Picture credit : OSA Images /Costume credit : Zaldy Goco / ©2011 Cirque-Jackson I.P., LLC
…さて。新年まっさかりである。今月はちょっと趣向を変えてラスベガスのエンターテインメント最前線の話題を、VFXトピックスも絡めて皆さんにご紹介する事にしよう。
『マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル・ワールドツアー』とは
北米を中心に世界中のファンを魅了しているシルク・ドゥ・ソレイユ(以下:シルク)が、”King of Pop”マイケル・ジャクソンをテーマにしたツアーショウ『マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル・ワールドツアー』を昨年10月よりスタートさせた。筆者はこれ迄に「ミスティア」「O(オー)」、そして現在ハリウッドのコダック・シアターで上映されている「アイリス」も含め、シルクの代表的ステージの数々を鑑賞してきた事もあり、超人的なアクロバットによるステージで有名&強烈な個性を放つ彼らが、「一体どうやってマイケルの世界観を表現するか」という点に個人的にも大変興味があった。
そもそもマイケルとシルクの接点は、1987年に遡るという。サンタモニカ・ピアのテントで行われた公演をマイケルは初めて鑑賞し、大変感銘を受けたのがルーツだそうだ。マイケルはそれ以降、チャンスがあれば公演へ行き、シルクの本拠地であるカナダのモントリオールまで足を運ぶなど、熱心なファンだったという。そうしたシルクとの長年のリスペクト&信頼関係があった背景もあり、シルクとマイケル・ジャクソン・エステートが「これ以上の追悼となる場はないだろう」とパートナーシップを組み、今回のショウの実現に繋がったのだそうだ。このショウは昨年10月2日にモントリオール(カナダ)におけるワールドプレミアで開幕後、全米各地でのツアーを経て、2013年よりラスベガスの常設シアターで上演される予定だという。その一環として、ラスベガスのマンダレイ・ベイ ホテル&カジノにて、昨年12月3日~27日の期間限定公演が開催された。筆者は、早速ラスベガスに飛び、この公演に足を運んでみる事にした。
一路、ベガスへ
筆者の住むロサンゼルスからラスベガスまでは1時間程度のフライトだ。ラスベガスのマッカラン国際空港からシャトルに乗り、目指すはマンダレイ・ベイ ホテル&カジノ。このホテル内の、コンベンションセンターに設置された仮設ステージで、『マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル』は上演されていた。コンベンションセンターは、バスケットの試合に使用する広いスポーツ・アリーナという感じだった。アリーナにはメイン・ステージが組まれ、そこから花道がアリーナ席を貫く形でせり出していた。さて、夜7時になり会場の照明が落ちると、いよいよショウの開演である。冒頭では、まずマイケルの生い立ちや栄光の軌跡が、ステージの幕に映し出された。この映像はデジタル・プロジェクター4台によって投影され、画面を上下左右の4象限に分割する事で、高解像度と鮮明な映像を実現。広い会場の遠くの席へも臨場感が伝わっていた。
マイケルの世界観を実現する、数々の『こだわり』
Picture credit : OSA Images /Costume credit : Zaldy Goco / ©2011 Cirque-Jackson I.P., LLC
言うまでもなく、ショウは非常に素晴らしいものだった。おそらくマイケル・ファンの方は、細部に渡る数々の『こだわり』に、筆者以上に気がついたはずである。ステージでは、「Childhood」「Wanna Be Startin’ Somethin’」「Heartbreak Hotel」など、コアなファンでなくとも必ず何処かで耳にしたであろう、数々のヒットソングが次々に登場。そして、それぞれの曲に合わせて、シルク独特の仕掛けに富んだ舞台セットとアクロバティックなパフォーマンスが展開された。中でも何と言っても圧巻だったのは、「Smooth Criminal」「Monster-Thriller」と「They Don’t Care About Us」だろう。筆者自身は残念な事にマイケルのステージを生で観た経験はないが、この3曲のステージは、「もし『This Is It』のコンサートが実現していたら、きっとこんな感じだったんだろうな」と思う程の大迫力であった。
