2010年に入った映像業界は、どこを切っても”3D”という言葉が飛び出してくる。”3D”を代名詞とした映画『アバター』の興行的成功、『アリス・イン・ワンダーランド』の全米での高い評価。またこれを受けて相次ぐ主要メーカーからの3D対応TVの発表など、このところ3Dの話題には事欠かない。しかし、3Dに関するデモンストレーションを見ると、コンテンツは何となく見慣れたものばかり。アニメ、水族館、動物園、ゲーム…。一体3Dにして何が面白いのか、内容に関して些か食傷気味だ。

3D=立体視化してどんな意味が出るのか?何が面白いのか?それを今、結論的に見出す必要はないだろうが、まず現在は、様々なコンテンツを3D化して、その意味合いを試せる環境が必要だろう。それを実現してくれるのが、年初に発表された日本ビクター株式会社(JVC)開発の業務用3Dイメージプロセッサー『IF-2D3D1』だ。

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従来の2Dで撮影された映像を3D化したいという要求は強い。特にTV局や多くのコンテンツホルダーでは、これまでの映像遺産を全て3Dにできたら、こんなに便利な事は無いが、まさにこの装置は2D→3Dコンバートの機能も有している点で、いま映像業界全般から大きく注目を浴びている製品なのだ。これまでは2D→3D変換は高額な特殊編集作業を要し、しかもその完成度もあまり期待する以上のものではなかった。高額であるがゆえに簡単にトライすることも出来なかった。

しかしこの『IF-2D3D1』を使用すれば、それをいとも簡単に、しかもリアルタイムで一発変換出来てしまうという驚きのマシンだ。現在TV局等を中心にデモの依頼が殺到しているという。たった1Uのこの小さな筐体だが、その底力にこれからの3Dの可能性を改めて思い知らされた。『IF-2D3D1』の中では、一体何が行われているのか?

日本ビクターグループのポストプロダクション会社である株式会社ビデオテックで、『IF-2D3D1』の実際のデモを体験できる機会を得たので、早速レポートすることにしよう。

『IF-2D3D1』の仕組み

『IF-2D3D1』の最大の機能は、2Dで撮影された映像を3D映像に変換して記録することだ。その独自のアルゴリズムを簡単に説明すると、まず各フレーム単位で画像認識し、どういうアングルの画なのかを画像分析する。次にその分析に基づいて、『IF-2D3D1』が持ついくつかの3D化のパターンを画面の場所ごとに組み合わせ、複雑な変形パターンを組み上げて、それをベースに左右の視差を作っていく。

その結果、画面の中で人物や対象物などのハッキリした画像が画面から切り出され、それが画面内のどのポジションの距離に存在するのかを推定し配置していく。そして、背景にあるものから順次レイヤーを作り出し、ズレ幅の量を調整して、目的とする3D映像を完成させるのだ。

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さらに『IF-2D3D1』ならではの機能として、カラーエンボス機能がある。切り出したオブジェクトはそのままだとすべて立て看板のようになってしまう。こうした書き割りのような映像となるのを避ける為に、このカラーエンボス機能は、一つ一つのオブジェクトに膨らみを持たせる事ができる。物体の丸みや人物の表情、細かな陰影など、オブジェクトに対する細かい表現が、このパラメータを調整することでリアルタイムに調整することができるのも優れた点だ。

3Dカメラとの併用でより、多彩な3D映像を量産可能

もちろん『IF-2D3D1』は万能ではない。単に奥行きのみの立体映像を作り出す、画像全体の平均値をとって立体視変換する装置なので、例えば絵柄によって弊害が生じてしまう場合もある。例えば画像の中のポスターなどの写真まで立体化されてしまうという現象が起きてくるのだ。しかし、それは考え方次第であり、見たこと無いトリック画像のような効果も狙えるので、それはそれでまた面白い効果が狙えるという側面もある。実際に今回のデモ中でも、街中のポスターが何枚も張ってある壁の映像では、その各々のポスター内がなんと立体視化されているという、これまでに無い映像を見ることが出来たのは、非常に興味深く面白い体験だった。

また画面よりも手前に飛び出すような映像は『IF-2D3D1』では出来ない。「飛び出す」ためには、元々そのような撮影がなされていないとそのように見えないため、この装置だけでは不可能だ。制作予算を考慮し、飛び出し効果を狙った3Dカメラで撮影した映像と、2D映像をこの『IF-2D3D1』で変換したものを組み合わせれば、非常にバリエーションに富んだ3D作品を量産できるだろう。

高精度な2D→3D変換の可能性

例えば空撮映像などを3D撮影用のカメラで撮影しても、あまり立体感は感じられない。その他、広大な風景や遠くの建物なども3D撮影をしても立体感が感じられない。これを立体的に見せるためには、レンズの間隔を2m~10mといった極端な幅に広げて撮影を行う必要があるが、その結果として”箱庭効果”が生まれ、スケール感の無いこじんまりした映像になってしまう。また、超望遠レンズを使用して3D撮影した画像は、”書き割り効果”が出てしまい、人物なども薄っぺらな表現になってしまう。こういった映像は、この『IF-2D3D1』で3D化した方がはるかに立体感を感じられる。実際には3Dカメラで撮影しても立体感が得にくい映像も数多くあるのだが、そこを自然に立体視化できることが、この装置の最大の魅力だ。

また、投資対効果という面では、例えば数十台のカメラを要するスポーツ番組やコンサートなどのライブ収録の場合、現場に何台も3Dカメラを置くことはコストの面からあまり現実的ではない。そんなときにでも、ポイントとなる部分での収録だけ3Dカメラで収録し、その他はこの『IF-2D3D1』で変換することで、より効率的な3D映像作品ができる。

さらに、今現在は3Dといえば映画やゲームなど、エンターテインメント映像用途がまず思い浮かぶが、今後はそれだけでは無さそうだ。最近の検証では、2D→3D変換を行った際に、これまで見えなかったものが見えてくるというのだ。

人間の眼は、普段ものを見るときには、効き眼(どちらか片一方の基本的に視覚を司っている眼の方)でしか認識していない。例えば、水などの映像を見ているときには、水面の光の反射などに気を取られ、水中や水底までは認識できていない。しかし3Dになると強制的に両目で見るようになることから、水中や水底までを認識するようになるという。理論上、3Dは2Dに比べてモノの認識率がおよそ√2倍(1.4142…倍)に上がるという。こうした検証結果が得られるようになり、例えば血液の色や水の色の違いから、その部分の変化をこれまで以上に認知できるとして、特に医療分野や分析映像の分野での応用が期待されている。これは2D→3D変換という視点から生まれた、新たな”3D映像の鉱脈”かもしれない。

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先頃行われたNAB2010でもJVCのブースで『IF-2D3D1』がデモ展示されており、普通のHDカメラから撮ったライブ映像が、リアルタイムでそのまま3Dに変換されるデモが行われ好評を博していた。

『IF-2D3D1』はオープン価格で、市場想定価格は約250万円相当。ビデオテックでは今後、『IF-2D3D1』を使用した、2D→3D変換作業などを軸に3D制作を推進していく。これによってこれまでのTVドラマや映画、ドキュメンタリー映像を3Dリメイクしたり、これまで見たことの無いような、意味のある3D映像体験がもっと出来るようになることを期待したい。

株式会社ビデオテック
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WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。