(C)2012 「はやぶさ 遥かなる帰還」製作委員会
はじめに
地球から遥か3億キロ先にある小惑星「イトカワ」。その地表に到着して岩石サンプルを持ち帰るという、世界初の高難度ミッションに挑戦した小惑星探索機「はやぶさ」。このプロジェクトに人生を掛けた日本の科学者と技術者達の姿と、「はやぶさ」の宇宙大航海から大気圏突入に至るまでをドラマティックに描いた映画「はやぶさ 遥かなる帰還」が、いよいよ2月11日より公開される。この作品では、渡辺 謙を中心とする俳優陣の迫真の演技が話題を呼んでいるが、それと同等に重要なのがVFXだった。特に小惑星探索機「はやぶさ」の描写では、視覚的に現実感と説得力を持たせるべく、VFXにも力を入れてプロダクションが進めらた。
氷見武士氏 / VFXプロデューサー(左)、清水雄太氏 / Image Engine ライン・プロデューサー(中央)、野口光一氏 / VFXスーパーバイザー(右)
総VFXカット数は194カットに及び、その多くは東映アニメーションにて制作された。その中でも、特に難易度が高く、ストーリー上需要な「はやぶさ」が壊れていくシーン含む14カットは、ハリウッド映画「第9地区」のVFXを手掛けたバンクーバーのVFXスタジオ「Image Engine」へと発注された。日本映画のVFX作業が、北米のスタジオに発注される事例は極めて珍しいが、その中では様々な苦労もあった事だろう。今月のコラムでは、この作品におけるバンクーバーへのVFX発注の経緯や制作背景を、3名の方に語って頂く事にしよう。
VFXスーパーバイザー 野口光一氏
バンクーバーに発注された経緯は?
映画のVFXを制作する上で、1つのVFXスタジオだけで全てを制作する事が、クオリティ管理面では理想的でしょう。ただ実際のところ、自社には無い新しい技術を必要とする場合や、スケジュールの制約やカット数をこなす人材確保面などを考慮すると、外注さんと協力して制作することを考える必要性が出てきます。
今回、クライマックスで「はやぶさ」が壊れていくシークエンスは特にハイクオリティな映像が求められ、技術的に強いVFXスタジオに発注したいと考えていました。バンクーバーには、私のBOSS FILM時代から親交がある溝口稔和氏が在住しており、「ここ数年ハリウッドのVFXスタジオが相次いでバンクーバーに進出している」という情報を得ました。そこで、バンクーバーのVFXスタジオに発注する可能性を探るべく、溝口氏に依頼してリサーチを開始しました。溝口氏から、候補としてVFXスタジオ5社を挙げてもらい、地球や「はやぶさ」等のデータ共有が可能な事を前提に絞り込んだ結果、Image Engineに発注する事になりました。
実際にカナダの会社に発注してみて、如何でしたか?
とにかく、ニュアンスを伝えるのに大変苦労しました。監督や撮影監督のディレクションを明確な指示の形に落とし込む作業では、指示書を文字でなく、絵でやりとりするように努めました。実際にハリウッド・スタイルのスタジオを仕事をしてみて、パイプラインがしっかり構築されている強みを痛感しました。日本のVFX関連の会社は、なかなかそこまで追いついていないのが現状です。
やりとりの中でImage Engine関係者にも驚かれたのですが、日本ではまだ、アーティストが自分でフォルダを直接触れるような状況で作業しています。海外のように「パイプライン上で<チェックアウト><パブリッシュ>」で自動管理という訳ではなく、データ管理も個人任せになります。このあたりは、我々の将来課題と言ったところでしょう。
チェックは、どのような形で行われましたか?
