細見 由香コンポジター / VFXアーティスト(New Deal Studios Inc)

海外で活躍する日本人VFXアーティストを直撃!

将来、アメリカへのVFX留学を考えている読者の方も多いと思います。ハリウッドでの就職は狭き門ではありますが、地道な努力によってスキルを磨き、見事夢を叶えた日本人がこの街では沢山働いているのです。今回は、ハリウッドのコンポジットツールとして業界標準となったNUKEを駆使し、コンポジターとして活躍する日本人アーティストへのインタビューを通じて、VFX留学を成功に導く秘訣とNUKEの魅力について語って頂く事にしましょう。

小学生の頃から海外に憧れる

アメリカに行きたいと考えたのは小学生の頃です。父親がよく観ていたゴールデン洋画劇場と日曜洋画劇場を毎週末見て育ちました。海外へ行きたいという気持ちは、20歳を過ぎ、将来の自分の進路をじっくりと考え始めた頃から再発しました。両親には既に日本の大学を行かせてもらっていたので、留学は何とか自力で行かなければと思い、4年間日本で働き留学資金を貯めてから渡米する事にしました。

どうせアメリカに行くのなら、子供の頃からの夢である映画の世界を創る側になろうと決心しました。ただ、決心したものの、学校選びでとても苦戦しました。行きたいと思う大学、アートスクールはとにかく学費が高い!新卒のサラリーマンが4年間で貯金して行ける額とは程遠く、既に大学を決める時点で『留学は無理なのか?』と相当悩みました。行きたい大学をリストアップしたものの、その多くは斜線で消さなければいけなくて、相当凹んだ思い出があります(笑)

そこで何とか見つけたのがサンタモニカ・カレッジでした。ここはコミュニティーカレッジで、日本で言う短大に相当します。また、ハリウッドに近いという場所柄、Computer Animation でAA Degreeという学位を取る事が可能なAcademy of Entertainment & Technologyというプログラムがあるのです。AA Degreeを取れば、1年間合法的にインターンが出来るOPTという制度が利用出来ます。この期間を利用して就職先を探す事が出来る!という事から、サンタモニカ・カレッジに留学し、卒業しました。

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実はNew Deal Studiosに入社するまではモデラー志望で、コンポジットは一切学校でも勉強した事がありませんでした。New Deal Studiosは、元々映画のミニチュアセットを手がけるスタジオで、デジタル部門が新設されました。モデラーになるためには、CGだけでなくミニチュア等の実物のモデリングも知っておいた方が為になるに違いないと思い、New Deal Studiosでインターンを始めたのです。

ちょうどその頃 デジタル部門が映画「シャッター アイランド」で忙しくコンポジターを必要としており、スーパーバイザーから”コンポジターをやってみない?”と言われました。そこで、とにかくやってみよう!の勢いで、3日間チュートリアルをおさらいして、後1日はシニアコンポジターの方が作った「シャッター アイランド」の実際のショットの Comp Scriptを真似して一から同じものをコンプするという練習をしました。

そして確か4日目もしくは5日目から、いきなり「シャッター アイランド」のShotを渡された記憶があります。まさに火の中にいきなり放り込む行為です(笑)あの頃は本当に必死にこなしていたので、正直余り記憶が無いのですが、とにかく毎日モーレツな勢いでスキルを吸収しようとした事は覚えています。そのうちに、コンポジターの面白さに目覚め、4ヶ月のインターン後に正式採用、ビザサポートに至りました。

正式採用の決め手となった私のアビリティとは…コンポジターという仕事が好きで仕方がないというところでしょうか(笑)楽しいから、ついつい時間を忘れてしてしまう=アメリカ人にとってはすごい勤勉という事になるのかもしれません。あとは、向上したい意思をガンガン見せる事です。自分がまだ出来ない事、無いスキルを必要とされる仕事であっても、とにかく勉強しますからやりたいです!という意欲を出すと、周囲も『じゃぁ、教えてあげるよ!』という流れになり、新たに自分の好きな分野や向いている仕事を見つける事ができたりもします。

