txt・構成:編集部

IMAGICA Lab.は、フィルムと現像を語る上で欠かせない日本最大級のポストプロダクションだ。1935年に、商業ラボとして京都太秦に映画フィルム現像専門の極東現像所を開設。以来、現像サービスやプリントの機材を自社開発するなど、映画やCMの映像産業を下支えし続けてきた。

IMAGICA Lab.が創業以来培ってきた映画フィルム現像のノウハウは、以前は作品ごとに色々規制もあり、公になりづらい環境であったが、最近はフィルムを扱う企業も減る中、国内のみならず海外からのニーズもあり、後世に技術を残すための活動も行っている。そこで今、IMAGICA Lab.ではどのようにしてフィルムから映像制作が行われているのか?フィルム現像の施設を見学させていただき、現場の技術者に話を聞いてみた。

IMAGICA Lab.の大阪プロダクションセンター

(01)暗室:撮影済みフィルムをマガジンに移し替え

大阪のIMAGICA Lab.が拠点とする大阪プロダクションセンターは、一見普通のビルに見えるが、3階のフィルム現像機のあるフロアは異空間だ。扉を開けるとずらりとフロアいっぱいに並ぶ現像機の様子は、他のフロアとのギャップに面食らう感じだ。

3階のフロアには現像機がずらりと並ぶ

まずは、現像機の奥にある暗室から紹介しよう。

IMAGICA Lab.のカラーネガ現像機は明室タイプ。撮影現場から撮影済みのフィルムロールが持ち込まれると、暗室でマガジンへ移し替えの作業を行う。この作業は感光を防ぐために、完全に真っ暗な暗室で行われる。暗室の解説は、IMAGICA Lab.のすべてのフィルム現場経験があるベテランの技能者、関口譲氏。

写真はIMAGICA Lab.の伊藤諒司氏。完全暗室の部屋だが、明るい状態で作業を再現していただいた。真ん中にあるスプライサーで、フィルム同士を接合する

カメラマンのノーマルや増減感の指示、使用タイプのフィルムを確認し、リールに巻き取り、フィルムが切れていたり折れ目がついていたりといったフィルムトラブルを指先だけでチェックする。「チェックの方法は個人により若干の差がある」とのことだが、関口氏の場合は、パーフォレーションを囲むように5本の指を使って行っていた。問題を発見した場合は、補修を行うか途中をカッティングして対処する。ロールの途中で切れている場合は、有効なシーンなのかをカメラマンと確認したうえで最小限の補修を行う。

完全暗室での作業は、すべて指先の感覚で行う。関口氏はその様子を、「フィルムのトラブル確認は、完全暗室で何も見えない状態で行われるので、すべての感覚を研ぎ澄まして指先の感覚だけで行います」と語る。

マガジンへの移し替えの作業を解説する関口譲氏

完全暗室の中では、5本の指を使ってフィルムをチェックする。わずかな折れ目も見つけていく

フィルムの先端のカットは、機械を使うとまっすぐに切れてしまう。そこで、和ばさみでフィルムを斜めに歪めて切り、フィルム缶に残した先端と現像のロールを照合できる仕組みを実現している。

暗室の作業は、朝9時からフィルムが多い日は午後の2時や3時まで続くことも。その間の作業はすべて完全暗室。完全に見えない中での長時間作業になるが、手順は体で覚えて、目を閉じてもできると関口氏。そして、フィルムと現像機に関わるには、職人的な技術者の育成が必要。続けてこうも語る。

関口氏:暗室の作業は、少し慣れたからといって本番を扱えるわけではありません。何度も目隠しをしてテストを行い、それにOKを出せるのは数年。昔は10年は本番を触らせてもらえませんでした。

現像機も白黒のポジから担当します。カラーポジで事故率が1年間ゼロ。それをクリアーして、ネガ現像機のテストを受けられます。ポジ現像担当とネガ現像担当ではこのように違うのです。

35mmカラーネガ現像機専用のマガジン。こちらに撮影済みのフィルムを移す

(02)フィルム現像:16mm/35mmのカラーと白黒の現像に対応

■16mm/35mm兼用のカラーネガ現像機

現像所の中でも一番大事なのがフィルム現像機だ。フィルムの現像が上がらない限りは、プリントもできないし、スキャンもできない。現像機は、現像所の命と言ってもいいだろう。IMAGICA Lab.のカラーネガ現像機は、イギリスのPhotomec社の16mmと35mmの兼用機を導入している。Photomec社は世界的にも信頼があるメーカーで、コダックも推奨しているメーカーだ。中身は、IMAGICA Lab.で日本人が好むようにカスタマイズしているという。

