その「画」の外側まで残そうとする展示とは?
撮影が終わったとき、私たちは何を持ち帰るのだろう。これまでは、その答えは基本的に「映像」だった。カメラやレンズ、照明、美術に手をかけるのも、最終的にはより良い画を残すためである。撮影された映像は編集され、作品となり、素材とともにアーカイブされる。一方で、その映像が生まれたスタジオや美術セット、ロケーションそのものは、撮影が終われば役割を終えることが多かった。
ところがIBC2026では、その「画」の外側まで残そうとする展示が目についた。現実のセットやロケーションを3Dデータとして取得し、カメラの位置やレンズ情報を記録し、取得した空間をVirtual Productionで再び撮影可能な場所として呼び戻す。残す対象が、映像だけでなくその映像を生んだ空間へ広がり始めている。ここに、映像制作における「新しい資産」の考え方が見えてくる。
「画を持ち帰る」から「場所を持ち帰る」へ
ソニーブースでは、Cinematic Live向けのCinema LineやHDCカメラシステムが展示されていた。その近くには、VENICE 2を65mmフォーマットへ拡張する開発中のイメージセンサーブロック「RIALTO 65」もあった。両者は別展示だが、いずれも「どんな画を残すか」という映像表現側の拡張として見ることができる。
一方、別エリアのSpatial Content Productionでは、現実空間を3DCGアセットへ変換するXYN Spatial Captureや、カメラトラッキングシステムOCELLUSを使ったデモが行われていた。こちらが問いかけていたのは、画そのものとは少し違う。大きな費用と時間をかけて作った美術セットや、苦労して探したロケーションは、撮影が終われば消えてしまうだけでいいのだろうか。
XYN Spatial Captureは、現実空間を撮影して高品質な3DCGアセットへ変換する制作環境で、IBC2026では生成した3DシーンをフォトリアルなVirtual Production背景へ展開する流れまで示された。従来のロケーション撮影が場所へ行き、画を撮り、映像を持ち帰る仕事だったとすれば、空間キャプチャーには場所そのものを持ち帰るという選択肢が加わる。
本稿では、撮影後にも再利用できる形で保持された空間データと、それに付随する座標、カメラ、レンズ、権利などの制作情報を、仮に「空間資産」と呼ぶ。これは業界で確立した用語ではない。IBC2026の複数の展示を、制作側から横断して見たときに浮かぶ概念としての呼び方である。
今回取材したソニーブースでは、XYNによる実空間の3Dアセット化と、別のデモではOCELLUSによる実カメラと仮想空間の連動が示されていた。
重要なのは3Dモデルを作って保存することではない。保存した場所を、後からもう一度撮影できる場所に戻せることだ。静止画として空間を記録するのではなく、別の日にカメラを置き、演出を加え、もう一度制作に参加させられる状態で残すことに意味がある。
例えばドラマのリビングセットを空間として取得しておけば、解体後の追加撮影、VFX、番宣、続編の美術設計などに利用できる可能性がある。テレビ局がスタジオのデジタルツインを持てば、実スタジオを占有する前に「大型LEDを置けるか」「クレーンはどこまで振れるか」「新セットを入れたとき追加したカメラの画角は成立するか」といった検討もできる。制作会社なら、ロケハン、美術設計、カメラ位置、機材配置を遠隔で事前検討し、現場へ入る人数や時間を減らせる可能性もある。
空間資産を持つとは、単に3Dファイルを保存することではない。次の制作で、その場所をもう一度使える状態にしておくことなのである。
保存できるだけでは資産にならない
Zero DensityはReality 5でUnreal Engine、Chaos Vantage、NVIDIA Gaussian Splattingを扱い、現実環境をスキャンしてフォトリアルな3Dアセットへ変換し、グリーンバックやXRステージでリアルタイム利用する流れを示した。
ソニーとZero Densityは同じシステムではない。しかし会場を横断して見ると、「空間を取得する」と「取得した空間を制作へ戻す」という二つの方向が同時に進んでいることが分かる。データ化しただけなら保存物にすぎない。出演者、カメラ、照明、リアルタイムレンダリングと再び結び付いて初めて、制作資産として使える。
そのためにはカメラトラッキングも重要になる。Mo-SysのStarTrackerやソニーのOCELLUSが示すように、実カメラの位置・姿勢、レンズ情報とデジタル空間の視点を同期しなければ、再び撮れる空間にはならない。
さらに長期的な資産にするなら、こうした情報を別の制作環境へ持ち出せることも重要になる。OpenTrackIOは、SMPTEのRIS OSVPグループが開発するオープンなストリーミングプロトコルで、カメラトラッキングやレンズ情報などの相互運用性を高めることを狙う。何年か後に機材やレンダーエンジンが変わっても利用できることを考えれば、空間資産は保存できるだけでなく、撮影情報とともに持ち運べなければならない。
もちろん、ソニー、Zero Density、Mo-Sysが一つの共通ワークフローを展示していたわけではない。ここでは、それぞれ独立した展示を「空間をどう残し、どう次の制作へ戻すか」という視点で見ている。
前稿「映像はいつ完成するのか――IBC2026で変わる制作の時間軸」では、素材やオブジェクトを再構成可能な状態で残すことで、一つのコンテンツが用途ごとに何度も「完成」する姿を見た。空間軸で起きていることもよく似ている。完成した画だけではなく、「もう一度画を作れる状態」を残すのである。
リアルが先とは限らない
