取材:鍋 潤太郎、撮影:山下 奈津子、取材協力:Leonard Daly / Chair,LA ACM SIGGRAPH
はじめに
ここ明るく楽しいロサンゼルス地方には、ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」というものが存在し、毎月、月例会を開催している。内容は毎月異なり、新作映画のお披露目やメーキング講演だったり、目新しいテクノロジーの紹介だったりする。この月例会には誰でも参加出来、会員になって年会費$40.00を納めれば、毎月の月例会の参加費は無料となる。会員でなくても、会場入り口で参加費20ドルを支払えば入場する事が可能だ。
…さて、毎度の事ながら前置きが長くなったが、11月の月例会のテーマは、「カラー・グレーディング(Color Grading)」。最新のカラー・グレーディング事情の動向を、最前線でご活躍されている2名のゲスト・スピーカーに語って頂くという趣向であった。
LA SIGGRAPH / Color Grading
左からジェレミー・セラン氏、ローリー・カルセン・ジョージ女史(司会)、リネット・デュエンスィング女史
日時:10月18日(木)7:30開演
会場:Los Angeles Film School(ハリウッド)試写室
前回もご紹介したが、会場となったLos Angeles Film Schoolの建物(6363 Sunset Blvd)は以前RCAレコードのレコーディング・スタジオだった事でも有名で、なんとローリング・ストーンズやエルビス・プレスリーのアルバム、そして映画「スター・ウォーズ エピソード5 / 帝国の逆襲」のサントラ等がレコーディングされた「歴史的建物」なのだそう。このような建物が存在するのも、“ハリウッドならでは”である。
さて、この日のパネラーの顔ぶれを、簡単にご紹介しておこう。
司会:ローリー・カルセン・ジョージ女史 / VES人材育成コミッティー
ジェレミー・セラン氏 / カラー・パイプライン・リード / Sony Pictures Imageworks
2003年にSony Pictures Imageworksに参加、主にコンポジット、カラー、ライティング周りのパイプライン開発に携わる。Katanaの共同開発者としても知られており、2012年にはその業績によりアカデミー賞科学技術賞をチームの一員として受賞している。最近では、オープンソースOpenColorIOの開発や、SPIにおけるライティング / IBL(イメージベースド・ライティング)ワークフロー開発のコア・メンバーでもある
リネット・デュエンスィング女史 / Cinelicious シニア・カラリスト
80年代にThe Post Groupにてテレシネ・アシスタントとしてキャリアをスタート。近年は上海のテクニカラーSFGにて中国作品に参加、現在はポール・コルバー率いるCineliciousにてシニア・カラリストとして活躍中
では、この日のプレゼンテーションの模様を、さっくりと要約し、ご紹介する事にしよう。
ローリー・カルセン・ジョージ女史(司会):私が以前、LAのCinesiteで働いていた時、よくDP(撮影監督)から「色をモニター上とスクリーン上で可能な限り近づけて欲しい」と要求されたものです。その当時は、コダックが開発したルックアップ・テーブルによって補正を行っていましたが、昨今のカラー・グレーディング事情は大きく進歩しました。もはや「カラー・グレーディングのプロセスはアート」と言っても過言ではありません。今日は、サイエンスとアートの両面から、カラー・グレーディングについて語って頂く事にしましょう。
ジェレミー・セラン氏:Sony Pictures Imageworksで制作されているすべてのVFX作品において、カラー・グレーディングが行われています。「如何にカラー・マネージメントを行うか」が、常に課題となっています。
旧来のVFXで使用されているレンダーマンのライティングは、PBL(物理ベースのライティング)を考慮しないで作られていました。これらは「それらしく」「カッコ良く見える」ようにライティングされていますが、物理的には正しく無かった訳です。最新のテクノロジーでは、VFXのエレメントはPBLで物理的に正しくレンダリングされているのです。
では、カラー・スペースの話に移りたいと思います。カラー・スペースは、大別すると2つに分けられます。1つ目はディスプレイ上で確認するDisplay-Referred Imageryで、sRGBでお馴染みのディスプレイ用のカラー・スペースです。2つ目は現実世界のライト情報を持つScene-Referred Imageryで、OpenEXR,RAW,HDR等のデジタル・ファイルで使用されています。前者は0-255のインテジャー(整数)ですが、後者はフローティング(浮動小数点)で値を持っています。
RAWイメージを単純に標準ガンマ2.2でディスプレイに表示した場合、コントラストが浅くなり、明るい部分が飛んでしまいます。その為に「トーン・マッピング」という手法を用います。これは、伝統的に使用されているS字型をしたlogベースのカーブで補正を行うと、より自然に見えるというものです。この状態を「シーン・リニア」と呼びます。
みなさんもコダックのカラー・チャートはご存知だと思います。美しいマーシー嬢が微笑んでいる、業界ではお馴染みのチャートです。今、お見せしているチャートはカラー・スペースがlogで作られています。これをフィルムにプリントしたり、画像をリニア化した時に、正しく見えるように設計されているのです。
1つ注意しなければならないのは、以前はlogと言えばクラシックなCineonくらいしか存在しませんでしたが、今ではSonyのS-Log、REDのREDLog、ARRIのLog Cなどなど、各カメラ・メーカーがカスタマイズしています。画像をリニア化する際、どのlogを使用すべきかを常に考慮すべきです。近年はデジタル・カメラでの映画撮影が増えていますが、カメラからデジタル画像を出力するプロセスの中で求められるのは、「可能な限り、少ないプロセス数で処理を行う事」も重要でしょう。
さて、映画制作ではDIが主流となっていますが、これは大別すると3段階のプロセスから成ります。
- カラー・サイエンス・セットアップ
- カラー・バランス(見た目を良くする)
- マスタリング
この(1)で極めて重要な事は、カラー・スペースを統一して、正しくカラー・グレーディングを行う事にあります。
アカデミー賞でもお馴染み米国映画芸術科学アカデミーは、Scene-Referredなワーキング・スペースの業界標準を設定しました。これはACES(Academy Color Encoding Space)と呼ばれ、ハイ・ダイナミック・レンジである事、シーン・リニアのカラー・スペースである事、中間グレーが0.18である事、そしてディスクスペースに格納された際には、OpenEXRフォーマットの中にACESファイルが含まれる事、などが規定されています。
本日、ここでお話した詳細及び画像は、VES監修による全53ページに及ぶドキュメントをPDFでダウンロードする事が可能ですので、更に詳しく知りたい方は、是非コチラをご参照ください。
FilmLight社のBaselight
リネット・デュエンスィング女史:私はカラリストとして28年の経験を持っています。これまでにテレビ、ミュージック・ビデオ、フィルムなど様々な作品に参加してきました。過去20年間でカラー・グレーディングを取り巻く作業環境は大きく変わりましたが、カラー・グレーディングの目的自体は変わっていません。私は、カラリストにとって大切なのは「色を通じて、ストーリーを伝える」という事にあると考えています。
今日は、FilmLight社の協力でBaselightを実際に操作しながら、プレゼンテーションを行いたいと思います。これは中国で撮影した映画の1シーンですが、こちらがオリジナル、そしてこれがカラー・グレーディング後です。オリジナル映像はサチュレーション(彩度)が低めですが、カラー・グレーディング後は、色に温かみを持たせる事で、少女の笑顔で心情がより伝わってきます。
また、シークエンスの繋がりをスムースにする役割もあります。映画等の場合、時刻、カメラやレンズの種類など、異なる条件下で撮影された映像はそれぞれ色やコントラスト等が微妙に異なります。そのまま繋いでしまうと不自然さが残りますから、これを、見た目的にスムースに繋がって見えるように調整するのです。ここにVFX素材が絡んでくる場合は、更なるチャレンジが要求されます。
カラコレ作業を行うファシリティー(ポスプロやVFX会社などの施設)や追加素材など、状況は日々変化しますので、その場に正しくキャリブレートされたモニターが用意されている事は大変重要です。
例えば、クライアントから「この間、フレーム・スイートで見た時と色と違うじゃないか」と言われる事があります。そんな時は、スタンダード(業界標準)の環境にセットアップされているか、カラー・スペースは正しいか、モニターはキャリブレートされているか等、「何が原因なのか」を明確にする必要があります。
また、デジタル・カメラで撮影されたRAW画像は、そのままでは見た目が大変フラットになりますので、S字型カーブを反映させて「使える色」に補正する必要があります。出力デバイスによってはルックアップ・テーブルも異なりますし、注意が必要です。
ショットによっては、「カーブ・グレード」の機能を使ってS字型カーブをカスタマイズします。シークエンスの中で、あるショットで結果が良く見えるカーブを見つけたら、それを他のショットにも反映させます。スキン・トーンを見ながら、注意深く、調整を行っていきます。
「フィルム・グレード」は便利なツールで、サチュレーション、コントラスト、そしてハイライトの減衰におけるピボット・ポイントの調整など、多岐に渡るコントロールが可能です。概念的には、360度の色立体があり、それをアップル・パイのようにカットして、それぞれのピース毎に色を調整する事が可能です。また、「3Dピッカー」を使って補正したい部分の色をクリックし、マスクを作成して必要な箇所だけに色補正を加える事も出来ます。マスクには、必要な箇所を追加でき、余分な箇所を取り除く機能も備えています。
カラー・コレクションは2段階で行う場合も多く、最初に全体を調整する作業をプライマリ・カラーコレクションと呼び、続いて細部を調整していく作業の事をセカンダリー・カラーコレクションと呼びます。素材が、多くの異なったファシリティーから届く場合、フォーマットやカラー・スペースを管理するのは大変な作業になります。ポスプロやVFXベンダーの違い、RAW画像やリニア画像、必要に応じて個々の素材を別々にカラー・コレクションしなければならない事も起こり得ます。もし、素材がEXRで届けば、マスク情報などがレイヤーに入っているので、これらの作業は多少楽になる事でしょう。
ローリー・カルセン・ジョージ女史(司会):では、そろそろ終演の時間が迫って参りましたので、Q&Aに移りたいと思います。マイクを回しますので、質問のある方は、どうぞ。
Q:リネットさんに質問です。スイートに長時間こもって作業していると、時々、目が疲れてきて自分の色がわからなく事がありますよね。そんな時は、どうしていますか?