  苦労したビザ申請

私の場合は、学士号の専攻が英文学で、現在の職業と直結していないので、日本での職歴、アメリカで得たComputer AnimationのAA Degree、全て申請しました。幸い私の日本での職業が、グラフィック・デザイナーに近い職種で、PhotoshopやIllustrator等のソフトも使用していた事もあり、今の職業との関連性に結びつける事ができました。また、申請の際に、前職で企画した商品や、コンセプトデザイン、パンフレット、後は自分の企画した商品がどれだけの売上げを出したのか等、出せる資料は全てビザ申請の時に提出しました。

仕事の技術的なスキルは、観察力を磨くという事です。最近では、CGの植物をコンポジットする事があり、上手くリアル植物とマッチしない時は、朝の通勤時やお昼休み等に、他人の家の前でじーっとその家の植物の葉っぱのライトの当たり具合、透け具合等を見ていました。傍から見たら不審者ですね(笑)。

後は、参加出来るイベントやボランティアは積極的にガンガン行い、人脈を作る事です。今の就職先に出会ったのも、VES(米視覚効果協会)のボランティアをした事がキッカケになっているので、やはり人との繋がりはとても大きいです。日本にいる時は引っ込み思案だったので、アメリカに来てからこの性格を矯正するのは大変でした。しかし、ある意味アメリカに来て手に入れた、最も重要なスキルかもしれないと感じています。

映画「シャッター アイランド」での仕事

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New Deal Studiosが担当した映画「I am Legend」でのヘリコプター墜落のショットより。元々ミニチュアVFXを得意とするスタジオなのである。ここ数年デジタル部門が新設された

レオナルド ディカプリオ主演の映画「シャッター アイランド」では、コンポジットとマットペインティングを担当しました。コンポジットでは Nuke、マットペインティングでは Photoshopを使用しました。また、トラッキングも担当しなければいけなかったので、SyntheyesやMocaも使用しました。特に印象に残っているショットは、レオナルド ディカプリオが前夜の嵐で壊された病院を駆け回るというシーンです。

私が担当したのは、その中でも壊された病院の外側が映るシーンが多いのですが、実際の建物は歴史的に重要な建築物か何かで壊す事ができない為、まずマットペインティングで窓や屋根、雨どい等を壊しました。あと、屋根や窓に突き刺さる木や枝、道を塞ぐ倒木等もマットペインティングで色々な木の素材を組み合わせたり、Photoshopで描き加えたりしながら作りました。そして、トラッキングをして実際のショットの動きにそれらのマットペインティングを合わせて、最終的にNukeでコンポジットをしました。

これらのシーンはブルーやグリーンスクリーンの合成も無かったので、コンポジット自体に苦労した記憶は余りないのですが、マットペインティングの倒木や窓、屋根等を完璧に実写プレートに違和感なく仕上げるのに苦戦しました。New Deal Studiosがミニチュアセット作りを得意としているので、『シャッター アイランド』ではミニチュアの建物とグリーンスクリーンの実写との合成というパターンが沢山ありました。

コンポジターという職業の面白さ

コンポジターの面白さは、作品の制作過程から最終形態までを垣間見る事が出来、そして絵を創る事が出来る点です。映画のアイデアが生まれるという原点から、ものすごい数の人の知恵と力、時間、そしてお金を掛けて作られてきたものを見る事が出来るという嬉しさです。また、実写プレート、CG、ミニチュア、マットペインティング、等色々な素材が最初に合せてみた時にはすごく違和感があったのに、Nukeで色々と調整していくうちに、パズルの最後の1ピースがピッタリ収まった時のように「バチッ!」と全てが一体化した時の快感が何とも言えません。

