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フィルム生産する唯一のメーカー

コダックと富士フイルムといえば、映画用フィルムブランドで人気を二分するメジャーブランドだ。しかし富士フイルムは2013年4月、撮影用と上映用映画フィルムの生産終了を発表。現在、コダックはカラーおよび白黒の映画用フィルムの生産を続ける唯一のメーカーとなっている。

2018年には、映画用とスチル用の「EKTACHROME」の生産・販売を6年ぶりに再開、フィルムへの注目度は増しつつあるようだ。そこでフィルムの現状や知っておきたい知識について、コダックのエンタテインメント イメージング本部の稲見成彦氏と久保添倫成氏に話を伺った(以下、記載がない限り、映画用フィルムについて紹介)。

コダック ジャパンのエンタテインメント イメージング本部 執行役員 本部長の稲見成彦氏(右)と、マーケティング担当部長の久保添倫成氏

フィルムはさまざまなフォーマットが選択可能。いくつものフォトケミカルならではのテクニックが存在する

――コダックといえばやはりフィルムのイメージが強いですが、現在は主にどのようなビジネスを展開されていますか?

稲見氏:現在、コダックの中では印刷に関わるソリューションを扱うプリントシステムズ事業部が最大のビジネスです。2番目は、映画用フィルムのビジネスが属しているコンシューマー&フィルム事業部です。この事業部は、コンシューマー向けブランドライセンスビジネスや産業用フィルムなど複数の部門を束ねたもので、映画用フィルムを扱うエンタテインメント イメージング本部はそのうちの一部門です。

――米国のコダックは連邦倒産法第11章(以下:チャプター11)の再生手続を申し立てなどがありましたが、フィルムの供給が止まったことはありますか?

稲見氏:当時の歴史を振り返ってご説明すると、2012年1月にイーストマン・コダック社と米国の関連子会社はチャプター11に基づき任意で事業再建手続を開始しました。チャプター11は、日本の民事再生法に相当する状態で、その対象となったのは米国の本社と米国の関連会社のみです。

国内のコダックは対象外でしたし、本社事業の再建中もフィルムの生産はずっとアメリカで続きました。今日に至るまで一度もフィルムの供給をストップしたことはありません。むしろ、研究開発を続け新しいフィルムも出したほどです。

チャプター11の手続きになると、過去の契約を新たな条件で再び結び直します。その過程の中でフィルム事業を継続か見直しの検討も行われました。しかし、当時の最高経営責任者(CEO)であるジェフ・クラークは、いろんな方の意見を聞き集め、早々に「コダックの中にフィルムを残しておかなければいけない」という方向性を打ち出しました。

そして2013年11月にNYSEに再上場、2015年2月にハリウッドの主要映画スタジオ6社と映画用フィルム供給について新たな条件で合意できました。スタジオ側としては、製作費を抑えられるにこしたことはありません。しかし、クリエイターにはデジタルだけの選択肢を敬遠し、フィルムでの撮影を希望している方も多数いらっしゃいます。そのような状況を踏まえて、クリエイター側からもフィルムをなくしてはいけないと強く後押ししていただいたことがあります。

――フィルムの良さを、メーカー側の立場から紹介してください。

稲見氏:まず撮影用フィルムには、スーパー8から65mm までフィルム幅に応じた選択肢がありますが、スーパー8も35mmも65mmもまったく同じ性能の感光材料で幅が異なるだけです。また、35mmのフィルムには何か線が引かれているわけではなく、自由に作品に最適なフォーマットで露光が可能です。アカデミーサイズ、スーパー35、シネマスコープ等々このような自由度の高さは、フィルムならではです。

例えば、国内で2月8日より公開中の映画「ファースト・マン」は、65mm IMAX、35mmの3パーフォレーションと2パーフォレーション、スーパー16などの複数のフォーマットで撮影されています。フィルムでは、そういった素材を組み合わせても画として成立して、ルックの違いで心象や時代背景を描けますし、逆に統一感のある映像を作れる柔軟性があります。

