生きた芸術としての盆栽–エリオル監督のドキュメンタリーへのアプローチ
富士フイルムGFX100 II中判動画で撮影された作品「生きし芸術-living art」。エリオル・ムアレム監督(以下:エリオル監督)と撮影監督(DOP)のジョン・ドニカは、撮影でGFX100 IIとPremistaシリーズのシネマレンズを使用した。前半に続き、後編では作品制作の裏側を紹介する。富士フイルムGFX100 IIシリーズでの撮影の可能性についてインタビューを行った。
エリオル監督のドキュメンタリーへのアプローチ
エリオル・ムアレムは、アルバニア出身で日本を拠点に活動する映画監督、写真家、ディレクターである。意外なことに、エリオル監督自身、映像とは関係ない仕事に従事していた。来日後も普通の仕事をしていたが、新型コロナの流行をきっかけに映像作家へと転身した。
エリオル監督は、この作品は、彼自身で計画したものではないと語った。眞利子大輔氏との出会いをきっかけに、多くの仲間とこの作品制作は始まった。もともとSNS動画として発案されたが、最終的にドキュメンタリースタイルで作品を制作した経緯について語った。
眞利子さんの人生と盆栽の背景のことを聞いた後、私は彼に、Let’s do a documentary(ドキュメンタリーで行こうよ!)と提案しました。
エリオル監督は、誰かと会話する時は、いつも想像力が働いていると付け加えた。眞利子氏の人生と盆栽の背景を聞いて、彼は本当に特別なものを作ろうと思った。彼はこの作品に最適なカメラは何かと探し、富士フイルムへGFX100 IIとPremistaシネマレンズを使ったプロジェクトを持ちかけた。
ドキュメンタリーとして映像作品を制作すること
一般的にドキュメンタリーは、実際にあった事象の記録を中心に虚構を加えずに構成されるものだ。そのためドキュメンタリーの創造性には限界がある。ストーリーに焦点を当てるべきで、過度な演出はNGだ。「生きし芸術-living art」の制作もそのようなアプローチをとった。
エリオル監督は、物語と構成について完成予想図が見えていたという。眞利子氏の家族内のつながりだった。父と子の関係と師匠と弟子の関係を物語の中心として描こうと決めていた。
エリオル監督はプリプロダクションの準備のため、様々な物語性のあるエモーショナル・アートに焦点を当てたドキュメンタリーを数多く視聴した。純粋な盆栽に関する他のドキュメンタリーとは異なり、より魅力的な音楽と、より多くの映像表現レイヤーを持ち、映画の中で感情を余すところなく伝えることを目指したと言う。
実際に、盆栽の撮影に関して一筋縄ではいかなかったと彼は言う。企画当初から撮影に至るまで、彼とスタッフたちはアングルやショットについて多くのアイデアを出し合い、7分程度の作品が完成した。
作品の中では、一貫して、魅せるためドリーショットが多用されている。そのショットはより深みがあり、ドラマチックなアングルで撮られ仕上がっている。静止したショットは眞利子氏と盆栽園のワイドショットのみで、他のインタビューシーンでさえもすべてドリーショットが採用された。この作品の印象的な特徴とも言える。
また、森のシーンでは、静的な盆栽と動的なコンテンポラリーダンサーの関係性を江上万絢がビジュアル面でより多くのアドバイスをしてくれた。当然彼女のダンスが森のシーンに動きを与えた。
ジョン・ドニカ撮影監督が中判動画に臨む
エリオル監督は、この業界でより多くの経験を持つジョン・ドニカ撮影監督に相談した。彼らはカメラや照明だけでなく、各ショットのフレーミングについてもアイデアを出し合った。
エリオル監督がジョンとタッグを組んだのは、ジョンが撮影のクリエイティブな側面に集中できる一方で、監督が撮影のビジョンをまとめることができたからだ。ふたりのコラボレーションは、ごく自然なことだった。
撮影監督としてのキャリアをスタートさせる前、ジョンは、中判120サイズのフィルムで撮影を経験していた。その後、撮影監督兼ビデオグラファーに転身した。
そして今回GFX100 IIを使用し、中判で映像撮影をすることになった。
ドキュメンタリーにも照明が非常に重要である。被写体に適切な照明を当て、適切な場所に配置することが重要であり、彼は長編映画の制作と同じように今回のドキュメンタリーにも取り組んだ。ジョンはドキュメンタリー制作へのアプローチについて語った。
写真家としての経験は、今回被写体をフレーミングし、構図や照明で試行錯誤する際にとても役立ちました
カメラのセットアップと使用機材
作品のために富士フイルムGFX100 IIとシネマレンズPremistaの組み合せでセットアップを行った。Premistaは、19-45mmと28-100mm T2.9レンズが使用された。
照明には、ARRI Daylight 1.2Kを3台と、300Cを含む盆栽の葉用の小型アクセントライトを用意した。また、ライトブリッジのミラーを使って光の方向をコントロールした。
盆栽園の庭のシーンではワイドショットが使われ、インタビューのシーンではいくつかの異なる画角が使われた。 ワイド撮影でもGFX100 IIが奥行き感を与える。
インタビューシーンでのワイドショットは、Premista19-45mmを19mmで絞り開放で使用した。タイトなショットは28-100mmを90mmで使用した。ボケとレンズを通して映し出される「いい自然さ」が残された。盆栽の自然さを表現するために、特別なレンズやビンテージレンズもまったく必要なかった。
シネマレンズPremistaは、シャープになりすぎず、美しい自然な画を作り出す。前編で出演者でもある眞利子、江上両氏も出来上がった映像はまるでリアルであると言及している。
なぜ中判のGFX100 IIを選択したのか?
