように、ユーザー自身がまだ気づいていないニーズに応えるようなイノベーションを起こしたいですね。

――では、社員の数は重要ではないということですね。

JK:

はい、社員の数よりも、まずイノベーションが大事です。イノベーションは、人数で決まるものではありません。ソニーがウォークマンを発売した当時も、そこまで巨大な会社ではなかったはずです。

ユーザーの声こそが、未来を切り拓くイノベーションの鍵

――Arashi Visionは常に最先端のイメージング技術を追求していると思いますが、技術革新の原動力、モチベーションはどのようなものですか?

JK:

モチベーションの核となるものは、やはり「イメージングの変革」にあります。ユーザーのニーズに対しては、まだ十分に満たしきれていない部分が沢山ありますから。

例えば、4歳になる私の娘は、今とてもかわいらしい時期です。しかし、成長して思春期を迎え、いつか私と仲が悪くなる時が来るかもしれません。そんな時に、彼女の無邪気で素敵な子供時代の瞬間をどう残せるか、ということをとても大切にしています。

子どもの無邪気な一瞬は、予測ができないものです。動きや表情を完璧に記録したいというのも、ひとつのニーズです。もうひとつは、昨夜、渋谷スクランブルスクエアの最上階の展望台の渋谷スカイに行った時のことですが、多くの観光客が一生懸命写真や動画を撮るあまり、その素晴らしい景色を実際に楽しめていないように見えました。

これではTikTokを見ているのと何が違うのだろうかと感じました。もちろん、一部のお金持ちはカメラマンを連れて撮影してもらったりして楽しんでいましたが、一般の人々にもリアルな体験こそ味わってほしい。どうすれば技術革新によって、このような「ペインポイント(不満点)」を解決できるのか。それが、私たち開発者のモチベーションになっています。

――なるほど。商品企画や開発、マーケティング、広告などで特に大事にしている領域はありますか?

JK:

「開発」を最も重視しています。

――Insta360シリーズの広告やプロモーションビデオなどは非常にセンスが良いと感じます。そのあたりのブランディングも意識されているのかなと思っています。

JK:

実はプロモーションよりも、「チームの構築」を重視しています。確かに以前は、プロモーションビデオ制作などのすべてのクリエイティブを私が管理してアイデアを出していましたが、今振り返ると、それは賢いやり方ではなかったと思います。

ですから、最近は、情熱と才能にあふれたクリエイティブな人材を集めています。弊社の10周年記念ビデオなどもそうですが、さまざまなチームから声を出してもらい、アイデアを出し合って制作しています。Insta360 X5のローンチビデオで、レンズを破壊する場面がありますが、そのアイデアもチームから出たものです。

――例えば、アップル製品からは、長年の間、高機能、美しい、シンプル、おしゃれといった印象を受けてきました。このような「アップルらしさ」のように、「Insta360らしさ」といったブランドイメージをどのように創り出し、維持したいと考えていますか?

JK:

プロダクトのデザインについてはすべて私が監修し、ブランドにおける3つのキーワード「Creative」、「Fun」、「Bold」を常に守っています。

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Insta360のブランドスローガン「Think bold.」大胆なイノベーションを通じて人々がより良い生活を捉え、共有できるように支援するというInsta360の取り組みを表している
コアやバッテリーなどのモジュールが組み合わせ可能、レンズユニットも交換可能という斬新な設計で反響を起こしたアクションカメラ Insta360 ONE Rは米タイム誌の2020年ベスト発明の一つとして選出された

「技術帝」としての製品開発と経営者の顔

――あなたは大学時代に「技術帝」と呼ばれていたそうですね。今も開発のトップとして指揮を執っていらっしゃると思いますが、経営者と技術者のそれぞれについて、どのようにバランスをとっているのですか?

JK:

「技術帝」という言葉は、メディアが少し大げさに言っているようです。経営と開発のバランスを取るのは難しいことですが、会社の経営は商品の設計と似ていると考えています。会社の機能やオペレーションを設計しているようなものです。
その中で、自分で全てを決定するのではなく、適切なチームを構築し、権限を渡すようにしています。新しい問題を定義したり、アイデアを出してもらったりする。先ほどお話したクリエイティブなビデオ制作と同じですね。

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2018年当時の深圳のInsta360オフィスの社長室にて、Insta360 Pro2に手を掛けるJK氏。その背後には、キティちゃんのぬいぐるみが、ずらりと飾られていた(筆者撮影)。
筆者は、過去2回、Arashi Visionの深圳のオフィスを訪ねて取材をしている。JK氏は自身が愛するアニメを通じて覚えた日本語で、いつも積極的に話してくれる。そのような点からも、彼がコミュニケーションを大切にしている姿勢が窺える
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Insta360 Pro2発表当時(2018年)、来日時に東京で自らPV動画を撮影するJK氏(筆者撮影)

アクションカメラ市場への参入、そしてVRやAIについて

――最初の360°カメラを世に出して以来、2017年頃から商品企画がVRやパノラマから次第にアクションカメラ的な指向へとシフトしていったと思いますが、製品ラインナップの変更を決めた背景、市場の動向を見た上でのJKさんの判断や考えを教えていただけますか?

