取材:鍋 潤太郎、撮影:山下 奈津子、取材協力:Mike Amron / Chair, LA ACM SIGGRAPH

はじめに

ここ明るく楽しい平和なロサンゼルスには、ACM SIGGRAPHの地方分科会である「LA SIGGRAPH」というものが存在する。LA SIGGRAPHでは毎月、月例会を開催している。内容は毎月異なり、新作映画のお披露目やメーキング講演だったり、目新しいテクノロジーの紹介だったりする。

さて、前置きが長くなったが、先ごろ、映画「ジュラシック・パーク」の公開20周年を記念し、VFXに参加したアーティストの方々をパネラーとしてお招きし、当時の思い出を語って頂こうというイベントが行われた。今回は、その模様をレポートする事にしよう。

LA SIGGRAPH / The Digital Artists of Jurassic Park

今でこそ、VFXによるデジタルの恐竜やクリーチャーは珍しい存在ではなくなったが、1993年当時、映画「ジュラシック・パーク」を見た観客は、「生きている恐竜」にド肝を抜かれた。公開から20年が経過した今、当時SFX全盛のハリウッドにデジタル革命をもたらし、同作品を手掛けたデジタル・アーティスト達が、90年代のILMでの体験談や、「ジュラシック・パーク」での苦労話をパネル・ディスカッション形式で披露した。

ここで、パネラーの顔ぶれを紹介しておこう。

スティーブ・ウィリアムズ氏 / 監督、VFXスーパーバイザー、アニメーター、モデラー
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代表作:「アビス」「ターミネーター2」「ジュラシック・パーク」「マスク」「ジュマンジ」等

マーク・ディッペ氏 / 監督、VFXスーパーバイザー
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代表作:「アビス」「ターミネーター2」「ジュラシック・パーク」、監督作「スポーン」

ステファン・ファングマイヤー氏 / 監督、VFXスーパーバイザー
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代表作:「ターミネーター2」「ジュラシック・パーク」「ツイスター」「パーフェクト・ストーム」「ドリーム・クエスト」「プライベート・ライアン」他

ランダル・デュトラ氏 / VFXスーパーバイザー、アニメーター
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代表作:「ロボコップ」「ロボコップ2」「ジュラシック・パーク」「101ダルメシアン」他

マーク・ディッペ氏:90年代、我々はILMに在籍していました。当時、CGはまだ新しいテクノロジーで、チャレンジの連続でした。しかしILMには潤沢な予算があり、新しい映像表現をめざす優秀な人材が集まっていました。当時の思い出を語ってみましょう。

ランダル・デュトラ氏:私は最初、ティペット・スタジオで働いていました。フィル・ティペットもこの頃、デジタルに感銘を受けたようです。忘れもしない、1992年4月20日の夕方6時30分、フィルがクルー全員を集めて「今から、うちはデジタルでやるから」と発表しました。全員、意味もわからず、凍りついたのを覚えています(笑)。

ステファン・ファングマイヤー氏:90年代のILMでの印象深い作品としては、「ターミネーター2」が大変でしたね。1990年にテストを開始しましたが、2台のビスタビジョン・カメラで俳優ロバート・パトリックを撮影し、その姿をロトスコープして3DCGのアニメーションに起こしました。

90年代初頭は、まだミニチュアのストップ・モーション・アニメーションを多用していました。そんなSFX全盛の中に出来たデジタル・チームは、当時「CG Department(CG部)」と呼ばれていました。そして「ジュラシック・パーク」でデジタル・革命が起こった訳ですが、ILMはテクノロジーの進歩をリードしてきました。

ジェームズ・キャメロンが89年に監督した「アビス」は、その走りだったと言えます。レンダーマンで、初めて複雑なシェーダーを開発した作品でもあります。水柱が人間の顔に変形するシーンでは、俳優の顔をサイバー・スキャンしてモデル・データを起こし、補完してアニメーションを作りました。今でこそ簡単に出来るエフェクトですが、当時は大変な作業でした。