時差の関係で東京が夜だとカナダは昼なので、デイリーでチェック素材が来た時でもその日に監督チェックを行えば、タイムロスがないのが利点でした。監督のチェックバックは、分かり易くするため常に箇条書きのチェックバックにしました。最初の仕込み段階では、ある程度の時間が掛かっていましたが、一度データが上がり出すと、修正も含め反映は敏速でした。ある時、10個のチェックバックをした際、通常なら2~3日掛かるであろう作業量を先方は1日で作業を終え、すぐに監督チェック用の素材が上がって来た時はビックリしました。
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Image Engineに発注したはやぶさ破壊シーンはこの映画のハイライト・シーンですが、データは350万ポリゴン、レンダリング時間は3Delightを使用し1枚平均4時間でした。破壊のエフェクト・アニメーションは、Houdiniを駆使してシミュレーションが行われ、シミュレーション計算時間は50時間、炎のエフェクトで使用したパーティクル数は3,585万個に及びました。この数値を見ただけでも、日本のVFXスタジオでこなすには困難である事がお分かりでしょう。
ハリウッド・スタイルを通じて、得られたものは?
日本側の経験としては、海外の分業制やパイプラインの強みを感じた事は非常にプラスとなりました。また日本のスタッフも「世界」を知る意味でよかったと感じます。そして日本ではなかなか出来ないような膨大なデータ量を必要とするはやぶさの破壊シーンは予想以上の完成度になったと感じました。日本のVFX業界が孤立&ガラパゴス化しないよう、今後も海外とのコラボレーションは続けていく必要性を強く感じました。また、今回の作業を通じて、日本でもパイプラインの構築は必要だと実感しました。
VFXコーディネーター 溝口稔和氏 (バンクーバー)
溝口稔和氏 /VFXコーディネーター
なぜImage Engineが選ばれたのでしょう?
野口光一氏から「『はやぶさ』のVFXショットをバンクーバーに発注が出来ないだろうか」と相談を頂いた際、予算の関係で大手VFXスタジオは難しいが、ハリウッド映画のVFXをこなす中堅スタジオは可能性があると考えました。そこで複数のVFXスタジオを候補に挙げ、各社のデモリールを野口氏に見て頂いたところ、Image Engineに白羽の矢が立ちました。
このスタジオが映画「第九地区」のVFXを手掛けていた事も、東映サイドの大きな信頼を得られたようです。そこで、私はスタジオ代表者のジェイソン・ダズウェル氏とコンタクトし、「はやぶさ」プロジェクトの説明、予算などの調整に入りました。
交渉はスムースでしたか?
Image Engineから最初に出てきた見積もりは、予想よりもかなり高額でした。そこから発注ショット数を調整するなど何度か交渉の末、納得のいく価格まで落ち着きました。また制作期間中は円高、カナダドル安だったので、為替面で制作費を節約する事が出来たのも幸いしました。
バンクーバーがあるカナダのBC州には映画産業に対するタックスクレジット(税制優遇)があり、適用されれば制作費が30%戻ってくるという利点もありましたが、秋に発注して2月公開というスケジュール上の制約もあり、今回は適用せずに進める事になりました。契約が締結されると、Image Engineで勤務する日本人デジタル・アーティストの清水雄太氏が今作のライン・プロデューサーを専任する事になり、野口氏と直接クリエイティブ面のやりとりを行う「ホットライン」が開設されました。
クリエイティブな部分に関しては、VFXコーディネーターとしての私を通すよりも、窓口を一本化して直接進めた方が、現場レベルのコミュニケーションがスムースに運びます。この方法は監督のチェックバック等を含め功を奏しましたが、プロジェクト後半のクランチタイムには、日本との制作スタイルや文化の違いから生じた苦労もありました。 締切前には一時かなり緊迫した雰囲気になりましたが、清水氏とImage Engineチームの頑張りで、最後には東映側も満足のいく仕上がりとなり、ホッと胸を撫で下ろしました。
清水雄太氏 Image Engine ライン・プロデューサー
清水雄太氏は、Image Engineでライティング・リードとして勤務されているが、東映側と社内制作現場のクリエイティブ面を日本語・英語でやりとりする為、今作の「はやぶさ」ではライン・プロデューサー専任という立場での参加となった。
Image Engineの担当クルーの内訳は?
