はじめに
早くも師走である。アメリカ地方は感謝祭も終わり、街はクリスマス一色となりつつある。今月は、そんなアメリカのクリスマスの光景をご覧頂きながら、クリスマスとは全く関係のない、楽しいVFXの話題をお届けする事にしよう。
検索ワードに見る、日本国民の疑問
さて、ブログをお持ちの方には珍しくもない事かもしれないが、筆者のブログ「鍋 潤太郎 ハリウッド映像トピックス」の管理モードには、「ブログを訪問された方が、”どのような検索ワードでブログに辿り着いたのか”」を一覧出来る機能がある。筆者は、記事やコラムを随筆する上でのマーケティング的な観点と、個人的な興味から、時々この「検索ワード一覧」を観察しているが、意外にも日ごろ皆さんが興味を持っているトピックが一望出来て、これがなかなか興味深いものがある。検索ワードの一例を挙げてみると、筆者が書籍「ハリウッドVFX業界就職の手引き」を発行しているという事もあるのか
- 海外 VFX 就職 難しい
- デモリール 送りまくる
- アメリカ 働く 日本人 受け入れ
- CGクリエイター 海外に行くには
- アメリカ VFX 就職 返事
- SFX ハリウッド 日本人
- 海外の3Dデザイナー
- ハリウッドに通じる日本人 3DCG
などの海外就職に関連するものから、
- 鍋潤太郎 セミナー
- 鍋じゅんたろう プロフィール
- 鍋淳 ハリウッド
- 鍋潤太郎 LA居酒屋
- シンデレラ 鍋潤太郎
のように筆者に関する検索なども身受けられる。さて、こうした中で比較的多かったのが、ジョブタイトル(肩書き)に関連する検索ワードだった。
- CGクリエイター 名前やだ
- CGデザイナー 肩書 ダサイ
- 3DCGデザイナー 英語で
- ルック・デベロップメントとは
- シニアアニメーターとは
…などなど。
では、折角なので日本国民の皆様のニーズにお答えし、検索ワードが多く見られた「ジョブタイトル」にフォーカスし、これらの”疑問”にお答えしてみる事にしよう。
疑問:「CGクリエイター 名前やだ」
筆者は以前、「日本のCGデザイナーという呼び名は時代遅れ?」というコラムを書いた事がある。「CGデザイナー」の海外での扱いについては、 この記事をご参照頂ければと思うが、では「CGクリエイター」という呼び名については、果たして英語圏ではどうなのだろうか。
実は、筆者が日本で仕事をしていた頃、個人的になんとなく「CGデザイナー」の呼び名に抵抗があったので、勝手に「CGクリエイター」と名乗っていた。横文字だし、響きもクリエティティブっぽくて、女子にもモテそうな肩書だ。この呼び名が、英語圏では使われていないどころか、誤った和製英語だった事を学んだのは、実は渡米後に英会話の個人レッスンを受けて、先生に指摘された時だった。
当時の先生、マイケルは日本語検定の資格を持つ日英堪能で、日本語で分かり易く説明してくれた。「クリエイターは、創造者。クリエティティブな人を指す言葉じゃないよ。”CGクリエイター”だと、ちょっとおかしい。だって、直訳したら”CG発明家”みたいになっちゃうよ。これが名刺に書いてあったら、なんだか変でしょ?」….なるほど。
かのジョン・ホィットニー氏やジェームス・ブリン氏など、CGテクノロジーの基礎を築いたパイオニアであれば「クリエイター」でも通るが、我々のような現場職には適さない呼び名だという事なのだろう。確かに日本のメディアでは「クリエイター」という言葉がよく使われており、実は筆者も何を隠そう、書籍「海外で働く映像クリエイター」という本を出している。
つまり、筆者も含めて、みんな間違って使っていたのである。では、一体どう呼べば良いのだろうか?「CGクリエイター」や「CGデザイナー」を、英語圏のVFX業界で使用されている一般的な事例に置き換えると、「デジタル・アーティスト」と呼ぶのが無難であろう。英語圏ではVFXアーティストの肩書きに「CG」の2文字が入るケースは、意外な事に非常に少ない。例外なのはテクノロジーやテクニカルの総責任者である「CGスーパーバイザー」、そして映画の中に出てくるコンピューター画面や操作画面などのグラフィックスを作る「CGアーティスト」をたまに見掛ける位ではないだろうか。