部屋から出て気分転換したり、カラー・グレーディングが終わったショットをみて基準にしたりしています。休憩するのがベストかもしれませんね。
Q:ジェレミーさんに質問です。デプス(Depth)について、どう思いますか?
Depthは大変有益な機能だと思います。各ピクセルに、ポイント・クラウドの様に奥行き情報が入っていますので、カメラ位置を変えて確認する事などが可能です。OpenEXR2.0以降でDepthがサポートされていますので、今後是非使っていきたい機能の1つです。
Q:リネットさんに質問です。カラー・グレーディングで大切な事は?
私は、「スキン・トーンをどう見せるか」が大切だと考えています。ヨーロッパでは比較的フラットに見せる傾向がありますが、アメリカではスキン・トーンにより注意をはらいます。スキン・トーンは、セカンダリー・カラーコレクションで調整する事が多いです。
Q:今日の観客は、カラーの専門家ではなくVFXピーポー(VFX業界で働く人々の俗称。VFX屋)も多いですが、そんな僕らにアドバイスはありますか?
“撮影したカメラは”、“フォーマットは”、“どんなlogを使うか”等の情報を全て撮影現場で記録しておき、正しくカラリストに伝える事が重要です。DP(撮影監督)が現場でどうやって映像を確認していたかも重要です。DPによっては、自分でモニターのコントラスト等をいじってしまい、後で「それと同じ見た目」を要求してくる事もありますから。
Q:DPがレビューにやって来る前に、カラーの3Dスペースを事前に準備しておく方法は?
DPが日頃好んでいるワークフローに依存する事が多いです。DPが到着する前に、いろんな要求の可能性に備えて複数の準備をしておく事もあります。コマーシャルでは、DPが撮影現場でRAW画像を見て、その見た目を気に入ってしまうなんて事もありますが、そんな時はリニア版のサンプルを複数用意しておいて、「こんなのも作ってみたんですけど」と何気なく見せて、そこから選んでもらうという作戦に出る事もあります。でも、これはコマーシャルだから出来る作戦で、フィルムの場合はアプローチが変わってくるでしょうね。
Q:CDLについて、どう思いますか?
VFX現場の方にはあまり馴染みがないと思いますが、CDL(Color Decision List)はASCが定めた、異なる機種間でのカラー・グレーディングの変換フォーマットで、編集で使うEDLのカラー版のような位置づけです。便利なツールですが、注意書きを読んで正しく使う事が大切です。
Q:カラー・グレーディングの作業で、混乱を防ぐ上で大切な事は?
正しくキャリブレートされたモニターを使う事、正しいカラー・スペースを使い、正しいlogを使う事。そうすればトラブルを未然に防ぐ事が出来るでしょう。
総括
今回のプレゼンテーションは、筆者のように分業化されたVFX現場に埋もれていると、なかなか知り得るチャンスの少ない情報も多く、非常に興味深いものがあった。この日会場を訪れた人々の顔ぶれを見渡すと、在LAの著名エフェクト・ハウスのVFXスーパーバイザーや、コンポジター等、「色」に携わるポジションの人が多かった。また、試写室の中央付近には、カラー・グレーディングを専門とする人々が(みんな顔見知りという事もあり)群れを成して座っており、スピーカーのお2人は「あのエリアは危険ゾーンだ。鋭い質問が出そうだ」と冗談まじりにニコニコ話していたのが印象的だった。