筆者は時折「日本のVFX業界にとって、ハリウッドよりも、むしろロンドンの方がビジネス・モデルとして参考になるのではないか」と思う事がある。いきなりハリウッドを見習うのは難しいかもしれないが、テレビ中心の小規模VFXビジネスから成長したロンドンは、日本との共通点も多い。そこで今月のコラムでは、ハリウッドで活躍される英国人VFXアーティスト、スチュワート・ゴードン氏にお話を伺い、英国人の視点からロンドンとハリウッドの業界を比較して頂いた。

筆者註:このコラムで述べられている内容は、ゴードン氏の個人的な視点によるご意見をご紹介しております。

英国人の視点からロンドンとハリウッドの業界を比較を訊く!

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スチュワート・ゴードン氏 [Stuart D. Gordon]Senior FX Technical Director / Rhythm & Hues Studios

 

1987年にロンドンにてVFX及びデザインの仕事を開始。氏が担当したミュージック・ビデオやテレビ・コマーシャルはイギリス国内で広く認知され、多くの受賞歴を持つ。1999年には、MTVアワードのBest Special Effects部門を受賞する等の国際的な実績を残した。2004年にLAへ移住し、Digital Domainに参加。リード・エフェクト・アーティストとして「ステルス」「トランスフォーマー1&2」、「2012」等のハリウッド映画のVFXに携わった後、現在はR&Hにおいてシニア・エフェクト・テクニカルディレクターとしてご活躍中である。
http://www.shiveringwhippets.com/

ロンドンのVFX業界の歴史について、お聞かせ頂けますか?

テレビCMの表現方法として、CGIが採用され始めたのが80年代後半でした。その頃ロンドンには、Cal Video、Rushes、Virgin、MPC、Digital Pictures、Amazing Array、Infinity等、通称「ブティック」と呼ばれる小さなスタジオが幾つも出来ました。90年代に入ると、デジタル・ポスト・プロダクションが映画制作にも用いられるようになります。ロンドンのVFXスタジオは、カリフォルニアのSPI,ILM,R&H,DD, Cinesite等のスタジオが持つ「ハリウッド・クオリティ」と同等レベルのVFXを序々に提供し始めました。

特にMPC、Mill Film、Cinesite、FrameStore、Henson’s Studios、Magic Cameraなどは、本格的な映画向けVFXスタジオへと発展して行きました。

中にはその後、淘汰されたスタジオもありましたが、Double Negativeのように新しく設立されたり、CFC/Framestoreのように統合後に首位に昇りつめたスタジオもあります。

2000年から現在に至るまで、ロンドンのVFX業界は目覚しい発展を遂げ、米国と競合出来るようなフィルム・プロダクションに必要なサービスを全て、提供できるようになったのです。

筆者註:Cinesiteは、元々ハリウッドにあり、その後ロンドンにもオープンしたが、ハリウッドは2003年の「X-MEN2」の作業を最後に閉鎖された)

ロンドンのVFX業界の急成長には、映画産業に対する英国政府の税制優遇制度が大きかったと思いますが、そのあたりは如何でしょうか。

確かに、ロンドンのVFX業界がこれまで成長を遂げてきた鍵には、税制優遇によるものが大きいと思います。英国でハリウッド映画の制作やポスプロ作業を行うと、制作費の一部が税金として還付されるという制度ですが、これがVFXを含む英国映画産業の発展に大きく寄与しました。

特に90年代以降は、ハリウッド映画の制作を英国で行なう事に対して、米国の映画プロデューサーが更なる投資を行う事が可能になりました。また英国映画も、BBC FilmsやFilm 4、そしてUK Film Council等からの出資を受けながら、米メジャー映画スタジオを相手に資金や配給の交渉を行った結果、国際的なマーケットを獲得していきました。

英ポンドは米ドルよりも為替の面では優位に立っています。それにも関わらずハリウッドのメジャー映画のVFX作業がロンドンに発注されるのは、どういう訳なのでしょう。

まず過去10年、8本の「ハリー・ポッター」シリーズによって、ロンドンでのVFX制作のニーズが生まれた事が、非常に大きかったと言えるでしょう。このニーズにより、ロンドンで非常に多くのVFXアーティストに雇用の機会が生まれたのです。英国発の映画作品にはお馴染み「007シリーズ」もありますが、「ハリー・ポッター」の規模はそれを上回るものでした。

ロンドン及び英国は、米国からの投資が好まれる場所となり、ウッディ・アレンですら4本の映画を制作する為にロンドンを訪れました。別の視点から言えば、これらのイギリス主導のハリウッド映画が、世界的な興行成績の成功をもたらし、それがロンドン・ベースの投資に拍車を掛けたと言えるのです。この流れはロンドンのVFX業界にとって重要な出来事でした。

今日では、ロンドンの業界はより安定したものとなり、VFXアーティストのタレント・プール(人材プール)も米国と国際的に共有されるようになりました。

あなたは英国のご出身です。あなたの視点からご覧になられて、ロンドンとハリウッドの違いはどのように写りますか?文化的な面と、VFX業界の両面についてお聞かせください。

ロンドンはコスモポリタンで、LAは文化の多様性を持つ街だと思います。この2つの都市は、大きく異なり、様々な点において違いがあります。ロンドンは言ってみれば大変なアーバン・シティで、鉄道網などの交通手段も充実しています。裕福でモダンな建築物が立ち並ぶ近代都市でありながら、同時に非常に古い歴史を持つ街でもあるのです。私はロンドンの中心に住んだ経験も、郊外から通勤した経験もあります。どちらにも長所短所があります。ロンドンの中心街に住む事は、刺激的で楽しいものですが、生活費が大変高くつきます。それ故、多くの人々は中心街から少なくとも30分以上程離れた場所に住居を構える事になるのです。