JK:

VRの需要はもちろんありますが、市場を開拓するには非常にコストと労力がかかります。

なぜ360°カメラの機能を踏まえてアクションカメラ指向に切り替えたかというと、初代Insta360である「Nano」はスマートフォンに挿して使うタイプでしたが、スキーなどのスポーツシーンで自撮り棒を持ちながら不安定な状態でも撮影しているユーザーの姿を見て、そこに確実なニーズがあると気づいたからです。そこから、より便利な360°カメラの開発を始めました。

――つまり、360°カメラをVRとして使うよりも、アクションカメラとして使う方がニーズがあると判断されたのですね?

JK:

その通りです。それが今のInsta360の方向性です。

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Insta360の初期(2016年発売)の360°カメラのInsta360 Nano(スマートフォンに挿して使用するタイプ)

――アクションカメラとして商品展開していく中で、特に難しかった点はありますか?

JK:

確実なニーズがある一方で、最初は「まず撮影して、後でフレームを決める」という使い方の啓蒙に苦労しました。しかし、ユーザーの皆さんが長年使ってくださるうちに、徐々に浸透していったと思います。

――Insta360 X5のような360°カメラの場合、アクションカメラのような趣味的な使い方と、不動産業者が部屋(物件)を撮るような実務的な使い方、そしてVRとして使うなどのユースケースが考えられますが、それぞれどれくらいの利用割合を想定していますか?

JK:

今は圧倒的にアクションカメラとしての使い方が多いですね。もちろん不動産業界でも使われていますが、そもそも業者の人口には限りがありますから。

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8K/30fpsの360°動画撮影に対応した360°カメラシリーズの最新フラッグシップモデルInsta360 X5

――VRについてもう少しお伺いします。Apple Vision ProやAndroid XRといった新しいVRやXRの動きもありますが、VRの普及はもう少し先だと思いますか?Apple Vision Proに触れてみて、どう感じましたか?

JK:

私たちの会社の規模では、VRの発展を予測することはできません。大企業ほどの能力はありませんからね。どちらかというと、360°カメラの技術に特化し、いかに解像度が高く、素晴らしい映像を記録するかを専門的に追求していきたいと考えています。もちろん、VR技術が普及した時のために、今、撮った映像が使えるように、データをきちんと残しておくべきだと思っています。

先ほどの娘の例で言えば、VR技術が成熟するのを待ってから360°技術に注力しても、今のこの瞬間は過ぎ去ってしまいますから、それでは間に合いません。ですから、まずはこの瞬間を残しておき、クラウドサービスなどを利用して、後で使えるようにしておくことが大切です。

――確かにそうですね。御社の製品で言うと、Insta360 Pro2やInsta360 Titanのようなハイエンド向け、プロ向けの製品の後継機は、まだしばらくは出ないですか?

JK:

Insta360 Titanのようなプロ向けの製品は、ハードウェアの進化のサイクルが比較的長いのです。私たちは、どちらかというと消費者向けカメラの画質や解像度を上げたり、ソフトウェアを進化させたりすることに注力しています。

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2019年当時の深圳のArashi Visionのオフィスにて。ハイエンド360°カメラInsta360 Titanを手にするJK(筆者撮影)

JK:

現在開発中のAI技術を利用すれば、コンシューマー向けカメラで撮影した映像も画質を向上させることができます。深圳に来ていただければ、その映像をお見せできますよ。本社で研究開発を進めており、コンシューマー向けカメラで撮った映像でも、AIによる画像処理によってApple Vision Proで美しく見られるようになります。ただし、処理に係る計算コストが高いのが問題で、まだ発売にはいたっていません。例えば、現在1分間の動画の計算コストは、およそ10ドルにもなります。まだ研究段階なのです。

――AIの話が出ましたが、Insta360では、すでにカメラ内の画像処理チップやアプリの編集などにAIが実装されています。今後の活用については、どのように期待していますか?