GFX100 IIを作品に取り入れることを提案したのはエリオル監督だった。それをジョンは喜んで受け入れた。理由は、中判フォーマットでの動画撮影は過去に経験はなかったが、富士フイルムのカメラが持つ美しい緑色の再現力をすでに知っていたため、盆栽を撮影するのにGFX100 IIが最適だと確信していたからだ。
中判センサーの柔軟性と100万画素のセンサーにより、非常にクリーンな低照度での撮影が可能になる。特に光が変わりやすいシーンでの撮影では、GFX100 IIの中判センサーが大きな武器となった。
森のシーンでは、光をコントロールするのが最も難しく、ほとんど自然光に頼らざるを得なかった。しかし、中判センサーと富士フイルムのカラー技術は、自然の緑の美しさを最大限に引き出すのに役立った。
撮影監督ジョンにとって最も困難な撮影とは?
今回の撮影でジョンは初めてGFX100 IIを使用した。彼にとってこのカメラは挑戦だったが、それを乗り越えたかったと語る。
GFX100 IIは元々写真用に設計された中判カメラであり、シネマカメラのデザインではないため、撮影過程でその使い方に順応し、自分のスタイルにしていった。UIが馴染みやすかったこともあり、設定部分での問題はすぐに解決できた。
また、GFX100 IIではオーバーヒートの問題はなく、唯一苦労した事はケーブルマネジメントだった。幸い、HDMIポートは通常のタイプAコネクタを採用しており、データ損失は全くなく、ケーブル管理の手間を最小限に抑えることができた。
ジョンはこの挑戦の機会を与えてくれたことに感謝し、GFX100 IIの性能に感銘を受けたとも語った。やはりシネマカメラ型のボディが欲しいとも述べた。
富士フイルムGFX100 IIで撮影した記録と記憶
試写会(前編参照)では、監督は各シーンの瞬間を一つ一つ思い返していたという。撮影した3日間を振り返り、それぞれのシーンを追体験し、これこそがクリエイティビティの「美しい瞬間」だと感じていた。
彼はこのプロジェクトに関わった全てのスタッフへ賛辞を述べた。
撮影の3日間、不満も何もなく、全員が献身的に取り組んでくれた。運送に関してや気象状況でも困難があったにもかかわらず、誰もがこの作品を作ることに献身的で、愛情を注いでいた。
このドキュメンタリーは、もともとはSNS用の作品として企画が始まり、作品のプリプロダクションはあまり行っていない。しかし、撮影の日々の中で、必要不可欠なショットは、どんどん追加された。
主演の眞利子大輔、江上万絢両氏も、意見を出して制作サイドに大きく貢献した。制作中にエリオル監督の父親が他界するという悲劇に見舞われることもあったが、各方面からのサポートのおかげで、このプロジェクトを継続し、最後までやり遂げることができたという。
「生きし芸術」スタッフリスト
- 出演:盆栽アーティスト真利子 大輔
コンテンポラリーダンサー 江上 万絢 - 監督:Erjol Muarem
- 撮影監督:John Donica
- 照明:Ice Elloso
- 編集:Hsu Chen Han
- 演出:Joe Venning
- 楽曲:TETARE
- MA:uc_miyagawa , Lia Film
- アシスタント:David Alexander, Thierry Gibralta , Kosuke Tanaka
- 撮影助手:Kotaro Suzuki, Christopher Quyen, Kishan Cooper , Akira Yamashita, Lucas Coyte , Yulia Puica
- プロデューサー:植原 好史(Uehara Studios LLC)、植原アリサ(Uehara Studios LLC)
- 協力: 株式会社眞庄
- Sponsored by:富士フイルムイメージングシステムズ株式会社
制作スタッフ: