前から気になっていたHCA factory.を、ついに訪れることができた。
オープンからしばらく経っているが、長期の映画撮影が入っていたこともあり、なかなかタイミングが合わなかった。千葉・八街という立地も、正直なところ足が遠のいていた理由のひとつかもしれない。しかし実際に行ってみると、思いのほか近い。東京から向かえば成田の少し手前、酒々井プレミアム・アウトレットから徒歩10分という場所にある。
■HCA factory.
- 千葉県八街市八街は103-57
- https://www.hcafactory.tokyo/
屋内スタジオとしては日本最大級。巨大LEDディスプレイを備え、スタジオ全面でLEDと連動したカメラトラッキングを実現している。
なぜここが「スタジオ」ではなく「ファクトリー」と名乗るのか。実際に訪れ、代表の井村氏の話を聞いて、その意味を実感した。
HCA factory.誕生以前、国内最大級の屋内スタジオといえば東宝スタジオ8stの429坪だった。それを大きく上回る600坪の有効面積を誇るのがHCA factory.だ。幅27m×奥行き72mというスケールは、国際展示場のホールを思わせる。
「大は小を兼ねる」とはよく言うが、この広さはあらゆる用途において大きなアドバンテージになる。さらにIn-Camera VFX対応のLEDが備わっているため、ディスプレイの向こう側には無限の空間を広げることができる。
天井の梁には各所にウインチが設置され、さまざまなサイズのトラスが吊られている。主に照明用だが、LEDパネルを吊るすことも可能だ。トラスのサイズも自由に選択できる。
訪問時には2.5mmピッチのLEDが横15m×縦6mで設置されていたが、サイズや配置は案件ごとに自由に設計できるという。実際には、この約2.5倍のパネル数のLEDを所有しているという。
一般的なスタジオでは、天井や環境光用にはピッチが粗く高輝度のLEDを使用することが多い。しかしHCAではメインLEDと同じ2.5mmピッチのLEDを天井吊りにも使用する。カメラトラッキングにはRedSpyを採用。この広大なスタジオ全域をカバーするため、天井全面に赤外線マーカーが設置されているという。LEDと反対側からの超望遠撮影によるIn-Camera VFXにも対応可能だ。
とにかく、自由度が高い。
この広大な空間を活かし、用途に合わせてスタジオを組み上げていく。まさに"Factory"という名がふさわしい。井村氏自身が撮影監督であることも、この思想に大きく影響しているのだろう。
広告から映画まで数多く手がけてきた井村氏は、スタジオの制約ゆえに撮影方法を妥協せざるを得なかった経験を重ねてきた。その制約を取り払うための広さと設備。それがHCA factory.の根幹にある。
その思想は細部にも現れている。広い駐車場には車枠のラインが描かれていない。黒々としたアスファルトが広がるのみだ。クルマ撮影の際、編集で路面のラインを消す作業を幾度となく目にしてきた経験から、「最初からラインのない場所を作れないか」という発想に至ったという。
クリエイターならではの創意工夫が、随所に織り込まれている。一方で、その自由度を支える現場スタッフの苦労は計り知れない。
メディア送出はUnreal EngineのnDisplayと独自開発のメディアサーバーだ。LEDの設置位置が固定されている一般的なスタジオであれば、基本設定をベースに運用できる。しかしここまで自由度が高いと、案件ごとのオーダーメイド対応になる。
そのため、近年は長期案件が増えているという。昨年は劇場用映画2本がここで制作された。従来はロケパートとスタジオパートが明確に分かれていたが、バーチャルプロダクションの普及によってその境界は曖昧になりつつある。作品によっては、全体の8割をこのスタジオ内で撮影しているというから驚きだ。
奥行き70mの空間には、複数セットを同時に建てることも可能だ。さらに美術の準備スペースも同一空間内に確保できるのは撮影所のような感覚だ。
そして現在、HCAは新たなメディアサーバー導入も検討している。ここでも独自路線を貫き、国内で普及しているDisguiseやS-MODEではなく、「hecoos」の採用を検討中だという。日本ではまだ馴染みが薄いが、北京オリンピック開会式など大規模プロジェクトでの実績を持つシステムだ。hecoosの導入により、マルチカメラ対応も視野に入れている。
まさにクリエイターの思想を具現化した工房のようなスタジオである。その一方で、ホスピタリティは後回しになりがちだったというが、昨年ついに大型空調設備を導入。これだけの空間を空調管理する電力は相当なものだろう。隣接棟2階には洗練された広い控室も複数室用意されている。
一般的なスタジオを"セミオーダーの箱"とするなら、HCA factory.は"フルオーダーの箱"だ。
腰を据え、まだ誰も見たことのない映像を生み出す場所として、ここはこれからも進化を続けていくのだろう。
株式会社HCA 代表取締役社長の井村宣昭氏にインタビュー
撮影監督でありながらVP黎明期から深くかかわり、テクニカルスーパーバイザーでもある井村氏に、「600坪の巨大空間」。なぜこれほどまでのスケールが必要だったのか、スタジオの成り立ちから、撮影現場とバーチャルプロダクション(VP)の橋渡し役としての想い、そして導入予定の最新技術まで、話を聞いてみた。
――海外のスタジオ事情を知るスタッフから見ると、日本のスタジオは「狭い」と言われがちですよね。アメリカや中国のスタッフが日本に来ると東宝の7stのような大きなところでも小さいと言われています。
井村氏:
700坪、800坪が平気であるのが世界では当たり前ですからね。私自身、カメラマンとして苦労してきた部分があって、クレーンを入れてセットを組むと、どうしても「引き尻」が全然足りないんです。日本人は器用だからそれで何とか「やっちゃう」ところがあるんですけど、とはいえ物理的にできないことも多々あるなと思っています。
そこで、200坪以上で都内から1時間圏内という条件で2年ほど探し、たまたま紹介していただいたのが、この元馬術競技のトレーニングセンターでした。ここはもともと馬を教育する場所だったんです。ただ、そのままではスタジオとして使えないので、一周全部躯体を強化して、その上に配線やウインチの吊り点を配置したり、全周が黒になるようにカーテンを設置したりと改造が必要でした。一周が230メートルぐらいあるので、何か一つやろうとすると、すぐコストがポンポン嵩んでいくんですけど(笑)。
足元も、もともとは馬術用の土だったところにコンクリートは打ってあったんですが、そのままだとスタジオとして使うとすぐダメになってしまうので、こちらでコーティングと塗装を施しました。
――控室がある隣接している棟も増築というわけじゃなくて、もともとあった建物を活かしているんですね。
井村氏:
もともとは一階に馬がいて、二階が当直室という状態だったので、馬が顔を出せるように開いていた穴をすべて埋め、二階を一度スケルトンにして控室を作りました。一階のストックルームも清掃して作ったという感じです。
廊下を広く設計したのも、タレントさんはもちろん、同行される方や一緒にお仕事される方のスペースが絶対に必要だと思ったからです。例えば衣装チェックの時は、代理店さんも一緒に行ってズラッと並ばれるので、そのためのスペースが必要だったり、エントランスや廊下でちょっと座って仕事ができたり。タレントさんの面積だけを広げるのではなく、エキストラさんなど出演者が多い場合のメイクや待機場所も必要だよね、ということで、あえて廊下を広く設計しました。
――そういうことは、今ここで設置しているLED以外に、拡張しようと思えば可能なんですね。
井村氏:
今、スタジオに設置してあるLEDの2.5倍程度はあります。我々のもともとのスタンスとして、「クリエイターが設計するバーチャルプロダクションスタジオ」という、クリエイターの自由度を一番に考えているからです。とにかく「自由にやりたい」と言ったんです。毎回企画に応じて、LEDの大きさも高さもラウンドも、定常光もライト用LEDも自由に設計したいという「わがまま」ですね。
LEDを常設にして制限がかかるのは、やはりクリエイターとしてはきつい。インカメラVFXのときは、見え方や抜けも変わってきますし、「このカメラ位置だと少し足りないじゃん」とか「もうちょっとこっち側を作らなきゃいけない」といったことがどうしても発生してしまいます。それでも、今のところはスタッフが対応してくれて、やれています。
もちろん毎回組み換え費用が発生して、その分の負担はあるんですけども、やれる自由度としては上がっていく。いわば「ワンオフのファクトリー」のような形で、自由に設計できるようにしたかったんです。
――屋外のスペースを見ると、あちらは車の走行シーンまで撮れるぐらいのアスファルトが広がっていますね。
井村氏:
あそこが700坪ぐらいスペースがあって、オープンセットでもいいですし、車も撮れるようにあえて駐車の白線も引いていないんです。よく幕張の駐車場とかで撮影をやるじゃないですか。あそこで一番大変なのが、結局ポスプロで全部白線を消さなきゃいけないことなんですよ。車にも映り込みますし。それがすごい嫌だったので、「白線どう引きましょう?」と聞かれた時に、「引きません!」と答えました。
スタジオ内にもこれだけの広さがあるので、「全員トラックで入ってください」と言えます。トラックで入って、そこに全部停めて、各所を準備してそのまま建て込んでください、ということも可能です。映画の時などは、半分を美術の塗装スペースにして、もう半分を建て込みに使うようなこともありました。こちらから提案するというより、みなさんに発想していただいて、いろいろな使い方をしていただけると我々も面白いなと思いますね。
アナログとデジタルの「共通言語」を作る
――バーチャルプロダクション(VP)の現場では、今までポスプロから参加していたVFXチームが撮影現場に参加するようになる。そういった時に従来の照明・美術・撮影などのチームと、VFXチームとのコミュニケーションが難しく感じることが多々あります。
井村氏:
皆、現場のクリエイターとVFX側のスタッフでは、どうしても「話している文法が違う」という部分があります。我々は現場の感覚が分かるので、照明部がこの時こうしようとしているんだな、というのが理解できますが、VFXの視点だけだと、そこを汲み取ることがなかなか難しい。
――具体的には、どのような調整が必要になるのでしょうか。
井村氏:
例えば事前に照明プランニングを見た時に、「これはHMIがキーライトだけど、抑え側はこっちのLEDウォールを光源にした方がいいんじゃないか」といった判断ですね。そういった事はVFX側の発想だけだと出てこない。そこで自分がやっているのは、結局「橋渡し役」なんです。何を作りたいかに対して、「こうしたらこっちでいけますよ」「背景の色や明るさ、コントラストも含めてこうした方がいけますよ」と現場の言葉で伝えていく。
色の指定や光量、光源の範囲などを数値化して図面に落とし込んでいく作業ですが、これは我々がフィルム時代に毎日やっていたことですよね。特にプリプロの段階で、そうした実写とVFXの橋渡しをしっかりやることが、今は一番肝かなと思っています。
70mトラッキングと新サーバー「Hecoos」の導入
――技術面についても伺います。カメラトラッキングシステムには何を採用していますか?
