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MOTを考える

テックトレンドの1つに「The Metaverse of Things(MoT/メタバース・オブ・シングス)」が挙げられたCES2023。

2020年のCES開催直後からコロナ禍は急激に進み、社会課題も生活に紐づく形で表面化。ロックダウンなどフィジカルな行動が抑制された影響から、非接触&オンライン完結を重視した発表が多かった2021年や2022年と比べ、地域や国で差はあれど、少しずつ対面でのコミュニケーションやフィジカルな体験が復活している状況下で迎えたCES2023。

この3年間で、私たちの共通認識となった「オンラインの良さを知り、フィジカルな体験や表現の楽しさを再確認する」を踏まえたアウトプット、社会課題への実践的な取り組みの両方を、多くの企業が形にする機会だ。

ウィズコロナ以降を見据え、「どうやって人間らしく生きるか」という問いに、各社がテクノロジーで応えていく姿を紹介したい。

CTAの言う「メタバースはあなたが想像するよりも早く産業・社会へ浸透している」という話も、この延長線上に訪れるかも?と思えるはずだ。

フィジカルな遊びや癒しは、もっと楽しくなる

身近なものが5GやBluetooth前提でのConnectedなアイテムになり、そこで可視化されたデータを個人でも活用できるようになった。

1月2日に開催されたCESUnveiledでも、フィジカルな体験をデータで可視化したら新たな価値が生まれるもの、集めたデータが癒しにつながっていくものが目立った。

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思いっきりパンチした内容がスコア分析されて出てくるサンドバッグ「I-PERCUT」。スコアを見てさらに燃えてパンチする人もいそうだ。

会場を見た人同士で話すと、みんな心に残っていた「BirdBuddy」は自動撮影&AI画像診断付きの小鳥の餌箱。

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この餌箱を置くと「我が家にいつも来てくれる小さなお客様」の姿を、怖がらせることなく、スマートフォンで表情までわかって、「森のある、ちょっと郊外に住みたくなる」アイテム。Twitterで「#birdbuddy」を検索しただけでも、かなりの癒しになる。

Unveiledはスタートアップ企業も多く、「日常の何気ないシーンを新たな視点でConecttedにし、テクノロジーで楽しみなおす」タイプの商品・サービスはとても元気だ。

この「新たな視点」をアセット活用に繋げるべく、大企業でも2020年以降、顧客との協創や、他企業やクリエイターとのコラボレーション、オープンイノベーションによる発表がどんどん増えている。

Sony Honda Mobilityの新ブランド「AFEELA」発表でも、SonyとHondaという日本を代表する2社の合弁の進捗が見えただけではなく、「Snapdragon」を提供するQualcommのトップとの握手シーンはとても印象的だった。新しい視点で未来を描く「コラボレーション」に、今後も期待を寄せたい。

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Connected前提になるとフィジカルな表現・体験の復活は加速する

各社のプレスカンファレンスでも、日常シーンにConnectedが前提になることでフィジカルな体験が加速する設計の商品が数多く紹介された。

まずは、Connectedになると「普段使うものの体験も楽しくなってしまう」パターン。LGの「MoodUP」は、扉そのものがLEDパネルとなった冷蔵庫。ThinQアプリのボタンを押すと上段(冷蔵庫)は22色、下(冷凍庫)は19色に変えられ、「季節、場所、癒し、ポップ」といったテーマも選べる。

Bluetoothスピーカーも内蔵し、Wi-Fiにも対応。音楽を流し、それに合わせて色を変えることも可能。筆者もブースで試してみた。 LEDパネルゆえのザラッとした手触りも冷蔵庫の扉としては新鮮だ。

台所にある大きな長方形でシルバーなどの落ち着いた色をした今までの冷蔵庫が「七三分け眼鏡の昭和のサラリーマン」だとしたら、この冷蔵庫はきっと「令和のパリピ」である。

プレスカンファレンスでも発表者自ら「踊って」紹介している。

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その他にも、靴箱にコレクションしたスニーカーをケアしながら飾れる 「LG Styler ShoeCase&Shoe Care」も、家に誰かを呼んでスニーカーを見せたいイマドキなニーズも加味されている。

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LG Unveils Styler ShoeCase and ShoeCare at IFA 2022, Delivering Total Shoe Care Solution」リリースより

2022年頭は気が引けていた、誰かと会い、家で集って飲食する等のフィジカルな体験の復活を、テクノロジーが楽しく後押ししている。

そして、Connectedだから「いままでできなかった体験が、自分のものになる」パターンも紹介したい。

Samsungが発表した「Relumino」は輪郭やコントラスト、明るさや彩度などを調整し、視力の弱い人や視覚に制限のある人を支援する新しい TV モード。2017年に社内ベンチャープログラムから生まれたGear VR用のアプリでもこの領域に取り組んでおり、蓄積したデータ知見が大きな画面で実を結んでいる。トレンド感ある華やかな発表が多い韓国企業だが、こうした愚直な積み上げの成果が日の目を見るのも他人事ながら嬉しい。

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ブースでは、視覚障害を持たない人が見るとどんな感じかも知ることができる。

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ゴッホのビビッドな絵が、色覚障害のある方にとっては繊細なグラデーションのタッチに見える話があるように、視覚障害のある方にも映像表現と体験のチャンスが大きく広がる良い技術だと感じている。

別の角度での「いままでできなかった体験の実現」でとびっきり素敵だったのは、ソニーの「STAR SPHERE」のプロジェクトだ。

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2022年に打ち上げた超小型人工衛星に、日にち・被写体・カメラワークなどを指定して撮影を予約できるようなサービスを準備している。

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宇宙飛行士ではない人たちにとって、人工衛星を操作することも、そこからコンテンツを生み出すことも、初めての体験になる。

場所やそこにまつわる映像には、思い出や行ってみたい憧れといった、アクションに通じる感情が伴っている。遠い空の上から、思い入れのある景色を宇宙の広大な背景と共に楽しむことも、その画像や映像をもとに、また誰かの行ってみたい憧れを生み出すこともできる、素敵なプロジェクトだ。

nice-to-haveのイノベーションは、次のmust-to-haveを作るのではないだろうか

今回、「楽しむ」にフォーカスし、各社の発表を紹介した。

行く前に、ちょっと気になっていた言説がある。それは、一部の経済学者による「イノベーションはもう"必需品"は生み出さず"不要なぜいたく品"を必需品だと思わせる悪者であり、現状維持と改善こそ重要だ」というやや過激な説だ。

ぜいたく品と必需品はきれいに分かれているのか、nice-to-haveは悪なのか、現状改善のイノベーションは不要なのか、構造的に見落とされてきた問題は着目されなくてよいのか、という視点をあえて抜かして、先鋭化させているように感じたからだ。

その視点も踏まえて、今回、現地参加で臨んでみた。確かに、CES2023企業に発表された多くの取り組みは「ちょっと先のライフスタイル」を描いており、今はnice-to-haveのものも多い。

けれども、社会課題や健康課題、人間らしく生きる楽しみにフォーカスした取り組みを見る限り、人類の発想は原始時代から大きく変わっていないのではないか?とも感じた。

コロナ禍の先にあるフィジカルな体験を見据えながらもConnectedの利便性を残した各社の積み重ねの先に私たちの生活は変化し、次のmust-to-haveが生まれるのではないだろうか。

私たちがこれから出会う「新たな当たり前」の種のイノベーションたちを、今後も応援したい。