ソニーFX6とFX3合計20台で制作されたMV SUPER BEAVER「スペシャル」
ロック魂の炸裂するミュージックビデオがリリースされた。SUPER BEAVERの「スペシャル」だ。ライブパフォーマンスはもちろんのこと、ステージ上を縦横無尽に動きながら撮影する大量のカメラマンも負けじとロックだ。監督を務めるのは撮影監督の岡村良憲。「20年前のアイデアが、今やっと実現可能になった」と言う。それを支えたのがソニーFX6/FX3だ。合計20台のカメラを使った"手持ちバレットタイム"のギミックに迫る。
岡村良憲(Ryoken Okamura):1975年神奈川県生まれ。1999年黒澤フィルムスタジオ入社、特殊機材部を経て2003年よりフリー撮影部、2013年独立。2016年スタージョン設立
SUPER BEAVER「スペシャル」
Dir/DoP:岡村良憲、撮影と出演:20名のカメラギャング
20台のカメラで撮影するアイデアはどこからやってきた?
――岡村撮影監督にとって"初監督"となるMV「スペシャル」ですが、撮影やカメラを知り尽くした者でないと考えつかない内容ですね。やはりカメラありきで着想を得たのでしょうか?
岡村氏:
それは言えますね。このMVの見せ場は、手持ちカメラで実現するバレットタイムの表現です。バレットタイム自体は映画「マトリックス」(1999年公開)で使用された手法で話題を呼び、当時様々な所で目にしました。バレットタイムを手持ちカメラで実現出来れば、もっとライブ感溢れる表現になるのではと考えていました。僕がまだ助手だった20年くらい前にこのアイデアを思いつきましたが、当時は機材的にかなり困難な手法でした。今回Cinema Lineのカメラのおかげで実現できたと思います。
――20年の時を経て、監督として実現したのは感慨深いですね。
岡村氏:
僕は日頃ムービーカメラマンとして監督たちの傍らで仕事をしています。様々なタイプの監督がいらっしゃいますが、みなさん本当に素晴らしく、リスペクトの一言です。カメラマンが監督も兼ねるケースも増えていますが、僕はリスペクトの気持ちから、「監督はやらないぞ」と決めていたのです。
しかし知人であるSUPER BEAVERボーカルの渋谷君から正式にMVの制作依頼が舞い込んだ時に、ふと20年前のバレットタイムのアイデアが蘇ってきたんです。今回は、「スペシャル」の楽曲ともマッチするなという直感がありました。そこで渋谷君に「絵コンテを描いて、気に入ってもらえれば、自分が監督兼カメラマンをします。もし方向性が違うなら、ディレクターを推薦して僕がカメラを回します」と回答をさせてもらいました。その後企画を気に入ってもらい、監督もやることになりました。
――ステージ上でのSUPER BEAVERによるパフォーマンスのライブ感と、カメラマン達のライブ感で制作された思い切りの良さにロックを感じます。
岡村氏:
SUPER BEAVERの持ち味はライブバンドであるということ。僕も彼らのライブの熱量に魅せられた一人です。今回は、彼らの持ち味を前面に出すことが最優先でした。その答えが、20台のFX6/FX3で撮影するカオス感であり、手持ちバレットタイムというギミックでした。
――このMVにはもう一つの特徴として一発撮り(ワンカット撮影)も挙げられますね。
岡村氏:
はい、この撮影における一貫性のテーマは、一発撮りですね。これは緊張感や高揚感、そしてライブ感を求めての撮影手法です。僕自身もバンドでボーカル経験がありロックには一家言あるつもりなので、「オレの思うロックとはこれだ!」っていう想いを込めて制作しました。(笑)
ソニーFX6とFX3だから実現できた「手持ちバレットタイム」
――スタッフクレジットにはCamera Gang(カメラギャング)として20名のカメラマンが名を連ねています。クレーン、ドリー、ステージ上を縦横無尽に駆け巡るカメラマンですが、担当や導線の設計について教えて下さい。
