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それまでのKマウントペンタックス一眼レフのデザインテイストを残しつつ、フラグシップらしい均整のとれたスタイルのペンタックスLX。2001年までの永きにわたって製造された。このモデル以降同ブランドでのフィルム一眼レフのフラグシップモデルは登場していない

2000年初頭の頃だったと思う。当時デジタル一眼レフは流行に敏感な写真愛好家やガジェットマニアなど限られた人間のものという印象が強く、一般にはまだまだフィルム一眼レフが幅を利かせていたときである。早朝から行なっていたカメラ媒体に掲載する作例撮影に疲れ吉祥寺の街をフラフラ歩いていると、わずかに前屈みになってベビーカーを元気よく押して歩く女性が私を追い越していった。当時流行っていた丈が短くピタピタのTシャツに、腰の位置が低く今にも下着が見えなそうなジーンズというスタイルで、郊外に住む若く活発なお母さんといった後姿であった。

すぐに私の目が追ったのは、Tシャツとジーンズがつくる隙間だけではなかった。肩に斜め掛けされ、小さなお尻の上に乗っかるような感じでぶら下がっていたフィルム一眼レフである。カメラは「ペンタックスLX」(以下:LX)。ブランドロゴに加え、ペンタカバーの形状とカメラ本体側面を上に縦吊りされていた状態から直ぐにそれと分かった。装着しているレンズは前玉や鏡筒の大きさなどから「SMCペンタックス50mm F1.2」と察せられた。フードやフロントキャップは装着されていなかったように思う。カバーの類なども付けておらず、見た目シンプルそのもの。兎にも角にも目の前を歩く若いお母さんのスタイルをカッコよく思うとともに、「この玄人好みのカメラを持つあなたは何者?」と写真愛好家として素朴な疑問を抱いたのだが、ベビーカーを押す彼女はLXとともにあっという間に人混みの中へ消えていったのである。今に思えば摩訶不思議な寸陰であった。

そのような記憶のあるLXは1980年6月、旭光学工業創立60周年を記念して発売されたカメラである。もちろんカメラ銘のLXは数字の60を表している。同社初のフラグシップモデルとして、当時最高の性能とスペックを纏うとともに、高速のフィルム巻き上げを可能にするモータードライブや多彩なファインダー群をラインナップするなど、同じ年の3月に登場した「ニコンF3」(以下:F3)に負けないシステムカメラに仕上がっていた。さらにLXが凄かったのは、ユーザーが好みで形状を変えることのできるグリップがオプションとして用意されていたり、シャッターダイヤルやフィルム巻き上げレバーの仕様が変えられるなど、ユーザーの好みや使い勝手などからカスタマイズできることも特徴としていた。

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旭光学工業株式会社創立60周年の年である1980年6月に発売されたペンタックスLX。その3カ月前にはニコンF3も発売されており、この年はカメラの話題に欠くことがなかった。ペンタックスLXの発売開始当時の価格はボディ単体11万2,000円
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シャッターダイヤルの文字は、デフォルトでは立体タイプとなるが、オプションとしてプリントタイプも選ぶことができた。同様にフィルム巻き上げレバーもより細身の形状のものへと取り替えるサービスを行っていた
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LXのロゴは左側のトップカバーに。わずかに青みがかった白い塗料が用いられている。1/3段ステップで選択できる露出補正ダイヤルはフィルム巻き戻しレバーと同軸としている

当時、地方に住む高校生だった私もカメラ月刊誌などでLXのことを知った。しかもタイミングよく行きつけのカメラ店で仲良くしていただいていた店員さんから、高級そうな紙にLXと箔押しされた表紙のカタログを頂いたのである。ちなみにこのカメラ店は、当時日本中を席捲していた関西に拠点を持つ巨大スーパーチェーン"D"の直営店で、DPEのほかミクロファインやD-76など現像関連の薬品なども扱い、通っていた高校から近いこともありしばしば出入りしていたのである。早速頂いたカタログを大事に自宅に持ち帰り、宿題そっちのけで穴が開くほど何度も見返したことは言うまでもない。