コンポジターによってスクリプトのセットアップ方法が様々なところも面白い点です。目指すゴールは一緒なのですが、アプローチの仕方がアーティストによって違うので、一緒に働くチームメンバーが変わる毎に、新しい方法を学ぶ事が出来てとても面白いです。他人のスクリプトを解読するのは非常に勉強になり好きです。

ハリウッドの標準合成ツール、Nukeの魅力

私はNuke以外の合成ソフトをほとんど使った事が無いのですが、日々の実作業の中で優れている、使い易いと思われる点をいくつか挙げてみたいと思います。

  • ノードベースなので、大きくて複雑なスクリプトでも、問題点を見つけやすい。ノードが沢山連なっているスクリプトをTreeと呼び、、枝状にそれぞれのCompのパーツが構成。ミスの原因を辿りやすく、全体像を把握可能
  • Import、Exportの両方に関して、Full 3D環境が揃っている。また、Nukeに3D Tracking機能が出来てからは、同じスクリプトの中でトラッキングをしてそのまま合成に入れるので効率が良く、トラッキングも早くて正確。
  • キーヤーが豊富。対象によってかなり細かくキーヤーの使い分けができ、より綺麗に正確に抜く事可能。
  • マルチチャンネルのEXRフォーマット使用可能。
  • ノードをセレクトしてCopy&Pasteで、そのノードをメール送信可能。コンポジターと共有したい時等、簡単にノードやスクリプトをテキスト化して送る事が可能。

これからも、キャリアを積んでいきたい

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今は、一つでも多く色んなShotを経験して、コンポジターとしての実績を積み上げていきたいです。毎回どのプロジェクトでも新しいチャレンジがあり、同僚の方に色々スキルを分けていただきながら、日々勉強中です。そして将来は、彼女に任せればまず間違いない!、と言われるコンポジターになりたいです。あとは、コンポジットのスキル磨きと平行して、ライティングの勉強もしていきたいと思っています。

将来、海外で働きたい人へ私から出来るアドバイスは、まず『恐れずどんどん挑戦する事』です。海外で働きたいなぁ、でも英語が不安、金銭的に難しい…と悩んでいる方、とにかく挑戦してください!普通に考えたら可能性が10%以下だとしても、その10%を何としてでも100%にしてやる!という勢いで、色んな可能性を模索して前に進み続ければ必ず突破口はあると思います。実際に私の場合も、コミカレ出身で、しかもこの経済不況でアメリカ人でさえ職を探している中、就職して就労ビザを取るのは相当難しいと思う、と沢山の方から言われました。

でも、絶対に諦めたくなかったので、出来る限りの行動を起こしました。そうすると、その行動が次に繋がり、そしてまた次に繋がり…という事が繰り返されて、なんとか就職してビザを頂く事ができたのです。あとは、『人との繋がりを大切にする事』です。今、人との繋がり、コミュニケーションは才能や努力と同じくらい重要(もしくは、それ以上に重要な時もあります)だと、こちらで働いてみてものすごく感じます。今の私があるのも、色んな方がピンチの時に手を差しのべてくれたり、ヒントをくれたりしたおかげなので、本当に感謝しています。私もこちらで生き残って目標を達成するために、日々チャレンジです。海外で夢を叶えたいと思っている方も是非諦めずトライしてください。予想以上に素晴らしい経験ができますから!

細見 由香
コンポジター / VFXアーティスト(New Deal Studios Inc)
兵庫県神戸市出身。早稲田大学 第一文学部(英文科)を2002年に卒業後、4年間日本の製菓会社の商品企画部門でプロダクツプランナー/コンセプトデザイナーとして勤務。その後、ロサンゼルスのサンタモニカ・カレッジのAcademy of Entertainment & Technologyに留学し、Computer Animation を学ぶ。2008年12月に同大学を卒業後、2009年2月よりNew Deal Studios Incでインターンとして4ヶ月勤務後、正式採用になる。参加作品に、レオナルド ディカプリオ主演の映画「シャッター アイランド」、「サブウェイSubway」CM、「Gaiking Teaser Trailer」等がある。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。