「展示」から「実装」へ。未来の種を探す旅
Part 1ではAVとITの融合(Hall 1-3)、Part 2では放送とエンタメの物理的熱量(Hall 4-7)をレポートした。最終回となるPart 3では、少し視点を変えてHall 8.0と、会場内(Congress Square等)で展開される「イノベーション・エコシステム」について触れたい。
巨大なLEDウォールやスピーカーが「現在の完成形」を見せるものだとすれば、このエリアにあるのは「未来の可能性」だ。カタルーニャ州政府が主導するクリエイティブ支援、そしてPlug and Playなどが回すスタートアップのエコシステム。これらは単なる「おまけの展示」ではない。こここそが、ISEがアムステルダムからバルセロナへ移転し、世界最大規模へと成長した最大の理由――「土壌」の豊かさを証明する場所なのだ。
Hall 8.0:世界最高峰のステージングと、有象無象の熱気
Hall 8.0は、一言で言えば「カオス」だ。しかし、それは決してネガティブな意味ではない。ここには業界のトップランナーと、無数のチャレンジャーが同居している。
TAITが君臨する「ライブ・ステージング」の頂点
まず目を引くのが、ライブエンターテインメントの舞台機構における世界的巨人、TAITの存在だ。彼らが展示しているのは、単なるトラスやモーターではない。世界的なスタジアムツアーやメガイベントを成立させるための「統合されたステージング・ソリューション」だ。
複雑に動くキネティック・アーキテクチャ(動く建築)や、それを制御するナビゲーターシステム。Hall 7のライティングが「演出」なら、TAITがここ(Hall 8)で見せているのは、ショーの根幹を成す「骨格」と「動き」のエンジニアリングだ。その圧倒的なエンジニアリング・リングは、このホールの重心となっている。
中華系メーカーの海
そして、TAITのような巨人の足元には、広大な「海」が広がっている。中国・深センや東莞あたりから来たと思われる、無数のオーディオ・照明機器メーカーのブースだ。ブランド名も読めないような小さなコマが延々と続き、見たことのあるようなムービングライトや、無骨なスピーカーが所狭しと並べられている。
一見すると玉石混交の「有象無象」に見えるかもしれない。しかし、このカオスの中にこそ、思いがけない発見がある。この独特な空気感については、PRONEWS地味CESレポートでもお馴染みのBASSDRUMの清水幹太氏が以前、非常に興味深い視点でレポートしていた。
清水氏が指摘するように、このエリアを「安かろう悪かろう」と切り捨てるのは早計だ。この有象無象のメーカー群こそが、世界のサプライチェーンの底力を支えている。
時にそこから突然変異のような面白いガジェットや、驚くほどコストパフォーマンスの高い部材が見つかることがある。「砂金探し」のような感覚でこのホールを歩くのも、ISEのディープな楽しみ方の一つと言えるだろう。
カタルーニャ政府パビリオン:行政が「クリエイティブ」を加速させる
カオスなHall 8を抜け、イノベーションエリアへ向かうと、空気が一変する。そこには、Generalitat de Catalunya(カタルーニャ州政府)やACCIÓ(カタルーニャ貿易投資庁)が展開する洗練されたパビリオンがある。
「場所貸し」ではない、プレイヤーとしての行政
日本の展示会で見かける「自治体ブース」とは、熱量が明らかに違う。彼らは単に観光誘致をしているのではない。バルセロナを「世界最高のAV/Techハブ」にするために、地元のクリエイティブスタジオやテック企業を厳選し、世界中のバイヤーに売り込んでいるのだ。
展示されているのは、ガウディの建築をモチーフにしたXR体験や、地元の美術館と連携したプロジェクションマッピング技術など、「Art & Tech」の融合事例だ。
バルセロナという街が持つ芸術的な文脈(コンテキスト)を、最新のテクノロジーでどう拡張するか。行政が「クリエイティブ・ディレクター」のような顔をして、本気で産業を作ろうとしている姿がそこにある。
Spark & Plug and Play:スタートアップを「客寄せパンダ」にしない仕組み
そしてもう一つの目玉が、スタートアップ支援エリア「Discovery Zone」や、イノベーションプラットフォーム「Spark」、シリコンバレー発のアクセラレーター「Plug and Play」の取り組みだ。
本気のマッチング・エコシステム
ここでは「ISE Open Innovation Challenge」というプログラムが展開されている。これが非常に実践的だ。展示会場の片隅でピッチ(プレゼン)をして終わり、ではない。事前にPanasonicやSamsung、あるいはバルセロナ市といった「コーポレートパートナー(大企業・自治体)」が具体的な課題(「スタジアムでの新しい視聴体験」や「サステナブルな運用」など)を提示。それに対して世界中のスタートアップがソリューションを提案し、ISEの会期中にマッチングを行う。
Plug and Playの役割
ここでPlug and Playが果たしている役割が大きい。彼らは単なる仲介屋ではなく、スタートアップの技術が実用レベルにあるか、大企業のニーズに合致するかを厳しくキュレーションしている。だからこそ、ここでの出会いは「名刺交換」ではなく、「PoC(実証実験)」や「資本提携」への入り口になる。この「決めるための場」のスピード感と熱量は、日本の展示会ではなかなか味わえないものだ。日本のスタートアップや新規事業担当者にもどんどんチャレンジしていって欲しいと心から思う。
ISE 2026総括――ハード、ソフト、そして「エコシステム」
3回にわたってISE 2026をレポートしてきた。
- Part 1: Hall 1-3を中心とした、業界構造の変化とAV/ITの融合
- Part 2: Hall 4-7に見る、放送・ライブエンタメのフィジカルな熱量
- Part 3: Hall 8とイノベーションエリアに見る、カオスと未来への投資(本記事)
バルセロナの会場を歩き回って確信したのは、この展示会が単なる「新製品発表会」の枠を完全に超えているということだ。製品(モノ)を見に来る場所から、課題解決のパートナー(ヒト)を見つけ、未来のビジネス(コト)を共創する場所へ。大手メーカーの成熟したパワー、変化に柔軟に対応して新しいソリューションを展開する多くの人達、Hall 8を埋め尽くす有象無象のハードウェアの種、そして行政やアクセラレーターが回すエコシステム。これら全てが渾然一体となって、ISEという巨大なエンジンを動かしている。
「圧倒的な情報量」と「カオス」。その中には、確実に次の時代の輪郭が描かれている。2026年のISEは、私たちが関わるこの業界が、テクノロジーとクリエイティビティ、そしてビジネスが交差する最もエキサイティングな領域であることを、改めて証明してくれた。