マネージメントを行うプロダクション・チームはVFXスーパーバイザー1名、VFXエグゼクティブ・プロデューサー1名、VFXプロデューサー1名、ライン・プロデューサー1名の計4名。アーティストは、CGリード1名、ライティング・リード1名、ライター2名、モデラー1名、リガー1名、エフェクト2名、アニメーター2名、コンポジット4名という14人チームでした。
クランチタイムには、制作スタイルの違いによる苦労もあったそうですが…。
これは、仕事文化の違いによるものでした。ハリウッド・スタイルのスタジオでは、「製作中のショットに対し上がってくるフィードバックを、予算内(=時間内)で対処していき、その範囲でファイナルへ持っていく」というビジネス重視の仕事文化があります。一方、日本には「時間を可能な限り掛けて、満足のいくところまでクオリティを詰めていく」という文化があります。
Image Engineでは予算から算出された「作業可能時間数」をベースに作業時間が設定され、残業が禁止されていた事もあり、「プロジェクト後半での大きな変更に対応出来ない」という、制作体制上の制約もありました。こうした仕事文化の違いから、プロジェクト終盤で「完成度を見てコメントを出そう」と期待していた東映側と、「採算的には、これでファイナル」という認識だったImage Engineとで、意見の相違が生じる結果になりました。
このバランスを調整する為、社内では幾つものミーティングが開かれました。私はライン・プロデューサーとして、東映側が感じている事、また日本人として私が感じている事を、出来る限り忠実にImage Engine社内に伝えました。そして、何度も緊急にミーティングを開き、その都度の解決策を東映側に提案しました。こうして、東映側とお互いに少しずつ歩み寄る事が出来ました。
一時は「もう日本に帰って切腹するしかないかな」と思った日もありましたが(笑)、最終的に助けられたのは東映側の「絶対に成功させる」という強い情熱と、それを感じてくれたImage Engineクルー達の理解でした。VFXスーパーバイザーの野口光一氏は緊迫した中で、よく「今は代打、代走、バントでなんとか繋いで、Image Engineに回してみせる」とおっしゃられてましたが、最後は本当にチームプレイでした。 意外に苦労しなかったのは予算調整です。これは思っていたよりもスムーズに交渉が進み、満足の行く着地点が見つかりました。ただ、その為の書類制作には膨大な時間がかかりましたが(笑)。
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カナダ人から見た「日本の映画プロジェクト」は、どのように映っていましたか?
社内では「日本のプロジェクトに参加出来る機会は滅多に無く、光栄」という意見を耳にしました。日本には基本的に良いイメージがあり、喜んでくれる人が多い。その辺は優越感がありました。
映画が完成してみて、感じた事を教えてください。
個人的に出来上がったものに100%満足だと言うと嘘になりますが、ここまで来られたという達成感と最後のチームプレイを足すと150%くらいの価値があります。日本とのやりとりを含め、全てが初めての出来事だったという事を考えると、改めて、人とチームの力の大きさを感じました。せっかくの経験なので無駄にしないよう大切にしたいと思います。日本と海外のVFXは様々な違いがあるかもしれませんが、予算の大きさが全てではありませんし、同じ仕組みで競争する必要はありません。「はやぶさ」を通じて何か新しい道が見え始めた気がします。
おわりに
今回は、海外VFXスタジオへの発注の経緯、その中での文化やスタイルの違い等を、可能な限りリアルに皆さんにご紹介してみたが、如何だったであろうか。今後、日本の映画作品が海外のVFXスタジオに発注されるケースは増えるかもしれないし、逆に海外の作品が日本へ発注される日が来るのも、決して夢ではないだろう。そう言った基盤を固めるという意味でも、映画『はやぶさ 遥かなる帰還』は、小惑星探索機「はやぶさ」同様に、日本のVFX業界に重要な役割を果たしたのではないだろうか。
映画『はやぶさ 遥かなる帰還』
- 監督:瀧本智行
- VFXスーパーバイザー:野口光一
- バンクーバーVFXコーディネーター:溝口稔和
- Image Engineライン・プロデューサー:清水雄太
- 主演:渡辺 謙 江口洋介 夏川結衣 吉岡秀隆 山崎努
2月11日より全国ロードショウ
http://www.hayabusa2012.jp