マーク・ディッペ氏:そうそう。レンダーマンがレイトレをサポートしていない時代に、レイトレースのシェーダーを開発しました。

その後に「ターミネーター2」の仕事が舞い込みました。エフェクト・ショットはトータルで2分30秒位しかありませんが、当時としては膨大な長さでした。ちなみに、T1000を演じた俳優ロバート・パトリックは、代役でした。演じる予定だった俳優が事故を起こし、それでロバートが代わりに演じる事になったのです。

この映像は1990年の10月30日に撮影されたテスト映像ですが、ロバートの全身にマジックでメッシュを描いて、ブリーフ1枚で歩いてもらい、それをロトして動きを起こしたのです。当時は、まだSOFTIMAGE3Dの発売前で、インバース・キネマティクスが出来るツールは、世の中には存在しませんでした。

CGモデルは、ロバートの全身をサイバー・スキャンして起こしました。T1000がヘリコプターの中で「Get Out」と言い放つショットは、映画史上初めて「デジタル・キャラクターが話した」記念すべきショットでした。

燃え盛る炎の中からT1000が出てくるショットは、ロバートの演技を30テイク程撮影しておいて、その中からCG素材に合わせ易いテイクを選びました。クライマックスで、溶鉱炉に落ちたT1000が、それまでに変身した全てのキャラクターに連続して変形するショットは、実写の演技をリファレンスにして、CGで起こして、モーフィングで繋いでいるのです。

では、話を「ジュラシック・パーク」に移しましょう。ランダルが経緯を説明してくれます。

ランダル・デュトラ氏:私は、「ロボコップ」や「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」等に参加した経歴を持つアーティストです。ちなみにティペット・スタジオで初めて参加したのは「帝国の逆襲」でした。

私は、レイ・ハリーハウゼンや、日本のゴジラ映画などの影響を受けて育ちました。動物にも興味を持ち、ドローイングやスケッチをして観察するのが好きでしたね。スカルプチャー(彫刻)も沢山作りましたが、そう言った経験が「ジュラシック・パーク」にも生きています。

「ジュラシック・パーク」は、実写とアニマトロニクスを駆使し、そこにデジタルによる表現が追加された革新的な作品でした。その制作には、ILM以外にも、アニメーションのガイドでティペット・スタジオ、アニマトロニクスでスタン・ウィンストン・スタジオが関わっていました。

恐竜の動きは、実在する動物をリファレンスしています。例えば、ブラキオサウルスはキリンを参考にしていますし、ガリミムスの走りはダチョウからヒントを得ています。

当時のILMにはクリーチャーのアニメーションに強いアーティストが居なかった。そこで、ティペット・スタジオでストップ・モーション・アニメを作り、それをガイドにしました。作業は1991年12月頃からスタートしました。当時はまだ、プレビズの時代ではなく、ストーリーボードを壁に張り出しての作業でした。

Tレックスの動きは重量感を出したかったので、象の動きを参考にしています。当時のCGは入力方法に限りがありましたから、DITと呼ばれる金属製の恐竜人形のようなデバイスにポーズをつけて、それでキーフレームを拾ったりもしていました。Tレックスは、ショット毎にサイズを調整して、「見た目優先」でスケールを変更したりもしています。

スティーブ・ウィリアムズ氏:プロダクション初期は、恐竜の人形を使って、全部ストップ・モーションで撮影するというプランでした。そこに新しいテクノロジーのCGを持ち込んで、CGでやろう!とプレゼンしたのです。CGモデルはAlias Power Animatorで起こしました。それにラフな動きをつけて、キャサリン・ケネディー(プロデューサー)にプレゼンしたのです。その結果、ストップ・モーションではなくCGで作る事に決まったのです。

マーク・ディッペ氏:我々は、デジタルで恐竜を作るなら、動きにモーション・ブラーを入れたいと考えました。しかし、当時は計算速度も遅く、大変リスキーでした。なにしろ、モーション・ブラーがないと、ストップ・モーション・アニメのように見えてしまいますから。制作には1年半を費やしました。

