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レンズ交換式のカメラにとって、ボディとレンズを繋ぐマウントは述べるまでもなく極めて重要な機構である。そのためマウントの規格変更は、メーカーにとって慎重にならざるを得ないものだ。しかしながらキヤノンや旧ミノルタ、コンタックスなど、マニュアルフォーカスからオートフォーカスへと一眼レフのシステムを切り替える際、ボディとレンズの親和性を高度に高め、光学性能向上のためにそれまでと大きく異なるマウントの規格変更を行ったことはよく知られた話である。

これをユーザーサイドから見た場合、マウントの規格変更は必ずしも両手を挙げて歓迎できるものでないのも正直なところ。言うまでもなく従来からのレンズを持つユーザーにとって、それらがこの先使えなくなることを意味するし、新しいマウントのカメラの購入の際はレンズも新たに買い揃える必要があるからである。そのため、これまでの例を見ると旧マウントのカメラやレンズは、新マウントが登場しても暫く併売されるのが常である。

「キヤノンT60」(以下:T60)は1990年に発売されたFDマウントのフィルム一眼レフカメラ。オートフォーカスに対応するEFマウントがFDマウントに代わって登場したのが1987年なので、その3年も後に発売されたマニュアルフォーカスのカメラだ。同社ホームページの紹介ページを見ると、「海外市場の要望によって開発された機種」と記されているとおり、海外専用のモデルである。クラスとしては、スペックやつくりなどからエントリーというよりは、カメラの扱いをある程度知っているユーザー向けのモデルと述べてよい。

ただし、このカメラはOEMなのである。供給元となったメーカーはコシナ。もちろんキヤノンはそのことについては口を閉ざすが、細部を見ると明らかにそれまでの同社製一眼レフとつくりは異なるし、やはりコシナ製と言われる「ニコンFM10」や「オリンパスOM-2000」などと共通点は少なくない。また、ボディシェイプにしてもTシリーズと名の付くカメラではあるものの、そのデザインテイストは他のTシリーズとは明らかに別物である。

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ペンタカバーから前面エプロン部までのシェイプに限っていえば、キヤノンのデザインテイストに近いものである。FDレンズとデザイン的な違和感はほとんどなく、OEMながらキヤノンユーザーに素直に受け入れられたのではないかと思われる

筆者(大浦タケシ)の想像の域を超えないが、当時このクラスのFDマウント一眼レフは製造を止めて久しく、また市場としては大きい欧米からの要求に急遽応えるため、ベースとなるカメラを製造していたコシナにオーダーしたのではないかと推測する。さらに時代的にEFマウントのカメラやレンズの開発・設計・製造に全社を挙げて注力せざるを得ず、新たにFDマウントのカメラをつくる余裕が社内になかったのも要因のひとつだったのではないかと考えている。

なお、個人的にはOEMであることをここでネガティブに論ずるつもりはまったくない。むしろ社内の状況や製造コストなど考慮し柔軟に対応する姿勢は企業として必要なものと考えている。また、カメラを趣味とする者としては、ライバルのメーカー名を付ける"兄弟モデル"との仕様やスタイルなどの違いなど、それぞれのこだわりが見られとても興味深く思えている。ちなみに日本国内では、FDマウントのカメラとしてフラグシップの「キヤノンNew F-1」が1990年代前半まで販売されていた。

T60の基本的なスペックとしては、まず露出モードは絞り優先AEとメータードマニュアルを備える。ファインダー内の露出表示は赤いLEDを用いたもので、絞り値は表示されないものの絞り優先 AEモード時もマニュアルモード時も視認性はよい。最高シャッター速度は1/1000秒。シャッター機構は金属幕の縦走行電子制御式としている。今にして思えば1/2000秒は欲しいところ。

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シャッターダイヤルは、電源ON/OFFと絞り優先AE/マニュアルの切替スイッチも兼ねる。シンプルで初見でも分かりやすい。フィルム巻き上げレバーのシェイプはどこか官能的. シャッターボタンにレリーズ用のネジ穴が切られているのも特徴だ
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フィルム巻き戻しレバーの形状は、質素なつくりで味気ないもの。ISO感度ダイヤルはフィルム巻き戻しレバーと同軸としており、他のOEM機では見られない。設定可能感度はISO25からISO1600までとレンジは狭い

一眼レフの要である光学ファインダーは、倍率0.86倍、視野率93%。クラスを考えた場合不足を感じさせないものである。しかもコストを抑えられるペンタミラーではなく、贅沢なペンタプリズムを採用しているのはこのカメラの魅力のひとつ。ファインダーは明るく、マイクロプリズムとスプリットを中央に置くスクリーンマットはピントのキレも比較的よい。一方シャッター音は、前述したように電子制御式であるものの大きく、安っぽい。プラスチッキーな外装も含めこのあたりはコストなりと言ったところだろう。とは言え、クラスを考えれば不足を感じさせないスペックであることから、欧米のFDマウントユーザーにはそれなりに受け入れてもらえたのではないかと推測している。

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裏蓋を開けると、このカメラの位置付けを知ることとなる。レール部も含め全体にプラスチックを多用するとともに、フィルムの感度を自動的に設定するDX接点もない。このあたりは、クラスなりと言ったところ
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マウントは紛れもなくキヤノンFD。EFマウントのように電気的な接点は持ち合わせておらず、絞り情報のボディへの伝達や絞りの駆動は全て機械的なものとする。クイックリターンミラーは経年などにより、いわゆる"ミラー落ち"しやすいのが難点

筆者がこのカメラを知ったのは、インターネットが普及しはじめた1990年代後半。当時ネットで検索するとそれまで知らなかったカメラや、その情報を手に入れることが容易にでき驚かされることが多かった。本モデルもそのひとつで、やはり身近になりつつあった北米の個人売買のサイトで知ることになった。そして思い切って購入してみることにしたのである。当時の為替相場は極端な円高であり手頃な価格で手に入れたと記憶している。

ちなみに、その後も海外のサイトで中古のカメラやレンズを時折購入することが多かったが、コンディションをエクセレントと記していた場合、そのほとんどは日本で言うところの中古並品レベルであった。もちろん筆者の手元に届いたT60も同様で、海の向こうの方々のエクセレントの意味が広いことを身をもって知ったのである。

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一応T60のロゴはキヤノンT90のものに準じており、統一感が図られている。その右横の赤いLEDはセルフタイマーランプで、この部分を押せばカウントが始まる。このカメラのアクセントにもなっている部分だ

T60はキヤノンが最後にリリースしたFDマウントの一眼レフカメラである。現在FDレンズはすでにオールドレンズの仲間入りを果たしているが、その写りはミラーレス時代の今でも十分通用するものである。そのようなFDレンズを少しでも長く使い続けたかった当時の欧米ユーザーにとって、T60の存在はある意味幸せなことだったのではないだろうか。


大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。