JK:

(スマホで自身の動画を筆者に示しながら)これは先日、家族で広州に遊びに行った際に撮影した動画ですが、AIが自動的に視点を変え、画角、トランジション、フィルターまで全て自動で編集や処理をしてくれました。私は何もしていません。今後もAIの力をさらに伸ばしていきたいと考えています。Insta360として最初に編集作業にAI機能を実装したのは2019年ですが、当時の技術は今よりもずっと単純なものでした。

現在、AIの技術は大きく向上しています。特に360°カメラは、後から好きなようにフレームを切り出せるので、編集にAIを使うことには大きな可能性があります。

――そういったAIの機能や可能性も踏まえて、これからの映像表現はどのように変化していくと予想されますか?

JK:

未来は「自動的なカメラ」になると考えています。例えば、家族でのハイキングの様子を、カメラが自動的に分析・認識し、日常的なシーンを記録してくれるようなイメージです。

競争環境と差別化戦略

――カメラ業界の競争は激しいものですが、その中でもInsta360のシェアは急拡大し、日本のグッドデザイン賞を始め、国際的なデザイン賞である独のiFデザイン賞、そして米国のCESイノベーションアワードなど多くの賞も受賞されています。常にイノベーションをキープしている最大の要因は何だと思いますか?

JK:

重要なのは、「イノベーティブなことをやるのが第一原則」という会社の方針です。もちろん、経営や収益も重要ですが、何よりもイノベーションが大切だと考えています。利益は、イノベーションが正しかったことの証明だと捉えています。

ユーザーの課題やニーズを解決するために、高いコストをかけて開発に投資し、革新的な製品を生み出す。そしてユーザーがそれを購入してくれれば、会社は利益を得ることができます。その利益で、さらに新しい製品を作ることが可能になる。このような好循環が生まれてくるのです。ですから、すべての新製品には、高いイノベーションが要求されます。

また、私たちは「映像イメージング」という分野に焦点を絞っています。これまでの10年の間には、不動産や3Dプリンターなどの事業も利益を生む可能性がありましたが、われわれはあえて映像の領域に集中することを選択しました。基本的には、すべて映像に関する技術で、より良いものを消費者に提供したいと考えています。

パートナーシップ戦略について

――ライカやアップル、BMWなど、世界的なブランドとパートナーシップを組んでいますが、それはInsta360に、どのような影響をもたらしましたか?

JK:

ライカとのコラボレーションでは、光学設計やカラー設計のノウハウを得ることができました。これらを総合的に活用することで、より便利で素晴らしく、かつ画質や機能に優れた製品が生まれています。アップル独自の被写体追跡技術のApple DockKit(自動追跡)に対応した初のジンバルInsta360 Flow 2 Proでは、iPhoneやサードパーティ製のiOSアプリを使用するユーザーにとって、より使いやすくなりましたし、自社のAIトラッキング機能も向上しています。

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2025年、Insta360は、Leica Camera AGとのパートナーシップの拡大を発表した
Apple DockKitをサポート、進化したAIトラッキング「ディープトラック4.0」、アクティブズームトラッキング、複数人トラッキングといった革新的な機能を搭載するジンバル Insta360 Flow 2 Pro

――今後もそのようなパートナーシップ戦略は考えていますか?

JK:

将来的にさらなる映像の進化を目指しており、今、具体的なことはお話しできませんが、そのためにはパートナーと協力していくつもりです。

若手起業家へのメッセージ

――JKさんは中国のビジネス関連の賞を多数受賞し、海外のメディアでも若いビジネスエリートとして取り上げられています。これから起業を目指す若い世代に何かアドバイスをいただけますか?

JK:

「冒険心」と「リスクのコントロール」のバランスを取ることが重要です。株式を分散させすぎないように、ということもアドバイスしたいです。

――株を分散させすぎないとは、具体的にはどういうことですか?

JK:

株を分散させすぎると、初期の段階で多くの意見が入り、集中と選択が難しくなります。株の価値は、その人材の長期的な価値と関連していますが、創業当初はその人の将来的な価値は分かりません。その時点で株を分散させすぎてしまうと、不公平が生じたり、会社の将来的な発展に影響を与えたりする可能性があります。

Arashi Visionの次のステップとは?

――数年前には「世界一のカメラメーカーにする」と夢を語られていましたが、その気持ちに変わりはありませんか?

JK:

「ナンバーワン」になることが目標ではなく、「一流」になるということが目標です。

――5年先、10年後の具体的なビジョンはありますか?