関口氏:もともとIMAGICA Lab.では、自社で現像機を製造していました。東洋現像所時代に京都に花園工作部という部署があり、そこでは現像機を含めていろいろな機材を自社で製造していました。ところが、次第に自社製はコストとのバランスが難しくなり、メーカー製の現像機を購入してカスタマイズする方向を選びました。

暗室でセットされたマガジンは、ネガ現像の入り口にセットしてフィルムが投入される。現像機にはエンド検知センサーが搭載されており、フィルムがなくなると音が鳴り、次のマガジンのトップ部分とつないで続けることができる。

現像液の工程は、「フィルムのハレーション防止層の除去」→「発色現像」→「停止」→「水洗」→「漂白処理」→「水洗」→「定着」→「水洗」→「安定」→「乾燥」の工程で行われる。ここの工程は、機械の構造が変わるだけで昔から普遍的なものだ。

現像液は、補充液を足して循環させていく。新液にすると、コントロールがばらつくので、入れ替えはしない。現像液の温度は41.1°で、+/-0.9°に調整。すべての処理液は、自動的に常に適正な量を補充し、温度管理を保つ形で稼働している。

関口氏は、昔の現像機のオペレーションは人の感覚だけで整備や操作をしていたが、今は約半分がコンピューター制御で、残り半分が人の感覚で動かせると語る。「昔は温度を見ながら温水と冷水を混在させて、常にちょうど40°になるように常に現像機に張り付いて調整していました。今はコンピューター制御で温度が調整され、常に安定した現像コントロールを実現できるようになりました」という。

現像液の様子を特別に開けて見せて頂いた。機械が新しくなっても、現像液を使った工程自体は変わることがない
■16mm/35mm兼用の白黒ネガ現像機

16mm/35mm兼用の白黒ネガ現像機は、国産メーカーの大友製作所。白黒フィルムで映画撮影をする一定の需要が存在し、その場合はこちらの現像機が使われる。

カラーネガの現像ではさまざまな処理液が必要だが、白黒フィルムはハレーション防止層がないため、現像の工程から入る。「現像」→「停止」→「定着」→「水洗」→「乾燥」となる。

■16mm/35mm兼用のカラーポジ現像機

16mm/35兼用カラーポジ現像機はPhotomec社製で、基本はプリント用だ。ネガと違うところは、処理液がポジ用になっている。また、プリントにはサウンドトラックがあり、サウンド現像の工程が増えるために処理が長くなる。

このポジ現像機はネガ現像機と異なり、現像機の入口であるフィルムを繋ぐ箇所が明室では無くフィルムが露光されない波長と光量だけの暗室になっている。

■16mm/35mm兼用の白黒ポジ現像機

16mm/35mm兼用の白黒ポジ現像機。大友製作所製で、白黒ネガ現像機とはネガとポジの違いだけだ。

■高速なミストで表面を洗浄する二流体式フィルム洗浄装置

IMAGICA Lab.の中でも独特なのが、独自開発したクリーナー「二流体式フィルム洗浄装置」だ。フィルムにとって害のあるホコリやスクラッチの除去を目的に製作されたもの。汚れたフィルムやゴミが付着したフィルムを、純水スプレーで洗浄できる。これだけ大掛かりに作っているのはIMAGICA Lab.だけかもしれないとのこと。

IMAGICA Lab.では、ロール状に保存しているフィルムを1年ごとにクリーナーにかけることを推奨している。また、プリンティングする前に洗浄処理を行うことで、よりよい仕上がりを実現できるとのことだ。

■コントロールテストとランニングテストは毎朝実行

RGBのコントロールが、OKの範囲の中に入っているかを確認する

現像という工程は変動要素が多く、コントロールの維持が困難な作業だ。例えば、雨の日では乾燥や温度を変えるなど、天気によっても微妙に調整を変化させているという。IMAGICA Lab.では、濃度の変動のチェックを毎朝行うコントロールテストで行っている。また、フィルムタイプ別のランニング用フィルムを通して汚れの付着をチェックするランニングテストも行われている。

こうした厳密なチェックを毎日行ったうえで、現像作業が行われているとのこと。松尾氏は、「やっぱり毎日現像機が動いているのが一番安定に繋がります。止まってしまうと機械は不安定になります。機械のためには、今後もある程度のフィルムメディアでの撮影を推進していきたいところですが。」とも述べた。

チェックに使われるランニング用のフィルムを目視で確認

(03)タイミング:ネガからポジにプリントする際の色や焼度の補正値を決定

タイミングとは、ネガからポジにプリントする際に色や濃度の補正値を決定する作業のことだ。新作フィルムの場合は、ネガ現像をした段階でスキャンをする場合もあれば、上映用のプリントを上げた段階でスキャンをする場合もある。この上映用のプリントを上げる際に、タイミングと呼ばれる色補正作業が重要となる。