また、いろんな表現の質を高めるフォトケミカルのテクニックも挙げられます。ネガの増感、減感現像のみならず、プリントを焼いてローコントラストに上げて、そこからデジタルに変換する。また、デジタルで撮影したものをフィルムにレコーディングして、そのフィルムからプリントを上げてデジタルに変換する。そういう極めて多彩なアナログの後処理が可能だということが優位性のひとつでしょう。

保存の面でも優位性があります。4K8Kのディスプレイの登場によって、フィルムで撮影された旧作のコンテンツが再び観られる機会も増えています。4Kスキャニングでオリジナルネガが持つ情報を十分に取りだし、そこから製作者が意図した当時の初号プリントに近い再現を目指したリマスタリングが行われています。これらはフィルムでコンテンツが残っているからこそ実現できるわけです。また、再びフィルムプリントで作品を見ることもプレミアムな映画体験として注目されてきていると感じます。

フィルム需要は平行線の状態だが、アナログ復興の時流やEKTACHROMEの再販売で盛り上がりつつある

――御社のエンタテインメント イメージング本部のメールマガジンでは、「フィルムの需要は戻ってきている」と紹介されることがあります。現在のフィルムの需要はどのような状況でしょうか?

稲見氏:全体的に見ると、上映用のプリントフィルムは漸減しています。その漸減分をネガの撮影用のフィルムが補っていて、フィルム全体としては平行線の状態を保っています。この傾向は全世界で見られます。

一方、スチル用フィルムはコダック アラリス ジャパンという別会社の取り扱いになりまして、全世界で2桁%ぐらいの戻りがあるとのことです。この需要の復活傾向はロチェスターのフィルム工場にとって大変嬉しいことです。

久保添氏:スチル用フィルムは一時期、劇的に落ち切りました。しかし、ここ数年、フィルムの存在を初めて知った若者たちが、フィルム撮影にトライする動きが見受けられます。2018年10月に「EKTACHROME E100」の販売を再開し、スチルフィルムはさらに伸びを見せています。昔、フィルムで撮影をされていた人だけでなく、若い世代にも再生産を喜んでいただいてますね。

――なぜカラーリバーサルフィルムの再生産に踏み切ったのでしょうか?

稲見氏:コダックのリバーサルフィルムを復活して欲しいという声は、世界中で湧き起こっていました。それに後押しされ、フィルムに熱い思いを持つCEOのジェフ・クラークが再生産することを先に決めてしまいました。当然、社内はみんな慌てました(笑)。

そもそも製造をやめたのは、必須のケミカルが使えないとか、需要が落ちてきたことなどが理由です。しかし、いざ6年ぶりに製造するにしても市場に必須のケミカルがない。代替品から全部探さなければいけませんでした。新たな処方を一から作り、テストを繰り返して、ようやくEKTACHROMEの色を再現することができました。

2018年10月26日より販売を開始したスーパー8ムービーカメラ用の「KODAK EKTACHROME 100Dカラーリバーサルフィルム7294」

――国内でのフィルムの需要についてお聞きします。主にどのような用途に使われていますか?また、劇映画におけるフィルム撮影の需要などはいかがでしょうか?

久保添氏:日本においては、撮影用のカラーネガフィルムはTVコマーシャルでもっともご使用いただいています。次に、劇映画が大きな柱になっています。ドキュメンタリーやミュージックビデオに使われることもあります。世界と比較した場合、日本は良質のTVコマーシャルがフィルムで撮影されている数少ない国だと言えます。飲料、通信、保険、食品、アルコール、化粧品、自動車など、皆さんがよくご存知のブランドのCMがフィルムで撮影され、CM好感度調査の上位にも挙がっていますね。

稲見氏:日本の劇映画におけるフィルム撮影作品の本数はここ数年、あまり劇的な変化はありません。山田洋次監督、北野武監督、木村大作監督、是枝裕和監督、小泉堯史監督など、ずっとフィルム撮影を支持していただいています。そのほか、16mmでよりフィルムの質感のあるルックやフットワークを求める監督の作品や、デジタル撮影と組み合わせて回想シーンのみで使われるケースもあります。

