長引く内部RAW収録を巡る国際裁判という文脈の中で、NikonがREDを買収するというニュースが飛び込んできた。その衝撃的なニュースを耳にした時、心底驚いたのを覚えている。と同時に、Blackmagicと対をなすようなREDの革新性が失われるのでは?という、企業買収にありがちな風土の違いによる足踏みを懸念もした。
その勝手な杞憂を吹き飛ばしたのがNikon ZRの発売だ。
それまでにも、RED Komodoの改良版として、AFにストレスのないNikon Zマウント機の発売には驚いていた。こんなにもスムーズにことが進むとはと舌を巻きつつ、期待値が一気に跳ね上がった。
今回のレビューは単なる新製品レビューではない。切実な思いのこもった落胆と希望の物語だ。
革命的な小型シネマカメラの誕生
映像制作においても「軽いカメラ」はしばしば誤解される。それは"入門者のための道具"だとか、"プロの現場には耐えない"といった偏見の対象になることだ。
しかし、実際にロケ現場に立ち続け自らカメラを手に試行錯誤を繰り返してきた撮影者なら誰もが身に染みて経験している。
軽さは正義。機材の重量は、現場での移動速度・判断速度・反応速度に直結することを。
今回レビューするNikon ZRは、R3D NEコーデックやボディ内手ぶれ補正、4インチモニターに32bitフロートの音声収録に対応と、ビデオグラファーをはじめ、現場の撮影者が求め続けた最適解を体現する一台として望み続けた稀有なシネマカメラだと感じた。
作例
プライベートや仕事など、限られた期間ではあるものの実際に現場で運用してみたので作例をご覧いただきたい。
行きつけのカフェの主人を撮った縦型のストーリー動画とスチール
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Nikon ZR Field Work #1 / R3D NE codec.
コンパクトでシンプルな外見はカフェなどで撮影していても威圧感などはなく、その場に溶け込みながら撮影に集中することができた。これはまさしくシネマカメラには真似できない芸当だといえる。
OJI & DESIGN FEEL のオープニング撮影
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Nikon ZR Field Test #2 / R3D NE codec. at OJI & DESIGN FEEL
いつもお世話になっているデザイナーの大治さんが、広島に新しくOJI & DESIGN FEELをオープンされるということで足を運んでみた。映像機として手に取ったNikon ZRだが、新型のNIKKOR Z 24-70mm F2.8 S IIとの組み合わせでは、寄りから引きまでスチール撮影においても撮影者の意図に柔軟に対応してくれる。
FEELの空間はもちろん、展示された器や焼き上がったばかりのスイーツまで、妥協する必要のない緻密な描写に驚かされた。
ロケーション撮影での縦/横カット
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今回のレビューのメインに訪れた伊豆の高原では、NIKKOR Z 24-70mmに加え、50mm F1.2 Sもレビューに加えて撮影に臨んだ。
日差しの強い日中はさすがに外付けモニターやファインダーが必要な場面が続いたが、両レンズを通して捉えたポートレートやランドスケープは素晴らしい描写だといえる。
さらに、24-70mmとの組み合わせでは、DJIのRS4 miniでも運用可能だ。ジンバルに載せる際にはAFと合わせて運用することが多いが、整理された構図の中ではAFを使いながら構図に集中して撮影に没頭できた。
作例を通して感じたNikon ZRの“映像の手触り”
今回 R3D NE のみで収録したため、Nikon RAWとの比較については語れないが、Nikon ZRの画づくりについて、R3D NEは扱いやすく、階調の粘りも美しいと感じた。ただし、V-RAPTORで撮影した時のような、より濃厚な色と階調の粘りを感じるまでには至らなかった。
Nikon ZR R3D codec. Filed Work #3 with Sakuko
極めて個人的な比較になるが、筆者が普段メイン機として使っているLEICA SL3と比較すると、当然ながらSL3のようにファインダーを"覗き込んだ瞬間に身体が撮影モードに切り替わる感覚"は ZRでは得られない。コンパクトなボディであるがゆえ、外付けモニターをつけたくないという気持ちが強い。 逆にいえば、LEICAのビゾフレックスのようなチルト式ファインダーアタッチメントが登場すれば、Nikon ZRの世界はさらに一段強度が増すだろう。そうなれば、他の追随を許さない圧倒的な一台になるだろう。
4インチのバリアングルモニターの是非
個人的にはメイン機ならチルト式モニター一択だ。ファインダーもしくはモニターを通してレンズ越しに被写体を捉える。この光軸にズレがあると、それは撮影時のノイズとしてストレスになる。この光軸のズレの違和感のために、かつてはFUJIFILM GFX 50Rを手放したし、ビゾフレックスが装着可能なLEICA TL2を愛用している。Blackmagic Cinema Camera 6K FFでの撮影時にもチルト式のビューファインダーは必須だ。
