撮影:山下 奈津子
スタジオ・ジブリの長編アニメーション作品を一挙公開
ハリウッドのエジプシャン・シアター外観
昨年4月のコラムで、ハリウッドにあるアート系シアター『エジプシャン・シアター』で映画「スタートレック」の1作目から6作目までが一挙大スクリーンで上映された話題をお届けした。この『エジプシャン・シアター』は1922年築の由緒ある映画館で、現在は一般の劇場公開用ではなく、アート系シアターとして過去の名作、日本を含む外国作品の上映、そして不定期で特定のテーマに沿ったイベント等を開催しており、ハリウッドの映画ファンの間では有名な存在でもある(オフィシャルサイトはコチラ)。
サンタモニカのアエロ・シアターにおける「天空の城ラピュタ」の上映日の様子。「猫の恩返し」「風の谷のナウシカ」の上映予定がパネルに表示されているのがわかる。「ラピュタ」はインターネットによる事前予約がSOLD OUT(売り切れ)の人気で、先着順で買える当日券も何席分か用意されていた。映画館の前には、その当日券を買い求める為の長蛇の列が出来ていた
そんなハリウッドの『エジプシャン・シアター』と、同系列でサンタモニカにある『アエロ・シアター(Aero Theatre)』の2箇所のアート系シアターにおいて、1月末から2月中旬にかけてスタジオ・ジブリの長編アニメーション作品を一挙公開という、アメリカのジブリ・ファン垂涎のイベントが開催された。(詳細はコチラ)
このイベントでは、
- NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF THE WIND(風の谷のナウシカ)
- PRINCESS MONONOKE(もののけ姫)
- MY NEIGHBOR TOTORO(となりのトトロ)
- PORCO ROSSO(紅の豚)
- CASTLE IN THE SKY(天空の城ラピュタ)
- SPIRITED AWAY(千と千尋の神隠し)
- HOWL’S MOVING CASTLE(ハウルの動く城)
- WHISPER OF THE HEART(耳をすませば)
- THE CAT RETURNS(猫の恩返し)
- OCEAN WAVES(海がきこえる)
- MY NEIGHBORS THE YAMADAS(ホーホケキョ となりの山田くん)
- ONLY YESTERDAY(おもひでぽろぽろ)
- KIKI’S DELIVERY SERVICE(魔女の宅急便)
- POM POKO(平成狸合戦ぽんぽこ)
- THE SECRET WORLD OF ARRIETTY(借りぐらしのアリエッティ)
等、数々の作品が上映された。特に「借りぐらしのアリエッティ」は、2月17日からの全米公開(全米1,522館/配給:ディズニー)に先立っての特別先行上映となり、ファンを喜ばせた。筆者はこの中から「風の谷のナウシカ」と、「天空の城ラピュタ」、「もののけ姫」の3本を鑑賞して来た。今回のコラムでは、本題のVFXからはやや話題がそれるが、ハリウッドでの映像関連イベントとして、その様子を読者の皆様にご紹介する事にしよう。
ハリウッド大通りの巨大ビルボード。「借りぐらしのアリエッティ」の全米公開告知パネル
「NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF THE WIND」(風の谷のナウシカ)1月28日(土)7:30PM@エジプシャン・シアター/ハリウッド
エジプシャン・シアターのエントランスに展示されたマテリアルから。ナウシカは、古い上映プリントの使い回しではなく、新しい35mmプリントでの上映だそう
この日は、「風の谷のナウシカ」の日本語バージョン+英語字幕での上映が行われた。「ナウシカ」は、アメリカ人の映画ファンの間でも人気が高いらしく、この日のチケットは完全にSOLD OUTだった。場内は満席で、熱気がムンムン。客層も幅広く、10代の女子高生から初老の映画ファンまで。これだけ大勢のアメリカ人が「ナウシカ」を観る為に南カリフォルニア周辺から押し寄せたのかと思うと、筆者は関係者でもないのに、感無量であった(笑)。冒頭ではまず、主催者から「今回は、ステューディオ・ギブリの作品を上映出来る運びとなり、大変な光栄です」(英語)という挨拶があった。 (どうやら、ジブリの英語表記Studio Ghibliをアメリカ人が読むと、自動的に「ギブリ」になってしまうらしい。)
…さて、映画が始まった。 いつもながら、アメリカ人観客のリアクションは、明るく・脳天気(
筆者がコラム等で好んで用いる、造語。アメリカ人のブッ飛び具合いを象徴する際に使用
)・大袈裟と3拍子揃っていた。DVD等で何度も見て、「予習」して来ている人も多いらしく、久石譲のサントラに合わせて体を激しく揺らしてリズムを取る人、曲に合わせて「♪ラン♪ランララ♪ランランラン♪」と歌い出す女子高生もいた。ユパ様が空中から敵の飛行艇に飛び移ってくるシーンでは、「サムライ!」と狂喜する女性も。テトがナウシカの指を噛んだ後、おとなしくなるシーンでは、場内から「オ〜〜〜〜ゥ♪」という、ため息に近い、ある種の感嘆符が一斉に湧き上がっていたのも印象的だった。エンディングでは、ヤンヤヤンヤの大喝采。観客は感動に包まれながら、夜のハリウッドの街へと消えて行ったのであった。エジプシャン・シアターにおける「ナウシカ」上映は完全なSOLD OUT(売り切れ)。写真は、開演直前の、熱気あふれる満席の場内
「CASTLE IN THE SKY」(天空の城ラピュタ)&「もののけ姫」2月4日(土)7:30PM@アエロ・シアター/サンタモニカ