タイミングの解説は、アーカイブを中心に多くのフィルム作品に携わるグレーダーの井上大助氏。タイミングの仕事は、今はアーカイブ上映やフィルム上映が中心で、新作においてフィルムで初号プリントを作成することは減っているという。タイミングでは、「カットごとのフィートコマの記入」「アナライザーによるカットごとの適正な色濃度補正」「製品の検査及び発送」の3つの作業について紹介があった。

「カットごとのフィートコマの記入」は、検尺器を使ってカットを切ってそれぞれのカットが何フィート何コマなのかを測ってリストを作り、ネガタイプを調べる作業。

検尺を解説する井上氏。検尺は、カットごとのイン点、アウト点のカットの尺のデータを測る作業のこと

「色濃度補正」は、アナライザーと呼ばれる機材で、ネガフィルムの濃度を電気的に反転させてポジ像としてモニター上に映し、タイミングマンが視覚判断で色濃度の調整をする。

カラーアナライザーにはRGBのダイヤルがあり、数値を組み合わせて色を決めていく。モニターに表示された色で現像が上がってくるわけではなく、プリントを焼く際の光学的な変化も考慮する必要がある。上がりはタイミングマンの経験と勘が頼りとのことだ。

井上氏は、アナライザーのコツをこうも紹介した。

井上氏:アナライザーには波形がありません。見えるのはモニターだけです。そこで注意することは、ワンカットに時間をかけて調整をしないことです。例えば、赤いままのカットをずっとみていると人間の目は赤に慣れてしまって、次のカットを逆に青くしてしまう可能性があります。

だいたい1カット10秒ぐらいで決めていかないと、冒頭と終わりの画でノーマルの色味が違ってきてしまうことが起こりかねません。10秒ぐらいを目安にカットを決めることで、安定した画が実現できます。

BREMSONと呼ばれる機材。ネガ像の色補正をする

RGBのダイヤルがあり、数値の組み合わせで色を決めていく

(04)アーカイブ:キズや不具合の確認やゴミを除去して焼付け作業ができる状態に整理

アーカイブの部門では、外部から持ち込まれた古い旧作やアーカイブのネガの整理が行われている。キズや不具合の確認やゴミを除去して、焼付け作業ができる状態に整理する。次のプリントの工程で機械にかけるので、機械にかかるようにフィルムの補修もここで行う。

デスクまわりで目がいってしまうのは、デスクに垂れ下がるバキュームの存在だ。バキュームには2つ目的があり、1つはフィルムが劣化をすると強烈な匂いを放つのでなるべく手元で吸い取る。もう1つが、酢酸をクリーニングする際にいろんな薬品を使用する。薬品も体に害があるので、そういうものをなるべく吸い取るためにダクトがついているとのことだ。

参考として、劣化したフィルムを見せて頂いた。上映などで定期的に空気に触れたフィルムは酸による劣化は少ないが、保管状況の悪い中で、まったく缶を開封しない時にフィルムから発生した酸がフィルムの劣化を促進させる(低温・低湿度で保管したフィルムは缶を開けなくても劣化しにくい)。

ここまで劣化すると、全部を復元するのは困難だという。しかし、この状態でも画は生きているので、乳剤の部分だけ剥がして新しいフィルムベースに張り付ける方法で部分的に直していく方法もあるとのことだ。

(05)プリント:ネガに未露光のポジフィルムを密着させ、光を当てて像を転写

■アーカイブ向けの35mmプリンター

タイミングで色を決めたものは、プリンターで焼き付けを行う。プリンターとは、現像済みのフィルムを再度、別のフィルムに光学的に焼き付ける焼付機のことだ。明室タイプと暗室タイプの2種類あり、こちらは明室で主に35mmデュープネガを作成するもの。

特長は、ネガが下から通るところだ。カメラとマガジンがあり、未露光のフィルムを入れて1コマ1コマ撮影をしていく。主な用途はアーカイブ用で、特殊な有機溶剤の中を通すウェット方式によってキズを目立たなくさせることができる。

35mmのDHPプリンター

光源が搭載されておりRGBの3種類に分解できる

■9.5mmから35mmにブローアップできるプリンター

IMAGICA Lab.では、8mmやパテ・ベビーと呼ばれるホームビデオ用9.5mmフィルムのフィルム規格をテレシネしたり、35mmプリントにブローアップができる。また、35mmから16mmに縮小するというプリント作業もできるという。

■ネガから上映用のポジを作成するための35mm密着プリンター

暗室にも、プリンターが並んでいる。メインは、ネガに未露光のポジフィルムを密着させ、光を当てて像を転写する35mm密着プリンターだ。ここにあるほとんどの機材は東京・五反田から移転してきた機材だという。ドライ方式とウェット方式があり、ウェット方式はキズ消しのために有機溶剤の中にフィルムが浸かった状態で焼き付けを行う。16mmの場合は、小さい画を大きくするので、小さなキズでも目立ってしまう。そのため、16mmの焼き付けはほとんどウェット方式を基本としている。

