1970年代末から1980年代初頭にかけてボディ単体4万円、絞り優先AE専用とするフィルム一眼レフを国内主要カメラメーカーのほとんどがリリースした。ニコンも「ニコンEM」(以下:EM)を登場させ、この覇権争いに加わった。ちなみに各社ボディ単体価格を申し合わせたように4万円とするのは、当時施行されていた物品税の非課税上限額であったことが理由として大きい。
EMの国内発売は「ニコンF3」(以下:F3)と同じ1980年3月である。フラグシップモデルとして革新的な進化を遂げたF3と、同社初のエントリークラスのフィルム一眼レフカメラであるEMを同時に発表発売することで、よりセンセーショナルなものにする思惑がメーカー側にあったのかもしれない。実際、発表当時のカメラ誌は両モデルのためにかなりのページを割いていたように記憶している。ただしEMは、その1年前の1979年3月、国内発売モデルと一部外装の違いがあるものの欧米をメインに先行して発売を開始している。
EMも露出モードは絞り優先AEのみとする。シャッタースピードを絞り同様任意で決めるマニュアルやシャッター優先AEは備えておらず、設定できる露出モードは絞り優先AEモードを示す「AUTO」のみ。そのほかにB(バルブ)と、ここがニコンらしいところだが、シンクロ同調の最高速で、かつ電力の不要な緊急用として機械制御式シャッター1/90秒を備えている。この部分はF3も同様の機能を搭載しているが、こちらはEMよりもちょっと遅い1/60秒である。
オートの露出モードでは、露出補正が大切な機能となるが、EMではカメラ前面部にある露出補正ボタンを押したままシャッターを切るとプラス2EV補正される割り切ったものとしている。そのためマイナス側に補正する際や、より細かく補正するにはISO感度ダイヤルを使い調整する必要があるが、このカメラがターゲットとするユーザー層には少し扱いが難しかったかもしれない。その感度設定は、ISO25からISO1600までと当時としては一般的なものである。
ファインダースクリーンは、マット面の中央にスプリットとマイクロを備えるいわゆるK型スクリーンを採用。上下像を合致させるスプリットであれば、初心者でも比較的正確にピントを合わせられるはずだ。そして今となってはちょっと驚かされるのが、ペンタ部はミラーを用いたものではなく、ペンタプリズムを採用していること。同じエントリークラスでも後年発売されたデジタル一眼レフでは、コストに重きを置くためほぼ全てがペンタミラーとしているが、ペンタプリズムの採用はこの時代真面目にカメラをつくっていた証と言える。
ファインダー倍率は0.86倍、視野率は92%と発表されている。設定した絞り値がファインダー内に表示されないのはちょっと残念だが、カメラが設定したシャッター速度は指針によりファインダー左側面に表示される。また、EMの最高シャッター速度1/1000秒を超してしまうような絞りに設定したときや、1/30秒以下のシャッター速度となる露出の際は警告音で知らせてくれるのはユーザーフレンドリーな部分だ。
兄貴分であるFM/FEシリーズを凌ぐ部分として、小刻み巻き上げを可能としているところがあるだろう。フィルム巻き上げ時の感触もクラスを考えれば悪くなく、小刻み巻き上げとともにおおいに写真を撮る気にさせる。むしろ、プロやハイアマチュアのユーザーも多かったFM/FEシリーズがなぜ小刻み巻き上げをシリーズ最後まで採用しなかったかが不思議でならない。
そして何よりF3と同じくイタリアのイアンダストリアルデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロによる外装デザインもこのカメラのトピック。F3同様それまでのニコン一眼レフのスタイルから脱却しており、当時として新しい時代の到来を感じさせるものである。現在まで同社はフィルム、デジタルとも多くの一眼レフを提供してきたが、EMのスタイルはF3同様未だ褪せるようなことがない。「リトルニコン」の愛称どおりコンパクトなフィルム一眼レフカメラであるが、その存在は同社一眼レフのなかで極めて大きいと言えるだろう。
このEMについてはちょっとした思い出がある。実家のすぐ近所に小学校からの同級生ユタカの家があった。ユタカとはロックをはじめとする洋楽で話が合い、特に中学高校時代はレコードの貸し借りをしたり、楽曲をいっしょに聴きながら海外ミュージシャンの話などすることが多かった。その彼には姉がいた。自分たちよりも4つか5つ年上で、細面で美人。立ち振る舞いの仕草など色っぽく南九州のちっぽけな町にはもったない女性のように生意気にも自分には思えていた。
その彼女が、ある日ユタカの部屋に私がいたとき入ってきて、「私カメラが欲しいんだけど何がいい?」と尋ねてきたのである。最初欲しいカメラはコンパクトだろうと思っていたのだが、話をよく聞くとレンズ交換できる一眼レフのようである。ちょうどEMが発表されたばかりで、標準50mm付の場合、若い女性でも比較的手に入れやすい価格(約6万円)であること、世界的に有名なジウジアーロがデザインしたこと、何より天下のニコンの一眼レフであることなどから、カメラ誌からの受け売りも交えEMをすすめたことは言うまでもない。
それから暫く経ち、ユタカの家に遊びにいくとユタカのお姉さんが、縁側に座り嬉しそうにEMをいじっていた。細く美しい指でEMを持つ艶っぽい美女、その光景自体がとてもフォトジェニックで子どもなりに胸騒ぎするものであるとともに、自分のカメラをその時持っていなかったことを今でも悔やんでいる。そう、私にとってニコンEMはユタカの美しい姉ちゃんのカメラとして、未だ記憶に深く刻まれているのである。
大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
都城市公認「みやこんじょ大使」。