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これまで映画用のショットガンマイクと言えばゼンハイザーのMKH416の独壇場だったが、ついに国産でこれらに対抗できるマイクが登場した。特に日本の建物の中で扱いやすいサイズで作られており、現場での創造的な録音の幅を広げてくれるのではないだろうか。

ノイズレスで高感度。息遣いなど、人間の声の微細な変化も確実に拾ってくれるマイク

まず、音質からレビューしてみたい。音質は一言で言えば「非常に良い」。テレビや映画ではゼンハイザーのMKH416が定番なのだが、理由として声が魅力的に録れることと、非常に堅牢だということにある。また、マイクの芯(正面)を多少外しても音質変化が少ないので、竿ふりに失敗したり不慣れであっても、使える音を得やすいという特徴もある。つまり、プロの映画録音では専門家であれば誰でも良い音で録れるのが416だと評価されている。

さて、今回のECM-778だが、まさに和製416とも言える、非常に温かみのある音質であり、416の欠点でもある感度やS/N比が圧倒的に上のマイクだ。

つまり、416の音質と使い勝手の良さをそのままに、超高感度で低ノイズという、ある意味で理想的なマイク、それがソニーのECM-778だと言える。

指向性は416よりも若干狭く扱いやすい。耐ノイズ性と取り回しの良さが特長だ

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ECM-778のポーラーパターン
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MKH416のポーラーパターン

まずはポーラーパターンを見てみよう。比較用にMKH416も用意した。

ちなみにポーラーパターンとは、周波数別の音の減衰をマイク正面からの角度で表したグラフだ。グラフの0dBが基準となり、内側へ小さくなるにつれて音が減衰していることを示す。ショットガンマイクは狭指向性マイクであり、マイク正面から外れるにつれて音が小さくなる(グラフが内側に描かれる)。

ECM-778のグラフを見てみると、真横(90°と270°)では1kHzの赤い点線が真横で-12dBくらいになっている。120°でほぼー∞、つまり不感になる。これはスーパーカーディオイド(ハイパーカーディオイドを含む)の構造的な特徴で、斜め後ろからの音は聞こえないということだ。

さらにグラフの読み方だが、周波数ごとに感度の分布が違っていることがわかる。良いマイクは、主な可聴域の周波数、つまり人の声の周波数(0Hz〜4kHz程度)でグラフがなるべく一致(つまり、周波数が違っても同じように減衰)するように作られる。要するに、マイクからの角度が変わっても同じ音質になるのが良いマイクということだ。

まず、全体を見比べてみると、両者とも非常によく似た指向性を示している。両者ともに500Hz〜1kHzでは、60°までほぼ同じ減衰になっている(グラフの線が重なっている)。これはマイクを主要被写体(役者)から外していくと音量だけが下がって音質が変わらないことを示している。実際に使ってみると、両者ともにマイクを外していっても音質の変化を感じない。これは非常に使いやすいマイクだと言える。

役者2人の対話を思い浮かべていただくと、1人目が喋り終わりマイクを相手に振る時に、1人目の声の余韻が痩せない(悪い意味で音質が下がる)。マイクを振るのが早かったり遅れた場合でも、単に音量が下がるだけなので、後編集で違和感なく音量を整えることができるのだ。

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ECM-778は全長176mmとMKH416よりも4cmほど短い。一般的にマイクの指向性はマイク全長に従うので、ECM-778は416よりも若干だが広い指向性を持っているはずだ。ポーラーパターンで500Hzと1kHzを見てみると、面白いことにECM-778の方が数dB下がっている。

具体的には60°でECM-778は-5dB、416は-3dBと2dBの差がある。まあ、2dBの差は普通の人は聞き分けられないレベル差だが、4kHzでは、ECM-778は60°で-7dB、416は-7dBと、高音成分でもほとんど同じ指向性だと言える。

ところが、真横になると、ECM-778の方が全周波数で4dBほど低くなっている。これはECM-778の方が環境ノイズを下げられるということを示している。つまり、正面方向の音質はECM-778と416はほとんど同じ音質で、耐環境ノイズ性はECM-778が上だと言える。

周波数特性は低音がしっかりしていて、高音は若干ジャジャ馬

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ECM-778の周波数特性(黒の実線だけを注目)
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MKH416の周波数特性

次に周波数特性を見てみよう。周波数特性とはマイク正面における周波数ごとの感度をグラフ化したものだ。ここで注意が必要なのだが、縦軸の単位表現が違うのと縮尺が違うので注意が必要だ。

まず、低音の50Hz(男性の最も低い声)で比べると、ECM-778は5dBほど下がっているのに対して416は9dBも下がっている。4dBの差ははっきりと耳で聞き分けられる音量差なので、マイク正面に関してはECM-778の方がしっかりとした低音で録音できることを示している。

さて、全体だがECM-778の方が波打って見えるのだが、これはグラフの縦軸のスケールが違うので注意が必要だ。ECM-778は400Hzあたりで1dBほど上がっているが、これは耳で聞いても分からないレベルだ。

