オリンパス TRIP 35の発売は1968年、発売開始当時の価格は1万4,800円。ロングセラーモデルで、一説には1983年までの長きに渡り製造されたという。本テキスト執筆時点での中古相場は5,000円から2万円ほどと幅がある

フィルムのコンパクトカメラのなかには、撮影距離2mから3mほどのところにピント位置を固定した広角あるいは準広角と呼ばれるレンズを用い、フォーカシングの操作を不要とするカメラも存在する。撮影距離1mほどから無限遠までであれば、画面全体に"ピントが合っているように見える"つまりパンフォーカスの写りを得ることができるからである。オートフォーカスの複雑な機構は不要だし、レンズの明るさも絞り開放から被写界深度を稼ぐ必要があるため若干暗くてよく、その分コストもかからない。そのような固定焦点のレンズを搭載し、ピント合わせを不要としている代表的なカメラと言えば、ハーフサイズのオリンパスペンEEシリーズ(以:ペンEEシリーズ)やリコーオートハーフなどが挙げられる(どちらも目測でピントの調整ができるモデルも存在する)。「写ルンです」をはじめとするレンズ付きフィルムや、廉価なトイカメラのようなものも同様だ。

ただ、それだと被写体のみをシャープにそして鮮明に写すことが難しく、背景ボケによって被写体を光学的に際立たせることは基本できない。常にちょっとピントの甘さの残るパンフォーカスの絵しか撮れないのである。さらに小さなサイズのフォーマット、例えば110(ワンテン)やハーフサイズなどであれば搭載するレンズの実焦点距離が短くなるので必然的に被写界深度は深く、ピント位置が固定されていてもそれなりに画面全体シャープな像を結ぶことが可能だが、24×36mmの35mm判などフォーマットサイズが大きくなると、パンフォーカスの絵を得ることは次第に難しくなっていく。

「オリンパス TRIP 35」(以下:TRIP 35)は35mm判のコンパクトカメラ。測光は電池の要らないセレン光式で、露出モードはA(オート)とストロボ撮影用のみ。通常の撮影ではオートを使用する。被写体の明るさが不足するときはファインダー内に通称"赤ベロ"と呼ばれる半透明の赤い表示板が現れ、シャッターが切れなくなる。外装は金属製で、コンパクトでスマートなボディシェイプを持つ。つまりTRIP 35はペンEEシリーズの35mm判と考えてよいだろう。

無駄がなくクリーンなデザインのオリンパス TRIP 35。ブランドおよびカメラ銘の書体、大きさ、そして配置位置についても実にセンスがよい。このままイメージセンサーを載せたいぐらいである。可能であれば4/3インチではなく、フルフレームを
一見ペンEEシリーズと見間違えそうなカメラ背面部。ダイヤル式のフィルム巻き上げなど機構的にも同じところが多い。大きな違いといえば、ファインダーアイピースが縦長ではなく、横長としているところだろう
光量が不足している場合はファインダーに半透明の赤いプレート、通称"赤ベロ"が現れ、撮影できないようシャッターボタンがロックされる。ペンEEシリーズなどと同様の機能である

ただし、大きく異なるのがフォーカス。ペンEEシリーズは前述のとおり固定焦点としていたのに対し(繰り返しとなるが、一部のペンEEシリーズのなかには目測でピントを調整できるモデルもある)、TRIP 35はピント合わせを必要とするカメラなのである。距離計の類は搭載しておらず、代わりに撮影距離を4つの範囲に大まかに分け、そのアイコンを参考にユーザーがピント合わせを行うゾーンフォーカスを採用する。

ファインダーの右下部に、設定しているゾーンフォーカスのアイコンが映し出される。露出不足を表す"赤ベロ"とともにたいへん気の効いた仕組みである

本モデルの場合のアイコンと撮影距離は、山の絵の描かれた無限遠、複数の人物全身の描かれた3m、複数の人物の腰から上の1.5m、人物のバストアップの1mとしている。実にわかりやすい。また、複数の人物全身の3mに関しては、他のアイコンがオレンジで表記されているのに対し、赤(朱色?)で表記されている。これは、この撮影距離に合わせると被写体の明るさにもよるが、パンフォーカスに近くなり、スナップのような撮影ではピントの大きなハズレがなく無難に撮れることを示しているものと思われる。

個人的には、TRIP 35は随分と前に馴染みの中古カメラショップで手頃な価格だったこともあり衝動買いした。カメラについて事前の知識などほとんど持ち合わせてなかったのだが、購入の決め手になったのは、35mm判で、しかもピントが合わせられることが大きかった。距離計を搭載するカメラのように厳密なフォーカシングはできないものの、カメラの性格を考えればゾーンフォーカスでもまったく不足はないと考えたからである。また、ピントを合わせる操作もカメラを操る楽しみのひとつと考える自分の好みに合っていたことも大きい。もちろんオリンパスらしいデザインや金属製のボディ、電池を不要とするセレン光を採用した露出機能なども購入の決め手になったことは言うまでもない。

実際、使ってみると実に快適に撮影が楽しめる。露出のことは考える必要がないし、フォーカシングはアイコンを合わせるだけ。撮影距離で悩むこともない。ファインダー下部には、鏡筒に描かれたゾーンフォーカスのアイコンが光学的に映し出され便利だ。さらに驚かされたのが、搭載する「D.Zuiko 40mm F2.8」の写り。シャープネスや画面周辺部の写りなどクラスを考えれば、不足を感じさせないもので、これはペンEEシリーズなどにも言えることだが、この時代のオリンパスはコンパクトカメラであっても搭載するレンズの描写に気を払っていた証といえる。

距離を示すアイコンが並ぶ鏡筒。ちなみに露出モードを示すリングには「A」のほか、ストロボを使用した時の絞り値も記されている。このモードでは、シャッタースピードは1/30秒に固定されるが、絞り値をF2.8からF22まで1段ステップの設定が可能で、アベイラブルライト撮影でも使用できる
搭載するレンズはD.Zuiko 40mm F2.8。「D」と付くようにレンズの構成枚数は3群4枚で、テッサータイプとしている。撮影レンズの周囲はセレンの受光部。NDフィルターなどを装着しても露出補正は不要としており、このあたりはペンEEシリーズなどと同様

ただ一つ残念なのがシャッター速度。1/250秒と1/30秒とするが、ISO400クラスのフィルムを使用した場合など、より速いシャッター速度が欲しく思える。もちろん、そのようなことを割り切って使うことができれば、機能的にとてもバランスのとれたよいカメラのように思える。しかもゾーンフォーカスでピントもそれなりに正確に合わせられるわけだから、TRIP 35はフィルム愛好家のための手軽で写りのよいスナップカメラと推してよいように思える。

フィルム照射面開口部はもちろん36×24mmの35mm判。言うまでもなくハーフサイズにくらべ画質は上。ゾーンフォーカスでピントを合わせ、しっかりカメラを構えてシャッターを切れば、シャープで階調豊かな写りが得られるはずだ

大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
都城市公認「みやこんじょ大使」。