映画フィルムプリンターで業界標準と言われる米国製BHP社のもの

35mmの密着プリンターは、ネガとポジのエマルジョン面をくっつけ、そこに光を露光させて像をポジ像に焼き付ける。たとえば、字幕用の「タイトルネガ」「画ネガ」を重ねて焼き付ける事によって字幕付きのプリントを上げる事が出来る。また画と音を同時に焼き付ける事が出来る。プリンターは、アメリカのBHP社製で、世界中のスタンダード機。BHPのオリジナルのままで使うのではなく、IMAGICA Lab.で独自にカスタマイズして、安全性を高くした状態で運用しているという。

ライトバルブを利用し、ダイレクトミラーで3色に分解

密着プリンターは五反田から大阪に移転してきたものだが、オペレーションやメンテナンスが特殊な機材だ。そこで、五反田の担当スタッフが機材と共に大阪に転勤し、活躍中だという。

「機械も大事ですが、現像所の機材はすべて人と機材がセットなのです」と松尾氏。機材が故障したらメーカーの保守に出すのが一般的だが、IMAGICA Lab.は基本的には現像機もプリンターもすべて社内でメンテンナスを行っているという。「機械だけあっても、それを動かせる人がいないと何も役に立ちません。機材を残そうと思ったら、その機材を触れる人をどのように育てるかが大変に重要です」とも語った。

(06)スキャン:ウェット方式のスキャナーでパラやキズを消して、グレーディング作業の負担を軽減

フィルムでもアウトプットがデジタルになって、スキャニングの重要度が増している。IMAGICA Lab.で稼働しているスキャナーは、「Scanity」と「Cine Vivo」だ。その中でも大阪プロダクションセンターで活躍中の自社開発のスキャナー、Cine Vivoは、35mm、16mm、ネガ、ポジともに対応。一番の特長は、ウェット方式のスキャナーで、特殊な溶剤を使っているところだ。溶剤の中を通るフィルムをデジタル化する事で物理的なキズを軽減しながらデジタル化できる。しかもCine Vivo は1秒間に24コマのリアルタイムスキャンが可能とのこと。

「新作に対してウェットなしのドライ方式でスキャンできるのですが、ウェットをかけることによって画の質感も大きく変わります」と大迫氏。現在は、アーカイブが多いが、新作やCMも去年や一昨年ぐらいから多くなってきているという。

映画「万引き家族」でもCine Vivoを使っていただきました。劇作品をやらせて頂いたのは、2作目です。「万引き家族」の近藤龍人カメラマンは、CM撮影も行っており、Cine Vivoを使っていただいたことがありました。最近はCMも多くなり、ネガ現像をしてCine Vivoで収録。東京にデータを送るワークフローもだいぶ定着しつつあります」とも語った。

実際にゴミやキズを取り除くウェットゲート機能を実演して頂いた。ウェット液の中にあるフィルムをスキャンする事でベースのキズや膜面上の表面のキズは写らなくなる。その状態でスキャンをすることで、後工程の修復作業の大幅な時間短縮を実現できるという。

ウェット液を出していない状態

ウェット液を出した状態

(07)分析室:現像の中に含まれている薬品を分析

現像室の付帯設備で化学の実験室のような分析室がある。ここでは、現像液や現像に係る薬品の分析を行っており、現像液の中に含まれている薬品の量や、きちんと薬品が含まれているのかの分析が行われている。

現像所には、機械出身のスタッフ、電気出身のスタッフだけでなく、化学出身のスタッフも必要。現像所は、いろいろな出身の人が必要になるとのことだ。

現像液を分析するスタッフ

(08)薬品倉庫:薬品の調合で、現像液を実現

現像室は、ビルの3階だが、現像液を入れるための薬品倉庫が別フロアに設備されている。現像所で扱う約100種類の薬品を常備しているという。

個人向けの現像液には、水を足せば現像ができるキットのようなものが存在する。しかし、ラボの規模になってくると、大量の現像液が必要で、すべて単体の薬品を購入し、調合することによって作られている。1つの液の中に6種類や7種類、多い場合は10種類位の薬品をまぜて1つの液体ができ上がっているという。

カラーネガ現像機では、「プレバス」「現像」「停止」「ブリーチ」「定着」「スタビライズ」で6種類の溶液が必要になるが、薬品倉庫にはそれぞれに対応した溶液用の黒いタンクがずらりと並んでおり、そこで溶液を分けて管理されている。薬品倉庫から必要な分だけ現像機のフロアに組み上げて現像に使われているという。

txt・構成:編集部


Vol.04 [Film Shooting Rhapsody] Vol.06