Text & Photo by 鍋潤太郎
取材協力: Bill Self – Marketing & Public Relations / Side Effects Software
はじめに
ここ、映像のメッカであるロサンゼルス地方では、様々な映像関係のイベントが開催されている。数多くのポスプロやVFXスタジオがこの街に集結しているという事もあり、CGアプリケーションのセミナーやユーザー会が開催される事も少なくない。今回は、久しぶりにHoudiniのLAユーザー会が開催されるというニュースが飛び込んできたので、筆者はさっそく主催者サイドとコンタクトを取り、会場へと繰り出してみた。
ちなみに、Houdiniの海外ユーザー会の模様が日本のメディアで詳しく紹介された例は過去に殆どなく、今回は独占スクープの形でみなさんにお届けしよう。
Houdiniとは何ぞや?
「MayaやMaxなら聞いた事があるが、Houdiniなんて名前は聞いた事がない」。そんな諸兄の為に、まず最初に「Houdiniとは何ぞや?」を、簡単にご説明させて頂こう。Houdiniは、ハリウッド映画を手掛けるVFX関連のスタジオではお馴染みのツールで、カナダのSide Effects Softwareによって開発&販売が行われている3DCGアプリケーションである。その歴史も古く、今年で創立25周年を迎えるという老舗ツールなのだ。ちなみに国内総代理店は株式会社インディゾーンで、日本語によるサポートを受ける事も出来る。
Houdiniはノード・ベースのインターフェイスや、プロシージャルなアプローチを採用しており、応用に豊んだ複雑な仕掛けが作り易く、特に高度なエフェクト・アニメーションの制作には威力を発揮するのが特徴だ。
また、Houdiniのレンダラーは、これまた耳慣れないMantraというお名前。しかし、あなどるべからず。このMantraのマイクロポリゴン・レンダリングは、RenderManのREYESアルゴリズムに基づいて設計されており、RenderManとの共通部分が多い。すなわち、RenderManでのシェーダー開発経験を持つエンジニアであれば、Mantraを使用するとかなり近いレンダリング結果が期待出来るという訳だ。その為、Houdiniはエフェクトのみならず、ライティングに使用される事も少なくない。
意外に知られていない事だが、デジタルドメインが担当した『トランスフォーマ-』(2007)のロボットや、リズム&ヒューズが手掛けた『イースターラビットのキャンディ工場』(2011)の工場内部など、ハリウッド映画のヒーローショットのレンダリングにMantraが使用された例も多々あるのだ。そんな状況を受けて、ハリウッドのデジタルスクールGMOMONでは、「HoudiniによるMantraライティング」のクラスを準備中だという。
最近、ハリウッド映画を手掛ける大手VFXスタジオ各社では30〜60人規模のHoudiniチームを有している。最近ではその波がアニメーション業界やゲーム業界にも押し寄せ、これまでMayaベースのパイプライン主導でエフェクト・アニメーションの制作を行なっていたDreamWorksやDisney等の大手アニメーション・スタジオや、またBlizzard等の大手ゲーム・スタジオがエフェクト・パイプラインをHoudiniに切り替える動きが相次いでいるという事実は、興味深いトレンドと言えるだろう。
さて。前置きがかなり長くなってしまったが、まぁそんな訳で今回は久しぶりにHoudiniのLAユーザー会が開催されるという事で、筆者も取材に訪れてみた。
Houdini User Group Meeting – Santa Monica
この日のLAユーザー会は、観光スポットとして知られるサンタモニカ・プロムナードにある、Side Effectsオフィスで行われた。夕方6時半から8時までプレゼンテーションが行われ、その後はビールやワイン、おつまみで親睦会が行われた。
まず冒頭では、Side Effectsのスタッフより、トレーニング・プログラムの一環である「2012 Boot Camp」の概要が発表された。「2012 Boot Camp」では、ここサンタモニカ・オフィスにて各種の有償クラスが用意されているという。その内容もプロシージャル手続きの理解、RBDや流体シミュレーション、シェーダー構築、Pythonの活用法、そしてVEXによるツール開発等、テクニカル系のコースも充実しているそうだ。詳細は今後公式サイトに順次アップされるという事なので、ご興味をお持ちの諸兄は、後日是非ともチェックしてみて欲しい。
さて今回はLAユーザー会なので、大手スタジオ等に代表されるVFXオリエンテッドなヘビー・ユーザーのメーキングを中心に紹介が行われるのかと思いきや、蓋を開けてみると、地元LAのフリーランス・パワーユーザー3名によるユニークなユーザー事例のプレゼンテーションだったのは印象的かつ意外であった。では、その事例を「さっくり」とご紹介してみよう。