一方で、この数年で圧倒的に増えてきた縦型動画を撮影する際には、バリアングルモニターが優位に感じられる時もあるだろう。ただし、これも実際に運用してみると、6Kオープンゲートといったフォーマットで撮影した方がポストプロダクションでの自由度は高い。
Nikon ZRにおいても、今後はぜひオープンゲート撮影に対応してほしい。
UIへの違和感は"慣れ"で解決すべき問題ではない
これは予想していたことだが、Nikon ZRのUIは残念のひとことだ。「カメラ本体はシネマカメラ機として本気なのに、UI がまだスチールとの共存を求めてくる」という矛盾を"ZR"に関しては解決してほしい。
また、LEICA SL3のように、ファンクションキーなどにムービーとスチールの切り替えを割り当てられるUIを経験していると、物理キーでのみ切り替えるタイプの不便さは際立つ。
DaVinci ResolveでのR3D NE運用
今回のレビューで楽しみだったことの一つはDaVinci Resolveでの編集とカラーグレーディングだ。Blackmagic Cinema Camera 6K FFのBRAWもしくはLEICA SL3のProRes422HQを日頃は扱うことが多いが、Nikon ZRのR3D NE codecがどの程度の負荷になるのか、特に遠征時に現実的に運用できるかは気になるところだった。
結論としては、FHD納品前提でタイムラインを組み、作例のような編集する分にはM2のMacBook Air※と外付けSSDとの組み合わせでもなんとか対応できそうだった。ただし、オプティカルフローのスピードワープなどを使うと、書き出し速度は1フレーム程度に落ちるし、サーマルスロットも発生する。この辺りを踏まえた上で賢く運用する必要はある。
※Apple Storeで購入時にメモリを24GBにアップグレードした2022年発売時のフルスペックモデル
ということは、それ以上のスペックや冷却ファンを備えたMacBook Proであれば、出先や遠征時の環境でもそれなりに安定した編集が可能になるということ。メインのシネマカメラとしての導入がより現実的になった。
「まだ語り切れない。でも、今すぐ現場で使いたい」
いつの間にかシネレンズ市場が拡大し、映像クリエイター人口が増え映像制作がより民主化された今、繰り返しになるが、Nikon ZRの存在は初代ポケシネのような時代の流れの象徴にも思える。数年前なら、NikonベースのR3D対応機が登場する未来など誰も想像できなかっただろう。
Nikon ZRは、まだまだ単体としての評価をくだす段階ではない。個人的にはUIの大胆な刷新とバリアングルモニターに対するサポートが提示されれば"さらに化ける"と考えている。
事実、Blackmagic Cinema Camera 6K FFやLEICA SL3の酷すぎるローリングシャッター問題とデュアルネイティブISOの脆弱さに対して、今回のフィールドワークや作品づくりにおいてもNikon ZRには助けられた。
読み込み速度の比較
- 4K・24fps・フルセンサー読み出し時 のラボ実測値:
- Sony FX3: 約 8.8 ms
- Nikon ZR: 約 9.44 ms
〈Y.M.CINEMA MAGAZINEから引用〉
まとめ―Nikon ZRが示した、ミニマル・シネマカメラの出発点
Nikon ZRは、これから登場するであろうミニマルなシネマカメラが最低限クリアすべき前提条件を、極めて具体的に提示した一台だと感じている。
あらためて、そのスペックを整理しておきたい。
- フルフレームセンサー
- R3D NE(内部RAW)収録対応
- 高速センサー読み出しによる、ローリングシャッター耐性の高さ
- ボディ内手ぶれ補正
- 4インチ大型モニター
- 32bitフロート音声収録対応
- Zマウントによる高性能AFと豊富なレンズ資産
- ジンバル運用を含む高い機動性と軽量ボディ
これらはもはや「尖った特徴」ではない。Nikon ZRは、これからの小型シネマカメラが"備えていて当然"とされるべき基準線を一段引き上げた存在だ。
重要なのは、これらの要素がスペック上の理想に留まらず、実際のフィールドワークからポストプロダクションまで含めて、現実的に機能している点にある。R3D NEをこのサイズで扱え、かつローリングシャッターのストレスが極めて少ないことは、他のカメラを運用する際に妥協をもとめられた欠点に対し、撮影時の自由度と判断速度を確実に押し上げてくれる。
確かに、UIやモニター設計など、思想の再整理が求められる部分は残っている。だがそれは欠点というより、このカメラが「完成形ではなく、起点である」ことの証明だ。
Nikon ZRは現時点では万能機ではない。
しかし、これからのミニマル・シネマカメラがどこから始まるべきか―― その出発点を、はっきりと示した一台である。
宮下直樹(TERMINAL81 FILM)|プロフィール
フリーランスのフォトグラファー・シネマトグラファー
写真・映像、ドキュメンタリーから空撮まで。
視覚表現の垣根を超えた小さな物語を縦横無尽に紡ぐ。
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