調べてみると、振り付けに参加しているのは映画『This Is It』でもお馴染み、トラヴィス・ペイン氏。シルクのショウでありながら、マイケルのコンサートさながらの臨場感が伝わってきた事にも納得である。また、メイン・ステージ上のダンサーがこれらの楽曲で身に付けていたコスチュームも、『This Is It』コンサートの衣装デザインを担当したザルディ・ゴコが手掛けており、ある意味『This Is It』コンサートの再現に近い雰囲気が味わえると言っても過言ではないだろう。振り付けや衣装のみならず、演奏面でもこだわりが見られた。シルク・ドゥ・ソレイユのステージでは、「あて振り」ではなく本物のミュージシャンが楽器を生演奏するショウが多いが、今回ミュージシャンの顔ぶれを見て驚いた。キーボードは80年代の「BADツアー」で音楽監督として日本にも来日しているグレッグ・フィリンゲインズ。ドラムは、なんと「This Is It」のドラマー、ジョナサン・”シュガーフット”・モフェットだった。音楽面でも、マイケルとゆかりのあったミュージシャン達が起用され、本物の『マイケル・サウンド』が、生演奏で会場内に響き渡っていたのである。
コンサートの為に制作されたVFXも”復活”
それだけではない。元々ロンドンで予定されていたコンサート用に制作されたVFXも、このショウで”復活”していた。しかも、映画「This Is It」の中で採用されていたVFXショット以外にも、なんと未公開のショットが一部”復活”、ステージ上のLEDパネルに大きく映し出されていた。どんなショットが復活したかは、ここではナイショにしておくので、公演を鑑賞した際に見つけて頂きたい。
以前筆者がレポートしたように、このVFX制作には、日本人デジタル・アーティスト平野淳司氏が関わっていた。平野氏は当時、勤務していたEntityFXにて、2009年7月にロンドンで開催予定の「This Is It」コンサート用映像のVFX制作作業に参加していた。この中で平野氏は「Smooth Criminal」を中心に数ショットを担当。映画「This Is It」でもお馴染み、マイケルがガラスを突き破るシーンは平野氏が手掛けたものだが、この映像もショウの中で登場していた。では、ここで平野氏のコメントをご紹介してみよう。
私が参加したのは、元々2009年にコンサート『This Is It』の為に制作され、後に映画の中でも採用されたVFXですが、これらは版権の関係で、『マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル・ワールドツアー』では使われないだろうと思っていました。しかし、鍋 潤太郎氏からラスベガスのショウで自分のショットが使われていたと聞いてビックリしました。
私が担当したマイケルが窓ガラスを突き破って飛び出してくる「Smooth Criminal」のショットは、MAYAの「Blastcode」というプラグインを使用してガラスの破片を制作しました。制作当時、短期間で仕上げなくてはならず、技術的には高度ではないものの見栄えのあるショットに仕上げてみました。その結果、今回のショウでも使われたのだろうなと思います。この作品には本当にいろいろな思いが残っています。
マイケルの音楽は多感な中高時代に大ブームとなり、そのミュージックビデオもよく見ていたので、当時彼の復活コンサートに関われる事は光栄でした。残念ながら、彼はコンサートの直前に急逝され、「制作したVFXは日の目を見る事が無いのか」と不安もよぎりましたが、後にソニーがドキュメンタリー映画として公開した「This Is It」の中で自分の担当ショットも採用された事で報われました。しかし、映画は短期間しか公開されなかったので、ちょっと残念な気持ちはありました。その映像が、このような形でショウの中で使用され、再び人の目に触れることは予想もしておらず、大変嬉しい事です。
日本人キャストの活躍も
このショウでは、日本人キャストの活躍も見られる。男子新体操選手の鈴木大輔、高橋雄太、田村充宏、谷本竜也、外崎成仁、清水翔吾、野呂昴大の各氏による7名の団体競技は完成度が高く、印象的だった。また、ダンサーとして辻本 知彦氏が参加している他、パーカッション(打楽器)の平野 卓氏がステージにせり出した花道で、華麗なスティック捌きを披露してくれる。このように、見所満載の『マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル・ワールドツアー』。必ずしもマイケル・ファンでなくとも、充分堪能出来るエンターテインメントに仕上がっている。特にシルクのファンは必見であろう。皆さんも、是非北米での公演に足を運んでみては如何だろうか。