プロダクション初期、パントマイムの先生を呼んで、全員で「恐竜に成りきる」演技のクラスも受けました。ある時、倒れた木の上をみんなで走って飛び越えるクラスがありましたが、クルーの1人が木に足を引っ掛けて転び、腕を折ってしまいました。彼は現場に復帰するのに数ヶ月かかりました。映画のシーンの中で、ガリミムスが1匹だけ木につまずいているのですが、それは腕を骨折した彼のビデオ映像を生かしたものです(笑)。

ステファン・ファングマイヤー氏:筋肉の動きを作り、その上にスキンを被せたのも、この作品が初めてでしたね。当時はSOFTIMAGE3D v2.6を使って作業していました。

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講演中の模様。左からスティーブ・ウィリアムズ氏、マーク・ディッペ氏、ランダル・デュトラ氏、スティーブ・ウィリアムズ氏

Q&Aのコーナー

Q:みなさんは、どうやってILMに入ったのですか?

マーク・ディッペ氏:90年当時、ILMは新しいテクノロジーを使った、コンピューター・アニメーションに興味を持つ人を集めていました。そこに参加したのが我々でした。

Q:「ジュラシック・パーク」はSIGGRAPHにも大きな影響を与えましたね。

マーク・ディッペ氏:思えば、当時のSIGGRAPHはテクニカル・オリエンテッドでしたね。最近では、よりクリエイティブ・オリエンテッドになったという印象を受けます。

Q:JJ(エイブラムス監督の、業界での通称)の新スターウォーズは、どうなると思いますか?

スティーブ・ウィリアムズ氏:きっとレンダーマンを使うので、「トランスフォーマー」ルックな仕上がりになるんじゃないですかね。

Q:VFX表現の今後は、何処へ行くと思いますか?

ステファン・ファングマイヤー氏:VFXの技術は発達しましたが、最近は肝心のストーリーが追いついてない映画が多いように思いますねぇ。昔はストーリー性の高い映画、例えば「エイリアン」なんかはインパクトがあった。

パネラー達は旧知の気心知れたメンバーという事もあり、この辺からなぜか、居酒屋で呑みながら語り合っているような、同窓会ムードに。

ランダル・デュトラ氏:あのね。なぜ「ジュラシック・パーク」が今もなおポピュラーなのか?Tレックスが登場するシーンはわずかだけどね、キャラが立っている。大切なのは、「ストーリー・テリング」だよ。

マーク・ディッペ氏:うんうん。テクノロジーは、ストーリーをサポートするツールであるべきやね~。

スティーブ・ウィリアムズ氏:昔は、映画1本のVFXを1つのVFXハウスが手掛けるというのが主流だったよね。今や世界中にある20の会社が分担して1本作るようなグローバルな時代になっちゃった。制作体制も、規模が大きくなり、組織化され、大きく様変わりしたよ。

マーク・ディッペ氏:そ~そ~。「ジュラシック・パーク」の時なんか、アニメーターは8人だったもんね。

ステファン・ファングマイヤー氏:なんちゅうかね~、「これ、本当に必要なの?」と思ってしまうような、やりすぎ感のあるVFXが多くなったよねぇ。なんかユニークさも欠けとる。もっとストーリーや、内容、脚本に予算を割いた方が良いんじゃない?と思う事もあるんだよね~。

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終演後はサイン責め

…という訳で、最後はもはやQ&Aの枠を超え、「呑み会での持論のぶつけ合い」みたいな会話で盛り上がってしまい、時間切れとなった。久しぶりに再会したパネラー達の、仲の良さや結束も伺える、楽しいパネル・ディスカッションであった。

とは言え、シリコン・グラフィックスのワークステーションが並ぶ当時の懐かしい制作風景の映像や、制作秘話も飛び出し、非常に聞き応えのある楽しい月例会であった。今年も、興味深いテーマがあれば、LA SIGGRAPH月例会の模様を鋭意ご紹介していきたいと思う、今日この頃である。2014年も、どうかよろしくお願い致します。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。