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Infomediji社のCEO Ivan Varko氏は、ウクライナの田舎町でコンピューターと出会い、医科大学からIT業界へ転身、そして、ウクライナ革命を機にスロベニアで起業。2015年にOculus Rift DK1との運命的な出会いを経て、「神」を意味する名の世界最大規模のVRストリーミングプラットフォームの一つDeoVRを立ち上げた。

DeoVRが目指すのは、単なる映像ではない「次世代のソーシャルな体験」への進化だ。

本インタビュー記事は、Varko氏が語るVRの未来への確信や日本の持つVRのポテンシャルへの熱い期待などを伺いながら、VRの最前線を切り拓く異色の起業家の思考に迫るものである。

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9/14(日)東京・新宿のNEUUにて開催された「DeoVR Asia Tour Tokyo Meetup」で、プレゼンを行うVarko氏

ウクライナの田舎町からVRの世界へ

――まず最初に、あなたのお名前の正式な発音について教えていただけますか?

Varko氏:

ウクライナやスロベニアでは「イヴァン」、国際的には「アイヴァン」と呼ばれることが多いのですが、どちらで呼んでいただいても構いません。姓は「ヴァルコ」です。

――幼少期から学生時代の様子、それから、あなたの専門分野についてお聞かせください。

Varko氏:

私は40年前にウクライナのIvanivkaという田舎町で生まれました。父は集団農場の組合長(日本でいうところの農協のような組織の長)、母は村議会の秘書をしていました。私は村から市のギムナジウム(大学進学を目的とした中等教育機関で、日本でいう中学・高校にあたるもの)へ進み、9年生になるまで学校の寮で月曜日から金曜日まで暮らしていました。その後、テクニカルカレッジ、さらにキーウの医科大学にも並行して入学しました。

――テクノロジーに興味を持ったきっかけは、どのようなことですか?

Varko氏:

子供の頃(中学生)、父親から最初のコンピューター(Pentium)を買ってもらったことが原点です。私は、当時、人口4万人の地区でコンピューターを持つ3人のうちの1人でした。Windows 95の時代に、コンピューターを自分で壊しては修理することを繰り返し、システム管理やインターネットについて独学で習得しました。ゲームよりも、専らCorelDRAW(1989年に発売されたベクトル画像編集ソフト)などを用いた写真編集などの創造的な活動に夢中でしたね。当時から、家にプリンターとスキャナーもありましたよ。

――医療分野からIT業界へ転身した経緯と、人生の大きな転機となった出来事は何ですか?

Varko氏:

幼少期から、現実と自分の願望との間に不一致を感じており、それが自ら学ぶ上での原動力となりました。IT専門のテクニカルカレッジを卒業後、医科大学に在籍しながら、キーウの不動産関連のメディアでライターとして働き始めました。その後PR代理店を設立しましたが、2008年にインターネット業界に100%移行することを決意し、フリーランスのウェブマスターとして、ショッピングサイトやポータルサイトの構築を手掛けていました。
人生の大きな転機は、2014年のウクライナのマイダン革命(尊厳の革命)です。革命後、事業拡大と居住権の獲得を目的に、スロベニアに移住しました。これが約11年前で、私が29歳のときのことです。

――貴社(Infomediji)の設立の経緯を教えてください。

Varko氏:

起業するためにスロベニアへ移住して、2014年にInfomediji社を設立しました。当初はIT技術に精通している友人ら15名でスタートし、ウェブサイトやプロダクトの開発を手掛けていました。

――貴社のVRプラットフォームである「DeoVR」のネーミングの由来について教えてください。

Varko氏:

「Deo」はラテン語で「神」を意味します。実は、当初は会社登記の締切に追われて「Video」のアナグラムから発想して急遽社名を決めたのです。その後に「Deo」が神聖な意味合いを持つことが判明し、宗教心のある私にとって偶然かつ重要な発見となりました。

――数あるテック分野の中で、特にVRに着目された理由は何でしょうか?

Varko氏:

2015年にさる展示会で、ヘッドマウントディスプレイのOculus DK1(デベロッパーキット)を体験したことが決定的なきっかけです。その時は、エンタープライズ向けのトレーニングや教育、そして、エンタメのコンテンツを体験しました。
当時はまだ画素がかなり粗かったものの、この先、デバイスが進化すれば、VRはフラットスクリーンよりもはるかに質の高い体験になると確信しました。
その確信に基づき、既存のストリーミング基盤を活用して、トレーニングや教育のための世界初のエンタープライズ向けVRストリーミングプレイヤーを開発したのです。

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Infomediji社の組織論と事業基盤、そして成長の軌跡

――現在のinfomedijiの組織体制と、社内の状況について教えてください。

Varko氏:

設立当初は15名の社員がおり、一時は6名に縮小し、その後140名まで増員しましたが、今後は少数精鋭の強力なチームを作るべく「タレント・デンシティ(能力密度)」を重視していくつもりです。
そのために、強いパッションを持った人材を求めています。
現在、社員の構成は約70%がエンジニアで、管理職は140人に対し4人のみという、意図的に「管理されていない」フラットな組織構造にしています。オフィスはスロベニアとロサンゼルス、キプロスにあり、その他、世界中からリモートで勤務しています。

――貴社の事業は主にどのような構成になっているのでしょうか?