一方、LAはあらゆる面で逆です。特に中心街がなく、金銭的な余裕があれば、治安と勤務地を考慮した上で、ある程度住みたい場所に住む事が出来ます。会社の近くにアパートを借りる事が出来れば、通勤時間も節約出来るのです。LAは車社会ですので、車を持たないと生活出来ません。でも、ガソリン価格はロンドンの半分です。車の価格も同様です。食べ物、飲み物の価格はそれ程変わらないと思いますね。

多くのVFX関連スタジオはLAの西エリア、もしくは北西エリアにありますが、ロンドンのように一箇所に集中している訳ではなく、それぞれが離れた場所にあります。LAは高速道路が充実していますが、それはつまり車で通勤する事を意味します。通勤渋滞もひどく、時には30分以上の通勤時間を要しますが、それを除けば快適です。都市も、碁盤の目のように構成されていて解りやすいです。

また、LAには広大なビーチが沢山あります。アクセスも容易で、素晴らしいビーチ・ライフが楽しめます。山脈や緑地もあり、自然に触れる事も出来ます。続いて、VFX業界の違いですが、制作上のプロセスはロンドンもLAも同じです。

分業性で、多くの部門がフォーメーションを組み、ソフトウェアを駆使し、マネージメントを充実させ、開発を行いながら、膨大な数のショットを仕上げていきます。つまり、LAもロンドンも制作パイプライン自体は共通部分が多い為、タレント(人材)はどちらで仕事をしても、すぐにフィット出来るという利点があるのです。

カリフォルニアにある大手VFXスタジオは、残業代を支給する事で知られています。その点は、ロンドンでは如何でしょうか。

カリフォルニアの大手VFXスタジオは、時給ベースで構造化されていて、それに沿う形で残業代が支給されています。しかしロンドンでは、未だそう言った構造化が無く、残業代は何らかの別の形(後述)か、もしくは無視されて扱われています。

これには、ロンドンのVFX業界が、テレビ業界から始まった事が根源にあります。また大抵の場合、VFXスタジオのスタートは起業家による小さなベンチャー・ビジネスでした。

一方、ロサンゼルスは、膨大な数のクルーがユニオン(組合)によって保護されている、巨大なハリウッド映画業界が1930年代より続いています。つまり、LAの業界はそう言った伝統を継承し、カリフォルニア州法で定められた賃金規定を守り、残業代を正しく支給している会社が多いのです。英国の映像業界には、技術職とアート系のポジションがあります。技術職の場合は比較的、規則に則り残業代が支給される場合が多いのです。

しかし、それ以外のポスト・プロダクションに従事するアート系ポジションのクルーは、未だに曖昧な契約書の下、作品の納品に向けて「必要な限り」働かなくてはならない場合が多い。スタジオによっては、Days Off in Lieu (DOIL) と呼ばれる、残業した時間分を有給休暇として振り替え出来る制度を導入している会社もあります。この制度は、外国から来た方は不思議に感じるかもしれませんが、ロンドンでは割と一般的な制度かもしれません。

ただ、同時に、この制度が盛られた契約書にサインをするという事は、=長時間労働を強いられる可能性が含まれている、という事なのです。

イギリス人のあなたが、母国のロンドンよりもハリウッドで働く事を好んでいる理由を教えて頂けますか。

理由はいくつかありますが、まず1つにライフ・スタイルの違いがあります。特に西海岸の天候の良さは、大変気に入っています。仕事の面では、スケールの大きいスタジオで、経験豊かで能力溢れる人達と一緒に仕事をする事は、常に興味と向上心をかき立て、今でも大変スリルに満ちています。私が初めてLAに来た当時は、まだロンドンの業界も小さかったので、ハリウッドの伝説的なVFXスタジオで働く事に対して、非常に貪欲になっていました。

また、私は常にカリフォルニアに憧れていました。人々もオープンでフレンドリーで、英国文化とは全く異なります。LAには英国を彷彿させる道の名前や、ブリティッシュ・スタイルのパブやレストランもあります。それに、紅茶やイングリッシュ・ベーコン等の「英国食品」が恋しくなっても、すぐに買う事が出来ますからね。ロンドンとLAはどちらも大都市ですから、生活コストは安くはありませんが、ロンドンは中心街に近づくにつれコストが高くなります。安い家賃の場所に住む為には、通勤時間が掛かる事を覚悟しなければなりません。

ロンドンのVFX業界は、英国の税制優遇制度の恩恵を受けて成り立っていると思いますが。

確かに、ロンドンのVFX業界がこれまで成長を遂げてきた鍵には、税制優遇によるものが大きいと思います。英国でハリウッド映画の制作やポスプロ作業を行うと、制作費の一部が税金として還付されるという制度ですが、これがVFXを含む英国映画産業の発展に大きく寄与しました。EUの情報ソースによれば、この制度は当面継続される見通しだという事です。

今後、VFX業界はどのように変わって行くと思われますか?

ロンドンのVFX業界は、地元組と海外組の優れたタレントが集まって成長を続けており、今後もLAと競合していくように思います。カリフォルニアのVFX業界は、世界的な景気後退とグローバル化の結果、「海外拠点を増やす」傾向が見られます。

世界のVFX業界は、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、イギリス、フランスなどが拠点のオプションとなり、今後更にグローバル化が進んでいくと思います。特にカナダのバンクーバーは税制優遇措置が効力を発し、ILM、DD、R&H他、世界中から著名VFXスタジオが既にスタジオを構えています。

専門知識が国という垣根を越えて地球レベルで共有されるようになり、VFX業界は新しい流れに沿って進んでいます。その『ホーム』であるLA、そして世界各地の拠点が、グローバルに成長していく事を願って止みません。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。