岡村氏:
それぞれFX6/FX3を持ち、黒装束で黒い仮面をつけたカメラマンたちが、撮影スタッフでもあり出演者という位置づけです。総勢20名のカメラマンたちは各々ステージ上で手持ちや、他にクレーン、ドリーなど役割と配置が決まっています。それぞれ1~20の番号を振り、曲にあわせての移動や何を撮影するか明記した、フォーメーションプランを事前に作成しました。
――冒頭、フレームインするカメラマンのカットに次々と変わっていく演出が面白いですね。
岡村氏:
引き画でステージが映し出されライブが始まります。ドリーインしている画面に見切れてはいけないクレーン撮影のカメラマンが入ってくる。「ボーカルにかぶっちゃう。見えなくなる!」と思った瞬間にこのクレーンカメラの映像に切り替わる。
今度は手持ち撮影のカメラマンが画に入ってきて「またボーカルの前にかぶっちゃうよ」と思った瞬間、そのカメラのカットに切り替わる。さらにアーティストの後ろで「カメラマンが見切れてるよ」と思った瞬間にそのカメラが捉えるボーカルのアップに切り替わる。冒頭は見切れて来るカメラマンの画が次のカットにつながる構成となっています。
このカットがリレーしていくシーンはFX6です。FX3よりもボディの大きなカメラで印象づけたいという狙いがありました。なぜFX6/FX3やカメラマンが見切れるのか?理由はカメラとカメラマンは美術であり出演者だからです。
――今回の機材選びについてお聞かせください。
岡村氏:
このMVの企画実現の立役者は、やはりFX6とFX3の存在です。ポイントは2つあります。まずは、高精度なオートフォーカス(AF)機能。そしてもう1つは、激しい動きでも撮影可能なコンパクトなサイズ感であることでした。
僕は普段の撮影では、Cinema Lineシリーズであれば、VENICEを使用することがほとんどですが、このMVの企画はさすがにVENICEでは難しいです。
そして今回、用意するカメラの台数が多すぎるため、機種違いで「Cinema Line」シリーズで20台揃えることにしました。FX6が8台、FX3が12台です。どちらも4:2:2 10bitでS-Log3/S-Gamut3で収録しました。FX6とFX3のように記録フォーマットの規格が異なってもルックはかなり統一されているため、その部分は安心感がありました。レンズはズームレンズSEL1635GM(FE 16-35mm F2.8 GM)を使用しました。ボディとレンズの相性もテストした中ではG Masterが、AFの感度が一番よかったです。
まずAFですが、とにかく精度がすごい。たとえば、長玉で被写界深度の浅い状態で、画面の奥から人が手前に歩くシーンを撮影する場合、フォーカスプラー(フォーカスを合わせる専門職)がフォーカスを合わせ続けるには高いスキルが要求されます。
それがFX6/FX3のAFであれば、いとも簡単に被写体を捉え続けることができるのです。カメラマン仲間から噂は聞いていましたが、このMVのテスト時に「めちゃくちゃ優秀じゃん!」と感じました。もう全方位でAFが効くのが素晴らしい。ファストハイブリッドAFで画面の広範囲を高密度に分析することが、この結果をもたらしていると思います。
またリアルタイムトラッキング機能によって精度高く被写体を追いかけ続けてくれます。リアルタイムに顔や瞳を検出しつづけ、被写体の顔を的確に捉え、バンドのように激しく顔の角度が変わるケースでもピントを合わせ続けてくれることも驚きです。
他にもフォーカスの移動スピードも細かく設定もできます。今回はAFトランジション速度を一番速く設定しています。この機能がなかったらカメラをギュンギュン素早く動かしながら20名の全カメラマンがフォーカスを完璧にあわせることは、まず不可能だったと思います。
――バレットタイムを撮影するときの狙い、フォーメーションやルールを教えて下さい。
