txt:石川幸宏 構成:編集部
機能スペックよりも新たな付加価値を求めて
閑静な住宅街の真ん中にある、KAMERA EXPRESS
IBC視察に行って毎度感じることの一つに、ナショナリズムというかその国のお国柄を感じる場面が多々ある。NABがどちらかといえばアメリカ=No.1的な雰囲気に支配されているのに対し、IBCでは欧州各国からはもちろん、その他周辺地域の中東、アフリカ、西アジア、南アジアなどからも多くの参加企業や訪問者があり、それぞれの国や地域で必要としている技術を視察しに来ている赴きが強い。それぞれ国によって事情も異なり、故にそこでの映像メディアのあり方、必要とされるスペックや技術もまちまちだ。国別の違いを垣間みることができるのもIBC視察の面白さの一つなのである。
今回、IBC期間中に少し会場を抜け出して、RAI展示場から車で10分ほどの場所にあるカメラショップ「KAMERA EXPRESS」を視察させて頂いた。いわゆる“街のカメラ屋さん”なのだが、ムービーカメラももちろん取扱っており、外部レコーダーや各種コンバーター、プロ用ビデオ三脚から流行りのドローンまでと、品揃えも多くプロ向けの周辺機器も取り揃えている。この他にも今回はアムステルダム中央駅近くのショップにも立ち寄ってみた。
スッキリと整った店内にはスチルカメラと同比率ぐらいで動画系カメラを中心としたツールが並べられていた
昨年のPhotokinaやCinecに行った際にもドイツのこのような店を覗いてみたのだが、メーカー関係者に聞いたところ、欧州でもオランダとドイツ、そして北欧については、製品はメーカーから店舗への直販ではなく、その間に“Buying Group”という仲買卸業者が存在し、そこがメーカーとの直接取引を行う。その“Buying Group”を通じて製品が各店舗に流通される仕組みなっているという。
そんな理由からか、オランダやドイツのこうしたカメラショップは、どの店も独立経営で成り立っており、しかも各店舗も個性があって、特にディスプレイは店側が自身でオリジナル作成した商品棚を作って配置するなど、それぞれアプローチに工夫があって面白い。お店のサービス内容も細かいようで、やはり製品に精通している店員が常時カウンターにいて様々な相談にのっている。まさに地元のお客との信頼の上に成り立っている昔ながらのカメラ屋さんだ。もちろん日本の大手量販店でもこうした光景は見られるものの、大手量販店のディスプレイにしてもメーカー側が用意したものだし、どの店も個性的とは言えず、さらに今はネット通販が幅を利かせていることで、店の個性という点では些か味気ないものになっている。
ソニー製品のコーナーはこの店が独自設計して作ったオリジナルのディスプレイだそうだ
IBCの会場に戻って、このポイントについて何が違うのか?を考えてみたのだが、会場を見渡しても、例えばカメラ製品についても同レンジのものであれば各々の機能やスペックはすでに似通ったものが多く、それほど際立った差異はない。そしてどんどん新製品は出てくるし、ユーザーは何を指針に製品を選んだら良いのかすらわからなくなっている。さらに差別化という意味では、安売りやオプションサービスなどの販売競争が大きな要素になるが、それで機材を選ぶことはクリエイティブツールを選ぶという本来の目的からすれば、賢明な選択方法ではないだろう。
欧州でこうした店が長年地元に愛されている理由は、そうした機能スペックや価格サービスよりも、製品にまつわるカスタム情報や店員の評価、感想といった、スペック比較等では計れない“付加価値”だと思う。すべての店舗がそうとは言えないかもしれないが、こうした店は店構えから判別すると長い期間の信用に裏付けされた跡が窺われ、そうでなければここにずっと店を構えることなど出来ないと思われるような店構えが多い。要はこうした店が行っているのは単に製品販売というだけではなく、すでにそれに高い付加価値をつけて販売する、VAR事業者(Value Added Reseller)として機能しているのだろう。
店内にはSHOGUNやNINJAなどの周辺機器、Phantomなどのドローン製品など品揃えも多い