筆者はこれまでに何度となく、ビデオやDVDで「天空の城ラピュタ」を鑑賞したが、映画館の大スクリーンで観る機会には恵まれなかった。それが、ここ異国の地であるロサンゼルスで、思わぬ形で実現出来る事になり、この上映会はとても楽しみだった。この日は、「ラピュタ」と「もののけ姫」が2本立てで、上映されるという事もあり、サンタモニカにあるアエロ・シアターのオンラインによる前売り券も、例外なくSOLD OUT。主催者の図らいにより、当日券がわずかに確保してあった為、映画館の前には先着順で当日券を求める長い列が出来ていた。さて、アメリカで日本のアニメが上映される際には、以下2通りが存在する。
- オリジナルの日本語版に英語字幕を入れたJapanese Language Version
- 英語吹き替えしたEnglish Dub Version=通称「Dub」
上映前に主催者が「今夜のラピュタは、残念ながらDubでの上映です」(英語)と挨拶すると、場内からは一斉にガッカリしたような声が上がった。筆者の横に座っていたアメリカ人紳士はその筋にお詳しいようで、「以前『KIKI’S DELIVERY SERVICE(魔女の宅急便)』のDubを鑑賞した事がある。日本語のオリジナル版ではネコはそんなに話さないが、Dubの英語吹き替えではネコが喋りまくりで、”全く違った映画”になってしまっていた。私はオリジナルの方が好きだが。」と上映前に話していた。実際に映画が始まって、Dubを鑑賞してみると、その意味が良く分かった。う〜む、なんかちょっと違うぞ。シータは元気で活発な典型的なアメリカ人の女の子風だし、パズーは声変わり後のオッサン風である(笑)また随所に、オリジナルには入っていない「驚き系リアクション」の声や、各種「合いの手的なセリフ」が追加されていた。
サントラは、久石譲のスコアをベースにはしているものの、様々な要素を付け加えてアレンジされたスコアを、新たにオーケストラでレコーディングし直したものに、ほぼ差し替えられていた。パズーがトランペットを吹くシーンも、オリジナル版ではスタジオ・ミュージシャンの数原晋による、朝のシーンにふわさしいアタックの聞いた歯切れの良いトランペットだったのだが、Dub版のそれはテヌート気味の演奏に差し替えられ、なおかつ、ご丁寧にギターの伴奏まで入り、ヨーロピアン風に仕上がっていた(爆)
エンディングの「君をのせて」(歌:井上あずみ)だけが、日本のオリジナルの音源と同じだった。要するにDubとは、英語吹き替えと同時に、『アメリカ人の文化&視点から見て、オリジナル版のセリフや音楽が「物足りない」「違和感がある」と感じられる箇所を、すべて手直した』バージョンと言えるのかもしれない。特に、音楽やセリフが少ない物静かな演出のシーンでは、必ず音楽が付け加えられ、ハリウッド映画風の”感情を盛り上げる演出”が採られていたように思う。オリジナル版の映像と音楽を隅々まで記憶している筆者は、「なる程。こういう部分がアメリカ人からすると、物足りないと感じるのか」と感心する反面、「オリジナル作品が持つ繊細さが失われているなぁ….」と思ってしまう箇所も見受けられた。ちなみに、この日上映されたDubは、2003年にディズニーが英語圏で発売したDVDの為に、英語吹き替え&音楽の差し替えが施されたものらしい。パズーは人気若手俳優ジェイムス・ヴァン・デル・ビーク、シータは「Xメン」のアンナ・パキン、そしてナスカはスター・ウォーズのマーク・ハミルが、そしてドーラは演技力に定評があるクロリス・リーチマンという顔ぶれ(筆者の私見では、ナスカとドーラの吹き替えはなかなか良い味を出していたと思う)。
しかし、前述のように上映前の場内から「ガッカリ声」が上がったという事は、多くのアメリカ人ファン達が、実は「日本語のオリジナル版をこよなく愛している」という証であろう。主催者もそんな状況を察してか、2月29日には、「ラピュタ 日本語オリジナル版+英語字幕」の上映が急遽追加される事になり、こちらをもう一度観に行くファンも多いようだ。
さて、この夜の「ラピュタ」の後は、引き続いて「もののけ姫」の上映が行われた。こちらはDubではなく、日本語オリジナル版+英語字幕での上映♪「もののけ姫」は、どちらかと言えば難しいストーリーだし、ましてや文化が異なるアメリカ人がどの程度興味を持つのだろうか?と勘ぐってはみたものの、場内を見渡すと、映画館はほぼ満席であった。この作品でもアメリカ人観客のリアクションは大きく、感心したり、笑ったり、うなったり。コダマが出て来て首をカタカタさせるシーンでは、場内から暖かい笑いが漏れていた。上映が終わったのは深夜近かったが、観客は一様に満足して映画館を後にしていた。
エジプシャン・シアターのエントランスに展示されたマテリアルから。「もののけ姫」もアメリカ人には人気
おわりに
このように、スタジオ・ジブリの長編アニメーション作品の数々が1ケ月間に渡りロサンゼルスにて上映され、その模様を簡単にご紹介してみたが、如何だったであろうか。ジブリ作品を映画館でハシゴ出来るという試みは日本でもそうあるものではないし、その意味では大スクリーンで好きな作品を満喫出来た事は、大変貴重な経験となった。また、このようなイベントがあれば、積極的にレポートしていきたいと思う。
最後に余談であるが、筆者は98年2月、「もののけ姫」がアカデミー賞外国語映画部門のノミネート作品の候補として挙がった際、サンセット・ストリップ西端にあるチケット・マスター・ビル1Fの試写室で、業界向け試写を観た事があった。この時は残念ながらノミネートには至らなかったが、今思い起こせば、徐々にジブリ作品がハリウッドで正当に評価され始めた時期だったのかもしれない。
エジプシャン・シアターのエントランスに展示されたマテリアルの数々。多くの人が見入っていた