カタログからのLXに対する私なりの第一印象は、フラグシップモデルとしてスペック的に不足を感じるところはなく、むしろ防塵防滴構造のボディやファインダーの視度調整機能の搭載などよく考えられているなと生意気なものであった。なかでも絞り優先AE機でありながらXシンクロ(1/75秒)から最高速の1/2000秒までとB(バルブ)は電源を不要とする機械制御式、1/60秒から4秒までを電子制御式とするハイブリッドシャッターは、当時機械制御式マニュアルカメラの絶対的、盲信的信者であった田舎の高校生にとって琴線に触れる機構であったことは言うまでもない。1981年に同様のハイブリッドシャッターを搭載する「キヤノンNew F-1」が発表されたとき、LXの先見性に驚かされるとともに、再び同モデルに注目する機会ともなった。そして先のニコンのF3のほか、「キヤノンF-1」や「コンタックスRTS」、あまり勢いはなかったが「ミノルタX-1 MOTOR」が蠢くプロ仕様のフィルム一眼レフというジャンルに、いよいよペンタックスもかと思ったものである。

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当時のフラグシップモデルはファインダーの着脱を可能とするものが多かったが、LXも例外ではない。撮影状況や被写体などによって選ぶことができた。写真のアイレベルファインダーのほか、ウェストレベルファインダーや高倍率ファインダー、アクションファインダーなどが用意されていた
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ファインダーは視度調整機能を備える。当時としては同機能を搭載するカメラは珍しく、末長く愛用してもらうことを考えた結果と言えるだろう。ただし、ファインダーを覗きながら調整できないのは辛いところ

ちなみにLXは20年以上に渡り製造されたこともあり、大きく初期型、前期型、後期型に分かれる。それぞれの違いはWebなどで確認してほしいが、コレクターの対象としては初期型の注目度が高く、実用も兼ね備えるとなると安定した性能を誇る後期型が人気となっているようだ。当然中古市場でも初期型と後期型の価格が前期型よりも価格は跳ね上がる。ただ、リーズナブルにペンタックスのフラグシップ機が楽しみたければ、前期型という考えもあるようだ。いずれにしてもLX自体中古カメラ店などで見かける機会は近年少なくなってきているが、丹念に探せば元気の良いLXとまだまだ出会うことができるようである。

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シャッター幕やフィルム面に当たる光を測光するIDM測光システムを採用。当時革新的なTTLダイレクト測光と謳われ、その後の一眼レフの測光方法の進化に大きく寄与した。ちなみにIDMとはIntegrated Direct Meteringの頭文字から
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正面の下部に縦吊り用のストラップ取付金具(ストラッププラグ)を備える。当時縦吊りできるカメラはレンジファインダー機であるライカM5やライツミノルタCL(ライツCL)ぐらいしかなく、一眼レフであるLXは目新しかった。FP接点はこの時代でも古臭く感じられる

このコラムを書いているうちに、高校生の私にLXのカタログをくれたカメラ店の店員さんとのちょっとしたエピソードを思い出してしまった。あるときお店にフィルムか現像用の薬品を買いに行ったときのこと、「ちょっとお茶でも飲もう」と店内にあった喫茶店に誘われたのである(一応スーパーではあったが、規模的にも内容的にも現在のショッピングモールに近く、喫茶店も入っていた)。そんなことは初めてだったし、いつもの元気のよさが感じられなかったのでどうしたものかと思っていると、席に座るなり転勤になったと話される。そのお顔がとても寂しそうだったのだが、世間知らずの高校生には転勤という言葉は知るものの、それが実際言い渡された当事者にとって心情的にどのようなものであるか見当がつかず、しかも自分の語彙力のなさも手伝い、気の利いた言葉を返すことができなかったのである。

その後はカメラのことや、写真のことなど店員さんの心情など気に掛けることもなく能天気に話したと記憶しているが、今になって思えば高校生の私に転勤の話をされるほどお悩みになられていたのだろう。その後のご消息を捉える術を持ち合わせていないが、もしお会いする機会が得られれば、あのときの自分のいたらなさを詫びるとともに、私のために豪華なLXのカタログをわざわざ取り寄せていただいたことに改めて感謝を申し上げたいと考えている。

Special thanks Mr.Y.I


大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
都城市公認「みやこんじょ大使」。