一方、高音成分はかなり違いがある。さすがに416はフラットで原音に忠実だと言える。ECM-778は18kHzあたりが持ち上がっている。人の声にはほとんど影響がない(年齢によっては全く聞こえない)ので気にする必要はないが、その手前の7kHzあたりが痩せている。これも人の声では気になるレベルではないが、環境音では差が出ると思われる。

実際に雑踏を録音してみると、やや物足りなさを感じた。まぁ、これは編集時にイコライザーで補正すれば済む話なので、前述の横方向のキレの良さやロールオフ(マイクの芯を外した時の音質変化)の良さの魅力の方が上回るだろう。

高感度で低ノイズは異次元の音質をもたらす

さて、ECM-778で特筆すべきは低ノイズで高感度だということだ。まぁ、最近の映画用マイクは高感度で低ノイズが当たり前なのだが、416は設計が古く、映画用マイクとしてはあまり感度が高くないために、役者が小声で囁くことが増えてしまった現状としては、小さな音を録音するには416だと難しくなっている。

マイクの感度を示す単位は数種類あって、メーカーが違うと比較しにくい。そこで1kHz 0dBの正弦波(基準信号)をスピーカーから出した時に何dBで録音できるのかという測定基準で比べることにしよう。正確な測定器を使ったわけではないので、若干の誤差があるのはご留意いただきたい。

  • ECM-778:-28dB
  • MKH416:-36dB

ご覧のように、416よりも8dBも高い。感度が高いことの利点は、レコーダーのマイクボリュームを上げずに済むということだ。マイクボリュームが8dB上がると、マイクボリュームの持つホワイトノイズも8dB上がるということだ。

つまり、マイクが低ノイズであっても、ボリュームを上げることでノイズが目立ってくる。さらに、小さな音を録音するために極端にマイクボリュームを上げることが必要になるのだが、その場合にはさらにノイズが目立ってくる。

一方、S/N比だが、ECM-778は公表していない。S/N比というのは、マイクの固有のノイズレベルを示すのだが、この値が大きいほどノイズレスだ。

楽器やボーカルは非常に大きな音なので、S/N比が問題になることが少ないのだが、動画用の音声では非常に小さな音も録音するので、S/N比が重要になる。別の言い方をすれば、感度が高くてもS/N比が悪ければ高感度で高ノイズということになる。安い数千円の高感度マイクはこのタイプだ。

ECM-778は非常に低ノイズだ。おそらくS/N比は80dBに近いのではないかと思う(体感)。416は古い設計のためか、おそらく68dBくらいではないかと思う。

低ノイズの利点は、小さな音を録る時に顕著になる。マイクボリュームを上げれば、それだけマイクの自己ノイズも大きくなるわけだが、おそらく、プロ用のレコーダー(マイクボリュームのノイズが低いレコーダー)でも、マイクの自己ノイズが気になることはないだろう。

低ノイズはどんな時に役立つかと言えば、前述したヒソヒソ話のような囁き声や環境音における小さな音である。しかし、実際には、これまでノイズで聞こえなかった音が聞こえる(ノイズにかき消されない)ので、音の広がりや臨場感がよくなるのだ。つまり、どんな場面であっても、全体の雰囲気が格段に向上する。

つまり、ECM-778は、これまでにない高音質な録音を実現してくれる。

余談だが、メーカーとしてはハイレゾ(20kHz以上の音)での収録にも使えるとしている。まぁ、映画ではあまりそこは重視しないのだが、楽器を録音する場合には差が出るのだろう。

軽量コンパクトさがもたらす、現場での使い勝手は上々

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このサイズでMKH416と同等以上の性能を発揮

もう1つの特長として、マイクが軽量でコンパクトだということがある。まぁ、最近のマイクの流行りだとも言える。ECM-778は全長約18cmで、416の25cmと比べて明らかにコンパクトだ。重量が102g(416は175g)とかなり軽量だ。

実際のところ、マイクが短くなったのは大歓迎だ。短いのに指向性は失われていない。日本の住宅は欧米に比べて天井が低く、マイクブームの取り回しで天井にぶつけることが少なくない。416と比べてわずか7cmの差なのだが、この差は大きい。

一方の重量だが、これはなんとも言えない。野球のバットではないが、適切な重さというのがある。これは重心の位置などにも関係してくる。ただ、このマイクはカメラに乗せて使うことも留意されているので、そういったニーズでは、この軽さは魅力的だ。

ちなみに、このECM-778は、映画録音の第一人者である藤本賢一氏が監修しており、持った時の感じなどをアドバイスしたとのことだ。なお、藤本賢一氏へのインタビュー記事が当サイトで別に公開になるので参照いただきたい。

まとめ

筆者は、数多くのマイクを使ってきたが、すぐにでも欲しいマイクだと思った。416と混ぜて使っても違和感がない一方で、高感度低ノイズは、本当にありがたい。価格もソニーの希望小売価格は税込16万円台とプロ用マイクとしては中堅クラスとリーズナブルだ。

WRITER PROFILE

桜風涼(渡辺健一)

桜風涼(渡辺健一)

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。