日本ではこうした個人経営やそれに近い店舗が、狭くて高い土地事情からも成立できずに少なくなったが、やはり見えない付加価値=店の信用という点では、こうした個人店舗の方がより密接にサービスが出来るし、信用度も増すだろう。4K、HDRなど映像制作関連製品の多機能化、高スペック化が進む中でも、製品が均衡化して選択肢も刻々と増える製品のなかで、よりよい仕事、よりよい作品を作るためのツール(機材)選びという点では、今後この目には見えない「高付加価値」がこれからの重要なキーワードなのかもしれない。
4K、8Kへの新たなる道程
新たな映像テクノロジーが楽しい、IBC Future Zone
もう一つ見えてきた注目点は、高解像度化への新たなる道程だ。例年通り8ホール横に設置された“IBC Future Zone”の中で展示された、これからの映像テクノロジーの数々。今年は360°映像など、NABでも話題になったImmersive Mediaなどの展示コーナーを中心に新しくてユニークなものも多く展示されたが、その奥に例年居を構えるNHKのブース。昨年までは毎年スーパーハイビジョン8Kシアターを設けて、多くの観客を呼び込んでいたが、Vol.05でもお伝えしている通り、今年はシャープと共同開発した世界初の8K(7680×4320) HDR対応ディスプレイを持ち込んで、さらに8K撮影用のLogとして新たにBBCと共同開発したという「ハイブリッドLogガンマ」を採用した8Kカメラで撮影されたHDR画像を上映。今回はこれに多くの観客の注目を集めていた。
カタール・ドーハに本拠点を持つ中東の代表的な衛星放送局、Al Jazeera(アル ジャジーラ)が、360°映像のブースに出展。中東地域では今後、360°視点での取材や監視が必須なのは妙に納得
その映像は確かにこれまでの8K映像よりもダイナミックレンジは広くよりリアル感が増している印象ではあるが、画の感想はと言われると???である。もともと放送の高解像度化の方向に対して、その価値と意義に疑問を呈している筆者ではあるが、HDRが加わることでその意味が鮮明になると考えていた。しかし実際見たところでも、その実感は???である。
やはり解像度とダイナミックレンジが広がったところで、テレビというメディアの価値が大きく変わるとは考えにくい。また映し出される映像に何か視聴者側のメリットが大きく添加されるわけでもなく、撮影もカメラを持っていって撮影する方法に変わりない。要はこれも先述の付加価値という視点で考えると、解像度やダイナミックレンジはこれからのテレビ需要における高付加価値とは言いがたいのである。
その中で、目を惹いたのは13.3インチの8K OLEDの展示だ。これはSemiconductor Energy Laboratory社という会社が開発したもので、664ppi/7680×4320=8K解像度で有機ELパネルで表示する非常に鮮明なもの。
NHKのブースに展示されていた13.3インチの8K OLEDディスプレイ。今春のNABにも参考出品されていたが、スペックまで正式に発表されたのはこのIBCが初めて
面白かったのはその展示コーナーで、8K OLEDの画素が非常に細かいので、それを見てもらおうとヒモ付きの虫メガネが常備してあり、それで観客は次々にその画を覗いているのである。その意味は微細な画素の映像を見てもらおうという趣向のようだが、実はこの行為、我々の生活の中でもすでに日常茶飯事で行われているのである。
そうスマートフォンやタブレットでの「ピンチ」による画像拡大操作だ。結局、高解像度に求められるモノというのは、こういう行為に象徴される、その部分の詳細をさらに詳しく見てみたいという欲求に対して、画像を拡大した時にその画が鮮明であればあるほど、こうした高解像度は活きてくる。むしろ8K画像の有効利用は、大画面ディスプレイによる視聴よりも、むしろこちらの方が汎用的で、大きな可能性を秘めているのではないか?と考えた。
見に来た人は次々と虫メガネを覗き込む。見たいのは果たしてその解像度なのか?それとも…?
これが、8K高解像度の一つの鉱脈といって良いかは分からないが、おそらくこうした視聴者(利用者)側の、直近の実用メリットを考えていかないと、これから解像度競争が加速して、ただ単に数を積み上げていったところで、テレビや映像自体の価値観は、次のステージには上がれないのではないだろうか?そしてそれこそが「次世代テレビの高付加価値」と言えるのではないだろうか?
来年のIBCは、カンファレンスが2016年9月8日~12日、展示会は9日~13日の日程で、同じくRAI展示会場で開催される。
txt:石川幸宏 構成:編集部