(1) “サウンド・クラウド” ミュージシャンによる使用事例
ミュージシャンとして活躍するニック・ヤング氏は、「音楽を視覚化する」というアプローチからHoudiniを使い始めたという変わり種ユーザーである。そんな氏は、オーディオ・ファイルをHoudiniに取り込み、フリークエンシーやアンプリチュード、時間軸などを編纂した上でジオメトリの動きに変換したり、Houdini内での編集結果をまたオーディオファイルに戻したりと、ミュージシャンならではのユニークな使用事例のデモを行った。
ヤング氏が現在進めているというプロジェクト「サウンド・クラウド」では、Houdiniのボリュームにおけるボクセル・デンシティにオーディオ・データをストア(溜め込む)というもので、そのデモが行われる予定だったが、残念ながら環境設定等の問題でファイルの読込みがうまくいかず、口頭のみのプレゼンとなったのが残念であった。
(2) ミュージックビデオでの使用事例
フリーランスのHoudiniアーティストとして地元LAで活躍するスコット・パガノ氏は、ミュージックビデオにおけるHoudiniの使用事例を紹介。ビルディング等のハード・サーフェスから、虫のクリーチャー等のオーガニック・サーフェスに至るまでを、プロシージャルにコントロールするアプローチを紹介した。HoudiniのCHOPSでは、複数フォーマットのオーディオ・ファイルが読み込める事はおなじみだが、この手法を用いて音楽とアニメーションがプロシージャルにシンクするデモを行った。
(3) アントワン・ダル氏による3Dプラネタリウム用博展映像の制作事例
有名なナショナル・ジオグラフィックが贈るプラネタリウム用映像の新作「Wildest Weather in the Solar System」を、Houdiniによって制作した事例のプレゼンテーション。「Wildest Weather in the Solar System」スピーカーはハリウッドのHoudini業界で著名なアントワン・ダル氏。
ダル氏はリズム&ヒューズやデジタル・ドメイン等の大手VFXスタジオとも頻繁に仕事をしているVFX畑のフリーランサーで、自己スタジオFloq FXの運営も行う、文字通りのパワーユーザーである。ダル氏のプレゼンは、今回のLAユーザー会のトリを務め、メイン・イベントとなった。
博物館用展示映像「Wildest Weather」は、上映時間23分でドーム・スクリーン対応。それにも関わらず、大変なローバジェット(低予算)作品であったという。そこでSide Effectsで働く優秀なインターンや、地元のパワーユーザー・フリーランス等に声を掛けまくって少数精鋭のチームを作り、プレビズからファイナル・レンダリングに至るまでを全てHoudiniだけで完成させたという、ある意味「驚異のプロジェクト」である。解像度は4K、しかも立体で、なおかつドームスクリーンに対応した魚目レンズの歪補正シェーダーはMantraベースの独自開発だという。
このプレゼンテーションでは、「Wildest Weather」のユニークな試みの紹介に加え、実際に使用したHoudiniシーンファイルのノード・ネットワークを画面で解説しながらのデモも行われ、その巨大で複雑なノード群に参加者は驚きの声を上げていた。後半は参加者からの質問も沢山飛び出すなど、かなりの盛り上がりを見せていた。
Houdini12が正式リリース
Houdini関連の大きなニュースとしては、この3月からバージョン12が正式にリリースされた話題がある。業界内では「H12」と呼ばれる事が多い、この新バージョン。今回は全般的な処理系が大幅に改善され、巨大なデータの読込みやダイナミクスの処理、レンダリング、そしてOpenGLの表示系に至るまで、高速化が実現したという。
また、H12では昨年のシーグラフ2011でリリースが発表されたアレンビック(Alembic)のインポート/エクスポートが対応しており、複数のVFXスタジオでデジタルアセットを共有するハリウッドの巨大プロジェクトでは威力を発揮する事が期待されている。これらの詳細は、株式会社インディゾーンのサイトで詳しく紹介されているので、ぜひチェックしてみると良いだろう。
おわりに
このように、数年ぶりに開催されたHoudini LAユーザー会は盛況の下に幕を閉じた。日頃プロダクション業務に追われ、気がつくと外界での出来事と疎遠になってしまう、なんて事は意外とハリウッドの現場でも起こりがちだ。
そんな時は、一歩外に出て、こういったユーザー会にたま~に参加してみると、昔の仕事仲間との再会や、ユニークなユーザー事例を目の当たりにする事で気分も新鮮になる。そして視野が広がり、明日の楽しいVFXライフに活かす事が出来る。
スタジオに籠りがちの、そこのアナタ。この春は「外に出てみよう」キャンペーンを実施してみては如何だろうか。….なんだか訳のわからん締めくくりになってしまったが、とにかく本欄では今後もこういったイベントを追いかけてみたいと思う今日この頃である。