PRONEWS SUMMIT 2025では、Adobe Premiere Proに新しく搭載されたカラーマネジメントシステムを、撮影現場・ポストプロダクション・機能活用という様々な視点から紹介するセミナーが行われた。登壇したのは、映像プロデューサー/ジャーナリストの石川幸宏氏、マリモレコーズの江夏由洋氏、そしてアドビ株式会社の田中玲子氏。3人の知見を通して、Log撮影の意義からカラーマネジメントシステムの実装背景まで、現場に直結する情報が語られた。

セミナー概要

日時:2025年9月3日(水)15:30〜16:10

セミナータイトル:カラーマネジメントはPremiere Proに何をもたらすか?

登壇者:

  • 株式会社マリモレコーズ デジタルシネマクリエーター 江夏 由洋
  • 映像プロデューサー/ジャーナリスト 石川 幸宏
  • アドビ 田中 玲子

石川幸宏氏:デジタルシネマとLog撮影の始まり

テレビとシネマの違い

石川氏は、テレビとシネマの制作思想の違いについても言及した。テレビは「撮ったものをそのまま放送する」スタイルが基本であり、カメラの段階で色や明るさを完成形に近づけて収録することを重視してきた。放送規格であるRec.709に合わせ、収録した映像をできるだけ編集なしで使えるように設計されている。

一方で映画制作は、カラーコレクションやカラーグレーディングといった後処理を前提としている。Log収録のように一見眠くフラットに見える映像をあえて残し、ポストプロダクションで質感や色味を作り込む。これは「映像を記録する」ことが目的のテレビに対し、「映像を演出する」ことが目的のシネマならではの考え方である。

石川氏はこの違いを示した上で、現在の映像制作ではテレビ的な即時性と映画的な後処理の柔軟性が交わり、配信やWeb動画といった新しいフォーマットにも広がっているとまとめた。

デジタルシネマカメラの登場

2008年のEOS 5D Mark IIは、一眼レフで映画的な映像を撮影できるカメラとして業界に衝撃を与えた。続く2011年のCinema EOS C300に搭載された「Canon Log」は、ポストでの調整を前提とした画期的な機能だったという。

Log撮影の意義

従来のRec.709は実質的に約8〜10ストップ程度のダイナミックレンジしか扱えなかったが、Log撮影は13〜14階調を記録でき、フィルムに近い表現が可能になった。これにより白飛びや黒つぶれを防ぎ、映像表現の自由度が大きく広がったと石川氏は語った。

江夏由洋氏:Log撮影と「シネマ画質」の要点

シネマ画質の捉え方

江夏氏は、シネマ画質を構成する要素を大きく二つに整理した。ひとつはポストプロダクションを前提とした色やトーンへのこだわり、もうひとつはセンサーサイズの大きさによる表現力である。

撮影方式:Rec.709とLog

ソニーのCinema Lineシリーズを例に、江夏氏は2つの撮影方式を説明した。ソニーのカメラはハイエンドからエントリーモデルまで共通のカラーサイエンスを採用しており、モデルをまたいだ色合わせがしやすいのが特徴である。

  • Rec.709撮影: ピクチャープロファイル「S-Cinetone」を選択し、Rec.709を前提に現場で完成形に近いルックを作る。赤みの少ないスキントーンと落ち着いたトーンが得られ、撮影後は最小限の整色や露出調整でまとめやすい。
  • Log撮影: 「S-Gamut3.Cine/S-Log3」で収録し、LUT「s709」を充ててよりシネマライクな画を作る。ハイライトのロールオフと、赤みの少ないスキントーン、そしてシャドウのディテール表現が活かされた素材が記録され、広いダイナミックレンジと色域を保持するため、ポストプロダクションで意図したルックへ作り込める。

Log撮影の利点とベースISO

カメラごとに設定されているベースISOを守ることで性能を最大限に引き出せることにも触れた。例としてFX30のデュアルベースISO(ISO800とISO2500)が紹介され、明るい場所や室内・夜などそれぞれで最適な撮影を可能にしているという。

LUTの役割

LUT(Look Up Table)は、広く収録した色域やダイナミックレンジをRec.709の表示環境に収めるための変換テーブルである。公式に提供されるLUTを活用することで、Rec.709の変換が効率的に行え、美しいスキントーンやハイライト・シャドウの階調を残した安定した映像制作が可能になるとまとめられた。

LUTとは、広い色域・ダイナミックレンジで収録したLog素材を、Rec.709のような最終表示環境に収めるための「変換テーブル」と江夏氏は述べた

江夏氏は、写真にフィルターをかけるように、Log素材にLUTを適用して自分の世界観を表現する楽しさに触れ、「今までに見たことのない色を作れるのがLog撮影の魅力」だと強調した。

Premiere Proにカラーマネジメントシステムが加わったことで、初心者でも気軽にLogに挑戦できる環境が整った今、「まずやってみることが大事」と背中を押した。

田中玲子氏:Premiere Proのカラーマネジメントシステムの活用方法

ACEScctという「大きな箱」

Premiere Proのカラーマネジメントシステムは「異なるLog素材を一度同じ大きな箱に入れて揃える」という発想で設計されていると紹介された。基盤となる作業色域にはACEScctが採用されており、異なるカメラやフォーマットを統合的に扱える点が強調された。

Premiere Proにおけるカラーマネジメントの流れ
Premiere Proにおけるカラーマネジメントの流れ。入力カラースペース → 作業カラースペース(ACEScct) → 出力カラースペースへと統合的に変換する仕組み
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出力用カラースペースと用途
出力用カラースペースと用途の対応。ACEScct/HDRを基盤にすることで、SDRからHDR、放送から配信・Blu-rayまで幅広いフォーマットに展開できる
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自動検出と広色域トーンマップ

「自動検出されたログとRawメディアのカラー管理」をオンにすることで、iPhoneやシネマカメラなどを自動認識して適切に変換できると説明された。

自動検出機能の説明スライド
赤枠内の「自動検出されたログとRawメディアのカラー管理」をオンにすることで、異なるカメラの素材を自動的に正しい色空間へ変換できる
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さらに「広色域(トーンマップ済み)」を選択することで、Rec.709出力のワークフローでもハイライトがクリップされず、自然な階調を残したままグレーディングできる仕組みが示された。

トーンマップ比較スライド
「ダイレクト Rec.709」と「広色域(トーンマップ済み)」の比較。後者では金属などのハイライトがクリップされていない
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ソースモニター適用と運用の柔軟性

カラーマネジメントシステムの設定はプロジェクト全体に適用され、ソースモニター段階から正しい色で素材を確認できることも紹介された。プロキシや変換済み素材でメタデータが欠落している場合でも、手動でメディアカラースペースを指定できるため、編集の柔軟性が確保されると述べられた。

カラーワークスペース上書きスライド
赤枠内の「カラースペースを上書き」で、メタデータが欠落した素材も手動で正しい色空間を指定できる
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まとめ

石川氏が歴史的背景を整理し、江夏氏が現場目線でLog撮影の意義を語り、田中氏がPremiere Proのカラーマネジメントシステムの仕組みを解説した本セッション。特に異なるカメラが混在する現場では、カラーマネジメントシステムによってすべての素材を「同じ箱」に収めて色を揃えられることが大きな利点として示された。撮影から編集、そして最終出力にいたるまで、カラーマネジメントは作品の一貫したルックを支える基盤となる。

また、8月27日に配信されたウェビナーのアーカイブが公開されている。本セミナーの内容をさらに詳しく解説しており、LogやRawの基礎からPremiere Proのカラーマネジメントシステムを活用した実践的なワークフローまで紹介している。