JK:

まず、年間出荷台数が1000万台を超えるような製品を世に出したいと思っています。現在は1つのカメラで100万台ほどですから、この目標は大きいものです。

次に技術面では、業界に影響を与えるようなイノベーションを追求していくことはもちろんですが、将来的には、サプライチェーンやマーケティングなど、あらゆる部署が革新的なショーケースとして、他社に影響を与えるような存在になることを期待しています。

――今はコンシューマー向け製品のラインナップが多い訳ですが、例えばミラーレスカメラを作りたいという考えはありますか?

JK:

はい、あります。

――多くの人がスマートフォンで写真を撮ると思いますが、スマホはライバルだと考えていますか?

JK:

私たちは「スマホでは撮れない映像を撮れるカメラ」を作ろうと考えています。私自身、スマホで写真を撮ることもありますが、私たちの製品はスマホでは撮れない映像がメインなのです。

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Insta360シリーズの最新のラインナップの製品とJK氏

JK氏の日常について

――最後に、あなたの1日のルーティンを教えていただけますか?

JK:

スマホのアプリでライフログを自動的に記録していて、集計しています。基本的に毎日会社に行きます。

――結構遅くまで仕事をされているのですか?

JK:

そうですね。ライフログによれば、1日に費やす時間の割合は、組織や会社、製品や技術にまつわることが大半で、マーケティングについては18%くらいになっていますね。

――朝何時に起きて、何時に寝るのですか?

JK:

大抵、朝10時半頃に起きます。最初のミーティングが10時半から始まることが多いので、起きた瞬間からもうベッドでオンラインミーティングの開始です(笑)。寝るのは朝4時頃ですね。

――夜も仕事をしているということですか?

JK:

はい、いろいろなことを考えています。

――日本やヨーロッパなどでは、ワークライフバランスを重視し、夜や休日は、仕事よりも自分の趣味や家族と過ごすことに時間を費やすといった考え方が主流になっていますが、中国のスタートアップはハードワークのところが多い印象です。仕事と私生活のバランスについては、どう思いますか?

JK:

人それぞれ幸せの形は違うと思います。ワークライフバランスを優先する人もいれば、好きなことを追求することに幸せを感じる人もいます。私は後者のタイプです。私の働き方は、一部の社員に影響を与えているかもしれません。しかし、このような働き方に幸せを感じる人は、私についてきてくれますし、耐えられない人は他の道を選ぶことができます。ですから、それぞれの選択がある、ということですね。

――素敵な奥様やお嬢さんがいて、家族との時間も大切にされていることと思います。仕事と家族、どちらが大事か比べることはできないでしょうが、それぞれ、どのようにバランスを取っていますか?

JK:

今は仕事の時間が圧倒的に多いですが、週末は家族と一緒に過ごすようにしています。家では食事をしないことが多いのですが、家と会社が近いので、妻と娘が会社にご飯を持ってきて、会社で一緒に食べたりします。娘をとても大切にしているので、出張であまり会えない時は、沢山おもちゃを買ってあげます。夜遅くまで働いていても、翌朝は娘が大好きな緑色の車で学校まで送り届けたりしています。

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筆者にスマホのアプリに記録された自身のライフログを示すJK氏

まとめ〜イノベーションと情熱が織りなす映像表現の未来

創業わずか10年で世界のカメラ市場を席巻して、360°カメラのリーディングカンパニーとなったArashi Vision(Insta360)。

同社は、「未来のカメラマン」というビジョンのもと、イメージングアルゴリズム、AI、機械制御、音響、光学等の研究を進め、人々が人生をより良く記録して、スムーズに共有できる世界の実現を志している。

創業者のJK氏は、ユーザーが創造に集中できる「透明なツール」の実現を目指し、上場を通じて開発を加速させると語る。彼の経営哲学は、利益をイノベーションの証と捉え、新たな製品開発へ惜しみなく投資する循環を生み出すというものである。

AI技術の積極的な導入や「スマホでは撮れない映像」へのこだわり、そして愛娘との思い出を大切にする個人的な思いが、人々の感情に寄り添い、思い出を大切にした製品開発へと繋がっている。

「ものづくり」にかける情熱と中小企業における「技術」の重要性、困難に立ち向かう社長や社員の奮闘を描いた日本のドラマ「下町ロケット」に影響を受けたと語るJK氏。そんな彼が率いるArashi Visionは、これからも革新的な映像体験と製品を提供して、われわれを楽しませてくれることだろう。

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Arashi Visionのマスコットキャラクターの「影ちゃん」を手に微笑むJK氏
(因みに、「影ちゃん」は、同社の中国名である「影石創新科技」が名前の由来である。「影」は写真・映像。「石」は長くという意味。また、会社の英語名であるArashi Visionのネーミングは、日本のアニメ作品からインスパイアされたという)

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。