井村氏:
「RedSpy」です。うちの特徴としては、70メートルトラッキングできることですね。なので、例えば50メートル離れた場所から長玉(望遠レンズ)でインカメラを狙う、といったことも可能です。そういうのが、うちの特徴かなと思いますね。天井も含めてどこでもLEDを置けますし、11メートルくらいの幅なら吊り下げることもできます。
――メディアサーバーはオリジナルで組んでいると聞きますが。
井村氏:
今まではメディアサーバーもオリジナルで組んでいたのですが、近々、日本初導入の「hecoos」という中国のメーカーのメディアサーバーに変える予定です。北京冬季オリンピックのスタジアムで、床が全部LEDになっていてそこでインカメラをやる、という時に使われていたシステムですね。レンダリングをどんどん増やしていける柔軟性があるので、うちみたいにLEDを組み替えるときにメディアサーバー自体も組み替えていける自由度があります。
同期ズレを波形で見ながら調整できたり、実写で立っている人の影を自動で計算して付けたり、といったこともやり始めています。あとは、マルチカメラ用に「ゴーストフレーム」のようなこともできるようになるはずです。
先日のInterBEEではフレーム毎に背景とグリーンとを交互に出すことによって、MIXされた映像とマスクが同時に撮影できるという展示をしてきました。
1台のカメラで60フレーム/秒の中で、「グリーン、実写、グリーン、実写…」というふうに交互に出して、マスクを取れるようにしています。
――確かにグリーンバック素材が同時に撮れれば、人物のマスク処理や合成の自由度が格段に上がりますね。
井村氏:
そうなんですよ。今まで一番問題になっていたのが、LEDの中(背景)はCGだから、後でいくらでも足せるんだけど、「被写体と背景の間にCG足したいんだよ」という時なんです。そうなった時に「人物のマスクはどうするんだよ」っていうのが、結構ネックです。特に映画やドラマなどでそういった希望が多かったんです。
今のメディアサーバーでは全然できないので、新しいシステムでちょうど今、実験して開発しているところです。これが使えれば「もっといろんなことができるのに」とおっしゃる方も多いので、そこを実現していきたいですね。
スタジオではなく「実験場」であり続ける
――これだけ自由度が高いと、実際にスタジオを見ないとどういう使い方をしたらいいのか分からないところもありますよね。
井村氏:
そうですね。だからうちのスタジオ、面白いのはよく「ロケハン」に来られることなんです。ロケ地じゃないんですけど、一度も使ったことのないお客様に「ちょっと見ていただけますか」と言って、特徴や仕様を見ていただく。そうすると逆に、「こういうふうに使えるね」とか「こう使ったら面白いよね」ということを、皆さんの方から発想していただくんです。そういうのを面白がってもらえるのが、一番「作ってよかったな」と思うところですね。
――作り手には面白いですよね。これまでは、どういう案件が多かったんですか?
井村氏:
これまでは広告やミュージックビデオが一番多かったです。ただ昨年、映画で6カ月ほど使っていただいたことで、比率が変わってきました。映画はやはり長期間になりますから。もともと用途を限定しないところを目指していたので、広告や映画だけでなく、テレビ業界の方も含めて違う業界の方に使っていただいて、制作のスタイルが融合できているような気持ちになるんです。今まで「これはスタジオじゃなくてホールでやるものだよね」とされていたことが、自由に設計してやれる。そういう部分は、ちょっと叶えられたかなと思っています。場所があるので皆さんに自由に発想していただけると、我々もすごく面白いなと思っています。
プロフィール:小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。