Varko氏:

コンテンツ制作、マシンラーニング、プラットフォーム事業などを手がけていますが、当社の事業は大きく分けて以下の3つの柱で構成されています。

1.コンシューマー向けプラットフォーム:クリエイターとユーザーを繋げるコンシュマー向けのストリーミングプラットフォームである「DeoVR.com」。
2.BtoB向けサービス:企業向けのホワイトレーベル(OEM)VRプレーヤー&サービスである「DeoVR Enterprise」。
3.基盤となるインフラ:これら全てを支える500台のサーバーファーム、様々な複雑なクラスター、機械学習などを含む基盤インフラです。ハードウェア、ネットワークソフト、ストリームソフトなどすべてを内製しています。

――創業から11年間の歴史を振り返った時、最も成功したこと、そして最も苦労されたことは何でしょうか?

Varko氏:

事業は指数関数的な「Jカーブ」成長を遂げ、現在は漸進的な成長フェーズにあります。この状況は一つの成功と言えるでしょう。
一方、最大の課題は創業から一貫していますが、「会社のビジョンを信じ、情熱を持って共に働いてくれる人材」を見つけるということです。今日の厳しい環境の中で成果を出せるように、高度なスキルと情熱を共有するタレント・デンシティの高いチームを構築するために、人材探しに注力しています。

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DeoVRは、4K、6K、8K、3D、180、360°の様々な動画、静止画が楽しめるプラットフォームだ
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9/14(日)東京・新宿のNEUUにて開催された「DeoVR Asia Tour Tokyo Meetup」に登壇したDeoVRの主要スタッフたち

VRがつくる次世代のソーシャル体験

――ちなみに、Ivanさんご自身がお好きなVRコンテンツや、今お勧めのVRコンテンツはありますか?

Varko氏:

特定の「最高の一本」があるわけではありません。むしろ、様々なコンテンツ間をジャンプし、友人グループの一員であるかのような感覚を味わえる体験に価値を感じています。フラットな映像では得られない「感覚」や「知覚」をVRに求めているため、様々な短いコンテンツをチェックすることが多いですね。

――VRの普及に向けた最大の課題とは何だとお考えですか?

Varko氏:

普及の鍵は、友人に「これはVRで見ないとダメだ」と言わせるような魅力的なコンテンツをつくることでしょうね。
現状、MetaストアでナンバーワンのアプリケーションはゲームではなくYouTubeであり、それはすなわち映像コンテンツの重要性を示しています。DeoVRでも8割くらいは実写のVRコンテンツが占めていますが、NetflixやTikTokのようにエンゲージングで数百万回再生されるような、例えば、シネマティックなものやニュースなども含めた強力なコンテンツがVRにはまだ不足しています。私たちの目標は、人々がスマートフォンのリンクではなく、「これはVRで見て!」と共有したくなるような瞬間を創り出すことです。

――インタラクティブ性や空間表現について、もう少し詳しく教えてください。御社が目指す、実写VRの進化とはどのようなものでしょうか?

Varko氏:

フラットな映像や3D、あるいは、180°や360°動画という形式よりも、その上にマルチユーザーのためのインタラクティブなレイヤーを構築することこそVRのネイティブな体験だと考えています。
われわれは、実写映像の上にCGのインタラクティブなレイヤーを構築することで、単なる映像ストリーミングプラットフォームから、それをマルチユーザーが参加できるビデオゲームのようなソーシャルな体験へと進化できると考えているのです。
DeoVRでは、パススルーのコンテンツも多いのですが、パススルーであれば、最早、180°も360°も関係ないですしね。

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DeoVRの革新的なロードマップについて

――DeoVRの今後のロードマップについて具体的な内容を教えてください。

Varko氏:

今年度中に、いくつもの大きなプロジェクトをリリースする予定です。まず第一に、Apple Vision Pro、Meta Quest、Picoなどのデバイスに対応するべく完全に再設計された「HyperApp」。
次に、ユーザーが動画のシーンを選んで独自のストーリーを作成する、所謂インタラクティブなストーリー分岐機能のある「Build Your Own Journey」。友人や他者とコンテンツの体験を共有できる「マルチユーザー」への対応。それから、「DeoVR Drive」はGoogle Driveのような個人用クラウドストレージですが、AIメタデータ抽出やトランスコーディングなどのAIプラグインを提供することでカスタマイズを可能とし、クリエイターの利用をサポートします。
その他、これまでエンタープライズ向けにのみ対応していた「6DoF」についても、今後は一般ユーザーに解放します。
さらには、UIの変更も含めて、新しい機能を実装したDeoVRのWebサイトのリニューアル、バックエンドのインフラ全体の刷新や、スマホとヘッドセットをリンクして、フラットコンテンツの周囲にAIで環境を生成・拡張する没入体験「イマーシブフラット」の提供なども進めています。UIの日本語化もToDoリストには含まれています。