岡村氏: 通常のバレットタイムは、円周上に全てのカメラの角度を被写体に正確に合わせて…などなど、セッティングの準備だけで一日がかりになりますが、それをライブの中で瞬時にやってしまうロックなアイデアです。ガチャガチャで躍動感のある映像は誰も見たことないだろうなって。カメラマンらしい発想ですよね。 ――本作品に限らず、撮影内容によってカメラを選ばれると思いますが、お気に入りのカメラはありますか? 岡村氏: 毎回カメラの選択は企画次第なのですが、結果6割ぐらいはソニーのVENICE(MPC-3610)を選んでいます。言葉で説明しづらい領域なのですが、トーンが心地よいのです。使い勝手も気に入っています。
実際の撮影では、被写体をぐるっと16台のカメラで囲んでいます。ステージ床面のデザインはカメラマンのバミリも兼ねていて、それに合わせて正円上に配置します。カメラギャングがポジションにつくのと同時に全員一斉にパッとズームレンズを35mmに合わせ、カメラの高さと角度を合わせます。
この一連の動きは前日リハーサルしていますが、実際本番になると、そう上手くはいきません。最低ラインとしてレンズのミリ数だけは揃えることを死守してもらいました。アーティストには、円の中心点に立ってもらうという必要最低限のことだけ伝えて後は思いっきり演奏をしてもらいました。被写体が中心からずれるとバレットタイムが上手くいかないんですね。
今回は、企画構成に合うFX6/FX3を選択しました。RAWとS-Logとの違いはあれども、カラーグレーディングで触ったときの素直さやシネマっぽいトーンなど、共通するものを感じました。機種の違う複数台のカメラで撮影する際にもCinema Lineなら安心して使えますね。
カメラマンが考えた全撮影スタッフのための現場
――ワンカット撮影でしたが、本番撮影は何テイク実施したのですか?
岡村氏:
僕は常日頃から現場の雰囲気をとても大事にしています。現場の空気感は、カメラにしっかりと映るんです。そこにある熱量を感じてカメラマンは撮影するでしょうし、被写体の表情にあきらかに変化がでます。そういう熱量を作るために、ワンカットで3分半の曲を5テイクのみで撮影を終えようと決断していました。
1回目と2回目はアーティストもカメラマンもお互いの動きがわからないので、練習ですね。3回目で本番としてのファーストテイクを撮りました。そのあと休憩を挟みバレットタイムの検証もかねて現場で仮編集し、確認を行いました。手持ちバレットタイムは狙い通り、ロックな感じもしっかりと表現され、手応えを感じました。ラストの5テイク目では全員のボルテージも最高潮。やっぱりこのラストテイクが最高で、みんなのエネルギーも充満したものになり、入魂のワンカット撮影ができました。
――ライブそのものですね!楽しんで撮影をしている現場の雰囲気がすごく伝わります。
岡村氏:
とにかく愛すべきカメラマン仲間やスタッフがたくさんいて、20台に及ぶシネマカメラで収録した圧倒的な質量のある映像にしたかったんです。みんなで生み出すグルーヴと連携、それがバンドのロックのグルーヴと相まって現場の熱量が増していく。僕の裏テーマとして、20名のカメラマンや各スタッフに、撮影の仕事って最高に楽しいよねって再確認してもらえる現場を体験してもらいたかったのです。
本来撮影が楽しいから、この仕事をしています。2022年は僕がカメラマンとして独立宣言をしてちょうど10年の節目なんです。このMVはSUPER BEAVERのためのものですが、自分やすべての撮影に関係する仲間たちに向けた現場でもありました。
経験上、楽しい現場を体験すると撮影がもっと好きになるし、辛いことが起こっても心の支えにもなるのです。何よりも楽しそうってみんなが参加してくれたことは、歌詞にもありますが人間冥利に尽きます。たくさんの想いをつないで、企画を実現させてくれた、SUPER BEAVERと立役者FX6/FX3には感謝しかないですね。