空間資産は、必ず現実のセットをスキャンするところから始まるわけではない。最初にバーチャル空間で美術を設計し、監督、撮影監督、美術、技術スタッフがカメラ位置や出演者の動線を確認したうえで、カメラに近い壁や家具だけを実物として施工し、窓の外や奥行きをLEDやCGに任せる方法もある。
必要な造作物をCNC加工や3Dプリントなどのデジタルファブリケーションへ渡し、撮影用に完成したリアルセットを再び取得してデジタル側を更新することもできる。リアル→バーチャルだけではない。バーチャル→リアル→再デジタル化という循環もあり得る。
そう考えると、美術の仕事も「完成した実セットを作る」だけでなく、リアルにもバーチャルにも展開できる空間の原型を設計し、その状態を管理する仕事へ広がる可能性がある。
空間を画面に出さなくても価値がある―VooPla
IBC Acceleratorの「VooPla: The Decision Twin」は、この議論を背景素材から制作判断へ広げる。EBU、ITV、IET、Digital CatapultをChampionsとして、フォトグラメトリ、LiDAR、Gaussian Splatting、リアルタイムシミュレーション、IoTなどを組み合わせ、放送・Virtual Productionスタジオのproduction-accurateなデジタルツインを作る。
狙いは、スタジオ能力、技術的実現性、制作リスク、サステナビリティーなどを、予算やスケジュールが固まる前に検討することだ。遠隔・分散コラボレーションを前提に、物理的なロケハンへの依存を減らすことも目指している。
ここでは「見た目がリアルな3D」と「制作判断に使えるデジタルツイン」を分けて考える必要がある。後者には、例えば寸法や設備条件など、用途に必要な再現性と情報が求められる。VooPlaが面白いのは、空間データを見るものから判断するための情報へ広げようとしている点だ。
つまり空間資産は、再撮影の背景だけではない。ロケハン、設計、機材計画、予算判断を支える情報資産にもなり得る。
データ化した空間を、再びカメラ前へ
空間データを再び撮影に使うとき、最後に必要になるのが物理的な撮影環境である。ROE VisualはIBC2026でバーチャルプロダクションやXRへ統合するLEDを展示し、AOTOもバーチャルプロダクションを中心に表示、カメラ、制御を組み合わせた制作環境を展開した。
これらではLEDは単なる表示装置ではない。データ化された空間を、実際の光と背景としてカメラ前に立ち上げる装置になる。空間を保存する技術と、保存した空間を再び撮影環境へ戻す技術は、ここでつながる。
ここまで挙げた各社の展示は、それぞれ独立した技術や製品であり、一つの統合システムとして示されたものではない。ただ、空間の取得、トラッキング、リアルタイム制作、表示までを会場全体で見渡すと、一つの制作循環として捉えることができる。
「映像を探す」から「場所を探す」へ
さらに先を考えると、テレビ局やプロダクションが空間資産を蓄積し、MAMで過去映像を検索するのと同じように、場所そのものを検索する発想も出てくる。
「150m2以上」「大型LED設置可能」「クレーン使用可能」「昭和の住宅」「海が見えるテラス」といった条件で探し、寸法、設備、撮影時期、カメラ情報、権利条件まで紐付ける。まだ一般化した仕組みではないが、映像を探すアーカイブに加えて、場所を探すアーカイブが生まれる可能性がある。
一方、空間は固定されない。スタジオ設備は更新され、美術セットは改修され、ロケーションも季節や再開発で変化する。保存されるのは抽象的な場所ではなく、ある時点の場所であり、取得時期や更新履歴を含むバージョン管理が必要になる。2026年のスタジオAと、設備更新後の2028年のスタジオAは、同じ名前でも別の状態だ。空間にもバージョンがあるのである。
美術セットは「作って、撮って、壊す」ものなのか
これまで美術セットの価値は撮影期間に集中し、撮影後は解体されることが多かった。しかし空間を再利用可能な形で取得できるなら、「作る→撮る→壊す」に「残す→更新する→再利用する」が加わる。
連続ドラマなら、追加撮影にVPやVFXで使う、セット再建時のリファレンスにする、続編で前作との整合性を確認する、番宣やインタビューで同じ世界観を再現するといった用途が考えられる。
セット制作費のすべてが資産投資になるわけではないが、一回の撮影で消費されるコストと、将来も使える空間データを残すコストを分けて考える余地は生まれる。
もちろん、技術的に残せることと自由に再利用できることは別問題だ。美術デザインやロケーションの権利、商標、保存期間、セキュリティー、作品固有の空間を別作品へ転用してよいのかというクリエイティブ上の判断もある。
重要なのは、これまで撮影終了とともに失われることが多かった空間について、「残すかどうか」を制作側が選べるようになり始めたことだ。
映像制作とは、何を残す仕事なのか
Cinematic Liveをはじめとするシネマ的なライブ制作が、残す映像の質を拡張しているとすれば、空間キャプチャーやデジタルツイン、カメラトラッキング、バーチャルプロダクションは、映像とともに何を残すのかを拡張している。撮影後に残るものが、完パケや素材だけでなく、その画を生んだ空間そのものへ広がり始めている。
従来の制作資産は完パケ、撮影素材、音声、CG、写真、メタデータが中心だった。そこへ美術セット、ロケーション、スタジオという空間そのものが加わる可能性がある。
映像制作で「資産」と呼ぶものが、完パケや素材だけでなく、美術セットやロケーションという空間そのものへ広がるのではないか。
時間軸の視点では「映像はいつ完成するのか」が一つの時刻では答えにくくなったように、空間軸では「完成したときに何が残るのか」も一本の映像だけでは答えにくくなる。
撮影とは何を残す仕事なのか。その答えに「空間」が加わり始めている。