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――Apple Vision Proへの対応状況についても、詳しくお聞かせください。

Varko氏:

当社のWebXRチームはApple Vision ProやMeta Quest向けのウェブサイト開発を行っています。先ほどお話した新HyperAppもApple Vision Proにしっかりと対応します。今後はスマートフォンとVRヘッドセットのメッシュ環境を構築し、TikTokのようなUIでVRコンテンツのプレビューを可能にして、ヘッドセットでの視聴にシームレスに移行できるようにする計画です。

DeoVRが見据える日本のVR市場

――今回は中国でのイベント開催を終えて来日されたとのことですが、日本の印象についてお聞かせください。

Varko氏:

今回、私は中国の深圳から直接日本を訪れました。初めて日本に来たのは2018年で、これまでに東京以外に宮崎にも訪れたことがあります。事前に報道などで得ていた情報とは異なり、日本は非常にダイナミックな国だという印象を持っています。

――日本のVR市場への期待と、日本のクリエイターやユーザーに期待することはありますか?

Varko氏:

日本はVRのポテンシャルが非常に高い市場です。なぜなら、日本の人々は品質を重視し、VRにおける質の高い体験を理解しているからです。私たちは、日本の文化や「職人気質」な性質がVRに適していると考えており、今回の来日の目的は、日本のクリエイターコミュニティを大規模に構築し、スタジオと連携させることです。私たちは自社の成長だけでなく、ヘッドセットやカメラメーカー、他のVR企業とパートナーシップ協力をして、日本の最先端を世界に繋げて、VR市場全体のエコシステムを育てていきたいと考えています。

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9/14(日)東京・新宿のNEUUにて開催された「DeoVR Asia Tour Tokyo Meetup」では、熱心な日本のクリエイターやユーザーが集まり、盛会だった

自然との繋がりに見出す幸福の哲学

――ところで、Ivanさんがお住まいのスロベニアは、どんな国ですか?またお国のテック・スタートアップの環境についてお聞かせください。

Varko氏:

ウクライナ時代はロシアの影響も強く、生活において非常にストレスが多かったのですが、スロベニアは「住むのに最適な場所」です。自由と美しさがあり、まるでリゾートのような国だと感じています。この環境のおかげで、私は個人的に大きく成長し、VRの仕事に集中できています。人口200万人の小さな国ですが、世界でも有数のスタートアップ密度が高い国でもあります。

――最後に、Ivanさんの日々のルーティンや働き方、そしてIvanさんにとっての「幸福」とは何かを教えてください。

Varko氏:

スロベニアの首都リュブリャナ郊外の自然豊かな場所に住んでいます。毎日のルーティンは決まっておらず、家族との時間、ガーデニング、製品開発、内省的な時間など、日によって過ごし方は様々です。仕事の労働時間も固定されず、プロジェクトの状況に合わせて柔軟に働いています。
私にとっての幸福については、自然や神との繋がりの中に見出しています。ガーデニングに情熱を注いでおり、ハーブティー用のハーブや果物を栽培し、子供たちと一緒に庭の手入れをすることも大きな喜びの一つです。

――今日はお忙しいスケジュールの中、貴重なお話しをお聞かせくださり、ありがとうございました。

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まとめ

DeoVRの創始者Ivan Varko氏は、ウクライナ革命やスロベニア移住といった人生の転機を経て、VRを単なる映像視聴から「ソーシャルメディアプラットフォーム」へと進化させるべく明確なビジョンを持った人物である。

VR普及の鍵は、「これはVRで見ないとダメだ」と思わせる魅力的なコンテンツの創出にあるとし、実写の上にCG等のインタラクティブなレイヤーを構築し、マルチユーザー参加型の体験を目指す。

このビジョンは、Apple Vision Proに対応した新HyperAppや、インタラクティブストーリー機能「Build Your Own Journey」として具体化されようとしている。

Varko氏は、日本の人々は品質を重視し、VRにおける質の高い体験を理解しているとして、日本のVR市場のポテンシャルを高く評価。日本のクリエイターコミュニティとの大規模な連携を強く望んでおり、VRのエコシステム全体を育てることに注力している。

「メディアとの関わり方や物語の伝え方を、新しい方法で人々の心と魂に届けたいと思っています。DeoVRはグローバルなVRコンテンツコミュニティです。DeoVRで、最高の4K、6K、8K、3D、180、360VR体験を存分にお楽しみください。」と語るVarko氏。

インタビューを通じて、自然や神との繋がりを幸福の根源とする氏の人生哲学は、VRの未来を切り拓く原動力になるものと感じられた。

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WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。