また、日本でよく使用される「CG監督」「CGディレクター」という肩書きは、英語圏のVFX業界では「VFXスーパーバイザー」となる。
「デジタル・アーティスト」の呼び名は、英語圏のVFX業界ではスタンダードとして定着しており、筆者が以前ご紹介した「VES(米視覚効果協会) ジョブタイトル・ガイドライン」の中でも、「デジタル・アーティスト」が推奨されている。詳細はVESが公開しているPDFをダウンロードしてみると参考になるかもしれない。
日本でも、白組や東映アニメーションなど業界の先端を行くVFXスタジオや、大手のゲーム会社等が、このVESのガイドラインに沿ったジョブタイトルを既に採用しており、邦画のエンドクレジットでも「デジタル・アーティスト」という表記が増えてきたようだ。これは良い傾向と言えるかもしれない。
疑問: 「ルック・デベロップメントとは」
さて。ハリウッドのVFX現場で良く耳にする「ルック・デベロップメント」。これは、日本ではあまりお馴染みではない言葉かもしれない。良いチャンスなので、ここでさっくりとご紹介してみる事にしよう。
本来の意味は、読んで字の如く「見た目を開発する」事である。「ルック・デベロップメント」はライティング部門やライティング・アーティストの間で頻繁に使われる言葉だ。現場では「ルック・デブ」(Look Dev)と略して呼ばれる事が多い。モデルにシェーダーやテクスチャーをアサインし、リファレンス画像等を参考にしつつ、パラメーターを調整しながら質感を詰めていく。場合によってはシェーダー開発も含まれる。この作業全般を「ルック・デブ」と呼ぶ。
また、ある程度調整が出来たら、スーパーバイザーからアプルーブをもらい、これを”プリセットされたパッケージ”にする。このパッケージ自体も、「ルック・デブ」と呼ぶ。ポイントは、この「ルック・デブ」の結果をパイプライン上に「パブリッシュ(PUBLISH)」して、チーム全員で共有出来るようにする点だ。
各ライティング・アーティストがレイアウト済のモデルデータを読込み、そこに「ルック・デブ」をアサインすると、すぐに質感がついた状態でライティング作業に入る事が出来る。もちろんショットによってライトが異なったり、見た目多少が変わったりするので調整が必要となるが、「ルック・デブ」をアサインする事で全員が同じスタート地点に立つ事になり、膨大なショットを裁いていく大規模プロダクションには便利だ。分業性が進むハリウッドならではの手法と言えるかもしれない。
疑問:「シニア・アニメーター」とは
この検索ワードは、最近特に目にするようになったので、この機会にご紹介してみよう。英語圏のVFX業界におけるジョブタイトルの「シニア」は年齢を指す訳ではなく、スキルの区分けである。
- ジュニア : 新人、経験が浅い人
- インターミディエート : 中堅
- シニア : 経験を積み、高いスキルを持つ人
日本の映像現場では、ご存じのように「チーフ」が用いられる事が多いが、前述のマイケル先生によれば、英語圏での「チーフ」は企業のエグゼクティブや、警察、消防のような”伝統を重んじる職種”で好んで使われる半面、クリエィティブ職ではあまり使われないのだそうだ。確かに、ハリウッドの現場や、映画のエンドクレジットでは「チーフ」という肩書きはあまり見かけない。この場合、「シニア」が使われるのが通例となっているらしい。仮に、日本のVFXスタジオで働く人の名刺に、
アニメーション隊 隊長
と書いてあったとしよう。日本語的には決して誤りではないが、なんかちょっとヘンだ。 英語圏のVFX業界で、「チーフ」ではなく「シニア」が用いられるのも、こう言った事なのだろう。
おわりに
さて、日本国民の皆様から「検索ワード」という形で偶然にも寄せられた疑問にお応えした今回のコラムだが、如何だったであろうか。これを読んで、日頃疑問に思っていたモヤモヤがクリアになり、スッキリして年を越して頂ければ本望である。
また機会があれば、今回のように「検索ワード」にお応えするコラムを書いてみたいと思う。是非今後も、張り切って検索を掛けて頂ければと思う今日この頃である。それでは読者の皆さん、良いお年を! Happy Holiday!