たとえば、関根光才監督と重森豊太郎カメラマンの映画「生きてるだけで、愛。」は、全編16mm撮影でフィルムの質感を追求された作品です。海外の傾向と比較すると日本は16mm撮影の作品が多く、逆に35mmアナモフィックや3パーフォレーションの作品が少ない傾向にありますね。

海外の35mm撮影ではアナモフィックや3パーフォレーションが多く、最近65mm撮影作品が増え、逆に16mmは少ない傾向にあります。16mm撮影作品には、少し前に日本でも公開された「キャロル」、「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」などの劇映画、TVシリーズでは「ウォーキング・デッド」などがあります。諸々インフラや表現の違いがあるので単純な比較は危険ですが、日本とは傾向が異なります。

――最後に、撮影現場ですでに活躍している方々にも知っていて欲しいフィルムの知識というのはありますか?

久保添氏:海外では、35mmフィルム撮影だとしても予算が厳しい場合は、3パーフォレーションや2パーフォレーションなどの“経済的な選択肢”が検討されています。35mmの3パーフォレーションは、4パーフォレーションよりも1パーフォレーション分、つまりフィルム使用量を25%抑え、必然的に現像費も抑えることができます。

ワイドスクリーンが標準の今日、フレームがワイドな3パーフォレーションは理にかなった選択肢です。日本では35mmフィルムが予算的に難しい場合、即「デジタルで行くのか?」あるいは「16mmで行くのか?」の二択になってしまう傾向があります。

稲見氏:映画「万引き家族」の打ち合わせでは、弊社の営業担当から3パーフォレーションでの撮影をご提案させていただきました。近藤龍人カメラマンは、2013年の映画「横道世之介」の撮影で3パーフォレーションを一度経験されていますし、TVコマーシャルの撮影でもお使いになられていることもあり、最終的に3パーフォレーションでの撮影になりました。

撮影に入る前の段階で、このような予算とフォーマットに関するご相談ができるのが理想的ですが、現実には、「予算がないのでデジタルで」と一方的に決まってしまう。われわれが、議論の中に入ることもなく決まってしまうことが多くなっています。

単純に面積を比較しても、3パーフォレーションは4パーフォレーションのスーパー35とあまり変わりません。16:9の仕上げで比較してみると、僅か7パーセントの違いです。

さらに、35mm 2パーフォレーションになると、ネガの面積は小さくなりますが、海外では結構普通に使われています。シネマスコープサイズの上映でも画質に遜色はありませんし、4パーフォレーションのアナモフィック撮影と組み合わされている場合もあります。残念ながら2パーフォレーションのカメラは現在、国内でレンタルされていませんが、このようなフォーマットの選択によってフィルムの量や現像コストを節約することも可能、表現に違いを持たせることも可能だということを知っていただければと思います

イーストマン・コダック社が2011年に制作したデモリール(英語版のみ)。35mm 4パーフォ、3パーフォ、2パーフォ、そしてスーパー16の各フォーマットで撮影した映像を比較している

最近、日本でも公開された海外の35mm 2パーフォレーションの作品には、「喜望峰の風に乗せて」、「追想」、「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」などがあります。それぞれの作品についてはKODAKメールマガジンで紹介を行っています。

最後に、当社では幅広いユーザーの方に映画用フィルム製品やアクセサリーを購入いただけるよう、公式オンラインショップをYahoo!ショッピングサイト内に開店しております。ネットで24時間365日ご注文が可能、お支払い方法もバリエーションを持たせておりますので、個人の方、法人の方を問わず、広くお気軽にご利用いただければと思います。日本で映像製作を学んでいる留学生の方、海外から撮影に来られる映像作家の方からもご好評をいただいています。

ロゴが新しくなって販売を再開した「KODAK Motion Pictureクーラーバッグ」。フィルムを保冷、運搬するための丈夫なバックだが、撮影アクセサリー類や飲料など多彩な用途で使用できる。コダックモーションピクチャー公式オンラインショップで販売中

txt・構成:編集部


Vol.03 [Film Shooting Rhapsody] Vol.05